57 / 78
トージロー
真相
しおりを挟む
「はっ、はっ、はっ!あの向こうにトージローとレティシアが・・・」
通りを駆けるカレンの視界の先には、そこを抜ける曲がり角の姿が映っている。
そこを抜ければ、トージローとレティシアが待っている筈の広場へと出るのだ。
彼女は緊張に、ゴクリと唾をのんだ。
「本当に、トージローが犯人だったとして・・・私、どうするの?あいつに勝てる訳が・・・」
最後の曲がり角にまで差し掛かったカレンは、そこで自然と足を緩めてしまっていた。
それは、この先に待っている対決に備えて息を整えようとしているのではない。
その先の光景を目にするのが怖くて、思わず立ち止まってしまったのだ。
そんな彼女の不安を象徴するように、通りがかる人々も皆同じように不安げな表情で通りの先を見詰めていた。
「うぅん、そんなの関係ない。私が・・・私達があいつをこの世界に召喚したんだから。例えあいつが何者でも、その責任は最後まで背負わないと」
大魔王すらも一撃で屠る勇者であるトージローの力は、圧倒的だ。
それを止める術など、カレンは持ち合わせていない。
それに竦んでしまうカレンはしかし、その迷いを断ち切るように頭を振ると、決意を決めた表情で顔を上げていた。
「お爺様、力をお貸しください・・・」
カレンは最後にその両手で握りしめた祖父の形見の杖ユグドラシルに、祈りを捧げるように額を合わせていた。
そうして祈るように天国の祖父へと言葉を掛けた彼女は最後の曲がり角を抜け、広場へと踏み出していく。
「トージロー、そこまでよ!!レティシアを放しなさい!!彼女は関係ないでしょう!相手なら、私がなってあげるわ!!」
通りを抜け、広場へと躍り出たカレンは、その中心へと杖を突きつけると、そこにいる人物に向かって挑みかかるように叫んでいた。
そんな彼女の声に、赤いニットのセーターと、青いマフラーを棚引かせた人物がゆっくりと振り返る。
「・・・ほう。私に挑むとは、中々勇敢なお嬢さんだ」
「そうよ!私が相手になってやるわ!!だからレティシアを放し・・・へ?」
振り返った人物は、禿げあがった頭によぼよぼの身体の老人であった。
それはまさしくトージローを示す特徴であったが、その顔は似ても似つかない別人のものであった。
「誰よあんた!!?」
そんな衝撃の事実に思わず言葉を失ってしまっていたカレンが、再び意識を取り戻し叫んだ声は、その広場に隅々にまで響き渡るボリュームであった。
「おっと、これは失礼。このような姿をお見せするとは・・・これでどうかな?」
響き渡ったカレンの声をどう解釈したのか、レティシアをその腕で抱える老人は、一度深々と頭を下げると、再びそれを上げた時には全く別の姿となっていた。
そこに現れたのは髪を後ろに撫でつけた、恐ろしいほどに整った顔をした青年であった。
そして彼はその恰好までも変えており、その全身を覆うようなマントを纏ったその姿は、まさしく吸血鬼といった様相であった。
「ふむ、やはりこの格好の方がしっくりくるな。この女がああした格好の男が好みというので、あのような姿をしていたが・・・何とも珍妙な趣味の女よな」
それが本来の姿なのか、如何にも吸血鬼といった格好になった男は、それに満足するように自らの姿を見下ろしている。
そうして彼は、自らの腕の中でぐったりとしているレティシアを見下ろしては、不思議そうに首を捻っていた。
「おっと、そうだった・・・さて、威勢のいいお嬢さん。この私、ドラクロワ・レーテンベルグの相手をしてくれるのだったかな?こちらはいつでも・・・おや?」
レティシアの珍妙な趣味に首を捻っていた彼、ドラクロワは先ほど声を掛けてきた少女、カレンの方へと顔を向けると、いつでも掛かってきていいと手を広げて招いていた。
