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トージロー
救出
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「た、助かったぁ・・・」
領主の登場に、カレンは腰を砕けてしまったようにその場にへなへなと蹲っていく。
完全に脱力し、その手に握った杖までも手放してしまった彼女に、石畳の地面へと転がったそれが軽い音を立てる。
「何だぁ、貴様はぁ?邪魔をするなら、ただでは・・・」
「この街の領主、リータスだ。呼んだのは、そちらだった筈だが?」
自らが呼び寄せた存在が到着したにも拘らず、ドラクロワは目の前の獲物であるカレンに執心し、その涎を垂らし続けている。
その涎がカレンの頬を汚そうとする間際に、リータスが自らの身分を名乗り、それに反応したドラクロワが獣の形を控えていた。
「領主ぅ・・・?おっと、これは失礼。こちら呼び出したにも拘らず、碌な歓迎も出来ず申し訳ない」
そこに首があったのかという部分を捻りリータスの事を見詰めるドラクロワは、やがて錯覚を起こしたのかと勘違いする速さで人型の姿を取り戻している。
そして彼はリータスに対して丁寧な仕草でお辞儀すると、先ほどまでの紳士然とした態度に戻っていた。
「構わん。化け物に歓迎などされても、気味が悪いだけだからな。それで、娘を人質に取ったという話であったが・・・あれで人質に取ったと言えるのかね?」
ドラクロワが述べてきた社交辞令に、そんなものは必要ないと切り捨てたリータスは、広場の中心付近に放り捨てられたままのレティシアへと視線を向けている。
通りを出たばかりであったカレンの目の前にまで近づいてきていたドラクロワと、別の通りから出てきたばかりのリータスの距離は遠い。
しかしその二人のレティシアまでの距離は双方ともにさほど変わらず、そんな状況で人質に取ったと言えるのかとリータスは皮肉げな表情で尋ねていた。
「当然、言えるが?疑うならば、試してみたまえ」
「・・・いや、止めておこう」
それをあっけらかんと否定して見せたドラクロワは、そのマント翻してはそこに何かを蠢かせている。
それをリータスに見せつけては試してみるかと首を傾げるドラクロワに、彼は目を伏せると静かに首を横に振っていた。
そして彼はその手を後ろに僅かに動かして、何かしようとしていた部下を留まらせていた。
「それで、忠誠を誓えば娘の命は助けてやるだったか・・・もし、断ったら?」
「娘も、そして貴様も死ぬだけだが?私としては、娘だけでも助けてやるというだけありがたく思って欲しいのだがな・・・」
明らかに手放しているレティシアに、それをどうにか今の内に救出できないかと考えていたリータスは、相手がそんな常識が通じる相手ではないと知ると苦虫を噛み潰したような表情を浮かべる。
そしてその相手、ドラクロワが提示してきた条件を確かめるように口にした彼は、それを断った場合についても彼に尋ねている。
しかしその問いかけにドラクロワは、当たり前のように皆殺しにするだけと答えるのであった。
「そうか、では仕方あるまい・・・・・・カレン・アシュクロフト!」
「は、はひぃ!?わ、私!?」
目の前の相手が交渉など通じない正真正銘の化け物だと理解したリータスは、深々と溜め息を吐くとカレンの名を叫ぶ。
ドラクロワの注意がリータスに移っている間に、こっそりとこの場から退散しようとしていたカレンは、その声に背中を跳ねさせると素っ頓狂な声を上げてしまっていた。
「こんな事を頼めた立場ではないかもしれないが・・・娘を、レティシアを助けるために力を貸してくれないか?」
「えっ!?いや、そのですね・・・そうしたいのは山々なんですけどぉ、私ではちょーーーっと実力不足かなぁって。あは、あははは・・・」
あともう一歩でこの広場から姿を消せるというところまでいっていたカレンに、リータスはレティシアを助けるための助力を頼んでいる。
レティシアとの関係性からその頼みを断り辛いカレンはしかし、ドラクロワの圧倒的な力を前に完全に心が折れてしまっていた。
そして彼女は後頭部に手を掛けては、誤魔化すように愛想笑いを浮かべていたのだった。
「分かっている。私が君の評判を貶め、その実力を実際のものより過少に喧伝していた事を怒っているのだろう?」
「へ?実力を過少にって・・・そ、そんな事は」
カレンが浮かべた愛想笑いは、自らの命欲しさにこの場を逃れようとする自分本位で卑屈なものでしかない。
