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しおりを挟む異変が起きたのは、競技が進行して中盤の走者に差し掛かった時だった。
走者に尚がいるのを見つけた俺は、尚を応援すべく競技を集中して見ることにした。スタートラインに立った尚は一つ伸びをして退屈そうに目を瞬かせている。
「続きまして、次の走者は大注目の方々が多いですね!中でもやはり会長様の存在が一際輝いております!!何を借りるのか気になりますね」
司会の言葉で俺は初めて、西連寺もこの競技に参加していたということを知った。姿が見えないと思ったら出場していたとは。
意外に思い西連寺を見つめていると、視線を感じたらしく目が合った。軽やかな笑いを漏らし、意味ありげな顔を向ける。
「………?」
よく分からないがとりあえず小さく手を振っておいた。応援してる、という意味のつもりだったのだが……何故かあいつは両目を覆って天を仰いでいる。目にゴミでも入ったのだろうか。
首を傾げて見ていると、スタートの合図が鳴って走者が走り出した。西連寺に気を取られている場合ではない。刮目しなければ。
なぜならこのレース、西連寺と尚の他に後輩である亘も出ている。誰が勝つのかは分からないが、個人的には後輩を応援したい。
三者はそれぞれ軽快な走りでカードの並べられた机まで辿り着く。特に速かったのは西連寺で、迷うことなくカードを引いた。
「さすが会長様、一番にテーブルまで辿り着きました!!問題はお題ですが……おーっと?ここで会長様の足が止まっていますね」
カードの内容を見た西連寺はお題を見て一瞬ハッとしたような顔を浮かべて立ち尽くした。さては響が仕込んだとんでもないお題に当たったのか。
一方、悩んでいるらしい西連寺の隣では尚がお題を引いたようだ。首を捻ってカードを見つめ無言でじっとお題を睨んでいる。
二人ともハズレのお題だったのか?
はてと思いながら見守る。すると、不意に二人が顔を上げてこちらにやってきた。
俺の方に条件に合う生徒がいるか、物があるのだろう。
無理やりそう思うことにして、こちらも二人を傍観する。すると周りが少しざわめき、どこからともなくチラチラと俺に視線が集まった。何かを期待しているのか、キラキラとした目を向けられているような……。
おい待て、まだ俺だと決まったわけではない。決めつけはやめてほしい。
嫌な予感に頬を引き攣らせていると、走ってきた西連寺と尚が先を争うように俺の前で停止した。そして、バッチリ俺の目を見て言う。
「龍神!俺と来いっ!!!」
「瑚珀いんちょー、おれと、行こ?」
それで先程の状況に戻るという訳だ。
しかも二人とも、名前まで言うなんて悪意を感じるぞ………。
俺が適当に躱そうとしていることがバレたらしく、どちらもこれ以上ないほどの笑みを浮かべている。有無を言わさない雰囲気だ。
しかも、先ほどまでざわざわしていた皆が西連寺と尚が同時に俺を借りようとしていることに大きな歓声をあげた為、より注目が集まり俺は完全に逃げられなくなってしまった。
「あー………悪いが、二人とも。俺は今裸足だから、その、あまり借りられたくないというか…」
自分で言いながら、『借りられたくない』ってなんだ、と思う。俺も俺で混乱しているようだ。まともなことも言えない。
「別に大丈夫だ、安心しろ。俺が抱き抱えてやる」
「おれも、力ある……」
「ハッ、クソ猫は引っ込んでろ」
「会長は、馬鹿。瑚珀いんちょーにふさわしくない」
逃れようとする俺の主張をあっさり折った二人は、俺を余所にバチバチと火花を散らして喧嘩し始める。こいつら同じ赤組だろう、なんでこんなに不仲なんだ……。
「おおっと!役職持ちのお二人がなんと風紀委員長様を巡って争っています!!これは大注目の戦いですね!」
司会め……そんなに人の不幸が面白いのか。
「龍神、俺を選べ」
「瑚珀いんちょー……おれ、嫌い?」