しかしそんなドラクロワの視線の先では、もはや彼に対して興味を失い、傍らの少年達と何やら言い争いをしているカレンの姿が映っていた。
「何だよ、全然違うじゃん!!誰だよ、師匠が吸血鬼何ていった奴!!」
「・・・謝って」
「違いまーす!さっきまではトージローそっくりだったんだからあいつ!!大体、ちゃんと調べたら勘違いしてもおかしくないって分かるから!!私がどれだけ心痛めてたか、あんた達に分かんの!?私は寧ろ被害者だから!分かる?被害者なの!!」
自分達が尊敬するトージローを犯人だと疑い、あまつさえ吸血鬼だと貶めたカレンに対して、彼女に追いついたルイス達は口々に謝罪を求めている。
そんな彼らに対してカレンは居直ると、私は悪くないと開き直っているようだった。
「ふむ、お取込み中のようだ・・・まぁいい、余興はまだ始まったばかりだからな」
そんな彼女達の姿に、当てが外れたと肩を竦めるドラクロワはしかし、まだまだ他にお楽しみは用意してあると唇を釣り上げている。
「聞け、この街の領主よ!!貴様の娘は預かった、この娘の命が惜しくば我が前に跪き忠誠を誓うがいい!!そうすれば娘の命は助けてやろう!!貴様の命がどうなるかは分からんがな!ふふふ、ははは、はーっはっはっは!!!」
そしてドラクロワはレティシアの存在を強調するように彼女の身体を前へと突き出すと、その首元へと自らの鋭い爪を当てては叫んでいた。
この街の領主、リータスに娘の命が惜しくば忠誠を誓えと。
「おい、不味いじゃないかこれ?」
「誰か、リータス様にこの事を伝えたのか!?」
「お、俺!行ってくる!!」
「おい!?もうとっくに行ってるって!」
ドラクロワの宣言に、彼の周り集まっていた野次馬達がざわざわと騒ぎ始めている。
その中には彼の言葉を直接領主に告げようと慌ててこの広場から駆け出していく者もいたが、彼が向かうまでもなくとっくの昔に誰かがそれを伝えに行っていたようだった。
「なぁ、カレン?あれ、放っておいていいのか?」
「・・・シア姉、助けないと」
そんな動揺する野次馬達とは違う反応を見せる集団も、ここにはいた。
それはレティシアと直接面識があり、どうしても彼女を助けたいと思っているカレン達であった。
「ふふふ・・・任せときなさい!!トージローが相手ならともかく、あんな奴なんてこのカレン様に掛かれば、余裕よ余裕!!」
レティシアを助けたいと願い、どうにかしないとと懇願してくるルイスとメイの二人に、カレンは自らの胸をドンと叩くと、自信満々といった様子で安請け合いしていた。
そして彼女は得物である杖を握り締めると、前へと一歩踏み出していた。
「お、おい馬鹿!?そうじゃねぇって!!俺は、師匠を呼んできた方がいいんじゃないかって聞こうと・・・」
何やら完全にドラクロワと対決しようとしている雰囲気のカレンに、ルイスはそうではないと彼女を引き留めようとしていた。
しかしそれは、もう遅い。
「そこのあんた!!このカレン・アシュクロフトが相手になってやるわ!!だからさっさと、レティシアを放しなさい!!!」
カレンは腰に片手を当てては杖をドラクロワへと突きつけ、堂々と決闘を申し込んでいる。
その余りに堂々とした態度には、ドラクロワも無視は出来ずにそちらへと顔を向けていた。
その後ろでは、ルイスが顔を押さえて俯き、メイは焦ったように顔をキョロキョロとさせていた。
「ほほぅ、では今度は相手してくださるとお嬢さん?それは重畳。どうやらこれで、領主がやってくるまで暇を飽かすことはなさそうだ」
カレンの言葉に、ドラクロワは再び彼女へと顔を向けると感心ような表情を見せている。
そして領主の到着を待つ間、これで暇が潰せると喜ぶ彼は、カレンの姿をまじまじと見つめていた。
