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「は?」
と間抜けな声を出した俺は悪くないと思う。俺は目を見開いてタッキーを見つめたけど、タッキーはただただ目を眇めて俺を意味深に見つめるだけだった。
「っお、前、いきなりそういうの、やめろよ……」
言葉の意味を理解したら恥ずくなって、俺は思わず目を逸らす。くっ、とタッキーが喉の奥で笑った。うわ、何今の笑い方エロい。お願いだから俺の好きな年上攻めみたいな仕草やめてほしい。前世の俺成分のせいで軽率に惚れるだろーが。
「そういうのって?」
タッキーが楽しそうに笑って更に問い詰めてくる。くっ、このドSめ…!
「言わせんなって…なんつーの、不意打ちというか、そういう、ギュンってなる言葉とか、無駄にエロい顔とか」
「……その言葉選びはわざとか?」
瞬間、色素の薄い綺麗な瞳が獰猛な色を纏った。どろりと、水中に墨でもぶちまけたように翳っていく。それに気圧されて、俺の「は?」という2回目の呟きは声に出る前に黙殺された。
体が引っ張られる。
「ちょっ、お前っ…何、これ」
ザバッと湯が波打って湯船の中が揺れる。白いお湯が慌てたようにゆらゆらする。
俺は、うっそりと目を細めたタッキーに壁際に引っ張られていた。揺蕩う水の音だけが、浴槽に大きく響いている。
「答えろよ、要。俺のことどう思ってる?」
動揺する俺の問いには答えずに、タッキーは目を光らせて静かに、けれど強く俺に話し掛けた。初めて、名前で呼ばれた気がする。
なんか、ヤバい。
俺の心情といえば、もはやこれだけで。なんでこんな状況になったかはよく分からんけど、とにかく俺がこいつを煽ったことは分かった。そしてなんか俺がやらかしたらしいことも。
どう思ってるって、そんなの。
背中に何かが伝った。水滴か、それとも俺の冷や汗か。あるいは両方かもしれない。
俺はもう、この状況に訳が分からないまま、とにかくこの空気をなんとかしようと一生懸命口を開いた。
「え、っと。俺は、その……うん、正直な話、お前のことは……」
しん、と静かになった空間に、俺の蚊の鳴くような声が溶けた。
「めっちゃ、かっこいいと、オモッテマス……」
俺の不自然なカタコトを最後に、風呂場に水を打ったような沈黙が降りた。俺は瞬きすらせずにゴクリと唾を飲む。タッキーは眉ひとつ動かさずに俺の目を見つめた。
待つこと数十秒。
…………。
…………………。
…………………………。
「いや、なんか言えよ…」
あまりの沈黙に耐えきれなくなった俺は、ついタッキーから顔を背けてそう呟いた。
俺、結構恥ずい事言ったよね?なんでそんな怖い顔でずっと固まってんの?そろそろ泣きそうなんだけど。
顔に熱が集まるのを感じて、もう限界、なんか言おうと思った時だった。頭上で、短い吐息が吐かれた。
「はっ……ほんと、厄介だな」
何かを押し殺すような声で沈黙を破り、タッキーが顔を歪める。苦しそうにも見えるその顔にドキッとするのも束の間、どろりと瞳の中の色が甘いものに変化した。
なん、で、こんな。
何か、分からないけど俺は危険を感じて、腰を引く。でも後ろは風呂の縁で、壁がある。これ以上は、もう下がれない。
俺の知らないタッキーが、そこには在った。
溶けるような甘い雰囲気を纏ったタッキーは、すっと手を伸ばしてくる。俺はびっくりしてちょっと肩を震わせて、思わず目を瞑ってしまった。
「ん゛っ!?」
つー、と何かが俺の耳に触れて、ビクッとした。なんとか漏れそうになる声を抑える。
触れたところが熱い。触れている細くて長いそれがタッキーの指だと分かっても、俺は目を開けられなかった。ぎゅっ、と目を瞑る。
