笑わない風紀委員長

馬酔木ビシア

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 それから三ヶ月後の12月、母は俺を連れて家を出た。



「あんたは今日から、私の子じゃないから」




 たった一言そう言われ、タクシーに乗せられる。母が運転手に告げた住所は知らないところで、俺は泣いてしまわないようにするので必死だった。



 この頃には既に、母のことを「母さん」と呼ぶことさえ禁じられていた。姿を見せただけで、目を吊り上げられる。だから俺は部屋の隅でただただ置き物のように座ることしかできなかった。
 さらに母は、近所の人には丁寧な言葉を使うことと、自分の名前を名乗る時に佐伯性を名乗らないことも命じた。


 ちらちらと雪が降る中、タクシーは一軒の大きな屋敷の前に停車した。母は大きな扉の前にいた警備の人に話しかけ、扉を開けてもらった。手を引かれて中に入る。




 しばらく歩いて屋敷に着くと、二人の男女が待っていた。俺は、その二人を見上げることができなかった。見たら、もう堪えられないと思ったからだ。


けれど無情にも、繋がれた手は、するりと呆気なく離れた。

 

 
「この子をよろしくお願いします」




 母は二人にそれだけ言って、俺と繋いでいた手を下ろした。俺は慌てて母の手を繋ぎ直そうとしたが、母はくるりと身を翻してしまっていた。



 ひくり、と喉が引き攣る。


 
 母は、俺を売ったのだ、と思った。


 
 きっと、母のしていた仕事ではお金が足りなかったのだ。それなのに、俺がいたから、余計な費用までかさんだ。







 ──いや、違う。








 そんなんじゃない。ほんとうは、そんなのじゃなくて。

 




 きっと、俺がうまくできなかったから。









 俺が、良い子じゃなかったから。









 俺が生まれたから、だから母は辛くなった。


 

 


 母は一人で、幸せに生きたいのだと俺は思った。









 
 いらなかった。母の人生に、俺は。




 俺の『しあわせ』には、母がいて。母だけいればそれで、良くて。それ以外は誰もいらないから、だから、俺が母を守っていくんだと思って。



 傲慢な俺は、勘違いしていた。当然、その思いは母も同じなんだと。





  
 でも。



 




 違った。それは俺のひどい思い込みで、自分勝手な解釈で。


 







ほんとうは、ほんとうは。
  








 ──母の『しあわせ』には、俺はいらなかった。

 


 

 途端、追いかけようとした足はピタリと止まった。


 母の幸せにとって、お前はきっと邪魔な存在だ。


 どこからかそんな声が聞こえた気がして、俺は俯いた。一度も俺を振り返らない母が、その何よりの証拠のように思えた。







 やがて、立ち尽くした俺の視界から母は見えなくなった。雪の冷たさで鼻が痛い。でも、でも、それよりももっと、いたいのは。


 視界が霞む。砂漠にたった1人、置いて行かれたような格好で、ぎゅう、と母が昔買ってくれた上着の裾を握りしめた。









 







 
 俺はその日、正式に龍神家の一員となった。












それが、俺と母の最後だった。

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