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しおりを挟む龍神side
迎えた約束の日。待ち合わせの場所を地図で確認しながら道を歩く。草履と地面が擦れる音がして、少し下を気にしてしまう。
二人に友達と夏祭りに行くと言うと、母上が目を輝かせながら「じゃあもちろん浴衣ね!!」とあっという間に俺に使用人と一緒に浴衣を着付けた。確かに夏祭りは浴衣というイメージがあるが、これで稀吏が私服だった場合、俺は相当恥ずかしい。
恐る恐るそのことを言えば、母上は速攻で
「大丈夫!!そんなこと気にならなくなるくらい素敵にするわ!」
と答え、逆にやる気になってしまった。
そんなわけで、俺は浴衣のまま車で祭りの開催される街へ向かった。祭り会場まで送迎することも提案されたのだが、それでは何だか楽しめないような気がして断り、歩くことにしたのだった。
おそらく俺と同じように祭りに行くんだろう、浴衣姿の女性や子供に何人もすれ違った。
やっぱり、男が一人浴衣というのは変だと思われている気がする。先ほどから俺に注がれる視線が痛く、若干居心地が悪かった。家の関係で着物自体を着ることは俺にとってそんなに珍しいことではないのだが、社交界やパーティ以外で着るのは初めてだ。知らない人の前なのもなんだか落ち着かない。
……が、龍神家の家門を背負っている以上こんなことでたじろいではいけない。自分を叱咤して堂々と歩くことにした。
待ち合わせした場所の周辺は、少し混んでいて前が見えずらかった。見回しつつ稀吏の姿を探していると、妙に辺りがザワザワしていることに気づく。
「え、やっば見てあそこ!顔面偏差値やばくない?!」
「かっこいい……!!」
「モデルとかかな?!」
「声かけてみる?!」
ん?と思いながら流れでその騒ぎの中心に目を向けて、驚愕した。そこにいたのは俺の探している稀吏だったが、それだけじゃない。西連寺、樋口、遠山、綿谷兄弟……生徒会メンバーが勢揃いで会話していた。
「は?」
思わず声を出すと、西連寺が俺の方を向いた。が、何も言うことなく固まった。その視線がずっと俺に向けられていて、俺は首を傾げる。こんな状態になる西連寺は初めてだ。
向こうが何も言わないため、どうすればいいのか分からず立ち止まっていると稀吏が西連寺の異変に気づき視線を追った。目が合って一瞬目を見開き、嬉しそうに稀吏が笑みを浮かべてこちらに駆け寄ってきた。
「たつが……瑚珀!!来てくれたんだな!!」
耳と尻尾の幻覚が見えるくらい喜ぶ稀吏にこちらまで頬が緩む。目を細めて返事を返した。
「ああ、少し迷いそうだったが無事来れた。遅れてすまない」
「いや!!全然大丈夫だ」
………それでまあ、それはいいんだが、
「稀吏、とりあえずこれはどういうことなのか説明してくれないか」
静かに問えば、稀吏は決まり悪そうに縮こまった。
「その、実はあの後統和たちにも誘われて…瑚珀と行くから無理だって断ったんだが、そしたら一緒に行けばいいじゃないかという話に…」
……なんだ、そういうことか。
「その、本当にすまない……」
「俺は気にしてない。まあ、事前に言って欲しかったというのはあるが……逆にそっちはいいのか?樋口なんかは俺を嫌っているだろう」
俺がそう言うと樋口は眉を顰めたが、ふいっと顔を背けた。
「構いません、何より統和が言い出したことなので。それに……私はあなたが嫌いなのではなく、気に入らないだけです」
「それは俺を嫌っていると同義だと思うのだが……まあ、お前が良いのなら良いだろう。綿谷兄弟は良いのか?」
「「こー君もかいちょーもいいって言うなら僕らの意見なんて無いよー、ふーきいいんちょーは嫌いだけど」」
もはやここまで正面から言われるといっそ清々しいくらいだ。不快にもならない。
しかし、西連寺が俺を同行させることを提案したのは意外だったな。もしかして俺に嫌がらせするために呼んだのかもしれないが。
そう思いながら西連寺の方を見ると、あいつはまだこちらを見て固まったままだった。こいつ、そんなに何を見て……ああ、なるほど。浴衣か。
「こはちゃんは浴衣で来たんだねー、かわいい!」
袖を掴んでじっと見ていると、会計の遠山がニコニコしながらそう言ってきた。それに何気なく口を開く。
「ああ、母上に言われて……」
ちょっと待て。
冷静になってみると、生徒会連中はみんな私服だ。浴衣は俺だけ。
これは、もしかしなくても……俺はとても恥ずかしい奴になっているのではないだろうか。恐れていたこと以上に嫌な状況になってしまっている。
自覚すると、顔に熱が集まった。
最悪だ。
みんながひどく驚いたような顔をするので、俺は思わずうつむいて顔を隠した。
「ど、どどどうしたんだ瑚珀!?」
オロオロとして俺の顔を覗き込もうとする稀吏に、さらに羞恥心が募る。下を向きながらなんとか出した声は、俺からしても消え入りそうなものだった。
だが一度外に出してしまったものは止められない。ぽつり、と消え入りそうな声で呟いた。
「俺だけ、浴衣なんて……その、はしゃぎすぎだった、よな……」
場が固まった。しん…となって周りの人の賑やかな声だけが聞こえる。穴があったら入りたい、とはこういうことだと身をもって知った。
目線を落としてぎゅっと手を握りしめていると、その手を掴まれて反射で顔を上げる。そこには真剣な顔をした遠山がいて、俺は意図せずその顔を見つめた。
「こはちゃんさ……襲われるよ?そういうの」
「は?」
いきなり何を言い出すんだこいつは。
「ほんと、普段隙がない人がそういう顔したらさあ……食べたくなっちゃう」
ペロリと舌なめずりする遠山に、そういえばこいつは誰彼構わず誘う軽薄な奴だったなと思い出す。ハッとして俺が少し後ずさった瞬間、ぺしっと樋口が遠山をはたいた。呆れを含んだ目で遠山を注意する。
「何を私達に見せてるんですか…今日くらい自重しなさい」
冷淡にそう言うと、今度はこちらに視線を向ける。
「ですが……あなた、あんな顔もできるんですね」
少し意外そうな、驚いた顔だった。掘り返すなと言いたいところだが、初めて樋口から嫌味らしいことを言われずに会話が終了したことに気づいて、俺は口を閉じた。
「瑚珀、全然変じゃない。すごく素敵だ」
満面の笑みで稀吏が言ってくれる。そう言われるとそれはそれでなんだか恥ずかしかったが、褒められるのは嬉しかった。
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