苦悩する俺に二人は残酷な二択を突きつけてくる。
特に尚の言い方には弱った。そんなにしゅんとした顔を向けないでほしい。俺はそういう顔に弱いんだ……。
詰め寄られた俺は西連寺と尚の間で困惑する。二人とも赤組なのでどちらの手を取ってもチームとしては勝てる。勝ちを優先するなら俺はそうするべきなのだが……どっちも目が真剣すぎて選びにくい。いっそ二人とも諦めてほしいくらいだ。
眉間に皺を寄せながら、俺は仕方なく迷いがちに尚の手を取ることにした。さすがにその顔は心に響く。
すっかり弱ってしまい、俺は嬉しそうな顔をする尚の手を伸ばし────たが、その手は尚に触れることはなかった。
横から伸びた誰かの手が、俺の手首を掴んだからだ。
「っ!?」
そちらを見る間も無く、腰が支えられて体が浮遊感と共に持ち上がる。横抱きにされている、と気づくと同時に周りから黄色い悲鳴が上がった。ふ、と吐息で笑うような音。
「漁夫の利ですよ、先輩方」
その声に俺はまさか、と思い顔を上げる。長めの黒髪が風で揺れて靡いていた。
「わ、亘………」
「委員長、失礼しますね」
もう失礼しているだろうがという指摘すら忘れて、俺は信じられない思いで亘を見つめた。もう一度状況を言おう、俺は今後輩に横抱きにされている。しかも、裸足のまま。
「っ!?おい待て腹黒風紀!!」
「………卑怯!」
焦ったように西連寺と尚が制止の声を上げるが、亘は隙のない微笑を浮かべて俺を抱いたまま走り出した。今度は俺が焦る。
「っ、亘!!降ろせ、自分で走る!!」
後輩に抱き抱えられる先輩なんてカッコ悪すぎる。俺のプライドが許さない。というか、そもそも意味がわからないだろう、こんな状況。
「ダメです、下が砂利なんですから怪我しますよ。汚れてしまいますし」
「このまま晒され続けるくらいなら汚れでも怪我でもしていい!!あと重いだろう!」
「委員長、私と2年近く一緒に過ごしてまさか忘れたとは言わせませんよ。私は柔道経験者ですので委員長など羽根のようなものです」
抵抗する俺をことごとく躱し、亘はなんでもなさそうに言う。そういう問題ではない。体裁がまずい。
しかしどう足掻いても降ろしてもらえず、結局ゴールまで着いてしまった。これで亘が赤組ならまだ我慢できたかもしれないが、あいにく白組だ。応援したいとは言ったが、こんな形での協力は望んでない。
これではただ俺の痴態を晒しただけになってしまう。
「まだ砂ですから、このままで」
涼しい顔で亘が言ってのけるので、俺は更に絶句した。
司会が興奮した面持ちで進行する。
「なんと!一着は大和撫子こと、風紀副委員長の亘庵司様です!!颯爽と風紀委員長様を奪い見事ゴールしました!!美しい見た目に反し、さながら王子のごとき鮮やかな所業!!これぞギャップ萌えです!!」
暗に俺を姫だと言っているようにしか聞こえない。
仏頂面で司会を睨むが、気づいていなさそうだ。元気に続けていた。
「では、体育祭実行委員によって審査が行なわれます!亘様!お題を教えて頂いてもよろしいでしょうか!!」
周りが固唾を呑んで見守る中、亘はふわりと笑んで、口を開いた。
「私が引き当てたお題は、『大切な先輩』です」
…………不覚にも俺は、ときめいてしまった。
最近の亘は俺を泣かせにでも来ているのだろうか。感動させられることが多すぎる。
「『大切な先輩』ですか!!良いですね~!ちなみにどのくらい大切なのか、なんて聞いても良いですかね?」
ニヤニヤする司会に亘は動じず、俺を抱き抱えたまま見たことないほど艶やかに笑ってみせた。
「委員長は風紀委員会のものですので……ひいては私の、いえ、」
そこで亘は言葉を区切り、マイクを向けられたまま俺を見てゆっくりと目を細めた。黒曜石みたいな瞳がゆるり、と溶けて、そして。
「俺のモノだと、先輩方2人に知らしめたくなるくらいには、大切です」
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