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アランとアレクシア
吐露
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「これ、どう嵌めるんだ?ここでいいのか?よく分かんねぇな・・・」
近く、聞こえた声からは焦りの色が浮かんでいた。
その声と共に聞こえてきたガチャガチャと何やら弄る音に、そうじゃないと口にしようとした声は言葉にならずに消えていく。
「おっ!もしかしてここに嵌める感じか!?なるほどね、この金具が壊れてどっか行ったのか。でも嵌めるだけなら・・・どうだ、これでいいじゃないか?」
開くことのない目蓋に、周りの状況を知るにはこの声と感触に頼る他ない。
それが変わり、馴染んだ音が聞こえてくると安堵する。
ようやく解放されるのだと。
「っと、よく見りゃ所々破れるところがあんな。これは・・・あぁ、補修しようとしてあれを取っ払ってんのか。あー、またやり直しになっちまうが仕方ねぇよな?」
何かが嵌められる音が聞こえたと思うと、今度はこの身体をごそごそと探られている。
その感触には心当たりがあったが、その下手くそなやり方には思わず笑ってしまいそうになった。
「よし、よし!いけそうだな!!後は・・・ここを操作するのか?」
その必要はないと、告げようとした意識は緩む呼吸に急速に遠のいていく。
吸い込むたびに痛みを齎していたそれは、いつか柔らかに変わって。
その優しさに喉が潤ったならば、もう安らかに眠ってしまいたい。
「ん?もしかして必要ない感じか?まぁ、変に触っておかしくするのもなんだしな。少し様子を見てみるか・・・今の内に、ちょっと近くを見て回っておくか?何か、あるかもしれないしな」
行かないでと、願った思いすら今や眠りの中に。
もはや、遠のいていく足音の行方も定かではなかった。
「行かないで!!」
思わずこの喉から絞り出された声は、望んでも叶わなかった願いの名残。
しかしそれも時間の断絶を挟んで振り絞れば、沈黙を齎す場違いともなった。
跳ね起きた勢いのままそう叫んだアレクシアの姿に、アランは何とも言えない表情で固まってしまっていた。
「お、おう。起きたのか、アレクシア。いや、別にどこにも行かねぇけどな・・・つうか、帰って来たばっかだし・・・」
目覚めと共に放ったにしては、その声ははっきりと言葉を紡いでしまっている。
だからこそその言葉に込めた寂しさも伝わってしまい、アランはどこか気まずそうにその場を動けずにいた。
「・・・?っっぅ!!?ち、違うから!!何でもないから!!」
そんな言葉を放った本人も、寝覚めのぼんやりとした意識ではそれを理解することは出来ない。
しかし目の前のアランの不自然な態度や、このおかしな空気を感じ取ればやがてそれに気づくことも出来るだろう。
そうしてようやく、自らの放った言葉の意味に気付いたアレクシアは、その顔を真っ赤に染めると必死に両手を振ってはそれを否定しようとしていた。
「ふっふ~ん、そうなんだー・・・ほーら、アレクシアちゃーん。パパが帰って来たよー」
不意打ちで発生した気まずい空気も、そんな風に弱みを見せれば痛ぶっていいという合図にもなる。
顔を真っ赤に染め、明らかに恥ずかしがっている様子のアレクシアに、アランはにんまりとしたり顔を見せると、早速とばかりに彼女を煽る言葉を探し出していた。
「うっさい、黙れ!!この馬鹿、死ね、ゴミくず!!!」
両手を広げては顎を突き出して、まるでこっちに飛び込んで来いとでも言いたげなアランの態度に、アレクシアは怒り狂うと罵声を浴びせかける。
その語彙が貧弱なのは、彼女が怒り狂っているからか、それとも目覚めたばかりでまだ意識がはっきりしないためか。
少なくとも、その真っ赤に染まったままの頬がそれを助長したことだけは間違いない。