「・・・ん、アシュクロフトだと?そんな、まさか・・・っ!?そ、その杖は!!?」
自分へと挑みかかってくる相手であるカレンの事をまじまじと観察していたドラクロワは、何やら彼女が名乗った名前に思い当たる事があったようだ。
そして彼女がこちらへと突きつけている杖へと目を移した彼は、驚愕したようにその目を見開いていた。
「娘ぇ!!その杖を・・・その杖をどこで手に入れたぁぁぁ!!!?」
「え?いや、普通に物置でだけど・・・お爺様のだし」
先ほどまでの紳士的な態度とは打って変わって、その吸血鬼特有の鋭い牙を剥き出しにしては、遠くにいるカレンにまで唾を飛ばす勢いでドラクロワは捲し立ててくる。
その彼の急変に若干引いた様子を見せるカレンは、その疑問に対して何でそんな当たり前のことを聞くのだという態度で返していた。
「ふふ、ふふふ・・・そうかそうか、貴様がエセルバードの孫か。この街にその杖の持ち主がいる事は知っていたが・・・そうか奴に孫がいたのか」
カレンの返答に、その唇を吊り上がらせて含み笑い漏らし始めたドラクロワの姿に彼女はさらに引いた表情を見せている。
「あ、そうだ。ドラクロワって何か聞いたことがあったと思ったら、お爺様が封印したっていうあの―――」
何やら肩を震えさせ、一人で納得している様子のドラクロワに引いていたカレンであったが、やがて彼女も何かを思い出したかのように声を上げていた。
それはかつてレティシアから聞いた、祖父の活躍。
ある著名な吸血鬼を、彼が封印したというものであった。
その名前は―――。
「私を!!この高貴なる吸血鬼である私、ドラクロワ・レーテンベルグを事もあろうに封印した下等生物、エセルバード!!そのエセルバードに直接復讐出来ない、この屈辱!!それを貴様で晴らしてやろうぞ!!娘ぇぇぇ!!!」
ドラクロワ・レーテンベルグという。
長年の恨みをぶつけるに足る相手を見つけ、それを爆発させているドラクロワは、もはやレティシアの事などどうでもいいと彼女を放り捨てている。
そうして先ほどまでの紳士然とした姿を捨てた、凶暴な獣の形をした彼がそこに現れていた。
「ひっ!?」
そしてカレンは思い出していた、目の前にいるのが吸血鬼という強大な生物であることを。
確かに、吸血鬼だろうとドラゴンだろうと、トージローと比べれば雑魚と言っても過言ではない。
しかしトージローと比べて雑魚と言える敵が、自分と比べても雑魚な訳ではない。
それどころか、今目の前に迫ろうとしているドラクロワの姿は、圧倒的な死として彼女に立ち塞がっていた。
「あ、あぁ・・・ル、ルイス。トージローを・・・トージローを呼んできて」
ドラクロワが放つ圧倒的な殺気とその迫力に、顔を引きつらせ呼吸も満足に出来なくなっているカレンは、何とか言葉を絞り出すと背後にいる筈のルイスにトージローを呼んでくるように頼んでいた。
カレンはトージローが犯人かも、敵かもしれないと覚悟してこの広場に足を踏み入れたのだ。
しかしそれが違ったと分かった今、彼ほど頼もしい味方はいない。
「ルイス、お願いルイス早く・・・ルイス?そんな、嘘でしょ・・・」
彼女はそれに一縷の望みを託しルイスへと声を掛けていたが、そこに既に彼の姿はない。
それどころか、彼の妹であるメイの姿も綺麗さっぱりなくなってしまっていた。
「どうした、娘ぇぇぇ!!?私に掛かってくるのではなかったのかぁぁぁ!?エセルバードはこんなものではなかったぞぉぉぉ!!!」
「ひぃ!?」
唯一の頼みの綱であるトージローを呼び寄せる手段も断たれてしまったカレンは、ルイス達がいたはずの場所をじっと見つめている。
そんな彼女の事をドラクロワは待ってくれる筈もなく、その目の前にまで迫ってきていた。
その輪郭は怒りの為か溶け出してしまっており、まるで闇そのものが凝縮した塊が迫ってきているようだった。
