ボケ老人無双

斑目 ごたく

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冒険の始まり

オーガトロルとの戦い 1

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 激しい戦いの後には、決まって恐ろしいほどの静寂が訪れる。
 その場に訪れた静寂は、確かにそうしたものであった。
 カレンはその終わりの光景を見詰めながら、こぶしを振り上げて固まっている。
 それはその目の前で繰り広げられた光景が、余りに衝撃的だったからだ。

「・・・って、あっさり負けてんじゃん!!!」

 その五分も掛からずにあっさり負けてしまった、グルド達の姿が。

「嘘でしょ!?あんなに格好つけてたのに、何あっさり負けてんのよ!?時間を稼ぐんじゃなくて、倒して名を上げるんじゃなかったの!!?さっきまでの勢いはどこに行ったのよ、あんた達!?」

 先ほどまでの彼らの口ぶりからすれば、犠牲は出るが倒すのは問題ないといった雰囲気であった。
 しかし目の前で繰り広げられた光景は、ただただ一方的な戦いであった。
 それを目にしたカレンは、頭を抱えては信じられないと声を上げる。

「馬鹿・・・野郎、何で・・・逃げてねぇんだ・・・さっさと逃げ、ろ・・・奴は、化け物・・・がくっ」

 それまでは必死に戦っていたため気づかなかったのか、その存在にようやく気がついたグルドは、地面へと突っ伏していた顔を僅かに上げると、カレン達に逃げろと告げている。
 残った力を振り絞ったのであろう彼は、それを言い終えると力尽きるように崩れ落ちる。
 それはまさしく、命を掛けて誰かを守ろうとした男の姿であった。

「なーーーに、いい感じに雰囲気出してんのよ!このクソ雑魚冒険者!!トージローにボコボコにされた冒険者なんかに、一瞬でも期待した私が馬鹿だったわ!!所詮は、雑魚は雑魚なのよ!!ふんっ!」

 そんなグルド達の事を、カレンは容赦なく扱き下ろしている。
 彼女は観戦気分で座り込んでいた木の根元から立ち上がると、その得物である杖を振り回して鼻を鳴らす。
 彼女が向ける視線の先には、つい先ほどグルド達を葬り去ったばかりで興奮している、オーガトロルの姿があった。

「見てなさい!あんなの私とトージローで、けちょんけちょんにしてやるんだから!!トージロー、行くわよ!!」

 振り回していた杖を突きつけ、腰に手を当ててはカレンはオーガトロルに打倒を宣言している。
 そうして彼女はトージローの手を掴むと、その前へと進み出ていく。

「ふふーん、こんなの私達には余裕なんだから。その活躍をちゃんと目に焼きつけときなさい!そうしたら私達もそのエクスプローラー級の冒険者とやらに・・・ううん、もっと上にだって・・・」

 大魔王エヴァンジェリンを打倒したトージローの力をもってすれば、そんな魔物など余裕だとカレンは高を括ってその前へと進み出ていく。
 カレンはもはや目の前の魔物など倒したも同然だと考え、もっとその先の栄光について妄想を膨らませているようだった。
 前回の大魔王の時とは違い、今回は外の人間が、しかもある程度実力のある冒険者が目撃者なのだ。
 今度こそ間違いなくその実力が認められると、彼女は口元をニヤけさせながら前へと進む。
 その目は妄想によって曇っており、目の前の景色などに目を向けてなどいなかった。

「っ!?痛てて。何よ、一体・・・?」

 前方不注意な状態なまま前へと進んでいたカレンは、その当然の成り行きとして何かにぶつかって尻餅をついてしまう。
 そんな彼女の目の前には、丸太のように太い足があった。
 そしてそれを伝うように上へと視線を向けた彼女は、こちらを見下ろすように見つめるオーガトロルと目が合ってしまっていた。

「ひっ・・・!?」

 今までは遠くで、しかも誰かを挟んでその姿を目にしていただけだった。
 そして今、目の前で目にしたその姿は余りに恐ろしく、カレンは息を呑む。

「ウオオオォォォォォォン!!!」

 そんな彼女の姿に、オーガトロルは雄叫びを上げる。
 その叫びは大きく、大気を震わせカレンの身体に叩きつけるような衝撃を与える。
 それはカレンの身体を震え上がらせるには十分な迫力で、それに緩んでしまった彼女の身体の一部からは、ホカホカと湯気が立ち上っていた。

「あ、あぁ・・・ト、トージロー・・・た、助けて・・・」

 恐怖に腰を抜かし、もはや這いずって逃げる事も出来ないほどに竦んでしまったカレンは、震えた声で絞り出すようにトージローに助けを求めることしか出来ない。

「ほぁ?」

 しかしそんな声にも、トージローは呆けた顔で首を捻るばかり。
 そして彼女達の目の前の魔物は、そんな事情など構ってくれる訳もなかった。

「グルゥゥゥ、ガアアァァァ!!!」

 その凶悪な牙を剥き、オーガトロルはカレンを一呑みにしようと、その醜い顔を彼女へと迫らせる。

「助けて、トージロー!!!」 

 そんなオーガトロルに、カレンは頭を抱え助けを求めることしか出来ない。
 しかしその願いは、先ほど既に裏切られてしまったものであった。

「・・・何ともない?どうして・・・っ!?トージロー、助けてくれたのね!!」

 死の恐怖にきつく目を閉ざしたカレンは、いつまで待っても訪れないそれに恐る恐る目を開ける。
 その先に彼女が目にしたのは、自らの守るように立ち塞がるトージローの姿だった。

「この温泉、全然温かくならんのぅ・・・湯気が出とって、温かそうじゃったのに・・・」

 あれだけ言うことを聞かなかったトージローが、この窮地に自らを守ろうと立ち上がってくれた。
 その感動に声を震わせるカレンに、トージローは冷や水を浴びせかけていた。

「は?」

 トージローは足元の水溜りへと視線を向けては、残念そうに呟いている。
 確かにすっかり日が暮れて、気温も下がってきた森の中は老人には堪えるだろう。
 彼はそんな場所に急に湧いた温泉に浸かり、身体を温めたかったようだ。
 金色の髪の少女の身体から湧いた、温泉に浸かって。

「っっっっっ!!?な、な、な、なにやってんのよ、あんた!!?」
「なにって・・・温泉、足湯かの?浸かって温まろうと・・・」
「うーーー!!!いいから、すぐに退いて!!退きなさーーーい!!!」

 トージローが口にした言葉に、始めて彼がどこに立っているか気がついたカレンは、彼の顔とその足元を交互に見比べては、その顔を真っ赤に染めてゆく。
 そして興奮のままに声を上げるカレンに対して、トージローは不思議そうに首を傾げている。
 彼からすれば、こんな寒い夜に少しばかり身体を温めようとしただけなのだ、それを咎められる理由が思いつかない。
 しかしそんな彼の事を、カレンは問答無用と押し出してしまう。

「はぁはぁはぁ・・・ようやく、ようやく格好いい所が見えると思ったのに・・・何なのよ、あんたはもう!!!」
「・・・温泉」
「それはもういいの!!!」

 ここまで全く思い通りにならなかったトージローが、ようやく自分を助けるために動いてくれた。
 そう信じていたカレンは、全く見当違いだった彼の行動に、肩を激しく上下させては怒鳴り散らしている。
 そんなカレンの言葉にトージローはまだその足元へと視線を向けては、未練がましい科白を漏らしていたが、それは彼女の顔をさらに真っ赤に染め上げるだけに終わっていた。
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