ボケ老人無双

斑目 ごたく

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栄光時代

転落

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 冒険者ギルドの両開きの扉は、それを潜り抜けた反動にキィキィと軋んだ音を立てる。
 その耳障りな音と、反動が収まるまでに何度も元の位置へと戻ろうと往復する扉の姿に、そこを通り抜けた人間の存在はどうしてもギルド内に知れ渡ってしまう。
 例えそれが慎重にそこを通り抜け、出来るだけ目立たないようにギルド内に足を踏み入れようとした人間の存在であっても。

「おっ!時の人のお帰りだぜ!よっ、どうだった初めての指名依頼の感想は?領主様の御令嬢としっぽり楽しんできたかい!?」
「おいおい!女同士だぜ?そりゃあ、無理ってもんだろうが!」
「いやいや、分かんねぇぜ?こういうのは逆に、女同士の方が燃え上がるもんかもしれないぜ?身分の差に加えて、性別の壁を越えて燃え上がる恋・・・くぅー、泣かせるねぇ!!」
「ぎゃはははっ!!柄にもねーこと言ってんじゃねぇーよ、気持ちわりー!!」

 人知れずこっそりとギルドに足を踏み入れようとした人物、カレンの姿を目にした冒険者達は、すっかり出来上がった様子で彼女に絡んでくる。
 彼らは自分達には到底やってくる筈もない貴族からの指名依頼をこなして帰ってきたカレンを、やっかむようにしてはあげつらっている。

「あぁ、うん・・・あはは、そんな事ないって」

 嫉妬交じりにカレンの事を肴にしては、馬鹿笑いをしている彼らは、明らかに彼女の事をおちょくっている。
 しかしそんな彼らに対してもカレンは暗い表情で俯くばかりで、それに反論しようとはしなかった。

「あん?何だよそれ、調子狂うな・・・いつもなら『何よそれ!?そんなの、ある訳ないでしょ!!馬鹿なんじゃないの』ぐらい言ってくんのに?」
「ぎゃははは!!似てねー!!」
「別にいいんだよ、似せようとしてねーんだから!おい、どうしたカレン?感じ悪ぃぞ」

 馬鹿にしたように絡んでくる彼らに、反論するどころか愛想笑いのような乾いた笑みを返してきたカレンに、彼らは逆に気持ち悪そうに戸惑ってしまっている。
 彼らはさらにカレンを煽っては何とか彼女に反応させようとしていたが、彼女はそのままそこを素通りしようとしていた。

「ごめん、ちょっと通してくれる?」
「あん?んだよ・・・本当に何かあったのか?」
「ぎゃははは!マジで失恋したのかもなー!!」

 横を素通りしようとしたカレンを引き留めるように手を伸ばした男の手を、彼女は振り払うでもなく丁寧にそれをどかし、そのまま受付の方へと歩いていく。
 そんなカレンの態度に、彼女を引き留めようとした男は本当に何かあったのかと心配そうな表情を浮かべていた。

「カレンちゃん、待ってましたよ」

 ギルドの受付へと進むカレンに、その前にたむろしていた冒険者達が自然と道を開けている。
 それは指名依頼という、特別な依頼をこなして帰ってきたカレンへの配慮だろうか。
 彼らが道を開けた先には、何やら真剣な表情をした赤毛の受付嬢、エステルが待ち構えていた。

「エステル、あのね聞いて欲しいんだけど。今回の依頼・・・」

 今回の指名依頼の内容は、レティシアに冒険の話を聞かせるというものだった。
 それを考えれば、十分に依頼の内容を全うしたと言える。
 しかし本当にそれでいいのかと、カレンは考えていた。

(レティシアが危険な目に遭ったのは、私が自分の実力を過信したから。そもそも今の立場だって、トージローの活躍を自分のものだと喧伝して無理やり得ただけ・・・そんなものに頼ってたら、また同じような事がこれから先、何度もある筈・・・だから、これでいいんだ)