「―――私に、用があったのではなかったのかね?吸血鬼」
そんな絶体絶命のピンチに、救いの声が響く。
それは背後に自らの手勢を引き連れてやってきた、この街の領主リータス・グリザリドであった。
通りを駆けるカレンの視界の先には、そこを抜ける曲がり角の姿が映っている。
そこを抜ければ、トージローとレティシアが待っている筈の広場へと出るのだ。
彼女は緊張に、ゴクリと唾をのんだ。
「本当に、トージローが犯人だったとして・・・私、どうするの?あいつに勝てる訳が・・・」
最後の曲がり角にまで差し掛かったカレンは、そこで自然と足を緩めてしまっていた。
それは、この先に待っている対決に備えて息を整えようとしているのではない。
その先の光景を目にするのが怖くて、思わず立ち止まってしまったのだ。
そんな彼女の不安を象徴するように、通りがかる人々も皆同じように不安げな表情で通りの先を見詰めていた。
「うぅん、そんなの関係ない。私が・・・私達があいつをこの世界に召喚したんだから。例えあいつが何者でも、その責任は最後まで背負わないと」
大魔王すらも一撃で屠る勇者であるトージローの力は、圧倒的だ。
それを止める術など、カレンは持ち合わせていない。
それに竦んでしまうカレンはしかし、その迷いを断ち切るように頭を振ると、決意を決めた表情で顔を上げていた。
「お爺様、力をお貸しください・・・」
カレンは最後にその両手で握りしめた祖父の形見の杖ユグドラシルに、祈りを捧げるように額を合わせていた。
そうして祈るように天国の祖父へと言葉を掛けた彼女は最後の曲がり角を抜け、広場へと踏み出していく。
「トージロー、そこまでよ!!レティシアを放しなさい!!彼女は関係ないでしょう!相手なら、私がなってあげるわ!!」
通りを抜け、広場へと躍り出たカレンは、その中心へと杖を突きつけると、そこにいる人物に向かって挑みかかるように叫んでいた。
そんな彼女の声に、赤いニットのセーターと、青いマフラーを棚引かせた人物がゆっくりと振り返る。
「・・・ほう。私に挑むとは、中々勇敢なお嬢さんだ」
「そうよ!私が相手になってやるわ!!だからレティシアを放し・・・へ?」
振り返った人物は、禿げあがった頭によぼよぼの身体の老人であった。
それはまさしくトージローを示す特徴であったが、その顔は似ても似つかない別人のものであった。
「誰よあんた!!?」
そんな衝撃の事実に思わず言葉を失ってしまっていたカレンが、再び意識を取り戻し叫んだ声は、その広場に隅々にまで響き渡るボリュームであった。
「おっと、これは失礼。このような姿をお見せするとは・・・これでどうかな?」
響き渡ったカレンの声をどう解釈したのか、レティシアをその腕で抱える老人は、一度深々と頭を下げると、再びそれを上げた時には全く別の姿となっていた。
そこに現れたのは髪を後ろに撫でつけた、恐ろしいほどに整った顔をした青年であった。
そして彼はその恰好までも変えており、その全身を覆うようなマントを纏ったその姿は、まさしく吸血鬼といった様相であった。
「ふむ、やはりこの格好の方がしっくりくるな。この女がああした格好の男が好みというので、あのような姿をしていたが・・・何とも珍妙な趣味の女よな」
それが本来の姿なのか、如何にも吸血鬼といった格好になった男は、それに満足するように自らの姿を見下ろしている。
そうして彼は、自らの腕の中でぐったりとしているレティシアを見下ろしては、不思議そうに首を捻っていた。
「おっと、そうだった・・・さて、威勢のいいお嬢さん。この私、ドラクロワ・レーテンベルグの相手をしてくれるのだったかな?こちらはいつでも・・・おや?」