しかしリータスは何やらそれから別の意図を見出したようで、彼女がかつての彼の行動に腹を立てているのだと勝手に解釈していた。
そうしてリータスはまるで、カレンがとんでもない実力を秘めているかのように話し始める。
その言葉に、カレンは嫌な予感を感じ唇を引きつらせてしまっていた。
「しかし君の実力を偽った私だからこそ、その本当の実力を誰よりも一番よく知っている!!その吸血鬼など、相手にならぬほどの力を秘めていると!!」
「い、いやそのですね。それは勘違いというか・・・」
リータスはカレンの評判を貶めた本人だ。
そしてだからこそ、そんな彼が実はカレンが本物の実力者だったと告白する言葉は説得力があった。
「お、おい・・・本当かよ、あれ?」
「そういやあいつ、あのオーガトロルを一人で倒したんだもんな。あれが嘘な訳ないよな」
「そうだったな・・・じゃあ本当に、それだけの力が?」
「そりゃそうだろ、だって領主様が言ってんだぜ?あの悪評を広めてた領主様がよ」
そしてそんなリータスの言葉に、周りに集まった野次馬達がざわざわと騒ぎ始めている。
彼らは口々にカレンの実力について噂しており、それらはかつて彼女が為したという功績から、その実力がリータスの言葉通りのものではないかと考えているものだった。
「ほほぅ・・・流石はあの男の孫というところか。これは楽しめそうだ」
そしてそんな野次馬達の言葉はドラクロワの耳にも届き、彼はカレンを好敵手と認めたように瞳を輝かせると、ニヤリとした笑みをこちらに向けてきていた。
「い、いえですから!それは勘違いでして!本当は私じゃなく、トージローが―――」
「君が怒るのも無理はない!しかしそこを曲げて、お願いする!!どうか娘を救ってくれ!!君しか頼れる者がいないのだ!!」
完全にこちらを好敵手と認識しロックオンしてくるドラクロワの視線に、背筋を凍らせたカレンは必死にそれらの功績は自分の力によるものではないと暴露しようとしている。
しかしそれを打ち消すようにリータスは大声で叫ぶと、頭を下げては彼女に娘の救出を頼んでいた。
領主という重要な立場にあるもののそんな振る舞いに、広場は思わずしんと静まり返ってしまっていた。
「これはこれは!中々良いものを見せてもらった、礼を言うぞ人間。それで、私はそこの娘と貴様の娘を賭けて戦えばいいのかな?良いものを見せてもらった礼だ、必ず約束は果たすとここに誓おう」
静まり返った広場に、パチパチと乾いた拍手の音が響く。
それは自らの娘のために立場をかなぐり捨てて頭を下げる父親の姿という感動の場面を目にしたドラクロワが、それを称賛するように手を叩いているものであった。
そして彼は良いものを見せてもらったお礼だと、カレンとレティシアを掛けて戦うというリータスの提案を勝手に了承してしまっていた。
「へ?いやいやいや!何あんたも了承してんのよ!?化け物なら化け物らしく、卑怯な手できなさいよね!?なに正々堂々戦おうとしてんのよ!!?」
「なに、ちょっとしたサービスだよ。それにあの男の孫とは、きちんと決着をつけておきたかったのでね」
その人に仇なす化け物らしくないドラクロワの態度に、カレンはもっと卑怯な手を使えと抗議している。
そんなカレンの抗議にドラクロワは紳士然と肩を竦めると、優雅な足取りで彼女の下へと近づいてきていた。
「さぁ、準備はよろしいかなエセルバードの孫よ!三代に渡る因縁の対決だ、精々派手に決着をつけようではないか!!」
「ひぅ!?だ、誰か助け―――」
カレンの抗議も軽くいなしたドラクロワは、そのマントを翻し両手を広げると、決闘の開始を堂々と宣言している。
そしてその宣言通り、彼は真っ直ぐにカレンに向かって飛び掛かってきていた。
「今だ!!」
「あいよ!タックス!!」
「分かってる!!」
飛び掛かってくるドラクロワに対して、カレンは情けない悲鳴を上げることしか出来ない。
しかしその刹那、それを待っていたかのようにリータスが声を上げる。
その声に応えるように、カレンが立っている反対側の通りから飛び出してくる人影があった。
「よし、確保したぜ領主の旦那!!」
「でかした!!そのまま娘を安全な場所へ!」
「おうよ!」
その飛び出してきた人影、グルド達は広場の中央に転がっていたレティシアへと駆け寄ると、彼女を確保する。
そしてそれをリータスへと報告した彼らは、彼の指示の通りにそのまま彼女を安全な場所にまで運んでいく。
