ボケ老人無双

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トージロー

真相

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「はっ、はっ、はっ!あの向こうにトージローとレティシアが・・・」

 通りを駆けるカレンの視界の先には、そこを抜ける曲がり角の姿が映っている。
 そこを抜ければ、トージローとレティシアが待っている筈の広場へと出るのだ。
 彼女は緊張に、ゴクリと唾をのんだ。

「本当に、トージローが犯人だったとして・・・私、どうするの?あいつに勝てる訳が・・・」

 最後の曲がり角にまで差し掛かったカレンは、そこで自然と足を緩めてしまっていた。
 それは、この先に待っている対決に備えて息を整えようとしているのではない。
 その先の光景を目にするのが怖くて、思わず立ち止まってしまったのだ。
 そんな彼女の不安を象徴するように、通りがかる人々も皆同じように不安げな表情で通りの先を見詰めていた。

「うぅん、そんなの関係ない。私が・・・私達があいつをこの世界に召喚したんだから。例えあいつが何者でも、その責任は最後まで背負わないと」

 大魔王すらも一撃で屠る勇者であるトージローの力は、圧倒的だ。
 それを止める術など、カレンは持ち合わせていない。
 それに竦んでしまうカレンはしかし、その迷いを断ち切るように頭を振ると、決意を決めた表情で顔を上げていた。

「お爺様、力をお貸しください・・・」

 カレンは最後にその両手で握りしめた祖父の形見の杖ユグドラシルに、祈りを捧げるように額を合わせていた。
 そうして祈るように天国の祖父へと言葉を掛けた彼女は最後の曲がり角を抜け、広場へと踏み出していく。

「トージロー、そこまでよ!!レティシアを放しなさい!!彼女は関係ないでしょう!相手なら、私がなってあげるわ!!」

 通りを抜け、広場へと躍り出たカレンは、その中心へと杖を突きつけると、そこにいる人物に向かって挑みかかるように叫んでいた。
 そんな彼女の声に、赤いニットのセーターと、青いマフラーを棚引かせた人物がゆっくりと振り返る。

「・・・ほう。私に挑むとは、中々勇敢なお嬢さんだ」
「そうよ!私が相手になってやるわ!!だからレティシアを放し・・・へ?」

 振り返った人物は、禿げあがった頭によぼよぼの身体の老人であった。
 それはまさしくトージローを示す特徴であったが、その顔は似ても似つかない別人のものであった。

「誰よあんた!!?」

 そんな衝撃の事実に思わず言葉を失ってしまっていたカレンが、再び意識を取り戻し叫んだ声は、その広場に隅々にまで響き渡るボリュームであった。



「おっと、これは失礼。このような姿をお見せするとは・・・これでどうかな?」

 響き渡ったカレンの声をどう解釈したのか、レティシアをその腕で抱える老人は、一度深々と頭を下げると、再びそれを上げた時には全く別の姿となっていた。
 そこに現れたのは髪を後ろに撫でつけた、恐ろしいほどに整った顔をした青年であった。
 そして彼はその恰好までも変えており、その全身を覆うようなマントを纏ったその姿は、まさしく吸血鬼といった様相であった。

「ふむ、やはりこの格好の方がしっくりくるな。この女がああした格好の男が好みというので、あのような姿をしていたが・・・何とも珍妙な趣味の女よな」

 それが本来の姿なのか、如何にも吸血鬼といった格好になった男は、それに満足するように自らの姿を見下ろしている。
 そうして彼は、自らの腕の中でぐったりとしているレティシアを見下ろしては、不思議そうに首を捻っていた。

「おっと、そうだった・・・さて、威勢のいいお嬢さん。この私、ドラクロワ・レーテンベルグの相手をしてくれるのだったかな?こちらはいつでも・・・おや?」

 レティシアの珍妙な趣味に首を捻っていた彼、ドラクロワは先ほど声を掛けてきた少女、カレンの方へと顔を向けると、いつでも掛かってきていいと手を広げて招いていた。
 しかしそんなドラクロワの視線の先では、もはや彼に対して興味を失い、傍らの少年達と何やら言い争いをしているカレンの姿が映っていた。