レティシアの珍妙な趣味に首を捻っていた彼、ドラクロワは先ほど声を掛けてきた少女、カレンの方へと顔を向けると、いつでも掛かってきていいと手を広げて招いていた。
しかしそんなドラクロワの視線の先では、もはや彼に対して興味を失い、傍らの少年達と何やら言い争いをしているカレンの姿が映っていた。
「何だよ、全然違うじゃん!!誰だよ、師匠が吸血鬼何ていった奴!!」
「・・・謝って」
「違いまーす!さっきまではトージローそっくりだったんだからあいつ!!大体、ちゃんと調べたら勘違いしてもおかしくないって分かるから!!私がどれだけ心痛めてたか、あんた達に分かんの!?私は寧ろ被害者だから!分かる?被害者なの!!」
自分達が尊敬するトージローを犯人だと疑い、あまつさえ吸血鬼だと貶めたカレンに対して、彼女に追いついたルイス達は口々に謝罪を求めている。
そんな彼らに対してカレンは居直ると、私は悪くないと開き直っているようだった。
「ふむ、お取込み中のようだ・・・まぁいい、余興はまだ始まったばかりだからな」
そんな彼女達の姿に、当てが外れたと肩を竦めるドラクロワはしかし、まだまだ他にお楽しみは用意してあると唇を釣り上げている。
「聞け、この街の領主よ!!貴様の娘は預かった、この娘の命が惜しくば我が前に跪き忠誠を誓うがいい!!そうすれば娘の命は助けてやろう!!貴様の命がどうなるかは分からんがな!ふふふ、ははは、はーっはっはっは!!!」
そしてドラクロワはレティシアの存在を強調するように彼女の身体を前へと突き出すと、その首元へと自らの鋭い爪を当てては叫んでいた。
この街の領主、リータスに娘の命が惜しくば忠誠を誓えと。
「おい、不味いじゃないかこれ?」
「誰か、リータス様にこの事を伝えたのか!?」
「お、俺!行ってくる!!」
「おい!?もうとっくに行ってるって!」
ドラクロワの宣言に、彼の周り集まっていた野次馬達がざわざわと騒ぎ始めている。
その中には彼の言葉を直接領主に告げようと慌ててこの広場から駆け出していく者もいたが、彼が向かうまでもなくとっくの昔に誰かがそれを伝えに行っていたようだった。
「なぁ、カレン?あれ、放っておいていいのか?」
「・・・シア姉、助けないと」
そんな動揺する野次馬達とは違う反応を見せる集団も、ここにはいた。
それはレティシアと直接面識があり、どうしても彼女を助けたいと思っているカレン達であった。
「ふふふ・・・任せときなさい!!トージローが相手ならともかく、あんな奴なんてこのカレン様に掛かれば、余裕よ余裕!!」
レティシアを助けたいと願い、どうにかしないとと懇願してくるルイスとメイの二人に、カレンは自らの胸をドンと叩くと、自信満々といった様子で安請け合いしていた。
そして彼女は得物である杖を握り締めると、前へと一歩踏み出していた。
「お、おい馬鹿!?そうじゃねぇって!!俺は、師匠を呼んできた方がいいんじゃないかって聞こうと・・・」
何やら完全にドラクロワと対決しようとしている雰囲気のカレンに、ルイスはそうではないと彼女を引き留めようとしていた。
しかしそれは、もう遅い。
「そこのあんた!!このカレン・アシュクロフトが相手になってやるわ!!だからさっさと、レティシアを放しなさい!!!」
カレンは腰に片手を当てては杖をドラクロワへと突きつけ、堂々と決闘を申し込んでいる。
その余りに堂々とした態度には、ドラクロワも無視は出来ずにそちらへと顔を向けていた。
その後ろでは、ルイスが顔を押さえて俯き、メイは焦ったように顔をキョロキョロとさせていた。
「ほほぅ、では今度は相手してくださるとお嬢さん?それは重畳。どうやらこれで、領主がやってくるまで暇を飽かすことはなさそうだ」
カレンの言葉に、ドラクロワは再び彼女へと顔を向けると感心ような表情を見せている。
