ボケ老人無双

斑目 ごたく

文字の大きさ
上 下
74 / 78
トージロー

愛の力

しおりを挟む
「痛たたた・・・」

 咄嗟に掲げた杖によって何とか直撃を避けたカレンもその衝撃は凄まじく、彼女はかなりの距離を吹っ飛ばされてしまっていた。
 それはどうやら、彼女が先ほどまでいた野次馬達の所にまで届いたらしく、彼らは彼女を避けるように輪を作り、ざわざわと騒いでいた。

「っ!そうだ、それよりトージローは!?どうなったの!?」

 地面を激しく転がり、あちこち痛む身体を擦っていたカレンは、今がどんな状況であるかを思い出すと慌てて顔を上げる。

「ふー、ふー、ふー・・・!!!」

 その視線の先では、先ほどと変わらず目を血走らせ、その口元から涎をダラダラと垂れ流しているトージローの姿があった。

「あーーーもーーー!!まだ興奮状態だーーー!!折角ドラクロワを倒してたのに・・・これじゃ全然意味ないじゃん!!あぁもう、どうすればいいの!?どうすればいいのー!?」

 ドラクロワという強大な敵を倒したと思ったら、トージローというもはや手の施しようのないもっと強大な敵が現れてしまった。
 そんな事態に頭を抱えるカレンは、一体どうしたらいいのかと右往左往している。
 そんな彼女の対して、トージローはゆっくりと近づいてきていた。

「あんさん、そんな所で遊んどらんと、どっかいってくれまへんか!?ほらみぃ!あんひと、こっち来てもうとるがな!!ほら、早うあっちいって!!」

 そのトージローの姿は誰から見ても危険に見えるのか、野次馬の中から一人の恰幅のいい女性が飛び出してきて、その標的となっているカレンにどこかへ行ってくれと急かしている。

「貴方はあの時の・・・そうだ、マニヤさん!」
「誰が、マニヤやねん!!マリアやマリア!!えぇい、そんなんはどうでもええ!!早うどっかいきぃ!!ほら早う!!」

 それはかつてカレンの神殿を訪れたあの商人の女性、マリアであった。
 こんな状況にも拘わらず、それを思い出しては嬉しそうな声を上げるカレンに、彼女は早くどこかに行ってくれと必死に急かせている。
 彼女の焦りが物語るように、トージローはもはやカレンのすぐ後ろにまで迫っていた。

「トージロー様・・・私が正気に戻して差し上げます!!私の、愛の力で!!」

 そんな危機的状況に、一人の女性が立ち上がる。
 それはトージローに思いを寄せている女性、レティシアであった。

「駄目ですって!!?あんなのに近づけたら、私が殺されちゃいますから!!」
「行かせてください、エステルさん!行かせて!!」

 しかしトージローの下へと駆け寄ろうとしていたレティシアは、その一歩を進んだところで後ろから羽交い絞めにされている。
 それを止めたエステルは、そんな事を彼女にされては自分の首が危ないと、必死の形相で彼女へとしがみついている。
 その必死さには、流石のレティシアもそれを振り解くことは出来なさそうであった。

「ほっ・・・よかった。そんな愛の力なんかでこの状況がどうにかなる訳が・・・待てよ?」

 エステルによって止められたレティシアに、カレンはほっと胸を撫で下ろしている。
 レティシアが口にした世迷いごとなどでトージローが正気に戻る訳がなく、却って彼女を危険に晒すだけだと、カレンは安堵していた。
 しかしレティシアが口にしたそれは、本当に世迷いごとだろうか。

「そうだ、確か!!マニヤさん!少し、お願いしてもいいですか!?」
「だから、マリアやっちゅうねん!!何やお願いって、こんな時に・・・うちは嫌やぞ!!絶対にやらへんからな!!」

 レティシアの言葉から何かを閃いたカレンは、後ろを振り返るとマリアへと頭を下げている。
 それに何か嫌な予感を感じたマリアは、その内容を聞くこともなく却下してしまっていた。

「そこを何とかお願いします!!貴方しかいないんです!!」
「絶対嫌や!!何やらせたいんか分からんけど、あれはあんさんの身内やろ!?やったら、自分で何とかしぃ!!」

 カレンが何を頼みたいのか分からなくてもこの状況だ、それが誰に対する頼みごとなのかは聞かなくても分かる。
 マリアはカレンの後ろに迫るトージローを指差しながら、それの問題は彼女がどうにかすべきだと主張している。

「どうしても、聞いてくれないなら・・・」
「何や、やるっちゅうんか?何やったら出るとこ出ても・・・っ!?どこや、どこいったんや!?」
「・・・ごめんなさーい!!!」