 身の丈以上の力を欲して、挙句罪もない少女を殺してしまいそうになってしまった。
 その事実は、カレンにこれまでの行いを反省させるには十分なものであった。
 そして彼女はそのための第一歩として、今回の依頼を失敗だったと報告しようとしていた。

「散々な結果だったみたいですね、聞いています」
「あ、もう知ってるんだ・・・うん、そうなんだ失敗しちゃって―――」

 しかしカレンがそれを口にする前に、エステルが既にそれを聞いていると話していた。
 それに僅かに驚いた表情を見せたカレンはしかし、それを否定する訳もなく自らもそれを肯定しようと口を開いていた。

「何でも領主の御令嬢であるレティシア様を攫って手籠めにしようとして失敗し、挙句殺そうとしたとか・・・前代未聞ですよ、こんなの!」

 そんなカレンの言葉を遮るように、エステルは淡々と彼女の失敗の詳細について語っていく。
 それは仕事の失敗の話というより、罪の読み上げといった方が相応しい内容であった。

「えっ!?ちょ、ちょっと待て!!?何よそれ、そんな事する訳ないでしょう!?誰がそんなこと言ったのよ!!?」

 その驚きの内容に、カレンは驚き声を上げる。
 依頼の失敗の通告であるならば、甘んじて受け入れようと決めていたカレンも、そんな身に憶えのないこと一方的に告げられれば、流石に黙ってもいられない。
 彼女はカウンターに手をつき乗り出すと、そのガラス越しにエステルへと激しく迫っていた。

「領主のグリザリド様ですが?ほら、ここに直接クレームが」
「ちょ、ちょっとそれ見せて!!」
「どうぞ、ご自由に」

 誰がそんな酷い事を言ってきたのかと尋ねるカレンにエステルは肩を竦めると、それはここの領主であるグリザリド辺境伯だと答えていた。
 そして彼女はその証拠だと言わんばかりひらひらと書類を扇いで見せ、カレンがそれを要求するとあっさりと投げて寄越していた。

「ええと、何々・・・『冒険者カレン・アシュクロフトは我が娘レティシアをその必要もないにも拘らず、森へと言葉巧みに誘い出し』って、あ、あれは!レティシアが誘ってきて・・・!」
「でも、依頼に必要もないのに森に連れ出したのは事実なんですよね?」
「ぐっ!?そ、それは事実だけど・・・」

 投げ寄越された書類を手に取り、その内容を読み上げるカレンは、それが間違っていると声を上げる。
 しかしエステルが指摘する言葉は鋭く、それをカレンは否定することが出来なかった。

「ほら、まだまだありますよ?ちゃんと自分で確認しなくていいんですか?」
「くっ・・・『そこで彼女は指名依頼であるにも拘らず仲間を呼び寄せ、我が娘レティシアを手籠めにしようと』そんな事してない!!私達はただ・・・!!」

 言葉に詰まってしまったカレンに、エステルは煽るように先を読むように勧める。
 その言葉に促されるままに書類へと再び目を落としたカレンは、そこに記された有り得ない言葉に大声を上げて否定していた。

「・・・私達?じゃあ、仲間を呼び寄せたことは事実なんですね。指名依頼なのに」
「えっ!?いや、あれはトージローが勝手に・・・」
「ふーん、事実なんだ。ふーん・・・」 

 しかしその口にした内容には、手紙に記された言葉を肯定するものが含まれている。
 それを拾い上げては指摘するエステルに、カレンはまたしてもそれを否定することが出来ない。
 そんな彼女に、エステルは目を細めては冷たい視線を向けてきていた。

「ほら、止まってますよ。読んで読んで、その先が重要なんですから」
「くっ、あんなにベタベタしてきたくせに・・・『さらに彼らは、その試みが失敗したと知ると魔物を嗾け我が愛娘レティシアを葬り去ろうとしたのだ。あの森は我がグリザリド家が管理する森、危険な魔物など出る訳がない。であるからして、あれは彼らが用意した魔物に違いないのだ』そんな!あれが私達の用意した魔物の訳ないじゃないですか!?それに私達はレティシアの危ない所を救って・・・」