そして領主の到着を待つ間、これで暇が潰せると喜ぶ彼は、カレンの姿をまじまじと見つめていた。
「・・・ん、アシュクロフトだと?そんな、まさか・・・っ!?そ、その杖は!!?」
自分へと挑みかかってくる相手であるカレンの事をまじまじと観察していたドラクロワは、何やら彼女が名乗った名前に思い当たる事があったようだ。
そして彼女がこちらへと突きつけている杖へと目を移した彼は、驚愕したようにその目を見開いていた。
「娘ぇ!!その杖を・・・その杖をどこで手に入れたぁぁぁ!!!?」
「え?いや、普通に物置でだけど・・・お爺様のだし」
先ほどまでの紳士的な態度とは打って変わって、その吸血鬼特有の鋭い牙を剥き出しにしては、遠くにいるカレンにまで唾を飛ばす勢いでドラクロワは捲し立ててくる。
その彼の急変に若干引いた様子を見せるカレンは、その疑問に対して何でそんな当たり前のことを聞くのだという態度で返していた。
「ふふ、ふふふ・・・そうかそうか、貴様がエセルバードの孫か。この街にその杖の持ち主がいる事は知っていたが・・・そうか奴に孫がいたのか」
カレンの返答に、その唇を吊り上がらせて含み笑い漏らし始めたドラクロワの姿に彼女はさらに引いた表情を見せている。
「あ、そうだ。ドラクロワって何か聞いたことがあったと思ったら、お爺様が封印したっていうあの―――」
何やら肩を震えさせ、一人で納得している様子のドラクロワに引いていたカレンであったが、やがて彼女も何かを思い出したかのように声を上げていた。
それはかつてレティシアから聞いた、祖父の活躍。
ある著名な吸血鬼を、彼が封印したというものであった。
その名前は―――。
「私を!!この高貴なる吸血鬼である私、ドラクロワ・レーテンベルグを事もあろうに封印した下等生物、エセルバード!!そのエセルバードに直接復讐出来ない、この屈辱!!それを貴様で晴らしてやろうぞ!!娘ぇぇぇ!!!」
ドラクロワ・レーテンベルグという。
長年の恨みをぶつけるに足る相手を見つけ、それを爆発させているドラクロワは、もはやレティシアの事などどうでもいいと彼女を放り捨てている。
そうして先ほどまでの紳士然とした姿を捨てた、凶暴な獣の形をした彼がそこに現れていた。
「ひっ!?」
そしてカレンは思い出していた、目の前にいるのが吸血鬼という強大な生物であることを。
確かに、吸血鬼だろうとドラゴンだろうと、トージローと比べれば雑魚と言っても過言ではない。
しかしトージローと比べて雑魚と言える敵が、自分と比べても雑魚な訳ではない。
それどころか、今目の前に迫ろうとしているドラクロワの姿は、圧倒的な死として彼女に立ち塞がっていた。
「あ、あぁ・・・ル、ルイス。トージローを・・・トージローを呼んできて」
ドラクロワが放つ圧倒的な殺気とその迫力に、顔を引きつらせ呼吸も満足に出来なくなっているカレンは、何とか言葉を絞り出すと背後にいる筈のルイスにトージローを呼んでくるように頼んでいた。
カレンはトージローが犯人かも、敵かもしれないと覚悟してこの広場に足を踏み入れたのだ。
しかしそれが違ったと分かった今、彼ほど頼もしい味方はいない。
「ルイス、お願いルイス早く・・・ルイス?そんな、嘘でしょ・・・」
彼女はそれに一縷の望みを託しルイスへと声を掛けていたが、そこに既に彼の姿はない。
それどころか、彼の妹であるメイの姿も綺麗さっぱりなくなってしまっていた。
「どうした、娘ぇぇぇ!!?私に掛かってくるのではなかったのかぁぁぁ!?エセルバードはこんなものではなかったぞぉぉぉ!!!」
「ひぃ!?」
唯一の頼みの綱であるトージローを呼び寄せる手段も断たれてしまったカレンは、ルイス達がいたはずの場所をじっと見つめている。
そんな彼女の事をドラクロワは待ってくれる筈もなく、その目の前にまで迫ってきていた。
