上 下
58 / 61
アランとアレクシア

青空

しおりを挟む
 真白に塗りつぶした光景は、そこに響いた音も全て押し潰して無音にしてしまっている。
 それは余りの爆音か、純粋な衝撃によって音という概念を破壊してしまった結果であろう。
 それも瞬き終わり、今やパラパラと瓦礫の欠片を落とすのに名残を残すだけ。
 激しすぎる破壊は、その痕跡までもを破壊して、その存在を不確かにしてしまう。

「・・・ぶ、無事か?」
「・・・な、何とかね」

 破壊の痕跡すら吹き飛ばす守護者の攻撃の威力に、その身体には瓦礫が積み重なることはない。
 僅かに埃が積もっているだけの身体を僅かに起こしたアランは、近くにいる筈のアレクシアに対して声を掛けていた。
 その目は激しい光にやられて、今はまだ視力を失っている。
 それはアレクシアも同じだったようで、二人して声のする方へと曖昧に視線を向けていた。

「あー、ようやく目が戻って来たな・・・うおっ!?やべー・・・」
「うわぁ・・・よく生きてるわね、私達・・・」

 強烈な光によってやられた目は、時間と共にその視力を回復していく。
 そうして目にした破壊の光景は、どうして自分達が今も生きているのか不思議なってしまうものであった。

「こいつのお陰か?何だよ、こんだけ丈夫なら人質に何てなんねぇじゃねーか」
「それだけ、あいつにとってこれが大事だったって証拠でしょ?良かったじゃない!」

 周辺の破壊の状況に比べて、アラン達が隠れた遺物の影だけは概ね無事な姿を保っている。
 それはそれだけ、この遺物が頑丈であったことを示していた。
 それに感謝するように、アランはコツンと遺物を叩いている。
 しかしその口調は、どこか悔しそうなものであった。

「そりゃそうだが・・・おいっ、後ろ!!」
「えっ?何よ、いきなり・・・嘘でしょ!?どんだけ頑丈なのよ!?」

 アランが口にした悔しさは、自らの行動が何の意味もなかったかもしれないという後悔からだ。
 それを取り成そうとしたアレクシアに、アランは何とも言えない表情を向けている。
 それが驚愕に変わるまでに、大した暇は必要ない。
 何故ならその視界の中に、こちらへと近づいてくる守護者の姿が映っていたからだ。

「ま、まだ戦う気なのかよ!?い、いいぜ!やってやろうじゃねぇか!!」
「あ、あんた!それでどうやって戦う気なのよ!?」
「は?うおっ、もう柄しか残ってねぇ!?」

 こちらへと近づいてくる守護者は、その半身を消し飛ばしてしまっている。
 それでもふらふらとこちらに近づいてくるその姿に、アランは脅威に感じ慌てて得物をそちらへと向ける。
 しかしその手に握った剣は、もはや剣先だけではなく刃自体がなくなってしまっていた。

「お、おい!それ以上近づくとなぁ、てめぇの大事なこれがどうなっても知らねぇぞ!!」
「いや、あんた・・・さっき自分で人質にならないって言ったばっかじゃない」
「ば、馬鹿!!黙ってれば、気付かれないかも知んねぇだろ!!大体、これ以外にやりようねぇだろうが!」

 まともに戦う手段もなくなってしまったアランは、そのままそれを目の前の遺物へと向けて、それによって守護者に脅しをかけようとしていた。
 しかしそれは先ほど、彼自身が有効な手段ではなかったと反省したばかりの手段に他ならない。
 それを口にして突っ込みを入れるアレクシアに、アランは彼女の言葉をかき消すように大声を上げていた。

「な、何だよ・・・やろうってのか!?」

 守護者はそんな彼らのやり取りを無視するように近づいてくると、無事な方の腕をそっと伸ばしてくる。
 それは戦闘の開始を告げる合図にも思えて、アランは気色ばんでは強がりを吠えていたが、その剣先のない得物は震えてしまっていた。

