笑わない風紀委員長

馬酔木ビシア

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「はぁ………」





 精神的にかなり悪い朝から時間が経ち、昼になった。昼食を摂り終えた俺は、教室で三限の数学の内容を復習しようと教材を机の上に出す。西連寺は生徒会の用事で教師に呼び出されたため、俺が危惧することはない。しかし、ホッと安堵して問題集に書き込みをした直後、教室の扉が勢いよく開いて、慌ただしく響が飛び込んできた。

 

「響、扉はもっとゆっくり───」

 



 周りのクラスメイトもびっくりしていたため、問題集に目を向けたまま軽く注意すると、俺の言葉を遮って机の上にバンッ、と両手が突かれた。


 
「瑚珀!!これマジどういうこと?!」

 


 顔を上げた俺の眼前に、響は何かの紙を突き出してくる。首を傾げてそれを受け取り少し目を通した俺は、何も飲んでいないのに咳き込みそうになった。響が血走った目で尋ねる。

 

「今廊下に掲示されててすごい話題になってんの。俺、腐レンドいるからコピー貰ったんだけど……」


 

 それは、新聞部が作る『学園新聞』と呼ばれるものだった。名前自体は何の変哲もないシンプルなものだが、内容はいわゆる普通の学校の新聞とは違う。この新聞で紹介されるのは行事や日々の様子ではなく、生徒たちの恋愛模様を中心としたスクープだからだ。基本無許可なので新聞というよりは、週刊誌に近い。




 気を取り直して、再度読み進める。



『一夏の禁断の恋?!ガーネットの皇帝×青玉の君子』


『この学園のツートップと聞いて多くの者が思い浮かべるのはおそらく、国内有数の権力を持つ西連寺家の御曹司であり我らが生徒会長の西連寺統和様と、その西連寺家と肩を並べる名家である龍神家次期当主の風紀委員長、龍神瑚珀様だろう。お二人はそれぞれ相反する権力のため不仲であると我々は思っていた。
だがしかし、これを見てほしい。この写真は我ら新聞部がこの夏、隣町の夏祭りで捉えたものである。例年、生徒会の方々は夏にこの祭りに参加されるため今回も我々は張り込んでいたのだが、今年はなんと彼らに加えて風紀委員長様が姿を現した。
(中略)花火が咲き誇るロマンティックな夏の夜、一際大きな美しい花火が上がったその瞬間、二人だけのシート上で身を寄せ合いお二人は熱い熱いキスを___』




 
 そこまでで俺は限界が来てプリントを机の上に叩きつけてしまった。


 



 なっ、なんだこの人権もプライバシーも欠片も無い記事は!!



 文章だけならまだ表現の自由として大目に見れないこともないが、残念ながらあの夏祭りの西連寺とのシーンをバッチリ写した写真が大きく載っているためどうやっても誤魔化せない。というかまず青玉の君子ってなんなんだ。いや、ガーネットの皇帝も謎だが。




 頭を抱えていると響が目を輝かせて身を乗り出してきた。



「その反応!!!マジなの?!?!」

 
「待て響何故嬉しそうにしてる」

 
「だって!!!会長!!!会長だよ!?!?もうこれktkrの極みだよ?!生徒会長と風紀委員長のCPはもう腐り人の夢で希望で宝!!ああくそもう俺も新聞部入ればよかったな生で見たかったよチクショウもちろんこのキスはDキスでそれはもう上手いんだよそれでキスされた瑚珀の慣れてない感じに会長が欲情しちゃってもっと乱暴にやるやつだ絶対そして瑚珀は瑚珀で意味分かんないまま混乱するんだけど初めて感じる快楽に流されちゃってetc」





 陶然とした顔で語る響に少し引きつつ、俺は意識を新聞に向ける。あと途中聞きたくない内容が聞こえた気がして強制的に聴覚を遮断した。




 …………風紀が乱れるという理由で規制してやろうか。






 そんな私怨丸出しでプリントを睨んでいると、突然後ろからひょい、と取り上げられる。



 
「次、課題なんかあったか?」




 不思議そうな顔でプリントを手にしたのは西連寺で、俺はもう終わりを覚悟した。めちゃくちゃなことが書いてあるので西連寺も怒るに違いない。



「……………ほぅ」






 しかし、俺の予想とは裏腹に奴は満足そうに笑った。プリントを机に戻し、俺の前に勝手に座る。



 
「なかなか面白いことをしてくれるな、新聞部のやつら」



 
………………………………は?

 
 
「面白いだと?お前はまさかその一言で片付ける気か」




 思わず噛み付く俺に、西連寺は意味ありげに笑って、耳元に口を近づけた。吐息が耳にかかって腰を引こうとした俺の耳に低音が響く。



「俺としては、これでお前が逃げられない状況になって好都合だ」





 瞬間、教室内のあちこちから甲高い悲鳴が上がった。



 こいつ、またわざとみんなが見てる中で……。
 




 やっぱり俺を舐めている。そうとしか思えない。





 朝の事といい新聞といい、とにかく色々腹が立ったので俺は仕返しの意味を込めて西連寺のネクタイを引っ張り、強引に引き寄せる。額が軽くぶつかり、間近で見つめ合う状態になる。目を覗き込みながら言ってやった。



「甘く見てるとどうなるかちゃんと考えておけ」





 俺だって何もできないわけじゃない。振り回されるだけなんてごめんだ。





 間抜けな顔をしている西連寺に俺が若干得意げになっていると、響が叫んだ。


「キターーー!!!!完全な無自覚!!!!」


 急に叫ぶのはやめろ。

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