ボケ老人無双

斑目 ごたく

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栄光時代

廃村の子供たち

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 立ち並ぶ建物にもそこに人の姿がないのは、それらが廃屋だからだろうか。
 屋根が崩れ、壁が所々なく、扉が無事な所の方が少ないそれらの建物の姿は、まさしく廃屋と呼ぶのが相応しい。
 仮にすべての建物が健在だったとしても、せいぜい数十人程度の人員を養うのが精一杯という集落には、見える範囲のギリギリに森が広がっていた。
 恐らくその森の木々を伐採するために作られたこの集落は、近くに別の集落とそこを通る街道が作られたことで役目を奪われ、こうして廃村になってしまったのだ。
 しかしそんな廃村でも、必要とする者はいる。
 例えばそう、親に捨てられ家もないまま彷徨う子供のような。
 そして今まさに、ボロボロな格好で何かから逃げ惑っている、その少年達のような人間が。

「はぁ、はぁ、はぁ・・・メイ、平気か?」
「ひゅー、ひゅー、ひゅー・・・う、うん。ルイス兄・・・メイは、だいじょう・・・ぶ」

 妹だろうか、自分よりもさらに幼い少女の手を引く赤髪の少年は、まだ子供と呼んでもいい年齢であった。
 ルイスと呼ばれたその少年は、荒い息を整えながら手を引く栗毛の少女、メイへと声を掛ける。
 彼女はその声に健気に大丈夫だと答えていたが、肺から漏れるように息を吐いているその姿は、どう考えても限界であった。

「メイ、無理すんなよ。そこで一旦休むんだ、あいつももう追ってこないみたいだし―――」

 自分のために必死に無理をしようとする少女の姿に、ルイスは彼女の肩へと手を添えると休むように促している。
 近くの廃屋へと彼女を促したルイスは、顔を上げては周囲を見渡している。
 そこには立ち並ぶ廃屋の姿と、そこに吹きすさぶ風によって舞い上がる砂煙以外は、何もないように思われた。

「ガアアアァァァァァッ!!!」

 その廃屋を突き破り、雄叫びを上げる巨大なシルエットがそこから現れる。
 それは有名な魔物である、トロルであるようだった。

「メイ、早くそこへ!!」
「う、うん!ルイス兄は!?」
「俺もそこへ入る!少し詰められるか!?」

 巨大な魔物の姿を目にしたルイスは、驚くことなくすぐに行動している。
 それはその魔物が、彼らをここまで追ってきた魔物であったからだろう。
 近くの廃屋へとメイを押し込み、自らもそこに飛び込んだルイスの行動は素早く、それは魔物が突き破った廃屋がその支えを失って完全に崩れ落ちるよりも早かった。

「グゥゥゥ・・・?」

 崩れ落ちた廃屋からは、モクモクと土煙が立ち上っている。
 その土煙に視界を奪われている魔物は、ルイス達の姿を見失っては首を捻り、当たりをキョロキョロと窺っていた。

「ルイスはここにはいない、ルイスはここにはいない、ルイスはここにはいない。だから、早くここからいなくなれ・・・!」

 廃屋の中の物陰に身を潜め、両手を組んで祈るように囁くルイスは、自らの存在を消してしまおうとするかのようにその身体を小さくしている。
 それはあの魔物に見つかってしまえば、もう助からないと知っているからの必死さだろうか。
 しかしそんな彼の裾を、くいくいと引っ張る人間がいた。

「・・・ルイス兄、おしっこ」
「メイ、黙ってろ!見つかったら、お終いなんだぞ!?」

 裾を引っ張る感触にそちらへと顔を向ければ、フルフルと小刻みに顔を震わせているメイの姿があった。
 その表情は、明らかな限界を物語っている。
 そんな彼女にいくらルイスが小声で怒鳴っても、間近にまで迫った尿意が消え去る訳でもない。

「・・・はぁ、我慢出来ないのか?」
「う、うん!」
「・・・仕方ない。だったらここで―――」

 メイの今にも泣き出しそうな表情に、諦めたように息を吐いたルイスは、本当にもう我慢出来ないのかと彼女に尋ねると、もうここで漏らしてしまえと許可を出す。
 このまま我慢させて、変に騒がれてしまうよりはと考えた彼の判断は正しい。
 しかしそれが、正しい結末を招くとは限らなかった。

「ふぉぉぉぉぉ・・・」

 物陰へと隠れて二人の近く、廃屋へと入ってくる物音と、何やら掠れたような声が聞こえてくる。
 それは先ほどまでの雄叫びとは違っていたが、明らかに何者かが彼らに気づいたという合図であった。

「っ!?メイ、逃げろ!!」
「ふぇ!?で、でもルイス兄、おしっこ・・・」
「いいから、早く!!」

 その声にルイスはすぐにメイの背中を押すと、この場から逃げるように指示している。
 しかし膀胱に溜まり切った尿意を放出しようと、すっかりリラックスした姿となっていたメイは、そんな彼の指示に戸惑い立ち竦んでいた。
 そんな彼女の姿にもルイスはお構いなしに早く逃げろと声を掛けると、その背中を無理やり押し出していた。

