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しおりを挟む龍神side
「元気でね、瑚珀」
「はい、母上もご体調にはお気をつけください」
心配そうに顔を曇らせる母上に、俺はなるべく穏やかな表情を浮かべて頷いた。名残惜しそうな顔をする母上は、最後に俺をぎゅっと抱きしめた。
今日俺は、学園に戻る。学園閉庁の期間が明日で終わるため、今日中に帰らなくてはならないことになっているからだ。
母上と父上は早朝に発つと言う俺に昼頃まで家にいても間に合うのではないかと提案してくれたが、それはそっと断った。二人は残念そうにしたが、見送りだけは俺が遠慮しても譲らなかった。2人の好意に甘えるのは、まだ少し、怖かった。
「瑚珀」
名前を呼ばれて、体を父上の方に向ける。大樹のような凪を宿した瞳と視線がぶつかった。
「はい」
「今は難しいかもしれないけど、どうしても知っていてほしいことがあるんだ」
父上は、紫黒の瞳にふわりとした優しい光を浮かべて俺の目を見つめた。ゆるり、とその眦が綻んで、慈愛に満ちた様子で瞬きをする。
ゆっくりと、口を開いた。
「私達のことを忘れても、嫌ってもいい。
憎んでも、恨んでもいいよ。怒ってもいい、泣いてもいい、喚いたって笑ったっていい。
瑚珀が何を思っても、何をしても、私といすずはここで、この家でいつまでも瑚珀のことを思いながら、帰りを待っている」
なぜなら、それが家族というものだからだ。
「離れていても、どこに居ても、私といすずだけはずっと瑚珀の味方だ。ずっとこの家で君を待つし、君がどんなタイミングで帰ってきたとしても、いつでも私達は君を歓迎する。いつも、いつまでも待っている。それだけ知っていて欲しいんだ。」
知っていてほしいのは、それだけだよ。
最後にもう一度俺を抱きしめて離れた父上は、くしゃっと俺の頭を撫で回して笑った。
「いってらっしゃい」
胸がぎゅっとなって、でもそれは苦しくは無くて。
ただ、じんわりと温かい。
「……はい」
いってきます。
初めて、しっかり目を見て、俺は二人に笑んだ。それを最後に、家を出て待機してくれていた車に乗り込む。車が発進して、屋敷があっという間に流れた。
少しだけ、あの家で笑えるようになった。
___そして、それが誰のおかげなのか、俺が一番知っている。
「すみません、ここで一度止めてください」
車がある大きな邸宅の前にさしかかった時、俺は運転手に頼んで車を止めてもらった。急いで車を降りて、邸宅の門扉にあるインターホンを押す。すぐに、はい、と渋い男性の応答が聞こえて若干緊張しつつ言った。
「朝早くからすみません。龍神瑚珀です。桐生さんはいらっしゃいますか」
「はい、龍神家のご子息であられる瑚珀様ですね。司様から伺っております。すぐに司様がそちらへ行かれると思いますので、しばしお待ちください」
俺が実家で少しずつ父上と母上に対して自然に接することができたのは、紛れもなく司さんのおかげだ。だから降魔に戻る前に、絶対に会いたかった。
はい、ありがとうございます、と返し俺が通信が終わったと思っていると、急にまた電源が入ったらしくインターホンから音が入ってくる。すぐに声が流れた。
それは、聞き慣れたあの低く、少しだけ掠れた声だった。
「瑚珀、俺だ」
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