その輪郭は怒りの為か溶け出してしまっており、まるで闇そのものが凝縮した塊が迫ってきているようだった。
「―――私に、用があったのではなかったのかね?吸血鬼」
そんな絶体絶命のピンチに、救いの声が響く。
それは背後に自らの手勢を引き連れてやってきた、この街の領主リータス・グリザリドであった。
0
お気に入りに追加
25
あなたにおすすめの小説
猫を拾ったら聖獣で犬を拾ったら神獣で最強すぎて困る
マーラッシュ
ファンタジー
旧題:狙って勇者パーティーを追放されて猫を拾ったら聖獣で犬を拾ったら神獣だった。そして人間を拾ったら・・・
何かを拾う度にトラブルに巻き込まれるけど、結果成り上がってしまう。
異世界転生者のユートは、バルトフェル帝国の山奥に一人で住んでいた。
ある日、盗賊に襲われている公爵令嬢を助けたことによって、勇者パーティーに推薦されることになる。
断ると角が立つと思い仕方なしに引き受けるが、このパーティーが最悪だった。
勇者ギアベルは皇帝の息子でやりたい放題。活躍すれば咎められ、上手く行かなければユートのせいにされ、パーティーに入った初日から後悔するのだった。そして他の仲間達は全て女性で、ギアベルに絶対服従していたため、味方は誰もいない。
ユートはすぐにでもパーティーを抜けるため、情報屋に金を払い噂を流すことにした。
勇者パーティーはユートがいなければ何も出来ない集団だという内容でだ。
プライドが高いギアベルは、噂を聞いてすぐに「貴様のような役立たずは勇者パーティーには必要ない!」と公衆の面前で追放してくれた。
しかし晴れて自由の身になったが、一つだけ誤算があった。
それはギアベルの怒りを買いすぎたせいで、帝国を追放されてしまったのだ。
そしてユートは荷物を取りに行くため自宅に戻ると、そこには腹をすかした猫が、道端には怪我をした犬が、さらに船の中には女の子が倒れていたが、それぞれの正体はとんでもないものであった。
これは自重できない異世界転生者が色々なものを拾った結果、トラブルに巻き込まれ解決していき成り上がり、幸せな異世界ライフを満喫する物語である。
貴族家三男の成り上がりライフ 生まれてすぐに人外認定された少年は異世界を満喫する
美原風香
ファンタジー
「残念ながらあなたはお亡くなりになりました」
御山聖夜はトラックに轢かれそうになった少女を助け、代わりに死んでしまう。しかし、聖夜の心の内の一言を聴いた女神から気に入られ、多くの能力を貰って異世界へ転生した。
ーけれども、彼は知らなかった。数多の神から愛された彼は生まれた時点で人外の能力を持っていたことを。表では貴族として、裏では神々の使徒として、異世界のヒエラルキーを駆け上っていく!これは生まれてすぐに人外認定された少年の最強に無双していく、そんなお話。
✳︎不定期更新です。
21/12/17 1巻発売!
22/05/25 2巻発売!
コミカライズ決定!
20/11/19 HOTランキング1位
ありがとうございます!

のほほん異世界暮らし
みなと劉
ファンタジー
異世界に転生するなんて、夢の中の話だと思っていた。
それが、目を覚ましたら見知らぬ森の中、しかも手元にはなぜかしっかりとした地図と、ちょっとした冒険に必要な道具が揃っていたのだ。
ひっそり静かに生きていきたい 神様に同情されて異世界へ。頼みの綱はアイテムボックス
於田縫紀
ファンタジー
雨宿りで立ち寄った神社の神様に境遇を同情され、私は異世界へと転移。
場所は山の中で周囲に村等の気配はない。あるのは木と草と崖、土と空気だけ。でもこれでいい。私は他人が怖いから。
誰一人帰らない『奈落』に落とされたおっさん、うっかり暗号を解読したら、未知の遺物の使い手になりました!