 絶対にその頼みは聞けないという頑なな態度のマリアに、カレンは覚悟を決めた表情をすると、ジリジリとその距離を詰める。
 そしてカレンは素早くマリアの後ろへと潜りこむと、その背中を突き飛ばしていた。
 ドラクロワやトージローのような化け物に及ばなくとも彼女も冒険者の端くれだ、一般人であるマリアの目に留まらぬ速度で動くことぐらい出来る。
 そんな速度で背後へと潜りこまれたマリアは、カレンに為す術なく突き飛ばされてしまっていた。

「ひぃぃぃ!?何やって・・・ど、どうも。えぇと、確か・・・そうや!トージローはんでしたっけ?ちょ、調子はどないでっか?」
「ふー、ふー、ふー・・・!!!」

 カレンによって突き飛ばされたマリアは、何者かによって受け止められる。
 その何者かに対して顔を上げたマリアに待っていたのは、血走った目をしたトージローの姿だった。

「何でか分からないけど、トージローは彼女に気があったはず!もしかするとこれで・・・」

 突き飛ばされたマリアを受け止めたトージローは、相変わらず興奮した様子であったが彼女を優しく受け止めてはいる。
 そんな彼の様子に一縷の望みを賭け、カレンはこぶしを握り締める。

「ふー、ふー、ふー・・・!!!」
「・・・駄目なの?」

 しかしトージローは、相も変わらず異常に興奮したまま、その様子に変化は見られなかった。
 そんな彼の様子に、握りしめたこぶしを緩めるとカレンは諦めを口にしている。

「こっからどうすんねん!?何か考えがあるんやろうな、カレンはん!!まさかうちに、愛の力とやらを期待してんとちゃいますやろな!?うちにはそんなことっ―――!!!?」

 トージローに抱き留められたまま、もはや動くことも出来なくなったマリアは、その顔をチラチラと後ろに向けてはカレンに指示を仰いでいる。
 彼女は先ほどレティシアが口にしたような、愛の力など自分には期待してくれるなと口にしていたが、その口が別の者の唇によって塞がれる。

「お、おぉ!これは、うまくいった・・・のかな?」

 思い描いていたどおりの光景に、カレンは歓声を上げると再びこぶしを握り締めている。
 それはまさしく、愛の力による光景であった。

「何だこれ?全て丸く収まったって事でいいのか?」
「いいんじゃないの・・・ほら、何かキスしてるし。ハッピーエンドって事で」

 多くの人々の前で、二人の男女が口づけを交わしている。
 その光景に、全てが終わったのかと首を傾げている彼らは、とりあえずハッピーエンドっぽいその光景に、疎らな拍手を奏でていた。



「ほぁ!?ここはどこじゃ?わしはさっきまで何をしておったんかいのぅ・・・」

 長い長い口づけに、ようやくその手の力の緩めたトージローは、再びいつもの呆けた表情に戻ると、周りを不思議そうに眺めている。

「トージロー様、正気に戻られたのですね!!よかった・・・でも、レティシアは口惜しゅうございます!!」

 そんなトージローの姿に、レティシアは駆け寄ると彼へと喜びの声を掛けている。
 正気に戻ったトージローの姿を喜ぶ彼女であったが、その腕は衣服の裾を掴み、どこか悔しそうにしていた。

「はぁ、よかったぁ・・・これでようやく、全部終わったんだ」

 そんな平和な光景を見詰めるカレンは、力を失い膝から崩れ落ちると、深々と安堵の溜め息を漏らしている。
 彼女の目の前にはもはや何の脅威もなく、それは全てが終わったことを示していた。

「なーーーにが、全部終わったや!!うちは許さへんからな!!乙女の純情を弄びよってからに!!この事については、後できっちり話しさせてもらいまっからな!!」

 トージローからようやく解放され、その唇を拭うようにごしごしと擦っているマリアは、カレンの目の前まで近づくと、この事は後で問題にすると指を突きつけてきている。
 そしてそのままどこかへと消えていった彼女の姿を、カレンはただぼんやりと眺めていた。

「ははは、怒られちった・・・当然だよね。でもまぁ、これで・・・」

 去っていったマリアの後姿に、乾いた笑いを漏らしながらカレンは頭を掻いている。
 そして彼女はそのままゆっくりと後ろへと倒れると、そのまま目を閉ざしていた。
 全てをやりきり疲れ切った彼女は、しばらく目を覚まさないだろう。
 そんな彼女の耳に、どこか遠くから何やら騒ぎの物音が響いていたが、それが彼女の意識を揺り動かすことはない。

「・・・何だ、この音は?っ!そうだ、城門!!おい、お前達!すぐに援軍に・・・えぇい!!何がハッピーエンドだ!!まだ何も終わってないのだぞ!!早く、早く援軍に向かうのだ!!おい、誰か!?誰かいないのか!?おい!!!」

 ここでの戦いは、確かに終わった。
 しかしドラクロワが巻き起こした騒動は、ここだけの話だっただろうか。
 遠く、城門の方から聞こえてきた物音に、リータスはそれを思い出すと必死に声を上げる。
 しかしここでの戦いに疲れ切った者達に彼の声は届かず、その必死な叫びはただただ空しく響き続けるだけであった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

誰一人帰らない『奈落』に落とされたおっさん、うっかり暗号を解読したら、未知の遺物の使い手になりました!