『・・・積年の願いはついに叶った。幸運を・・・私の・・・いと・・よ・』

 伸ばした腕に、触れた指先は欠けている。
 それでもどうにか触れた遺物に、守護者は何か願うような言葉を投げかけている。
 それも最後には言葉にならずに消えていき、彼はその活動を終える。
 零れた落ちたガラスの瞳はひび割れて、それでも澄み切った色で輝いていた。

「そ、それだけ?ふぅ~・・・助かったぁ。ったく、ビビらせんじゃねぇよ!!」

 目の前で完全に機能を停止した守護者の姿に、その半身を完全に遺物の陰に隠していたアランはそこから顔を覗かせると、たっぷりと安堵の息を吐いている。
 そうして完全に緊張の糸が切れた彼は、そのまま脱力するように床へと寝転がってしまっていた。

「うおっ!?マジか!」
「えっ!?何よ、まだ何かある訳!?」
「ん?いや、違う違う!ほら、お前も見てみろよ」
「はぁ、何よ一体・・・っ!?」

 床へと寝転がり、天井を見上げたアランは何やら急に驚きの声を上げている。
 それにトラブルの匂いを感じて焦り始めるアレクシアの反応は、先ほどの事も考えれば当然であろう。
 しかしそれにアランは僅かに笑みを漏らすと、上を指差してアレクシアにもそちらを見るように勧めていた。

「うわぁ、綺麗・・・」
「な?何だか、馬鹿馬鹿しくなってくるなー」

 見上げた先には、綺麗な青空が広がっている。
 被害を他へと広げないために天井を向いてそれを放った守護者の判断に、暴走したエネルギーはそこを遮るものを悉く消し去っていた。
 そうしてその先には、何も遮るものがなくなった美しい青空だけが広がっている。
 それを見上げるアランは、全てが馬鹿馬鹿しくなったように両手を広げて寝転がっていた。

「ふふっ、そうね。あー・・・疲っれたぁ、もう動きたくなーい」
「そうだなー・・・もうちょっとここで・・・ん?」

 その余りの美しさは、それまでのなんやかんやを全て思わず忘れさせてしまう。
 アランの言葉に薄く笑みを漏らしたアレクシアは、自らも彼に習うようにその四肢を投げ出している。
 そんな彼女の振る舞いをアランも笑って受け入れて、二人隣に並んでのんびりとした午睡の時間がいつまでも続くかのように思われた。

「お、おい!アレクシア、そんな場合じゃねぇ!急ぐぞ!!」
「えー、何でよ?今やったばかりじゃない、もう少し・・・」

 ぽっかり空いた青空は、それだけこの遺跡の構造物が破壊されたことを意味している。
 先ほどからパラパラと落ちてきていた瓦礫の欠片も、今やさらに激しくなってきており、それはこの遺跡の崩壊を予感させていた。

「それどころじゃねぇってんだよ!!ここはもう駄目だ!さっさとずらかるぞ!!」
「えっ、嘘でしょ!?わっ、わっ、本当だ!!ちょ、どうすればいいの!?」
「とにかく、これだけでも持って帰っぞ!!アレクシア、そっちを頼む!」

 耳を澄ませば、何やら地響きのような音も聞こえてきているような気がする。
 それに慌てて焦った声を上げるアランに、アレクシアもようやく尋常な事態ではないと気が付いたのかその身体を跳ね起きさせていた。

「ちょ、ちょっと待って!せめてこれだけでも・・・」
「おい早くしろ!もう時間がねぇぞ!!」
「分かってる!!あぁもう、これだけいいか!!」

 焦りの声を上げ、少しでも早くこの場から立ち去ろうとしているアランに、アレクシアは散乱させてしまった荷物の内、無事なものだけでも回収しようと試みている。
 しかし、その全てを回収しきる時間はないだろう。
 アレクシアはその内の一つ二つを回収すると、慌ててアランの下へと引き返していた。