「・・・何の真似だ、これは?」
その一連の出来事に、ドラクロワは腰を抜かしたカレンに跨り、後はその爪を振り下ろすだけという姿勢で固まっていた。
「何の真似も何も・・・ただの策略さ。お前のような化け物に対抗するための、人間の知恵という名のな」
不機嫌な様子で何の真似だと尋ねてくるドラクロワに、リータスは肩を竦めるとただの策略だと答えている。
そしてそれこそが、吸血鬼という化け物に対抗する人間の武器なのだと、彼は口にしていた。
「ほほぅ・・・それで、それがどうしたというのだ?まさか人質がいなくなった程度で私がどうにかなるとでも?随分と舐められたものだな」
リータスが巡らせた乾坤一擲の策も、ドラクロワは何の意味もないと笑い飛ばす。
そしてカレンとの決着という重要な場面を邪魔され、挙句自らの力も侮られたドラクロワは怒りを滲ませながらリータスへと近づいていく。
その背後からは、闇が形をもって膨れ上がろうとしていた。
「っ!?人間を舐めるな!!人質はいなくなったのだ、もう遠慮することはない!掛かれ、掛かれぇ!!」
「「おぉ!!」」
その迫力に一瞬後ずさってしまったリータスはしかし、そこで踏み止まると腕を振るっては周りに呼び掛けている。
その声に応えるように、広場の至る所から声が上がっていた。
「おぉ!こんなにたくさん・・・あれ、全部冒険者かな?流石は領主様、ちゃんと策を用意してたんだ」
リータスの声に応えて武器を掲げたのは、先ほどからずっとこの広場にいた野次馬達であった。
彼らはその全てではないが、どうやらただの野次馬に成りすましていた冒険者であったようで、今や思い思いの得物を掲げてはドラクロワに挑みかかっていっている。
その光景を目にしながら、カレンは思わず感心の声を漏らしていた。
「でも、とりあえずこれで一安心かな?これだけいれば、私が戦う必要なんてないよね?が、頑張れー」
まるで甘いものに群がる蟻のようにドラクロワに向かっていく冒険者達の姿に、カレンは胸を撫で下ろしては安堵の息を漏らしている。
これだけの数の冒険者がいれば流石に安心だと安堵した彼女は、その戦いに巻き込まれないように、そそくさと広場の隅へと避難していく。
そしてそこの野次馬達へと紛れ込んだ彼女は、ドラクロワと戦う冒険者を応援するように、控えめに手を振っては応援の声を上げていた。
領主の登場に、カレンは腰を砕けてしまったようにその場にへなへなと蹲っていく。
完全に脱力し、その手に握った杖までも手放してしまった彼女に、石畳の地面へと転がったそれが軽い音を立てる。
「何だぁ、貴様はぁ?邪魔をするなら、ただでは・・・」
「この街の領主、リータスだ。呼んだのは、そちらだった筈だが?」
自らが呼び寄せた存在が到着したにも拘らず、ドラクロワは目の前の獲物であるカレンに執心し、その涎を垂らし続けている。
その涎がカレンの頬を汚そうとする間際に、リータスが自らの身分を名乗り、それに反応したドラクロワが獣の形を控えていた。
「領主ぅ・・・?おっと、これは失礼。こちら呼び出したにも拘らず、碌な歓迎も出来ず申し訳ない」
そこに首があったのかという部分を捻りリータスの事を見詰めるドラクロワは、やがて錯覚を起こしたのかと勘違いする速さで人型の姿を取り戻している。
そして彼はリータスに対して丁寧な仕草でお辞儀すると、先ほどまでの紳士然とした態度に戻っていた。
「構わん。化け物に歓迎などされても、気味が悪いだけだからな。それで、娘を人質に取ったという話であったが・・・あれで人質に取ったと言えるのかね?」
ドラクロワが述べてきた社交辞令に、そんなものは必要ないと切り捨てたリータスは、広場の中心付近に放り捨てられたままのレティシアへと視線を向けている。
通りを出たばかりであったカレンの目の前にまで近づいてきていたドラクロワと、別の通りから出てきたばかりのリータスの距離は遠い。
しかしその二人のレティシアまでの距離は双方ともにさほど変わらず、そんな状況で人質に取ったと言えるのかとリータスは皮肉げな表情で尋ねていた。
「当然、言えるが?疑うならば、試してみたまえ」
「・・・いや、止めておこう」
それをあっけらかんと否定して見せたドラクロワは、そのマント翻してはそこに何かを蠢かせている。
それをリータスに見せつけては試してみるかと首を傾げるドラクロワに、彼は目を伏せると静かに首を横に振っていた。
そして彼はその手を後ろに僅かに動かして、何かしようとしていた部下を留まらせていた。
