俺を殺す君に!

馬酔木ビシア

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***

主人公side






 温かい。





 ぼんやりとした意識が確かにある中、俺はふとそんなことを思った。何か聞こえる。なんだろう。耳を澄ませるけれど、音としてしか捉えられない。



 同時に、ああそうか、俺って刺されたから、これは死後の世界ってやつなのかな、なんて呑気に納得した。なんか思ってたのと違うな、三途の川とか桃源郷もないし、天国も地獄もない。真っ暗なままだ。俺、もう一回前世で死んでるけど、1回目は何にもないまま成瀬要に憑依したんだけど。システムのバグ?天界って意外とブラックなんかな。



 にしても、うーん、起きたくない。こんなにあったかくて気持ちいいのに、誰だよ俺に話しかけてる奴。神様ですか?もっとはっきり言ってくださいお願いします。




 そこまで思ったところで、あれ、と俺は思った。そういえば、温かいのはずっと一部だけだ。例えるなら、そう、手を握られる温かさというか。それも片手。おっかしいな、霊体って感覚ないんじゃないのか?ってか体とか存在してんの?











 これじゃあ、まるでまだ俺が──────



















「……要!!!!!」














 突然大音声で名前を…いや、憑依してからの名前を叫ばれて俺はパチリと目を開けた。真っ白な光がぶわっと溢れ出して、雨のように降り注いでくる。反射的に目を細めると、だんだん光の中に誰かの顔が見えるようになった。







「っぇ」









 カッスカスの音が口から漏れる。見間違えるはずがない。だけどこれはありえない。








 なんで颯斗が、ここに?









 意味が分からなくて、大混乱する。なんで、どうして。俺は死んだはずで、これは死後の世界で。颯斗は、生きてたのに。








「本当に……良かった」










 苦しそうに顔を歪め、まるで血を吐くみたいに颯斗が吐息を吐いた。ぎゅう、と片手に力が入って、握り締めていたのは颯斗だったのかと瞠目する。しかしそんなのはなけなしの理性が読み取ったことで、俺の心は荒れたまま。














 ………まさか。















 瞬間、ある嫌な、いや最悪な仮説が降りてきて、俺は勢いよく飛び起きた。











 もしかして颯斗も俺が死んだ後刺されてっ!?










 ダメだ要、と颯斗が焦ったように制止の声を上げるけど俺は気にせずに体を起こした。くっそ、あのおっさんまだあの場に隠れてたのかよっ、と血の気が引くと同時に猛烈な怒りが湧いた。おいおっさん、颯斗殺すとか聞いてな────









「っっっぅい゛!?!?!?」









 起こした瞬間(正確には起こそうとした瞬間)、臓器握りしめられたんじゃないかってくらいの激痛が腹に襲ってきた。俺氏、大悶絶。いっ、いたいっ、死ぬ死ぬ!!!なんでっ!?!?!?







「要!!だから止めたのに、今ナースコール押すから」









 なーすこーる??????









 あ、ナースコール。ナースコールね、うんうん。知ってる知ってる、病院にあるやつねうん。












…………え?








 そういえば、いつの間にか視界が見えるようになっている。伏したまま首だけ動かすと、なんともそっけないけれどそれは確かに部屋で。すぐそばに点滴のパックが掲げられている。しとしと、と時計の秒針みたいに規則正しく落下した液体が管を通っていた。






 流石にここまでくると俺にも分かる。














 これ、病院じゃね?














 え、俺、




















「…………生きてんの?」
















 掠れた声で呟くと、颯斗がきっと俺の方を睨んだ。








「…どうして、生きるのを諦めてるの」





「ぇっ、あー……颯斗?」




「あの時も、一瞬諦めたよね。もう死んでもいいって、思ってたの?」




「あの……え、と」












 少し俯いた颯斗の表情は、俺を責めるような口調とは裏腹にひどく切なそうな顔で、俺はつい、おろおろと口篭ってしまった。ゆらゆらと、2つの黒水晶みたいな瞳が揺れる。









 正直、颯斗の言ってることは正しい。








 俺はあの時もう死ぬだろうなって思ってたし、実際まだ生きたいとかそんなことも考えてなかった。実は、死にたくないとかも、そんなに思わなかった。









 だって、俺は、颯斗が生きてればそれで良いって思ってたから。









 そりゃ、未練が全くないかといえば大嘘で、今世の母さんにも父さんにも、可愛い弟の棗ともまだまだ一緒にいたいと思う。




 だけど、俺は所詮脇役であって、物語中盤でいなくなる配役なんだ。それはつまり、俺がいなくても、この世界は進んでいくってわけで。死ぬってことはある意味、俺の役割の一つだって思っていた節があった。俺が死んで颯斗が生きるならそれで良い。それが良い。颯斗だって、俺がグイグイ引っ張ってたから付き合ってくれてただけで、別に俺がいつ消えたって構わないはず。