「よし!いいわよ、アラン!!」
「よっしゃ!行くぞ・・・って、うおぉぉぉ!?もうかよぉぉぉ!!?」
「ひぇぇぇぇっ!!?」

 回収を途中で切り上げてアランの下へと戻って来たアレクシアは、彼が半分担いでいる遺物の下へと潜りこむと、その反対側を持ち上げている。
 引き揚げ準備の完了に、アランは意気揚々と踏み出そうとしていたが、その背後からは重々しい崩壊の音が響く。
 それは、この遺跡が崩壊を始めた合図だろう。
 つまりは、もはや一刻の猶予もないという事だ。

「急げ急げ急げ!!こんな所で死ぬなんて、冗談じゃねぇぞ!!」
「うわーん、もうやだー!!おうち帰るー!!!」

 一度始まった崩壊は、連鎖して周りを巻き込んでいく。
 それは急速に広がっていき、彼らの逃げ道を塞ぐだろう。
 それよりも速く、二人は逃げなければならない。
 落ちる瓦礫に、立ち込める土埃を突き抜けて二人は駆ける。
 その顔に、必死の涙を流しながら。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~

おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。 どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。 そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。 その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。 その結果、様々な女性に迫られることになる。 元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。 「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」 今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。

迷い人 ~異世界で成り上がる。大器晩成型とは知らずに無難な商人になっちゃった。~

飛燕 つばさ
ファンタジー
孤独な中年、坂本零。ある日、彼は目を覚ますと、まったく知らない異世界に立っていた。彼は現地の兵士たちに捕まり、不審人物とされて牢獄に投獄されてしまう。 彼は異世界から迷い込んだ『迷い人』と呼ばれる存在だと告げられる。その『迷い人』には、世界を救う勇者としての可能性も、世界を滅ぼす魔王としての可能性も秘められているそうだ。しかし、零は自分がそんな使命を担う存在だと受け入れることができなかった。 独房から零を救ったのは、昔この世界を救った勇者の末裔である老婆だった。老婆は零の力を探るが、彼は戦闘や魔法に関する特別な力を持っていなかった。零はそのことに絶望するが、自身の日本での知識を駆使し、『商人』として新たな一歩を踏み出す決意をする…。 この物語は、異世界に迷い込んだ日本のサラリーマンが主人公です。彼は潜在的に秘められた能力に気づかずに、無難な商人を選びます。次々に目覚める力でこの世界に起こる問題を解決していく姿を描いていきます。 ※当作品は、過去に私が創作した作品『異世界で商人になっちゃった。』を一から徹底的に文章校正し、新たな作品として再構築したものです。文章表現だけでなく、ストーリー展開の修正や、新ストーリーの追加、新キャラクターの登場など、変更点が多くございます。

地獄の手違いで殺されてしまったが、閻魔大王が愛猫と一緒にネット環境付きで異世界転生させてくれました。

克全
ファンタジー
「第3回次世代ファンタジーカップ」参加作、面白いと感じましたらお気に入り登録と感想をくださると作者の励みになります! 高橋翔は地獄の官吏のミスで寿命でもないのに殺されてしまった。だが流石に地獄の十王達だった。配下の失敗にいち早く気付き、本来なら地獄の泰広王(不動明王)だけが初七日に審理する場に、十王全員が勢揃いして善後策を協議する事になった。だが、流石の十王達でも、配下の失敗に気がつくのに六日掛かっていた、高橋翔の身体は既に焼かれて灰となっていた。高橋翔は閻魔大王たちを相手に交渉した。現世で残されていた寿命を異世界で全うさせてくれる事。どのような異世界であろうと、異世界間ネットスーパーを利用して元の生活水準を保証してくれる事。死ぬまでに得ていた貯金と家屋敷、死亡保険金を保証して異世界で使えるようにする事。更には異世界に行く前に地獄で鍛錬させてもらう事まで要求し、権利を勝ち取った。そのお陰で異世界では楽々に生きる事ができた。