「それで、忠誠を誓えば娘の命は助けてやるだったか・・・もし、断ったら?」
「娘も、そして貴様も死ぬだけだが?私としては、娘だけでも助けてやるというだけありがたく思って欲しいのだがな・・・」
明らかに手放しているレティシアに、それをどうにか今の内に救出できないかと考えていたリータスは、相手がそんな常識が通じる相手ではないと知ると苦虫を噛み潰したような表情を浮かべる。
そしてその相手、ドラクロワが提示してきた条件を確かめるように口にした彼は、それを断った場合についても彼に尋ねている。
しかしその問いかけにドラクロワは、当たり前のように皆殺しにするだけと答えるのであった。
「そうか、では仕方あるまい・・・・・・カレン・アシュクロフト!」
「は、はひぃ!?わ、私!?」
目の前の相手が交渉など通じない正真正銘の化け物だと理解したリータスは、深々と溜め息を吐くとカレンの名を叫ぶ。
ドラクロワの注意がリータスに移っている間に、こっそりとこの場から退散しようとしていたカレンは、その声に背中を跳ねさせると素っ頓狂な声を上げてしまっていた。
「こんな事を頼めた立場ではないかもしれないが・・・娘を、レティシアを助けるために力を貸してくれないか?」
「えっ!?いや、そのですね・・・そうしたいのは山々なんですけどぉ、私ではちょーーーっと実力不足かなぁって。あは、あははは・・・」
あともう一歩でこの広場から姿を消せるというところまでいっていたカレンに、リータスはレティシアを助けるための助力を頼んでいる。
レティシアとの関係性からその頼みを断り辛いカレンはしかし、ドラクロワの圧倒的な力を前に完全に心が折れてしまっていた。
そして彼女は後頭部に手を掛けては、誤魔化すように愛想笑いを浮かべていたのだった。
「分かっている。私が君の評判を貶め、その実力を実際のものより過少に喧伝していた事を怒っているのだろう?」
「へ?実力を過少にって・・・そ、そんな事は」
カレンが浮かべた愛想笑いは、自らの命欲しさにこの場を逃れようとする自分本位で卑屈なものでしかない。
しかしリータスは何やらそれから別の意図を見出したようで、彼女がかつての彼の行動に腹を立てているのだと勝手に解釈していた。
そうしてリータスはまるで、カレンがとんでもない実力を秘めているかのように話し始める。
その言葉に、カレンは嫌な予感を感じ唇を引きつらせてしまっていた。
「しかし君の実力を偽った私だからこそ、その本当の実力を誰よりも一番よく知っている!!その吸血鬼など、相手にならぬほどの力を秘めていると!!」
「い、いやそのですね。それは勘違いというか・・・」
リータスはカレンの評判を貶めた本人だ。
そしてだからこそ、そんな彼が実はカレンが本物の実力者だったと告白する言葉は説得力があった。
「お、おい・・・本当かよ、あれ?」
「そういやあいつ、あのオーガトロルを一人で倒したんだもんな。あれが嘘な訳ないよな」
「そうだったな・・・じゃあ本当に、それだけの力が?」
「そりゃそうだろ、だって領主様が言ってんだぜ?あの悪評を広めてた領主様がよ」
そしてそんなリータスの言葉に、周りに集まった野次馬達がざわざわと騒ぎ始めている。
彼らは口々にカレンの実力について噂しており、それらはかつて彼女が為したという功績から、その実力がリータスの言葉通りのものではないかと考えているものだった。
「ほほぅ・・・流石はあの男の孫というところか。これは楽しめそうだ」
そしてそんな野次馬達の言葉はドラクロワの耳にも届き、彼はカレンを好敵手と認めたように瞳を輝かせると、ニヤリとした笑みをこちらに向けてきていた。
「い、いえですから!それは勘違いでして!本当は私じゃなく、トージローが―――」
「君が怒るのも無理はない!しかしそこを曲げて、お願いする!!どうか娘を救ってくれ!!君しか頼れる者がいないのだ!!」
完全にこちらを好敵手と認識しロックオンしてくるドラクロワの視線に、背筋を凍らせたカレンは必死にそれらの功績は自分の力によるものではないと暴露しようとしている。
しかしそれを打ち消すようにリータスは大声で叫ぶと、頭を下げては彼女に娘の救出を頼んでいた。
領主という重要な立場にあるもののそんな振る舞いに、広場は思わずしんと静まり返ってしまっていた。
「これはこれは!中々良いものを見せてもらった、礼を言うぞ人間。それで、私はそこの娘と貴様の娘を賭けて戦えばいいのかな?良いものを見せてもらった礼だ、必ず約束は果たすとここに誓おう」
