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しおりを挟む桐生司side
黒塗りのリムジンの中からこちらに手を振る瑚珀に軽く手を振り返す。その姿は徐々に遠ざかっていき、角を曲がって、あっという間に車が見えなくなる。
しかし、完全に車が消えても俺はまだ道の上に立っていた。
「大きくなったな………」
先日瑚珀と再会した時から思っていたことを一人呟く。身長はもちろんだが、何より顔立ちがかなり完成したものになっていた。あの容姿で風紀員長だと、学園では相当モテていることだろうな。
教師をしている以上仕事柄多くの生徒と関わる機会があり、その中でも思い入れのある生徒というのは必ずいる。具体的には、その子たちが卒業しても今何をしているのか、うまくやれているのかと思いを馳せる生徒のことを言う。教師はほとんどの学校において生徒に深く干渉することはできないから、新しい生徒と向き合いながら過去の生徒を気にするしかない。
だが、俺にとって瑚珀は生徒じゃない。何をしているのか、うまくやれているのかと離れたところから思うだけだと足りない。あの子が傷ついている時はそばにいてやりたいと願うし、頑張ってる時は甘やかしたいと感じる。守ってやりたいと思う。
それは、あの子が特別だから。
学園の人間は、きっとあの子の上辺しか知らない。美しくかっこいい、潔白な風紀委員長。そんなとこだろう。底に沈む、鉛のような悲しみと深い傷なんて知らずに遠巻きから見て、羨望や憧憬、憎悪を抱いている。
それが悪いことだとは思わない。でも、それで瑚珀が知らず苦しんでいるのかもしれないと考えるとどうしても苛立ちが募る。
愛を恐れるあの子を本当に大事にできる奴じゃないと、あの子のそばにいる資格はない。
「はぁ………」
あの子が幸せになることを望んでいる。あの子が愛されて、大事にされるなら俺の全てを懸けてもいい。心からそう思っている。
だが、俺にとってそれは別離を意味する。
もう俺の後ろをついてきていたあの頃じゃない。俺があの子の一番で、唯一の存在じゃない。このままではいつか、あの子の中で俺はただの近所の人で、知り合いになる。俺の立ち位置など、そんなものだ。
感情というのは、勝手なものだなと思う。あの子の幸せを願っておきながら、自分から離れていくことが苦しいなんて。
おかげで、柄にもなく次に会う口実を無理やりつけてしまった。仕事の予定だってまだ分からないのに。
仕方がない。ああやって約束をしなければ、いつ会えるかが本当に分からなくなる。
「らしくないことをしたな………」
こうなったら、意地でもどちらかの行事で休むしかない。有給を平日に使うことを遠慮する風潮なんて無視して普段長期休みにまとめて取る有給を使うとしよう。
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