「何だよ、全然違うじゃん!!誰だよ、師匠が吸血鬼何ていった奴!!」
「・・・謝って」
「違いまーす!さっきまではトージローそっくりだったんだからあいつ!!大体、ちゃんと調べたら勘違いしてもおかしくないって分かるから!!私がどれだけ心痛めてたか、あんた達に分かんの!?私は寧ろ被害者だから!分かる?被害者なの!!」

 自分達が尊敬するトージローを犯人だと疑い、あまつさえ吸血鬼だと貶めたカレンに対して、彼女に追いついたルイス達は口々に謝罪を求めている。
 そんな彼らに対してカレンは居直ると、私は悪くないと開き直っているようだった。

「ふむ、お取込み中のようだ・・・まぁいい、余興はまだ始まったばかりだからな」

 そんな彼女達の姿に、当てが外れたと肩を竦めるドラクロワはしかし、まだまだ他にお楽しみは用意してあると唇を釣り上げている。

「聞け、この街の領主よ!!貴様の娘は預かった、この娘の命が惜しくば我が前に跪き忠誠を誓うがいい!!そうすれば娘の命は助けてやろう!!貴様の命がどうなるかは分からんがな!ふふふ、ははは、はーっはっはっは!!!」

 そしてドラクロワはレティシアの存在を強調するように彼女の身体を前へと突き出すと、その首元へと自らの鋭い爪を当てては叫んでいた。
 この街の領主、リータスに娘の命が惜しくば忠誠を誓えと。

「おい、不味いじゃないかこれ?」
「誰か、リータス様にこの事を伝えたのか!?」
「お、俺!行ってくる!!」
「おい!?もうとっくに行ってるって!」

 ドラクロワの宣言に、彼の周り集まっていた野次馬達がざわざわと騒ぎ始めている。
 その中には彼の言葉を直接領主に告げようと慌ててこの広場から駆け出していく者もいたが、彼が向かうまでもなくとっくの昔に誰かがそれを伝えに行っていたようだった。

「なぁ、カレン?あれ、放っておいていいのか?」
「・・・シア姉、助けないと」

 そんな動揺する野次馬達とは違う反応を見せる集団も、ここにはいた。
 それはレティシアと直接面識があり、どうしても彼女を助けたいと思っているカレン達であった。

「ふふふ・・・任せときなさい!!トージローが相手ならともかく、あんな奴なんてこのカレン様に掛かれば、余裕よ余裕!!」

 レティシアを助けたいと願い、どうにかしないとと懇願してくるルイスとメイの二人に、カレンは自らの胸をドンと叩くと、自信満々といった様子で安請け合いしていた。
 そして彼女は得物である杖を握り締めると、前へと一歩踏み出していた。

「お、おい馬鹿!?そうじゃねぇって!!俺は、師匠を呼んできた方がいいんじゃないかって聞こうと・・・」

 何やら完全にドラクロワと対決しようとしている雰囲気のカレンに、ルイスはそうではないと彼女を引き留めようとしていた。
 しかしそれは、もう遅い。

「そこのあんた!!このカレン・アシュクロフトが相手になってやるわ!!だからさっさと、レティシアを放しなさい!!!」

 カレンは腰に片手を当てては杖をドラクロワへと突きつけ、堂々と決闘を申し込んでいる。
 その余りに堂々とした態度には、ドラクロワも無視は出来ずにそちらへと顔を向けていた。
 その後ろでは、ルイスが顔を押さえて俯き、メイは焦ったように顔をキョロキョロとさせていた。

「ほほぅ、では今度は相手してくださるとお嬢さん?それは重畳。どうやらこれで、領主がやってくるまで暇を飽かすことはなさそうだ」

 カレンの言葉に、ドラクロワは再び彼女へと顔を向けると感心ような表情を見せている。
 そして領主の到着を待つ間、これで暇が潰せると喜ぶ彼は、カレンの姿をまじまじと見つめていた。

「・・・ん、アシュクロフトだと?そんな、まさか・・・っ!?そ、その杖は!!?」

 自分へと挑みかかってくる相手であるカレンの事をまじまじと観察していたドラクロワは、何やら彼女が名乗った名前に思い当たる事があったようだ。
 そして彼女がこちらへと突きつけている杖へと目を移した彼は、驚愕したようにその目を見開いていた。