静まり返った広場に、パチパチと乾いた拍手の音が響く。
それは自らの娘のために立場をかなぐり捨てて頭を下げる父親の姿という感動の場面を目にしたドラクロワが、それを称賛するように手を叩いているものであった。
そして彼は良いものを見せてもらったお礼だと、カレンとレティシアを掛けて戦うというリータスの提案を勝手に了承してしまっていた。
「へ?いやいやいや!何あんたも了承してんのよ!?化け物なら化け物らしく、卑怯な手できなさいよね!?なに正々堂々戦おうとしてんのよ!!?」
「なに、ちょっとしたサービスだよ。それにあの男の孫とは、きちんと決着をつけておきたかったのでね」
その人に仇なす化け物らしくないドラクロワの態度に、カレンはもっと卑怯な手を使えと抗議している。
そんなカレンの抗議にドラクロワは紳士然と肩を竦めると、優雅な足取りで彼女の下へと近づいてきていた。
「さぁ、準備はよろしいかなエセルバードの孫よ!三代に渡る因縁の対決だ、精々派手に決着をつけようではないか!!」
「ひぅ!?だ、誰か助け―――」
カレンの抗議も軽くいなしたドラクロワは、そのマントを翻し両手を広げると、決闘の開始を堂々と宣言している。
そしてその宣言通り、彼は真っ直ぐにカレンに向かって飛び掛かってきていた。
「今だ!!」
「あいよ!タックス!!」
「分かってる!!」
飛び掛かってくるドラクロワに対して、カレンは情けない悲鳴を上げることしか出来ない。
しかしその刹那、それを待っていたかのようにリータスが声を上げる。
その声に応えるように、カレンが立っている反対側の通りから飛び出してくる人影があった。
「よし、確保したぜ領主の旦那!!」
「でかした!!そのまま娘を安全な場所へ!」
「おうよ!」
その飛び出してきた人影、グルド達は広場の中央に転がっていたレティシアへと駆け寄ると、彼女を確保する。
そしてそれをリータスへと報告した彼らは、彼の指示の通りにそのまま彼女を安全な場所にまで運んでいく。
「・・・何の真似だ、これは?」
その一連の出来事に、ドラクロワは腰を抜かしたカレンに跨り、後はその爪を振り下ろすだけという姿勢で固まっていた。
「何の真似も何も・・・ただの策略さ。お前のような化け物に対抗するための、人間の知恵という名のな」
不機嫌な様子で何の真似だと尋ねてくるドラクロワに、リータスは肩を竦めるとただの策略だと答えている。
そしてそれこそが、吸血鬼という化け物に対抗する人間の武器なのだと、彼は口にしていた。
「ほほぅ・・・それで、それがどうしたというのだ?まさか人質がいなくなった程度で私がどうにかなるとでも?随分と舐められたものだな」
リータスが巡らせた乾坤一擲の策も、ドラクロワは何の意味もないと笑い飛ばす。
そしてカレンとの決着という重要な場面を邪魔され、挙句自らの力も侮られたドラクロワは怒りを滲ませながらリータスへと近づいていく。
その背後からは、闇が形をもって膨れ上がろうとしていた。
「っ!?人間を舐めるな!!人質はいなくなったのだ、もう遠慮することはない!掛かれ、掛かれぇ!!」
「「おぉ!!」」
その迫力に一瞬後ずさってしまったリータスはしかし、そこで踏み止まると腕を振るっては周りに呼び掛けている。
その声に応えるように、広場の至る所から声が上がっていた。
「おぉ!こんなにたくさん・・・あれ、全部冒険者かな?流石は領主様、ちゃんと策を用意してたんだ」
リータスの声に応えて武器を掲げたのは、先ほどからずっとこの広場にいた野次馬達であった。
彼らはその全てではないが、どうやらただの野次馬に成りすましていた冒険者であったようで、今や思い思いの得物を掲げてはドラクロワに挑みかかっていっている。
その光景を目にしながら、カレンは思わず感心の声を漏らしていた。
「でも、とりあえずこれで一安心かな?これだけいれば、私が戦う必要なんてないよね?が、頑張れー」
まるで甘いものに群がる蟻のようにドラクロワに向かっていく冒険者達の姿に、カレンは胸を撫で下ろしては安堵の息を漏らしている。
これだけの数の冒険者がいれば流石に安心だと安堵した彼女は、その戦いに巻き込まれないように、そそくさと広場の隅へと避難していく。
そしてそこの野次馬達へと紛れ込んだ彼女は、ドラクロワと戦う冒険者を応援するように、控えめに手を振っては応援の声を上げていた。
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