指はその間も、俺の耳の縁をゆっくりと丁寧になぞるように滑っていく。濡れているからか分からないけど、とにかくつい、と指が動くと俺の体は勝手にぞくぞくして腰がビクッとなってしまう。
これ、たまにBL漫画とかであるやつじゃ、とどこかで思ったが、体が熱くてそれどころじゃない。頭がぼうっとしてきて、思考が散らかり始める。
なんだ、これ……変な、気分になる。
俺が読んでたのはどちらかというとストーリー重視で、少女漫画くらいのピュアめのBL本だからこんな同人誌的な展開は対処法が分からない。『破滅』は颯斗と恋人の固定カプのラブシーンくらいしか描写として知らないし、風呂場でこんなことになる場面とかない。
前世だって、一回しか付き合ったことないし、何より相手は女の子だ。
「んぁっ!?」
かり、と耳の後ろを唐突に指で刺激され、自分でもびっくりする声が出た。くす、と頭上から忍び笑いが降ってくる。ぐりぐりと指を押し付けられる。
「ぅあっ!ばか、お前、…そこっ、やめっ!」
ビクビクッと恥ずかしいくらい体が跳ねて、俺は思わず目を開けて静止の声を上げた。今知ったどうでもいい情報だけど、この体はどうやら耳が弱いらしい。さっきから体がおかしいくらい反応してしまう。知りたくなかったこんな情報。
「っふ、…んっ、…このっ、いい加減にっ…ぁ、くっ」
悶える俺を、タッキーは愛おしいものでも見るかのように陶然とした目つきで見つめる。俺はその目に少し、魅入られてしまい思わず動きを止めた。うっとりとした目で、タッキーが呟いた。
「…………美味そ」
息が詰まる。何か、それは野生的な、強烈な支配力を持って俺に絡みついた。形の良い唇から覗く赤い舌が、まるで捕食者のように舌なめずりする。
次の瞬間、がっ、と首の後ろに手を回され、耳に唇が近づく。熱い吐息がかかって、体が大きく震えた。
「耳、弱いんだな」
愉悦を含んだ笑い声が至近距離で耳に届く。カッと顔に熱が上るのがはっきり分かった。と、同時に、ごり、と俺の太腿にナニかが当たった。びくり、と背筋が凍る。
ナニかは、正確にはナニか分かっている。ナニかは、アレしかないのだ。位置的にも、状況的にも。さああっ、と血の気が引いた。
こ、いつ、マジかっ!?
「……なぁ、誰のせいでこうなってると思う?」
ずり、と真っ白なお湯の中で俺の太腿にソレを当てながら、タッキーがゆらり、と瞳を揺らした。
けれど、俺はついに、その言葉でプツンと限界を迎えてしまった。
………誰の、せいだと?
「ふっ、ざけんな、このっ!」
ぐいっと体を押し返し、俺はバシャバシャと水面を荒立ててタッキーから距離を取った。真っ赤になった顔で睨む。
「勝手に全部俺のせいにすんなっ!!!
純粋に風呂入ってる俺となんかすれ違いあったのは謝る、なんか煽ったっぽいのも謝る、生理現象も仕方ない、
…けどっ!!」
必死に言葉を探しながら話す。体は相変わらず熱い。
「だ、だからって、いきなりこれは、困るからやめろっ…」
「これって?」
めっちゃくちゃ不機嫌そうな顔でタッキーが聞いてくる。いや、なんでお前がそんな顔するんだよ。その顔したいのはどっちかというと俺なんだけど!!
俺は、これ以上ないくらい赤面しながら小さく言った。
「だからその、俺に……よ、欲情する、みたいな、からかい方」
ちっくしょうなんで俺がこんなこと言わなきゃなんねーんだよもう!!
しばらく沈黙が降りた後、タッキーが真顔で言った。
「……浴場だけに?」
「のぼせろバーカっ!!!!!!!!!!!」
光速で風呂から出た俺は悪くないと思う。
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