「娘ぇ!!その杖を・・・その杖をどこで手に入れたぁぁぁ!!!?」
「え?いや、普通に物置でだけど・・・お爺様のだし」

 先ほどまでの紳士的な態度とは打って変わって、その吸血鬼特有の鋭い牙を剥き出しにしては、遠くにいるカレンにまで唾を飛ばす勢いでドラクロワは捲し立ててくる。
 その彼の急変に若干引いた様子を見せるカレンは、その疑問に対して何でそんな当たり前のことを聞くのだという態度で返していた。

「ふふ、ふふふ・・・そうかそうか、貴様がエセルバードの孫か。この街にその杖の持ち主がいる事は知っていたが・・・そうか奴に孫がいたのか」

 カレンの返答に、その唇を吊り上がらせて含み笑い漏らし始めたドラクロワの姿に彼女はさらに引いた表情を見せている。

「あ、そうだ。ドラクロワって何か聞いたことがあったと思ったら、お爺様が封印したっていうあの―――」

 何やら肩を震えさせ、一人で納得している様子のドラクロワに引いていたカレンであったが、やがて彼女も何かを思い出したかのように声を上げていた。
 それはかつてレティシアから聞いた、祖父の活躍。
 ある著名な吸血鬼を、彼が封印したというものであった。
 その名前は―――。

「私を!!この高貴なる吸血鬼である私、ドラクロワ・レーテンベルグを事もあろうに封印した下等生物、エセルバード!!そのエセルバードに直接復讐出来ない、この屈辱!!それを貴様で晴らしてやろうぞ!!娘ぇぇぇ!!!」

 ドラクロワ・レーテンベルグという。
 長年の恨みをぶつけるに足る相手を見つけ、それを爆発させているドラクロワは、もはやレティシアの事などどうでもいいと彼女を放り捨てている。
 そうして先ほどまでの紳士然とした姿を捨てた、凶暴な獣の形をした彼がそこに現れていた。

「ひっ!?」

 そしてカレンは思い出していた、目の前にいるのが吸血鬼という強大な生物であることを。
 確かに、吸血鬼だろうとドラゴンだろうと、トージローと比べれば雑魚と言っても過言ではない。
 しかしトージローと比べて雑魚と言える敵が、自分と比べても雑魚な訳ではない。
 それどころか、今目の前に迫ろうとしているドラクロワの姿は、圧倒的な死として彼女に立ち塞がっていた。

「あ、あぁ・・・ル、ルイス。トージローを・・・トージローを呼んできて」

 ドラクロワが放つ圧倒的な殺気とその迫力に、顔を引きつらせ呼吸も満足に出来なくなっているカレンは、何とか言葉を絞り出すと背後にいる筈のルイスにトージローを呼んでくるように頼んでいた。
 カレンはトージローが犯人かも、敵かもしれないと覚悟してこの広場に足を踏み入れたのだ。
 しかしそれが違ったと分かった今、彼ほど頼もしい味方はいない。

「ルイス、お願いルイス早く・・・ルイス?そんな、嘘でしょ・・・」

 彼女はそれに一縷の望みを託しルイスへと声を掛けていたが、そこに既に彼の姿はない。
 それどころか、彼の妹であるメイの姿も綺麗さっぱりなくなってしまっていた。

「どうした、娘ぇぇぇ!!?私に掛かってくるのではなかったのかぁぁぁ!?エセルバードはこんなものではなかったぞぉぉぉ!!!」
「ひぃ!?」

 唯一の頼みの綱であるトージローを呼び寄せる手段も断たれてしまったカレンは、ルイス達がいたはずの場所をじっと見つめている。
 そんな彼女の事をドラクロワは待ってくれる筈もなく、その目の前にまで迫ってきていた。
 その輪郭は怒りの為か溶け出してしまっており、まるで闇そのものが凝縮した塊が迫ってきているようだった。


「―――私に、用があったのではなかったのかね?吸血鬼」


 そんな絶体絶命のピンチに、救いの声が響く。
 それは背後に自らの手勢を引き連れてやってきた、この街の領主リータス・グリザリドであった。
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