ミポリオン
ファンタジー
旧題:巻き込まれ召喚されたおっさん、無能で誰一人帰らない場所に追放されるも、超古代文明の暗号を解いて力を手にいれ、楽しく生きていく  高校生達が勇者として召喚される中、1人のただのサラリーマンのおっさんである福菅健吾が巻き込まれて異世界に召喚された。  高校生達は強力なステータスとスキルを獲得したが、おっさんは一般人未満のステータスしかない上に、異世界人の誰もが持っている言語理解しかなかったため、転移装置で誰一人帰ってこない『奈落』に追放されてしまう。  しかし、そこに刻まれた見たこともない文字を、健吾には全て理解する事ができ、強大な超古代文明のアイテムを手に入れる。  召喚者達は気づかなかった。健吾以外の高校生達の通常スキル欄に言語スキルがあり、健吾だけは固有スキルの欄に言語スキルがあった事を。そしてそのスキルが恐るべき力を秘めていることを。 ※カクヨムでも連載しています

調子に乗りすぎて処刑されてしまった悪役貴族のやり直し自制生活 〜ただし自制できるとは言っていない〜

EAT
ファンタジー
「どうしてこうなった?」 優れた血統、高貴な家柄、天賦の才能────生まれときから勝ち組の人生により調子に乗りまくっていた侯爵家嫡男クレイム・ブラッドレイは殺された。 傍から見ればそれは当然の報いであり、殺されて当然な悪逆非道の限りを彼は尽くしてきた。しかし、彼はなぜ自分が殺されなければならないのか理解できなかった。そして、死ぬ間際にてその答えにたどり着く。簡単な話だ………信頼し、友と思っていた人間に騙されていたのである。 そうして誰もにも助けてもらえずに彼は一生を終えた。意識が薄れゆく最中でクレイムは思う。「願うことならば今度の人生は平穏に過ごしたい」と「決して調子に乗らず、謙虚に慎ましく穏やかな自制生活を送ろう」と。 次に目が覚めればまた新しい人生が始まると思っていたクレイムであったが、目覚めてみればそれは10年前の少年時代であった。 最初はどういうことか理解が追いつかなかったが、また同じ未来を繰り返すのかと絶望さえしたが、同時にそれはクレイムにとって悪い話ではなかった。「同じ轍は踏まない。今度は全てを投げ出して平穏なスローライフを送るんだ!」と目標を定め、もう一度人生をやり直すことを決意する。 しかし、運命がそれを許さない。 一度目の人生では考えられないほどの苦難と試練が真人間へと更生したクレイムに次々と降りかかる。果たしてクレイムは本当にのんびり平穏なスローライフを遅れるのだろうか? ※他サイトにも掲載中

生まれる世界を間違えた俺は女神様に異世界召喚されました【リメイク版】

雪乃カナ
ファンタジー
世界が退屈でしかなかった1人の少年〝稗月倖真〟──彼は生まれつきチート級の身体能力と力を持っていた。だが同時に生まれた現代世界ではその力を持て余す退屈な日々を送っていた。  そんなある日いつものように孤児院の自室で起床し「退屈だな」と、呟いたその瞬間、突如現れた〝光の渦〟に吸い込まれてしまう!  気づくと辺りは白く光る見た事の無い部屋に!?  するとそこに女神アルテナが現れて「取り敢えず異世界で魔王を倒してきてもらえませんか♪」と頼まれる。  だが、異世界に着くと前途多難なことばかり、思わず「おい、アルテナ、聞いてないぞ!」と、叫びたくなるような事態も発覚したり──  でも、何はともあれ、女神様に異世界召喚されることになり、生まれた世界では持て余したチート級の力を使い、異世界へと魔王を倒しに行く主人公の、異世界ファンタジー物語!!

没落貴族の異世界領地経営!~生産スキルでガンガン成り上がります!