 手紙の先を読むように促すエステルの冷たい言葉に、カレンはついこの間まであんなに仲良くしていたのにと恨みがましい視線を向けている。
 そしてその先の内容へと目を落としたカレンは、そこに自分達がレティシアの命を狙った賊のように書かれていることに激高する。

「あ、じゃあ領主様の御令嬢が危険な目に遭ったことは否定しないんですね?」
「いや、だからそれは違くて!!ううん、それは間違ってないんだけど・・・あれ?どういう事なの?頭がこんがらがって・・・」 

 しかしまたしても、その反論には手紙の内容を肯定する言葉も含まれてしまっていた。
 自らの口でレティシアが危険な目に遭ったことを白状してしまったカレンに、エステルは冷たくそれを指摘する。
 その指摘をカレンは咄嗟に否定しようとするが、彼女はもはやいったい何を否定すればいいの分からなくなってしまっていた。

「ふーん、じゃあこの手紙の内容が大筋は間違ってないって認めるんだ?」
「えっ?いや、確かに大筋は間違ってないけど・・・細かい所は全然違うから!!私は・・・!!」
「はいはい、それは後で聞くから。大筋はあってるって事ね・・・じゃあギルドとしては、領主様の裁定に抗議はしないっと・・・」

 混乱するカレンに、エステルは冷たく大筋は認めるのかと彼女に尋ねている。
 その言葉に、カレンは頷くしかなかった。
 確かに、その手紙の内容は大筋では間違っていないのだから。
 カレンがそれを認めたことを確認したエステルは、手元の何かの書類にサインすると、それを後ろへと回していた。

「領主様の裁定って・・・な、何よそれ!?聞いてないんだけど!?」
「あれ、知らないんですか?その街に所属する冒険者に対して、そこの領主はある程度の権限を有しているんです。ある程度の階級までですけど・・・それに冒険者ギルドは、従うか抗議するか選べるんですけど、今回は抗議する理由はありませんね。概ね、事実だと本人も認めた事ですし」
「ちょ!?だからそれは、違くて!!」

 その街の領主には、そこに所属する冒険者に対してある程度介入する権限を有している。
 そう話すエステルは、それに対するギルドの権利としての抗議を今回は行使しないと宣言している。
 それらが全てが初耳だと驚くカレンは何とか取り縋ろうとするが、エステルはそんな彼女を相手にしないと手を軽く振って見せていた。

「はいはい、だからそれは後で聞くから・・・大体、こんだけの事をやらかして二階級降格だけで済むなんて、とんでもなく優しい裁定なんだから。黙って受け入れなさいよね?普通だったら、除名か投獄・・・最悪、処刑でもおかしくないんだから」
「・・・は?二階級降格?」

 激しく食い掛ってくるカレンを適当にあしらうエステルは、彼女に渡したのとは別の手紙へと目を落とすと、そこに記された裁定を読み上げていた。
 その内容に、カレンは固まる。

「二階級降格って・・・また一からやり直しってこと?」
「そうですよ?これだけで済んで、領主様には感謝するんですね」

 二階級降格とは、カレンが以前経験した二階級特進と真逆、つまり彼女が新人冒険者と同じ階級に落ちる事を意味していた。
 それを尋ねるカレンに、エステルは当たり前だと肩を竦める。

「う、嘘でしょーーー!!?」

 この半月近くの頑張りが全て無駄になったという事実に、カレンは床に膝をつくと頭を抱えて叫ぶ。

「あ、じゃあこのバッジは返してもらいますね。これ、後でつけておくように」

 そんな彼女の胸元から、エステルはエクスプローラー級冒険者であることを示すコンパスのバッジを奪い取ると、ピープル級のバッジであるただの小さな板を投げて寄越していた。
 それがころころと転がり、その足元で倒れても尚、彼女は立ち上がることが出来ずその場に蹲り続けていた。
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