神の宝物庫〜すごいスキルで楽しい人生を〜

月風レイ
ファンタジー
 グロービル伯爵家に転生したカインは、転生後憧れの魔法を使おうとするも、魔法を発動することができなかった。そして、自分が魔法が使えないのであれば、剣を磨こうとしたところ、驚くべきことを告げられる。  それは、この世界では誰でも6歳にならないと、魔法が使えないということだ。この世界には神から与えられる、恩恵いわばギフトというものがかって、それをもらうことで初めて魔法やスキルを行使できるようになる。  と、カインは自分が無能なのだと思ってたところから、6歳で行う洗礼の儀でその運命が変わった。  洗礼の儀にて、この世界の邪神を除く、12神たちと出会い、12神全員の祝福をもらい、さらには恩恵として神をも凌ぐ、とてつもない能力を入手した。  カインはそのとてつもない能力をもって、周りの人々に支えられながらも、異世界ファンタジーという夢溢れる、憧れの世界を自由気ままに創意工夫しながら、楽しく過ごしていく。

異世界で穴掘ってます!

KeyBow
ファンタジー
修学旅行中のバスにいた筈が、異世界召喚にバスの全員が突如されてしまう。主人公の聡太が得たスキルは穴掘り。外れスキルとされ、屑の外れ者として抹殺されそうになるもしぶとく生き残り、救ってくれた少女と成り上がって行く。不遇といわれるギフトを駆使して日の目を見ようとする物語

アイテムボックス無双 ~何でも収納! 奥義・首狩りアイテムボックス!~

明治サブ🍆スニーカー大賞【金賞】受賞作家
ファンタジー
※大・大・大どんでん返し回まで投稿済です!! 『第1回 次世代ファンタジーカップ ~最強「進化系ざまぁ」決定戦!』投稿作品。  無限収納機能を持つ『マジックバッグ』が巷にあふれる街で、収納魔法【アイテムボックス】しか使えない主人公・クリスは冒険者たちから無能扱いされ続け、ついに100パーティー目から追放されてしまう。  破れかぶれになって単騎で魔物討伐に向かい、あわや死にかけたところに謎の美しき旅の魔女が現れ、クリスに告げる。 「【アイテムボックス】は最強の魔法なんだよ。儂が使い方を教えてやろう」 【アイテムボックス】で魔物の首を、家屋を、オークの集落を丸ごと収納!? 【アイテムボックス】で道を作り、川を作り、街を作る!? ただの収納魔法と侮るなかれ。知覚できるものなら疫病だろうが敵の軍勢だろうが何だって除去する超能力! 主人公・クリスの成り上がりと「進化系ざまぁ」展開、そして最後に待ち受ける極上のどんでん返しを、とくとご覧あれ! 随所に散りばめられた大小さまざまな伏線を、あなたは見抜けるか!?

大工スキルを授かった貧乏貴族の養子の四男だけど、どうやら大工スキルは伝説の全能スキルだったようです

飼猫タマ
ファンタジー
田舎貴族の四男のヨナン・グラスホッパーは、貧乏貴族の養子。義理の兄弟達は、全員戦闘系のレアスキル持ちなのに、ヨナンだけ貴族では有り得ない生産スキルの大工スキル。まあ、養子だから仕方が無いんだけど。 だがしかし、タダの生産スキルだと思ってた大工スキルは、じつは超絶物凄いスキルだったのだ。その物凄スキルで、生産しまくって超絶金持ちに。そして、婚約者も出来て幸せ絶頂の時に嵌められて、人生ドン底に。だが、ヨナンは、有り得ない逆転の一手を持っていたのだ。しかも、その有り得ない一手を、本人が全く覚えてなかったのはお約束。 勿論、ヨナンを嵌めた奴らは、全員、ザマー百裂拳で100倍返し! そんなお話です。

貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。

黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。 この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。

処理中です...