「ははっ、そんだけ元気がありゃ大丈夫だな!さっきまで顔色真っ青だったからな、安心したぜ」
近くの石ころや何かを掴んでは投げつけてくるアレクシアに、アランはそれを軽く躱しながら笑みを漏らしている。
そんな彼が口にした言葉は、アレクシアを黙らせるには十分な威力だった。
「ぐっ・・・な、何よ。急にいい奴ぶっちゃってさ・・・そんな風に言われると、もう怒れないじゃない・・・」
自分の体調を気遣う言葉に、それを耳にして思わず口籠ってしまう自分の顔が映るガラスの姿を目にしてしまえば、アレクシアももはやその口に上った罵声を飲み込むしかない。
その飲み込んでしまった言葉すら、呼吸が出来るという事実を伝えている。
またしても助けられてしまったという現実に、アレクシアは唇を尖らせてはぶつぶつと文句を零していた。
「ん?何か言ったか?」
「っ!?何でもない!!」
その唇の中で呟いたようなボリュームも、こんな何もない空間ではよく響いてしまう。
それでもアランがそれを聞き返したのは、その内容までははっきりと聞き取れなかったからだろう。
そんな彼の言葉にアレクシアが思わず大声を上げたのは、それが本当に聞かれたくなかったことだったのか。
顔を隠すように蹲り、小さくなってしまったアレクシアに、アランは困ったように頭を掻いていた。
「まぁ、とにかく・・・無事で良かった」
「っ!」
何故か急に俯き塞ぎ込んでしまったアレクシアに、アランは掛ける言葉が見つからない。
だからなのか彼は何も考えずに、ただただ本心からの喜びの言葉を彼女へと掛けていた。
しかしそれはだからこそ、アレクシアの心に突き刺さる。
驚くように、怯えるように震えた彼女は思わず背中をびくりと跳ねさせていた。
「・・・でよ」
「ん?何だ?また何か―――」
「何でよ!?何で私なんかに、そんな優しくすんのよ!!」
余計に俯いてしまったアレクシアの声は、よく聞き取れない。
アレクシアの隣へと腰を下ろしていたアランはそれをちゃんと聞き取ろうと聞き返すが、そうして近づけた耳に彼女の絶叫が突き刺さる。
「っ!?うおっ!?びっくりしたぁ・・・いや、何でって言われてもな・・・それは―――」
耳元で叫ばれた大声に、アランは思わずそれを押さえている。
彼女が求めた優しさの理由を、アランは持ち合わせてはいない。
だから彼は、困ったように頭を掻いている。
しかしそれは、アレクシアが感情の吐露を止める理由にはならなかった。
「あの時も、その前だって!!あんたは学院のトップで、大貴族の子供で・・・私は没落した貴族の娘でしかなかったのに・・・!!何で、何で私を・・・私なんかを、助けるのよぉ・・・」
没落貴族の落ちこぼれ。
一年遅れの貧乏人。
それらは親類の伝手で、本来は入学を許されない立場でありながらジョンソン=クロックフォード学院に一年遅れで入学した、アレクシア・ハートフィールドにつけられた蔑称であった。
「お、おい!?泣くなよ!何かこっちが悪いみたいな気になんだろ!」
アレクシア・ハートフィールドは優秀であった。
しかしそれは、周りから認められるという事を意味しない。
もはや貴族と呼ばれることすら憚られる彼女の存在は、次世代のエリートを育成する学院の中では間違いなく異物であり、腫物のようにあるいはもっとはっきりと邪魔者として扱われた。
「ねぇ、どうして?どうして、あの時私を助けたの?あれがなければ私は、諦められたのに・・・」
「・・・あの時?」
そこで頑張れば、周りから認められる。
そうすればきっと、没落した家名も取り戻せる。
そんな希望を抱いて学院へと足を踏み入れた彼女の願いは、残酷な現実の前に踏みにじられた。
しかしそれは、覚悟していた筈であった。
それでもいいと、そうなれば諦められると。
それは彼女の中に残った、僅かな未練を振り切るための儀式だったのかもしれない。
そしてそれは、そのままであれば願ったままに叶えられる筈であった。
あの時、こいつに出会わなければ―――。
近く、聞こえた声からは焦りの色が浮かんでいた。
その声と共に聞こえてきたガチャガチャと何やら弄る音に、そうじゃないと口にしようとした声は言葉にならずに消えていく。
「おっ!もしかしてここに嵌める感じか!?なるほどね、この金具が壊れてどっか行ったのか。でも嵌めるだけなら・・・どうだ、これでいいじゃないか?」
開くことのない目蓋に、周りの状況を知るにはこの声と感触に頼る他ない。
それが変わり、馴染んだ音が聞こえてくると安堵する。
ようやく解放されるのだと。
「っと、よく見りゃ所々破れるところがあんな。これは・・・あぁ、補修しようとしてあれを取っ払ってんのか。あー、またやり直しになっちまうが仕方ねぇよな?」
何かが嵌められる音が聞こえたと思うと、今度はこの身体をごそごそと探られている。
その感触には心当たりがあったが、その下手くそなやり方には思わず笑ってしまいそうになった。
「よし、よし!いけそうだな!!後は・・・ここを操作するのか?」
その必要はないと、告げようとした意識は緩む呼吸に急速に遠のいていく。
吸い込むたびに痛みを齎していたそれは、いつか柔らかに変わって。
その優しさに喉が潤ったならば、もう安らかに眠ってしまいたい。
「ん?もしかして必要ない感じか?まぁ、変に触っておかしくするのもなんだしな。少し様子を見てみるか・・・今の内に、ちょっと近くを見て回っておくか?何か、あるかもしれないしな」
行かないでと、願った思いすら今や眠りの中に。
もはや、遠のいていく足音の行方も定かではなかった。
「行かないで!!」
思わずこの喉から絞り出された声は、望んでも叶わなかった願いの名残。
しかしそれも時間の断絶を挟んで振り絞れば、沈黙を齎す場違いともなった。
跳ね起きた勢いのままそう叫んだアレクシアの姿に、アランは何とも言えない表情で固まってしまっていた。
「お、おう。起きたのか、アレクシア。いや、別にどこにも行かねぇけどな・・・つうか、帰って来たばっかだし・・・」
目覚めと共に放ったにしては、その声ははっきりと言葉を紡いでしまっている。
だからこそその言葉に込めた寂しさも伝わってしまい、アランはどこか気まずそうにその場を動けずにいた。
「・・・?っっぅ!!?ち、違うから!!何でもないから!!」
そんな言葉を放った本人も、寝覚めのぼんやりとした意識ではそれを理解することは出来ない。
しかし目の前のアランの不自然な態度や、このおかしな空気を感じ取ればやがてそれに気づくことも出来るだろう。
そうしてようやく、自らの放った言葉の意味に気付いたアレクシアは、その顔を真っ赤に染めると必死に両手を振ってはそれを否定しようとしていた。
「ふっふ~ん、そうなんだー・・・ほーら、アレクシアちゃーん。パパが帰って来たよー」
不意打ちで発生した気まずい空気も、そんな風に弱みを見せれば痛ぶっていいという合図にもなる。
顔を真っ赤に染め、明らかに恥ずかしがっている様子のアレクシアに、アランはにんまりとしたり顔を見せると、早速とばかりに彼女を煽る言葉を探し出していた。
「うっさい、黙れ!!この馬鹿、死ね、ゴミくず!!!」
両手を広げては顎を突き出して、まるでこっちに飛び込んで来いとでも言いたげなアランの態度に、アレクシアは怒り狂うと罵声を浴びせかける。
その語彙が貧弱なのは、彼女が怒り狂っているからか、それとも目覚めたばかりでまだ意識がはっきりしないためか。
少なくとも、その真っ赤に染まったままの頬がそれを助長したことだけは間違いない。
「ははっ、そんだけ元気がありゃ大丈夫だな!さっきまで顔色真っ青だったからな、安心したぜ」