「ル、ルイス兄・・・う、後ろ」
「ひっ!?メ、メイには・・・メイには手を出させないぞ!!」

 ルイスが無理やり押し出したメイはしかし、すぐにその場へと立ち竦んでしまう。
 それはルイスの背後に、その人影を見つけてしまったからだ。
 その人影はルイスの背後から、血塗れの手を彼へと伸ばす。
 その手を振り払うようにしてルイスは振り返ると、近くの瓦礫を拾ってはメイの前へと立ち塞がっていた。

「ほぉぁぁぁ?メイちゃん?メイちゃんっていうのかぁ?ええ名前じゃのう」

 メイだけは守って見せると決死の思いを込めて睨み付けるルイスの前には、呆けたように佇む老人の姿があるばかり。
 その老人はルイスの言葉に、彼の背後のメイへと視線を向けると、孫へと向けるような優しげな表情を浮かべていた。

「なっ・・・爺ちゃん、どこから出てきたんだよ?っ!?ここは危ない、早くどこかへ―――」

 逃れられない死へと立ち向かおうとしていたら、今にもその向こう側へと旅立ってしまいそうな老人が目の前に現れた。
 そんなギャップに呆気に取られてしまったルイスも、それは一瞬の出来事だ。
 彼の背中へと手を伸ばしたのがそんな老人であっても、今は危機的状況であることには変わりない。
 それを思い出したルイスは、その老人にすぐに逃げるように促している。
 しかしそれはどうやら、遅すぎたようだった。

「ガアアアアァァァァ!!!」

 彼らの目の前の壁を突き破り、巨大なシルエットが姿を現す。
 それは散々手を煩わされた怒りからか、はっきりとした敵意を覗かせてルイス達を睨みつけていた。

「見つかった!?メイ、逃げるぞ!!」
「う、うん!!」

 潜んでいた物陰も、それごと破壊されればもはや意味がない。
 完全にこちらの姿を捉えた巨大な魔物の姿に、ルイスは振り返るとメイへと逃げるように声を掛ける。
 その声に慌てて駆けだそうとしている彼女の姿に、彼もまたその場を急いで後にしようとしていた。

「爺さん、何やってんだ!?早く逃げろって!!」
「ほぁ?」
「もしかして、気づいてないのか?後ろだよ、後ろ!!」

 しかしそこには、彼ら以外にもう一人の人間がいる。
 その存在が気に掛かり、後ろへと振り返ったルイスは、そこに呆けたように立ち尽くしている老人の姿を目にする。
 ルイスはその老人の背後の魔物を指差しては必死のその存在を気づかせようとしているが、彼は呆けた様子で首を捻るだけ。

「グルゥゥゥ・・・ガアアァァァ!!!」
「ひっ!?」

 そしてルイスの努力も空しく、背後の魔物存在にすら気づいていない老人に、その魔物の鉄槌が振り下ろされる。
 その光景に、悲惨な結末を予感してルイスは思わず顔を背け、目を瞑ってしまっていた。

「グルゥ?」
「・・・何だ?何か様子が・・・え、嘘だろ!!?」

 惨劇の予感に強く目を瞑ったルイスはしかし、続いて聞こえてきた魔物の不可解な唸り声に恐る恐る目を開ける。
 そして彼は見ていた、有り得ない光景を。

「ガアアアアァァァ!!!」

 その巨大な魔物の攻撃を浴びても、ビクともしていない老人の姿を。
 そして今も、繰り返し繰り出される攻撃に晒されても、何一つ気にした様子のない彼の姿を。

「・・・うるさいのぉ」

 そして、まるでたかってくるハエを払うように、その魔物を薙ぎ払う老人の姿を。

「トージロー!!トージロー!!どこに行ったのー!?もぅ、すーぐどっか行っちゃうんだから!トージローってば!!」
「ふぁぁ?呼んだかいのぅ、婆さんや」

 そんな老人の事を呼ぶ声が、遠くから響いてくる。
 その声に反応した老人は、ふらふらとその場から立ち去っていった。
 自らで開けた、巨大な魔物を葬り去った穴を通って。

「だから、婆さんじゃないっていってるでしょ!?大体、こんな若くて可愛い子がお婆さんな訳ないでしょ!?はぁ・・・もういいわ。廃村に危険な魔物が住み着いていわれたから来てみれば、ゴブリンが数匹いただけだし・・・何か、疲れちゃった。さっさと帰りましょ」
「おぉ、飯か?」
「はいはい、飯よ飯。帰ったらね」

 その老人の後を追って廃屋から抜け出したルイスは、金色の髪の少女と合流した老人、トージローの後姿へと目をやっている。
 その少女は手応えのない依頼だったと組んだ両手を上へと伸ばすと、軽く背筋を伸ばして仕事も終わったし帰ろうとトージローに呼び掛けている。
 その言葉に喜びの声を上げたトージローに、彼女は適当に相槌を打つと帰路へと急いでいた。

「・・・かっけぇ」

 そんな老人の後姿を見送りながら、ルイスは呟く。
 その目には、眩いばかりの憧れが灯されていた。

「ルイス兄、おしっこ・・・ルイス兄!あっ・・・」

 そんな彼の隣には、すっかりおしっこをするタイミングを逃してしまったメイが、その裾を必死に引っ張ってはアピールをしていた。
 しかしトージローの後姿を見送るのに夢中なルイスは、それに気づかない。
 そしてその直後、メイの膀胱はあっさりと決壊してしまっていた。
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