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衝突

救いと決着

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 熱いと感じた次の瞬間に、急激に冷たくなっていくのは、それが痛みだと知ったから。
 鋭くも尖ってもいない牙に切り裂かれた肉からは、鈍い痛みが届く。
 その痛みに悲鳴を上げなかったのは、それが奴らを引き寄せる餌になると知っていたからか。
 痛みに縮こまり傷を庇うように両手を覆ったアレクシアは、次に来る衝撃に備えて奥歯を噛みしめていた。

「・・・何で?どうして、何もしてこないの?」

 しかしそれは、いつまで経ってもやってくることはなかった。
 やってくる痛みに備えて強く目蓋を閉じていたアレクシアは、それを不思議に思いゆっくりとその目を開く。
 その目は、ある男の背中を見ていた。

「何やってんだ、お前?んな荷物背負って、こんなのと戦える訳ねーだろ?ちっと考えりゃ分かるだろーが、このアホが!」

 その男は、地面へと座り込んだ彼女を守るように魔物達の前へと立ち塞がっている。
 彼の前には、一撃の下に切り殺された魔物の死体が一つ、二つと転がっていた。

「アラン・ブレイク・・・何で、あんたが・・・?」

 その男、アラン・ブレイクは心底呆れ返ったかのような顔で振り返ると、彼女の罵倒する言葉を吐いている。
 その間にも彼は、軽々と飛び掛かってくる魔物達を切り殺してしまう。
 そんな彼に怯えて、魔物達も距離を取り始め、容易には飛び掛かってこなくなっている。
 その姿を座り込んだ高さから見上げるアレクシアには、彼がより一層大きく見えていた。

「あぁ?何でって、そりゃ近くにいたから・・・いや、それじゃ理由になんねぇか?勝負の最中だしな・・・大体、俺ぁこいつの事が大嫌いで・・・」

 アレクシアがアランに理由を尋ねたのは、彼が何故そんなことをしたのか分からなかったからか。
 お互いに嫌う理由こそあれ助ける理由などない二人に、尋ねられたアランも思わず首を捻ってしまう。

「あぁ、もう!しゃらくせぇ、どうだっていいだろそんなの!!俺がやりたかったから、やってるだけなんだよ!!あーあー!ストレスが溜まってんなー、どっか適当な魔物でもぶっ殺してストレス解消してーなー!!おっ、丁度いい所に丁度いい魔物が!!おらぁ!てめぇら俺のために死に晒せや!!」

 他人から尋ねられた疑問が、自らの内側からも生じてしまえば、もう答えは出ない。
 そうして考えるのを止めたアランは、大声を上げてそれを誤魔化すと、適当な理由をでっち上げてしまっていた。

「はぁ!?あんた何を言って・・・げほっ、げほっげほっ!?息が・・・どうして・・・!?」

 アランの強引な論法には、アレクシアも流石に騙されはしない。
 それでは理由にならないと突っ込もうとした彼女はしかし、その途中で激しく咳き込んでしまっていた。

「何だ?どうした、おい!?って、お前これ・・・破けてんじゃねーか!?大丈夫なのかよ、不味いんじゃねーか!!?」

 それは彼女が身に纏っている耐毒スーツの一部が、破損してしまっているからであった。
 肉を裂かれるような傷に、その上を覆っていた衣服が無事な訳もない。
 しかし外部の空気を遮断することで、内部の空気を清浄に保っていたその服に、一部とはいえ穴が開いてしまうのは致命的な問題であった。

「ちっ・・・おい!何か穴を塞ぐもんとか持ってねぇのか!?聞いてるか、おい!?」

 その様子にようやくその状況に気付いたアランは、慌てた様子で彼女へと声を掛けている。
 彼には平気なこの場の空気でも、彼女には猛毒だ。
 例え一口吸い込んですぐさま死に至ることはなくとも、その余裕はそれほどないことは彼女の様子からも明白であった。

「げほっ、げほっげほっ!!はぁはぁ、はぁ・・・そ、そこにテープが・・・」
「テープ?テープって何だ?と、とにかくそれがあれば穴が塞げるんだな!?よし、任せろ!」

 激しく咳き込みながらも、それが何よりも必要なことだと分かっているアレクシアは、アランの言葉に腰の辺りを示している。
 そこには幾つかのポケットがあり、そこに恐らく緊急時の補修道具が入っているのだろう。
 彼女が口にした「テープ」という言葉の意味が分からず首を捻ったアランも、それが分かれば十分だとそれに手を伸ばそうとしていた。

「ガゥ!!」

 しかしそんな隙だらけな姿を見逃すほど、彼らを取り囲んでいる魔物達は甘くなかった。

「ちっ、こいつら・・・次から次へと!何だぁ、俺らの言葉が分かんのかよ!?」

 真っ先に飛び掛かってきた魔物は、アランが咄嗟の反応で切り落としている。
 そしてそれが次から次へとやってくれば、彼とてそれに対応するのに精一杯になってしまうだろう。
 しかしそれでは、アレクシアを救うことが出来ない。
 そうこうしている内に、彼女の呼吸は徐々に弱弱しくなり、間隔もまちまちになってしまっていた。
 このままでは遠からず、彼女は死んでしまうだろう。
 魔物達はまるでそれが分かっているかのように、無理に飛び掛かってこようとせずに、アランを邪魔するように牽制の攻撃を繰り返していた。

「くっ、このままじゃ・・・おい、アレクシア!!てめぇ、それぐらい自分で何とかしやがれ!!俺にばっか面倒掛けてんじゃねぇよ!!」
「っ!はぁ、はぁ、はぁ・・・な、なによ・・・好き勝手、言ってくれるじゃない・・・それ、ぐらい・・・私だって・・・やれる、わよ」
「だったら早くやれよ!!それぐらいの間なら、面倒見てやらぁ!!分かったら、俺に感謝しろや!!」

 アランへと襲い掛かっている魔物達は、その動きを牽制し妨害することに終始している。
 そうした相手では、いかなアランでも致命傷を与えることは難しい。
 このままではただただ時間が浪費されるばかりだと判断したアランは、アレクシア自身に自らの服の補修をやらせようと声を掛ける。
 その言葉が挑発的だったのは、息も絶え絶えなアレクシアにやる気を振り絞らせるためか。
 事実、その言葉にアレクシアは何とかその腕を動かそうとしていた。

「遅ぇ遅ぇ!!何年掛けるつもりだ、てめぇは!!そこで干からびて、婆にでもなるつもりかよ!?そこまで付き合いきれねぇぞ!!」
「うっ・・・さいわねぇ・・・少しは、黙りなさいよ・・・ん!」

 ようやく動き出しアレクシアの腕も、それは亀の這うような遅さだ。
 その間をアランが耐え続けることは容易であったが、それでは彼女の命が間に合わないだろう。
 そんな彼女のさらに急がせようと、アランは挑発的な言葉を続けている。
 それに文句のような声を返すアラクシアはしかし、僅かに腕の動きを早くしていた。

「ようやく、一つ・・・貼れたぁ・・・はふぅ・・・」

 ようやく貼れたテープに流入する毒気が減ったのか、アレクシアはその表情を僅かに緩ませている。
 しかしその気の緩みは、毒気によって意識を朦朧とさせている彼女にとっては、文字通り毒ともなる甘えであった。
 僅かに楽になった呼吸と成し遂げた達成感は、彼女の身体を満足感で包み込み覚めない眠りへと誘いこもうとする。
 それに抗うほどの気力を残していないアレクシアは、その眠気に誘われるがままに頭を落としてしまっていた。

「おいおい!!一個やったぐらいで、満足しておねんねかぁ!?こちとらてめぇのために、時間作ってやってんのに・・・大層なご身分だな、おい!まだそっちにも、こっちにも穴が開いてんぞぉ!!いつまで掛けんだぁ、てめぇは!!」
「はっ!?言わせて、おけばぁ・・・こっちは、息も出来なく、て・・・苦しい、のよ・・・」

 微睡みへと向かうアレクシアに、アランの罵声が響く。
 その彼女を扱き下ろし、馬鹿にする口調は何よりその意識を揺り動かすだろう。
 地面へと垂れた頭をがくりと揺り起こしたアレクシアは、その口元の涎を拭おうともせずに再びスーツの補修作業へと戻っていく。

「はっ、世話の焼ける眠り姫だこって!目覚めのキスでもくれやろうか?このスーパーイケメンの王子様がよぉ!!
「っ!?馬鹿じゃないの、そんなのこっちから・・・お断りよ!!」

 補修作業が進むたびに緩む気を引き締めるように、アランの軽口は終わることはない。
 それに応えるアレクシアの声が段々とはっきりしてきたのは、それだけ補修作業が順調に捗っているからか。

「これで・・・最後!!はぁ、はぁ、はぁ・・・どうよ!私だって、やれば・・・出来るん・・・だか・・・らぁ」

 最後の穴をテープで塞いだアレクシアは、それをアランへと誇らしげに語ろうとしていたが、それを成し遂げるまでには彼女の意識は持ちはしない。
 やり切った達成感に、ゆっくりと意識を手放していく彼女は、そのまま地面へと横たわっていってしまっていた。

「あぁ?寝ちまったのか?ったく、世話が焼けるぜ・・・ま、何とかなっただけマシか?」

 完全に意識を失い、地面へと倒れこむ彼女の音は軽い。
 それは彼女はそれまで僅かに身体を起こしていただけで、ほとんど地面に横たわっていたからだ。
 そんな僅かな物音からでも自らの背後で何が起こったかを察したアランは、軽く頭を掻くと皮肉げに唇を釣り上げていた。

「そんじゃ・・・こっちも片付けるとしますかね」

 ゆっくりと担いだ剣に、その腹でポンポンと肩を叩いたアランは、アレクシアの寝顔から視線を移すと正面へと向き直る。
 そこにはアランへの妨害を繰り返し、そのたびに彼に撃退されてしまっていた魔物達の姿があった。
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