ミポリオン
ファンタジー
旧題:巻き込まれ召喚されたおっさん、無能で誰一人帰らない場所に追放されるも、超古代文明の暗号を解いて力を手にいれ、楽しく生きていく
高校生達が勇者として召喚される中、1人のただのサラリーマンのおっさんである福菅健吾が巻き込まれて異世界に召喚された。
高校生達は強力なステータスとスキルを獲得したが、おっさんは一般人未満のステータスしかない上に、異世界人の誰もが持っている言語理解しかなかったため、転移装置で誰一人帰ってこない『奈落』に追放されてしまう。
しかし、そこに刻まれた見たこともない文字を、健吾には全て理解する事ができ、強大な超古代文明のアイテムを手に入れる。
召喚者達は気づかなかった。健吾以外の高校生達の通常スキル欄に言語スキルがあり、健吾だけは固有スキルの欄に言語スキルがあった事を。そしてそのスキルが恐るべき力を秘めていることを。
※カクヨムでも連載しています
剣ぺろ伝説〜悪役貴族に転生してしまったが別にどうでもいい〜
みっちゃん
ファンタジー
俺こと「天城剣介」は22歳の日に交通事故で死んでしまった。
…しかし目を覚ますと、俺は知らない女性に抱っこされていた!
「元気に育ってねぇクロウ」
(…クロウ…ってまさか!?)
そうここは自分がやっていた恋愛RPGゲーム
「ラグナロク•オリジン」と言う学園と世界を舞台にした超大型シナリオゲームだ
そんな世界に転生して真っ先に気がついたのは"クロウ"と言う名前、そう彼こそ主人公の攻略対象の女性を付け狙う、ゲーム史上最も嫌われている悪役貴族、それが
「クロウ•チューリア」だ
ありとあらゆる人々のヘイトを貯める行動をして最後には全てに裏切られてザマァをされ、辺境に捨てられて惨めな日々を送る羽目になる、そう言う運命なのだが、彼は思う
運命を変えて仕舞えば物語は大きく変わる
"バタフライ効果"と言う事を思い出し彼は誓う
「ザマァされた後にのんびりスローライフを送ろう!」と!
その為に彼がまず行うのはこのゲーム唯一の「バグ技」…"剣ぺろ"だ
剣ぺろと言う「バグ技」は
"剣を舐めるとステータスのどれかが1上がるバグ"だ
この物語は
剣ぺろバグを使い優雅なスローライフを目指そうと奮闘する悪役貴族の物語
(自分は学園編のみ登場してそこからは全く登場しない、ならそれ以降はのんびりと暮らせば良いんだ!)
しかしこれがフラグになる事を彼はまだ知らない

八百長試合を引き受けていたが、もう必要ないと言われたので圧勝させてもらいます
海夏世もみじ
ファンタジー
月一に開催されるリーヴェ王国最強決定大会。そこに毎回登場するアッシュという少年は、金をもらう代わりに対戦相手にわざと負けるという、いわゆる「八百長試合」をしていた。
だが次の大会が目前となったある日、もうお前は必要ないと言われてしまう。八百長が必要ないなら本気を出してもいい。
彼は手加減をやめ、“本当の力”を解放する。

魔力∞を魔力0と勘違いされて追放されました
紗南
ファンタジー
異世界に神の加護をもらって転生した。5歳で前世の記憶を取り戻して洗礼をしたら魔力が∞と記載されてた。異世界にはない記号のためか魔力0と判断され公爵家を追放される。
国2つ跨いだところで冒険者登録して成り上がっていくお話です
更新は1週間に1度くらいのペースになります。
何度か確認はしてますが誤字脱字があるかと思います。
自己満足作品ですので技量は全くありません。その辺り覚悟してお読みくださいm(*_ _)m
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる