上 下
34 / 168
希望はのんびりスローライフ

子供達の戦い 7

しおりを挟む
 断続的に響いている唸り声のような雄叫びに、魔物達が迫っている事を知らせている。
 その距離は徐々に近づいているが、響くボリュームの大きさにその数が減ってきている事は窺えた。

「はぁっ・・・はぁ・・・はぁっ、す、すまんっ!限界だっ!」
「・・・もう、無理」

 集団の最後尾を必死な顔で走っていたクロードとイダは、ほぼ同じタイミングでその手を膝へとついていた。
 彼らの上がった息の激しさは、ちょっとの休憩程度では整わないだろう。
 彼らの周りの心配そうにうろうろしているティオフィラも、対処の方法が分からなくて前方へと視線を向ける。

「クララ!にいやんもイダも、もう駄目にゃ!!どうすればいいのにゃ!!」
「っ!エミリア、アンナ!クロード様を!!ティオフィラはイダをお願い」

 先頭を走っていたクラリッサも、ティオフィラの混乱した声に足を止める。
 彼女は振り返って二人の状態を目にすると、すぐに近くの二人へと指示を飛ばした。
 クラリッサの声にティオフィラはイダの前へとしゃがみ、彼女を急かすように背中を叩く。
 その背中へと圧し掛かったイダにティオフィラは小さく呻き声を上げる、それでも彼女はどうにか足に力を込めて踏ん張っていた。

「クラリッサ!?一人で前方の警戒をする気!」
「私なら何とかなる!二人は早くクロード様を!!」

 前方への警戒をクラリッサと二人で担っていたエミリアは、彼女の指示に不安を口にする。
 クラリッサもその不安は感じていたのだろう、彼女を説き伏せる声は感情的なものでしかなかった。

「・・・エミリア、急ごう」
「でもっ!・・・分かった、任せる」

 少ない人員に選べる選択肢は多くはない、アンナは静かに重要視すべき対象へと動き出していた。
 彼女の声に反射的に反論の声を上げたエミリアは、クロードへと駆け寄っていくアンナの姿に目を伏せる。
 彼女にも分かっていたのだ、誰を切り捨てても守らなければならない者の存在を。

「ティオ!大丈夫?」
「・・・頑張るにゃ!!」
「無理はしないでね。エミリア、そっちをお願い!!」

 地面へと蹲りつつあったクロードの肩を支えたアンナは、ティオフィラへと気遣う声を掛ける。
 小柄だがずんぐりとした体形に、軽くはない体重のイダを担ぐのに苦労していたティオフィラは、それでも精一杯元気よく返事を返していた。
 彼女の強がりに笑みを漏らしたアンナは、遅れたやってきたエミリアへ開いてる方の肩を担ぐように指示を出す。

「・・・悪い、面倒を掛けて」
「気になさらないで下さい、クロード様」
「・・・そんな青い顔して、謝らないでよ。あんたは黙って抱えられてればいいの」

 二人の少女に抱えられたクロードは、足りない酸素に冷や汗を垂らしながら彼女達に謝罪の言葉を呟いていた。
 体格の違いに地面へと引きずる足は、痛みを覚える前にどうにか歩き始める。
 そのゆっくりとした速度は、イダを抱えて必死に前へと進んでいるティオフィラを置いて行くほどではなかった。

「ティオフィラ、アンナ、エミリア、問題ないわね!!ここからは少し速度を落とします!目的地までは、あと少しの筈―――」

 クロード達を抱えたアンナ達へと振り返ったクラリッサは、維持できない速度に歩みを緩める事を考えた。
 彼女には目的地までもうすぐである事も分かっており、まずい状況に落ちている士気を上げようとその事実を告げようとする。
 彼女のその声は、木々の間から飛来した影によって途絶えさせられてしまう。

「クラリッサ、危ない!!?」

 クロード達を抱えた少女達に気を取られていたクラリッサは、その存在に気がつかない。
 危険を告げる声を上げたのは、彼女の近くにいた少年だ。
 彼はクラリッサへと飛びつくと、彼女の小さな身体を弾き飛ばす。
 その背中には空から急降下してきた、ハーピーの鍵爪が突き刺さっていた。

「オラヴィ!?こいつっ!!」

 クラリッサを弾き飛ばした少年、オラヴィは長い耳を持ったエルフであった。
 彼をやられた事で激昂したのは、近くにいた同族の少女だ。
 彼女は弓を構えると、オラヴィの背中に鍵爪を突き刺したままのハーピーに狙いを定める。

「ぢ、ぢがう・・・上だ、エイニ!」

 オラヴィが血を吐き出しながら上を狙えと指示したのは、エルフの少女エイニが矢を放つのと同時だった。
 頭を貫かれ一撃で絶命したハーピーは、鍵爪を突き刺したままオラヴィの背中へと横たわる。

「やったっ・・・オラヴィ!!」
「キキィィーーー!!キキィィーーー!!!」

 小さく歓声を上げたエイニがオラヴィへと駆け寄るのと、上空から金切り声のような鳴き声が響き渡った。
 それが何の声かは、考えるまでもなく分かる。
 周辺から聞こえてきていた魔物達の声が、一斉にこちらに向かって動き出していた。

「オラヴィ、オラヴィ!この、こいつっ!!オラヴィ!なに・・・なにを言っているの?」
「に、にげろ・・・みん、な」

 オラヴィの身体に縋り付くエイニは、彼の身体に突き刺さったままのハーピーを急いで引き抜いた。
 うつ伏せになっていた彼の身体をひっくり返した彼女は、何事か呟いていた彼の唇へと耳を近づける。
 しかしそれは、彼の最後の言葉を聞き届けるだけだった。

「・・・オラヴィ?オラヴィ!!そんな・・・いやぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」

 皆に逃げろと告げたオラヴィは、最後に血溜りを吐き出すと目から光を失ってしまう。
 力を失った彼は顔を横へと俯かせる、そんな彼の姿にエイニは信じられないと一度頭を振ると、顔を覆って悲鳴を上げ始めた。

「・・・そんな、私のせいで」

 前方に注意を払うクラリッサに、上空を警戒するのはエミリアの役割だった。
 クロードを抱えているエミリアにその役割はこなせない、この事態を招いたのはクラリッサの判断なのは間違いない。
 クロードを見捨てる選択肢がない以上、避けられなかった事態も彼女は責任を感じてしまっていた。
 それは目の前で泣き崩れる、エイニの姿も無関係ではなかっただろう。

「しっかりしろぉ!!クラリッサ、お前が崩れた終わりなんだよ!!後悔なら、後にとっとけ!!」
「・・・サロモン、でも」

 泣き崩れているエイニへと、地面を這いずりながら近づこうとしていたクラリッサの胸倉を掴んで引き上げる少年がいた。
 サロモンと呼ばれたヒューマンの少年は、彼女を怒鳴りつけるように言葉を叩きつける。
 クラリッサはそれでも迷った瞳に、涙を湛えて頭を振っていた。

「そうよ、クラリッサ。あなたが今すべき事はなに?ここから逃げる事でしょう?・・・エイニの事なら私たちに任せて」
「ヨランダ、私は・・・」

 サロモンから突き放され、よろめいていたクラリッサはヒューマンの少女によって受け止められる。
 ヨランダと呼ばれた彼女は、クラリッサを抱きしめると諭すように優しく語り掛けた。

「うだうだ、うるせぇなぁ!!さっさと行きやがれ!!」

 ヨランダの言葉にもクラリッサはまだ迷いを口にしていたが、その迷いは無理やり彼女を押し出したサロモンによって無意味なものにされてしまう。

「クラリッサ、早く!もう時間がない!!」

 ふらつく足に、背中へとぶつかった木によってどうにか身体を支えていたクラリッサは、崩れ落ちるよりも先に、彼女の所まで追いついたエミリアに肩を掴まれる。
 魔物達の接近の予感に、その長い耳を忙しく動かしているエミリアは、必死にクラリッサの肩を揺すっては目を覚ましてと懇願する。

「・・・分かった、急ぎましょう」

 彼女が自らの力で地面を踏みしめるまで、そうは時間は掛からなかった。
 クラリッサは自らの肩を揺するエミリアの腕を撫でると、サロモン達へと視線を向ける。
 彼らは早く行けと手を振っていたが、クラリッサはその姿に悲しそうに目を伏せてしまう。

「・・・アンナ、後は頼んだ」
「アンナ様、お元気で」

 それぞれに別れを告げた彼らに、アンナは頷きを返すだけで立ち去っていく。
 その様子に、彼らは満足げな笑みを漏らした。
 構える得物に、魔物達の姿はすぐ傍まで迫っていた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

元34才独身営業マンの転生日記 〜もらい物のチートスキルと鍛え抜いた処世術が大いに役立ちそうです〜

ちゃぶ台
ファンタジー
彼女いない歴=年齢=34年の近藤涼介は、プライベートでは超奥手だが、ビジネスの世界では無類の強さを発揮するスーパーセールスマンだった。 社内の人間からも取引先の人間からも一目置かれる彼だったが、不運な事故に巻き込まれあっけなく死亡してしまう。 せめて「男」になって死にたかった…… そんなあまりに不憫な近藤に神様らしき男が手を差し伸べ、近藤は異世界にて人生をやり直すことになった! もらい物のチートスキルと持ち前のビジネスセンスで仲間を増やし、今度こそ彼女を作って幸せな人生を送ることを目指した一人の男の挑戦の日々を綴ったお話です!

田舎暮らしと思ったら、異世界暮らしだった。

けむし
ファンタジー
突然の異世界転移とともに魔法が使えるようになった青年の、ほぼ手に汗握らない物語。 日本と異世界を行き来する転移魔法、物を複製する魔法。 あらゆる魔法を使えるようになった主人公は異世界で、そして日本でチート能力を発揮・・・するの? ゆる~くのんびり進む物語です。読者の皆様ものんびりお付き合いください。 感想などお待ちしております。

スキルが全ての世界で無能力者と蔑まれた俺が、《殺奪》のスキルを駆使して世界最強になるまで 〜堕天使の美少女と共に十の塔を巡る冒険譚〜

石八
ファンタジー
スキルが全ての世界で、主人公──レイは、スキルを持たない無能力者であった。 そのせいでレイは周りから蔑まされ、挙句の果てにはパーティーメンバーに見限られ、パーティーを追放させられる。 そんなレイの元にある依頼が届き、その依頼を達成するべくレイは世界に十本ある塔の一本である始まりの塔に挑む。 そこで待っていた魔物に危うく殺されかけるレイだが、なんとかその魔物の討伐に成功する。 そして、そこでレイの中に眠っていた《殺奪》という『スキルを持つ者を殺すとそのスキルを自分のものにできる』という最強のスキルが開花し、レイは始まりの塔で数多のスキルを手にしていく。 この物語は、そんな《殺奪》のスキルによって最強へと駆け上がるレイと、始まりの塔の最上階で出会った謎の堕天使の美少女が力を合わせて十本の塔を巡る冒険譚である。

チートを極めた空間魔術師 ~空間魔法でチートライフ~

てばくん
ファンタジー
ひょんなことから神様の部屋へと呼び出された新海 勇人(しんかい はやと)。 そこで空間魔法のロマンに惹かれて雑魚職の空間魔術師となる。 転生間際に盗んだ神の本と、神からの経験値チートで魔力オバケになる。 そんな冴えない主人公のお話。 -お気に入り登録、感想お願いします!!全てモチベーションになります-

神の宝物庫〜すごいスキルで楽しい人生を〜

月風レイ
ファンタジー
 グロービル伯爵家に転生したカインは、転生後憧れの魔法を使おうとするも、魔法を発動することができなかった。そして、自分が魔法が使えないのであれば、剣を磨こうとしたところ、驚くべきことを告げられる。  それは、この世界では誰でも6歳にならないと、魔法が使えないということだ。この世界には神から与えられる、恩恵いわばギフトというものがかって、それをもらうことで初めて魔法やスキルを行使できるようになる。  と、カインは自分が無能なのだと思ってたところから、6歳で行う洗礼の儀でその運命が変わった。  洗礼の儀にて、この世界の邪神を除く、12神たちと出会い、12神全員の祝福をもらい、さらには恩恵として神をも凌ぐ、とてつもない能力を入手した。  カインはそのとてつもない能力をもって、周りの人々に支えられながらも、異世界ファンタジーという夢溢れる、憧れの世界を自由気ままに創意工夫しながら、楽しく過ごしていく。

フリーター転生。公爵家に転生したけど継承権が低い件。精霊の加護(チート)を得たので、努力と知識と根性で公爵家当主へと成り上がる 

SOU 5月17日10作同時連載開始❗❗
ファンタジー
400倍の魔力ってマジ!?魔力が多すぎて範囲攻撃魔法だけとか縛りでしょ 25歳子供部屋在住。彼女なし=年齢のフリーター・バンドマンはある日理不尽にも、バンドリーダでボーカルからクビを宣告され、反論を述べる間もなくガッチャ切りされそんな失意のか、理不尽に言い渡された残業中に急死してしまう。  目が覚めると俺は広大な領地を有するノーフォーク公爵家の長男の息子ユーサー・フォン・ハワードに転生していた。 ユーサーは一度目の人生の漠然とした目標であった『有名になりたい』他人から好かれ、知られる何者かになりたかった。と言う目標を再認識し、二度目の生を悔いの無いように、全力で生きる事を誓うのであった。 しかし、俺が公爵になるためには父の兄弟である次男、三男の息子。つまり従妹達と争う事になってしまい。 ユーサーは富国強兵を掲げ、先ずは小さな事から始めるのであった。 そんな主人公のゆったり成長期!!

おおぅ、神よ……ここからってマジですか?

夢限
ファンタジー
 俺こと高良雄星は39歳の一見すると普通の日本人だったが、実際は違った。  人見知りやトラウマなどが原因で、友人も恋人もいない、孤独だった。  そんな俺は、突如病に倒れ死亡。  次に気が付いたときそこには神様がいた。  どうやら、異世界転生ができるらしい。  よーし、今度こそまっとうに生きてやるぞー。  ……なんて、思っていた時が、ありました。  なんで、奴隷スタートなんだよ。  最底辺過ぎる。  そんな俺の新たな人生が始まったわけだが、問題があった。  それは、新たな俺には名前がない。  そこで、知っている人に聞きに行ったり、復讐したり。  それから、旅に出て生涯の友と出会い、恩を返したりと。  まぁ、いろいろやってみようと思う。  これは、そんな俺の新たな人生の物語だ。

処理中です...