笑わない風紀委員長

馬酔木ビシア

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side 龍神



放課後が来た。



「委員長、書類の確認をお願いします!」

「おいこっちが先だろ!」

「委員長次の会議なんですけど、」



俺の机の前で委員達がそれぞれの書類片手にぞろぞろと詰め寄ってくる。



「待て、一気に来るな。一人ずつ聞く」

「「「すみません!」」」



仕事に熱心なのは良いが生憎俺は聖徳太子では無い。複数人の会話を聞き分けるのは不可能だ。

いつもは亘が仲裁してくれるのだが、今は担任に呼ばれたとかで不在だった。



「この書類はこれでいい。ご苦労だった」


「これはこの部分だけ変更だ。あとは良い」


「次の会議の報告?分かった、要点をまとめておく」









「…………ふぅ」




委員達の持ってきた仕事をさばいて一息ついていると亘が入ってきた。



「委員長遅くなりました」

「問題ない、気にするな」



律儀に謝罪するあたりこいつはしっかりしているな、なんて一つ下の後輩に感心しつつ、俺は席を立った。



「どちらへ?」

「見回りに行ってくる。遅くなるようならお前は先に帰ってくれ」



俺がそう言うと亘は何か言いたげに唇を開いたが、すぐに何を思ったかはあ、とひとつ溜息を吐いた。



「……委員長が帰るまで待ちます」



言い返そうとすると亘はすっと書類に視線を向けてあからさまに顔を背けた。


俺に拒否権は無いらしい。帰れるなら帰って早く休んでもらいたかったが……

こうなった亘は頑固だ。もはや諦めるしかない。



仕方なく宣言を容認する形で部屋を出て、俺は見回りに向かった。






校内のチェックポイントを巡回していると、空き教室の中から声が言い争うような声が聞こえた。



「──っあ…ぅ…や、めてくださっ、ひっ!」



「──るせえ、どうせ誰も来やしねえよ!」



……合意、じゃなさそうだな。


溜息を吐きたくなる気持ちを抑え、俺は教室の扉を開ける。



「風紀委員だ、大人しくしろ」


「なっ、風紀委員長?!」

「くっそ、見つかった!!」



一人かと思ったが二人だったか。



逃げるために殴り掛かってくる奴の拳を片手で受け止め力を込めて握り込むと、相手は顔を青くして俺の手を剥がそうとする。その隙をついて、俺はそいつを背負い投げした。もう一人はそれを見て戦意喪失したらしく、拘束する時も大人しかった。



まだ校内に残っていた風紀委員に連絡した後、俺は教室内でぺたりと座り込んでいる被害者の生徒に歩み寄る。



「助けが遅くなってすまない。もう少し早く来れれば良かったな」


「っい、いえ!ありがとうございました」



愛らしい顔をしたその生徒は気丈にも俺に向かって礼を言ったが、制服がはだけて剥き出しになった肩は震えており、怖い思いをしているのは明らかだった。




こういう時、



「大丈夫か?」



なんて聞くのは違うなと俺は思っている。大丈夫かと聞かれれば多くの人は大丈夫だと答えるだろう。今の彼はきっと大丈夫では無い。 


だから、俺は自分の上着を脱いで被害に遭った彼にそっと掛けながら言った。


「もう大丈夫だ」


俺の言葉に彼は顔を上げてこちらを見た。


怖かっただろうな。


俺は少しでも安心させようと、普段はあまり出さないようにしている笑みを向けた。

瞬間彼はボンッという効果音がつきそうなほど分かりやすく顔を真っ赤にする。


……引かれたのか。


慣れないことはするものじゃないな、と俺が内心後悔して目を伏せると、勢いよく空き教室に風紀委員達が入ってきたので加害者生徒を任せることにし、俺は襲われた生徒を保健室に連れていくことにした。



「失礼」


「っへ?!」


腰が抜けてしまったらしいその生徒の膝の裏と背中に手を回して抱き上げる。


悪いな、俺に抱き上げられるなんて嫌だろうが不可抗力だ。


顔を真っ赤にさせる生徒に申し訳なく思いつつ無事に保健室まで辿り着いた。




「よぉ、誰かと思えば麗しの風紀委員長様じゃねぇか」



保健室に入ると白衣を着た整った顔立ちの男が口角を上げてこちらを見て、ついに俺に抱かれに来たか、と不快極まりない発言をする。



俺に姫抱きされている生徒が見えないのか?



「ご冗談を。彼の手当てをお願いします」


「つれねえ上に人使いが荒いな」



仕事だろうが。

呆れながら俺は被害者の彼をベッドの上に下ろす。


この人は保健医で、名前を真島ましま和泉いずみという。保健室に来る生徒をところ構わず誘って致す、教師とは思えない貞操をした人で、貞操観念のだらしなさだけなら生徒会長ともタメを張れる人物だ。


つくづくこんなのが教師で大丈夫かと心配になる。


襲われた際に擦りむいたという掌を手当されている生徒を見ながら、俺は溜息を吐きそうになる。


この保健医の貞操観念以上にこの学園で異常なのは、なんと言っても今回のような事件が日常的に起こる事だ。



端的に言えば、同性による強姦。



これはこの学園が全寮制の男子校であることで思春期本来の異性への関心が同性に向くことと関係して引き起こされているらしい。


同性愛に偏見はないし、人様の恋愛に俺は口を挟む気は全くないが、このような問題を引き起こすとなるとまた別の話だ。強姦は立派な犯罪だし、こちらも被害に遭った生徒を見て良い気分ではない。
 


そろそろ行かなくては。



見回りの途中だった事に気づき、俺が保健室を出ようとすると呼び止められる。





「あっ、あのっ、風紀委員長様!」

「ん?」



振り返ると、手当てが終わったらしい被害者生徒が頬を染めてこちらを見ていた。



「そっその、このブレザーは……」



ああ、掛けたままだったのをすっかり忘れていたな。



「君の制服のシャツはボタンが千切れているだろう。上着は後日でいい」



そう言い残して返事は聞かずに立ち去る。彼にはいずれ風紀で話を聞く事になるので大丈夫だろう。



今日も遅くなりそうだ。




俺は事件が起こらないことを祈りながら、巡回を再開し始めた。
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