 そう、思ってたのに。








「……ごめん、要。僕のせいで」




「ちが、」




「僕のせいだ。ごめん、僕が、あの場にいたから。だから要が刺されてしまった」




「颯斗、」




「要」







 それは決して大きな声なんかではなかったけれど、俺の呼びかけを切り裂くような鋭さと痛烈さがあった。思わず、口を噤んでしまう。








 なんでだろう。思ってた反応と違う。








 颯斗は俺が死に損なって残念に思ってるはずなのに、俺と繋いだ手は怖がるようにぶるぶる震えていて、ただでさえ白い頬は青白い光を持っていた。目が覚めた時はあんなにしっかり握ってた俺の手は、今はまるで壊れ物でも触るようにそっと、颯斗が包み込んでいる。








「僕は、要が死ぬんじゃないかと、本気で思った」











 息だけで囁くような、そっと誰かに、罪でも告白するようなそんな声で、颯斗は苦しそうに呟いた。唸り声にも近い。










「要が眠っている間、ずっと、ずっと、考えてた。ずっとだ」









 俺が好きな、綺麗な漆黒の目。静かで厳かな夜を小さくしたみたいなその澄んだ瞳が、病室と窓から入ってくる光源から光を受けて、無数の星みたいにキラキラしている。その夜空からは、いつだって感情が読み取れなくて、だから俺は、一生、颯斗がどう思っているかなんて分からない。








「本当は、ずっと前から知ってたよ。僕は化け物だ。何をしても満たされなかった。ずっと退屈だった。何にだって興味は無かった」










 分からなかった。








「なのに、要が僕の世界に現れてから、僕は。僕は気がついたら要がいない世界を想像するのは、難しくなっていて」









 分からない、はず、だった。






「おかしくなりそうだった。何も感じなくて、だけどただ、一つだけ、僕は、やっと、化け物の僕なりに分かったんだ」












僕は。















「要が、大切なんだ」












 その目には何も浮かんでいない。それが常であり全て。








 けれど、この時だけはその真理は覆って、天変地異が起こる。









 正面から、見た。











 颯斗はまた、あの意識が切れる前に見た、泣きそうな顔をしていた。する、と白い指先が頬に滑る。息を呑んだ。


















 俺が、颯斗にとって、大切。










「た、いせつ……?」







「大切で、特別。だから僕は、要に死んで欲しく無かったんだと思う」












 自分のことなのに、他人の状況のようにそう言った颯斗は一番、戸惑っているようで、だからこんなに迷子みたいな顔をしてるんだろう。颯斗の言った『大切』は、まるでたった今生まれた新しい言葉を舌先で転がすような拙さがあった。









 でも、それは確かに颯斗から俺に、贈られた言葉で。










 すとん、と、颯斗の言葉が胸に落ちる。そうか、そうなのか。颯斗も、俺が、大切。












 たい、せつ。














「要……嫌だった?」













 指に乗った雫を見て、颯斗が俺の顔を覗き込む。俺はゆっくり、ゆっくり、首を振った。













「ううん……ううん、ちがう」













 そっか、そっか、そうだったんだ。









 ずっとずっと、俺は颯斗を人間にしようとして努力してきた。全部失敗に終わって、結局は颯斗は原作と同じ性格に育っちゃったから、これは駄目だったんだな、って勝手に思ってた。全部、無駄だったんだなって。









 でも。








 無駄なんかじゃ、なかった。











 確かに、あの日々には、意味があった。










 心配する颯斗に向けて、俺は泣きながら、ふへへ、と笑った。











「すげー、嬉しい」









 俺が颯斗を大切に思ってて、颯斗も俺を大切に思ってる。








 俺も生きてる。








 なんか、まるで奇跡みたいだ。










 颯斗がふわり、と俺の体を抱きしめた。あったかい。心も体もポカポカする。












 嗚呼。









 そうか。










 やっとだ。








 やっとなんだ。











 やっと、










 やっと、

































「俺達幼馴染から親友になったんだよな!!」

























「…え?」



「え?」








 2人して間抜けな声を出して顔を見合わせる。まぁ、颯斗が間抜けだった時なんて一回もないんですけれども。








「…………」






「は、颯斗?」









 痛いくらいの沈黙に耐えきれなくて恐る恐る窺うと、颯斗は唐突ににっこりした。ひえ。












「………要はそういう子だったね」










 心なしか呆れられてるような気がするんだけどなんで?













┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈

本人は

要→→→←←颯斗

と思っているが、実際は

要→→→←←(←←←←←←←←←←←)颯斗

みたいな感じなのに何も気が付いていない主人公
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