近くの石ころや何かを掴んでは投げつけてくるアレクシアに、アランはそれを軽く躱しながら笑みを漏らしている。
そんな彼が口にした言葉は、アレクシアを黙らせるには十分な威力だった。
「ぐっ・・・な、何よ。急にいい奴ぶっちゃってさ・・・そんな風に言われると、もう怒れないじゃない・・・」
自分の体調を気遣う言葉に、それを耳にして思わず口籠ってしまう自分の顔が映るガラスの姿を目にしてしまえば、アレクシアももはやその口に上った罵声を飲み込むしかない。
その飲み込んでしまった言葉すら、呼吸が出来るという事実を伝えている。
またしても助けられてしまったという現実に、アレクシアは唇を尖らせてはぶつぶつと文句を零していた。
「ん?何か言ったか?」
「っ!?何でもない!!」
その唇の中で呟いたようなボリュームも、こんな何もない空間ではよく響いてしまう。
それでもアランがそれを聞き返したのは、その内容までははっきりと聞き取れなかったからだろう。
そんな彼の言葉にアレクシアが思わず大声を上げたのは、それが本当に聞かれたくなかったことだったのか。
顔を隠すように蹲り、小さくなってしまったアレクシアに、アランは困ったように頭を掻いていた。
「まぁ、とにかく・・・無事で良かった」
「っ!」
何故か急に俯き塞ぎ込んでしまったアレクシアに、アランは掛ける言葉が見つからない。
だからなのか彼は何も考えずに、ただただ本心からの喜びの言葉を彼女へと掛けていた。
しかしそれはだからこそ、アレクシアの心に突き刺さる。
驚くように、怯えるように震えた彼女は思わず背中をびくりと跳ねさせていた。
「・・・でよ」
「ん?何だ?また何か―――」
「何でよ!?何で私なんかに、そんな優しくすんのよ!!」
余計に俯いてしまったアレクシアの声は、よく聞き取れない。
アレクシアの隣へと腰を下ろしていたアランはそれをちゃんと聞き取ろうと聞き返すが、そうして近づけた耳に彼女の絶叫が突き刺さる。
「っ!?うおっ!?びっくりしたぁ・・・いや、何でって言われてもな・・・それは―――」
耳元で叫ばれた大声に、アランは思わずそれを押さえている。
彼女が求めた優しさの理由を、アランは持ち合わせてはいない。
だから彼は、困ったように頭を掻いている。
しかしそれは、アレクシアが感情の吐露を止める理由にはならなかった。
「あの時も、その前だって!!あんたは学院のトップで、大貴族の子供で・・・私は没落した貴族の娘でしかなかったのに・・・!!何で、何で私を・・・私なんかを、助けるのよぉ・・・」
没落貴族の落ちこぼれ。
一年遅れの貧乏人。
それらは親類の伝手で、本来は入学を許されない立場でありながらジョンソン=クロックフォード学院に一年遅れで入学した、アレクシア・ハートフィールドにつけられた蔑称であった。
「お、おい!?泣くなよ!何かこっちが悪いみたいな気になんだろ!」
アレクシア・ハートフィールドは優秀であった。
しかしそれは、周りから認められるという事を意味しない。
もはや貴族と呼ばれることすら憚られる彼女の存在は、次世代のエリートを育成する学院の中では間違いなく異物であり、腫物のようにあるいはもっとはっきりと邪魔者として扱われた。
「ねぇ、どうして?どうして、あの時私を助けたの?あれがなければ私は、諦められたのに・・・」
「・・・あの時?」
そこで頑張れば、周りから認められる。
そうすればきっと、没落した家名も取り戻せる。
そんな希望を抱いて学院へと足を踏み入れた彼女の願いは、残酷な現実の前に踏みにじられた。
しかしそれは、覚悟していた筈であった。
それでもいいと、そうなれば諦められると。
それは彼女の中に残った、僅かな未練を振り切るための儀式だったのかもしれない。
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