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しおりを挟む「尚、開けるぞ」
「ん………」
食堂の扉に手をかけて振り返ると、尚はしっかりと耳を手で覆っていた。それを確認して意を決して俺は扉を開けた。
「「「きゃああああああああ!!!!!」」」
瞬間、四方八方から甲高い悲鳴が俺と尚の鼓膜を襲う。教室でも未だに悲鳴が上がることがあるが、食堂のそれは色んな学年が混じっているのでクラスの比ではない。
「風紀委員長様が食堂に来られるなんて!」
「う、美しい………」
「神々しい!!」
「抱いて下さい!!」
「ばっか、風紀委員長様には会長様がいるだろ!!」
「隣に図書委員長の猫谷様もいる!!」
「えっ、レアすぎるお二人!写真撮りたい!!」
「尚様ー!!可愛いです!!」
「今日も眠たそうで素敵!!」
一番最初、何も知らずに食堂に来た時はこの悲鳴にやられてしばらく耳がイカれたものだが、流石に2年もこの学園で過ごすと体が慣れてくる。耳を塞がなくてもあまりダメージを受けなくなった。
俺は役職持ちだから普段みんな悲鳴をあげるが、今日は尚が一緒なので歓声の大きさが半端ではない。尚も役職持ちで整った容姿を持っている人気生徒だからだな。本人は興味がなさそうだが。
しかし、今食事をしている生徒も中にはいるようだし、俺達が騒がせるのはまずいだろう。食事はゆっくりリラックスして食べたいだろうしな。
そう判断して人差し指を口元で立て周囲にジェスチャーをすると、それだけで理解してくれた皆はすぐに声を落としてくれた。
それに満足して目を細める。これでちょっとは柔らかい雰囲気に見えるだろう。見えなかったら困る。
「い、色気が……」
すれ違った誰かが何かを言った気がしたが聞き取れなかった。実は知らない内に耳がダメージを受けていたのかもしれない。
とりあえず二階席まで上がって席に着く。
「尚、何を頼む?」
「んー……なんでも良い……」
好き嫌いは特にないそうなので、迷った末に二人とも日替わり定食にしておいた。俺も食堂はあまり利用しないので何を頼めば良いのか毎回迷ってしまう。この学園はきっと何を頼んでも美味しいので、別に良いのだが。
液晶で注文して到着を待つ間に、尚と会話することにした。
「尚は、普段何をするのが好きなんだ?」
「……寝る?」
「睡眠か……適度な睡眠は体にいいからな。俺も寝たいが、なかなか早くは寝られないな」
「瑚珀いんちょーは……?何、好き……?」
「ん、そうだな…趣味、か………実は話題を振っておいてなんだが、俺は趣味という趣味は持ち合わせていなくて………だが、料理や読書は結構するな」
「りょーり……」
「最初は、しなきゃいけないものとして捉えていたんだが……段々やっているうちに楽しくなって、休日でも自炊することが増えたな」
残念ながら友人と会食することなんて滅多にないので面白い話題が引き出せないが、尚が意外と俺の話に興味を持って聞いてくれるので苦ではなかった。
たまには食堂で穏やかに、と言うのも良いかもしれない。
やがて料理が運ばれてきて、俺はウェイターの方にお礼を言って尚と食事をした。これも体育祭の思い出になるはずだ。
ちなみに、一緒に昼食を取る中で気がついたことだが尚はどうも魚が好きなようだ。本人は意識していないが魚を食べるときはちょっと頬が緩んでいた。尚は魚好き、と覚えておこう。
食べ終わって尚が食べている様子をたまに見ながら笑んでいると、突然食堂の入り口から再度大歓声が轟いた。俺と尚が浴びた倍はありそうな声量だ。
「西連寺様ぁー!!」
「ツートップが揃った!!!」
「副会長様麗しい!!」
「隼様ー!!かっこかわいいです!!」
「都島様!!」
「ワイルドでかっけぇっす都島さん!!」
「素敵……こんな眼福な光景が見れるなんて…」
言うまでもないが、先ほどのやりとり通り、ぞろぞろと食堂にやって来たのは西連寺を筆頭とした人気者だ。
「げっマリモいる」
「はあ?いつまであいつ付き纏ってんの!!」
「不潔でキモいんだけど」
そんな彼らを引き連れているのが藍野な訳だが、やはり生徒達の当たりは二学期に入った今でもやや強い。俺個人としては御法川の報告もあるし気になるのだが、今俺が無理に接触すれば火に油を注ぐ可能性がある。今は気にかける程度でいいだろう。
視線を逸らして尚に戻すと、ちょうど眠たそうにあくびをしているところだった。そろそろ切り上げて食堂を出た方が良さそうだ。
席を立とうと思ったその時、不意に一階にいた西連寺と目が合った。食い入るように俺を見つめ、その場から動かない。変な奴だ、とスルーしようとしたところで、西連寺が俺に向かって叫んだ。
「龍神!!今夜、絶対行くからな!!」
いや、さっきのでもう分かったから言わなくて良いが。
なんだかその言い方は誤解を招くような気がしなくもないが、すごく真剣な目で言ってくるので仕方なく俺も返事を返した。
「ああ、部屋で待っている」
その瞬間、周囲が今までで一番派手な歓声を上げた。一方、それとは対照的に藍野と都島は殺気立って西連寺を睨んでいる。
流石に大声での私的な会話はまずかったか………。
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