武蔵野純平
ファンタジー
異世界転生した元日本人ノエルは、父の急死によりエトワール伯爵家を継承することになった。 亡くなった父はギャンブルに熱中し莫大な借金をしていた。 さらに借金を国王に咎められ、『王国貴族の恥!』と南方の辺境へ追放されてしまう。 南方は魔物も多く、非常に住みにくい土地だった。 ある日、猫獣人の騎士現れる。ノエルが女神様から与えられた生産スキル『マルチクラフト』が覚醒し、ノエルは次々と異世界にない商品を生産し、領地経営が軌道に乗る。

猫を拾ったら聖獣で犬を拾ったら神獣で最強すぎて困る

マーラッシュ
ファンタジー
旧題:狙って勇者パーティーを追放されて猫を拾ったら聖獣で犬を拾ったら神獣だった。そして人間を拾ったら・・・ 何かを拾う度にトラブルに巻き込まれるけど、結果成り上がってしまう。 異世界転生者のユートは、バルトフェル帝国の山奥に一人で住んでいた。  ある日、盗賊に襲われている公爵令嬢を助けたことによって、勇者パーティーに推薦されることになる。  断ると角が立つと思い仕方なしに引き受けるが、このパーティーが最悪だった。  勇者ギアベルは皇帝の息子でやりたい放題。活躍すれば咎められ、上手く行かなければユートのせいにされ、パーティーに入った初日から後悔するのだった。そして他の仲間達は全て女性で、ギアベルに絶対服従していたため、味方は誰もいない。  ユートはすぐにでもパーティーを抜けるため、情報屋に金を払い噂を流すことにした。  勇者パーティーはユートがいなければ何も出来ない集団だという内容でだ。  プライドが高いギアベルは、噂を聞いてすぐに「貴様のような役立たずは勇者パーティーには必要ない!」と公衆の面前で追放してくれた。  しかし晴れて自由の身になったが、一つだけ誤算があった。  それはギアベルの怒りを買いすぎたせいで、帝国を追放されてしまったのだ。  そしてユートは荷物を取りに行くため自宅に戻ると、そこには腹をすかした猫が、道端には怪我をした犬が、さらに船の中には女の子が倒れていたが、それぞれの正体はとんでもないものであった。  これは自重できない異世界転生者が色々なものを拾った結果、トラブルに巻き込まれ解決していき成り上がり、幸せな異世界ライフを満喫する物語である。

チート薬学で成り上がり! 伯爵家から放逐されたけど優しい子爵家の養子になりました!

芽狐@書籍発売中
ファンタジー
⭐️チート薬学3巻発売中⭐️ ブラック企業勤めの37歳の高橋 渉(わたる)は、過労で倒れ会社をクビになる。  嫌なことを忘れようと、異世界のアニメを見ていて、ふと「異世界に行きたい」と口に出したことが、始まりで女神によって死にかけている体に転生させられる! 転生先は、スキルないも魔法も使えないアレクを家族は他人のように扱い、使用人すらも見下した態度で接する伯爵家だった。 新しく生まれ変わったアレク(渉)は、この最悪な現状をどう打破して幸せになっていくのか?? 更新予定:なるべく毎日19時にアップします! アップされなければ、多忙とお考え下さい!

貴族家三男の成り上がりライフ 生まれてすぐに人外認定された少年は異世界を満喫する

美原風香
ファンタジー
「残念ながらあなたはお亡くなりになりました」 御山聖夜はトラックに轢かれそうになった少女を助け、代わりに死んでしまう。しかし、聖夜の心の内の一言を聴いた女神から気に入られ、多くの能力を貰って異世界へ転生した。 ーけれども、彼は知らなかった。数多の神から愛された彼は生まれた時点で人外の能力を持っていたことを。表では貴族として、裏では神々の使徒として、異世界のヒエラルキーを駆け上っていく!これは生まれてすぐに人外認定された少年の最強に無双していく、そんなお話。 ✳︎不定期更新です。 21/12/17 1巻発売! 22/05/25 2巻発売! コミカライズ決定! 20/11/19 HOTランキング1位 ありがとうございます!

転生してテイマーになった僕の異世界冒険譚

ノデミチ
ファンタジー
田中六朗、18歳。 原因不明の発熱が続き、ほぼ寝たきりの生活。結果死亡。 気が付けば異世界。10歳の少年に! 女神が現れ話を聞くと、六朗は本来、この異世界ルーセリアに生まれるはずが、間違えて地球に生まれてしまったとの事。莫大な魔力を持ったが為に、地球では使う事が出来ず魔力過多で燃え尽きてしまったらしい。 お詫びの転生ということで、病気にならないチートな身体と莫大な魔力を授かり、「この世界では思う存分人生を楽しんでください」と。 寝たきりだった六朗は、ライトノベルやゲームが大好き。今、自分がその世界にいる! 勇者? 王様? 何になる? ライトノベルで好きだった「魔物使い=モンスターテイマー」をやってみよう! 六朗=ロックと名乗り、チートな身体と莫大な魔力で異世界を自由に生きる! カクヨムでも公開しました。

処理中です...