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「はい?」
もはやこちらの存在など気にも留めず、まさにこれからルブランテを連れ立って部屋を出ようとしていたロゼッタを呼び止める。
「……わたくしになにかご用がありまして?」
振り返ったロゼッタは明らかに不機嫌な表情を隠そうともせず、お互い本当に貴族であるならば家格が格上であるはずの私を睨《ね》めつけた。
眼光が鋭く、温室育ちである並大抵の貴族令嬢なら、それだけでも蛇に睨まれた蛙のように竦み上がること間違いない。
「すぐに済みますので、そう身構えなくても結構ですよ」
しかし私は動じることなく涼しい顔でその視線を受け止め、次いでにっこりと口元を綻ばせた。
そんな私の様子になにかを感じ取ったらしく、慌ててルブランテが、
「おいカムシール貴様、まさかロゼッタに危害を加える気ではないだろうな!」
「そのつもりはございませんのでご安心ください殿下。この泥棒ねこと謗《そし》ることもいたしません。ただロゼッタさんには元婚約者として私から是非一言お祝い申し上げたくて」
「ふ、ふん、なんだそんなことか、紛らわしい。ならば捨てられた貴様に対する余の情けだ、特別に許可してやろう。さっさと口にするがよい」
しかし早とちりしたことを恥じてか、こほんと軽く咳払いをしてから促してくる。
言われなくてもそうするつもりだ。
それにしても危害を加えると勘違いするとは、人をなんだと思っているのだろうかこの男は。
考えなくてもこの状況で手を汚すはずがないと分かるだろうに、それだけ私に対する理解もなにもないということか。
「ありがとうございます殿下。それではロゼッタさん、この度は交際おめでとうございます。私が射止めることのできなかった殿下の御心を見事に捉えられるとは流石としか言い様がありません」
「お褒めいただきありがとう存じます。ですが、ルブランテ様がこのわたくしをお選びくださったおかげで、カムシール様には大変心苦しい想いをさせてしまって恐縮ですわ」
ロゼッタはそう謝罪するものの心にもないことは明白だ。もちろん私からの称賛を受け入れる声も棒読みで投げやりになっている。
もしかすると彼女もまた私のことを侮っているのかもしれないわね。
ふふ、いいわ。
なら一つ鎌かけてみましょうか。
それを聞いて果たして平静でいられるかしら?
「いえ、ロゼッタさんが気に病む(演技をする)必要はありませんよ。婚約解消も殿下がお決めになり、そして私が受諾しただけのこと。陰ながらこれからの幸せを祝福するとともに殿下の最期の時までお二人がご健勝であらせられるよう心より祈っています」
「…………っ!?」
殿下の最期の時まで――。
その含んだような物言いに隠された真の意味に気がついたのか、ロゼッタはそこで初めて動揺の色を見せた。
フェイスベールが内側からわずかに揺らめき、恐る恐るといった様子で彼女のワインレッドの瞳がこちらを見据える。
「……アンタ、もしかして気づいていたの?」
もはやこちらの存在など気にも留めず、まさにこれからルブランテを連れ立って部屋を出ようとしていたロゼッタを呼び止める。
「……わたくしになにかご用がありまして?」
振り返ったロゼッタは明らかに不機嫌な表情を隠そうともせず、お互い本当に貴族であるならば家格が格上であるはずの私を睨《ね》めつけた。
眼光が鋭く、温室育ちである並大抵の貴族令嬢なら、それだけでも蛇に睨まれた蛙のように竦み上がること間違いない。
「すぐに済みますので、そう身構えなくても結構ですよ」
しかし私は動じることなく涼しい顔でその視線を受け止め、次いでにっこりと口元を綻ばせた。
そんな私の様子になにかを感じ取ったらしく、慌ててルブランテが、
「おいカムシール貴様、まさかロゼッタに危害を加える気ではないだろうな!」
「そのつもりはございませんのでご安心ください殿下。この泥棒ねこと謗《そし》ることもいたしません。ただロゼッタさんには元婚約者として私から是非一言お祝い申し上げたくて」
「ふ、ふん、なんだそんなことか、紛らわしい。ならば捨てられた貴様に対する余の情けだ、特別に許可してやろう。さっさと口にするがよい」
しかし早とちりしたことを恥じてか、こほんと軽く咳払いをしてから促してくる。
言われなくてもそうするつもりだ。
それにしても危害を加えると勘違いするとは、人をなんだと思っているのだろうかこの男は。
考えなくてもこの状況で手を汚すはずがないと分かるだろうに、それだけ私に対する理解もなにもないということか。
「ありがとうございます殿下。それではロゼッタさん、この度は交際おめでとうございます。私が射止めることのできなかった殿下の御心を見事に捉えられるとは流石としか言い様がありません」
「お褒めいただきありがとう存じます。ですが、ルブランテ様がこのわたくしをお選びくださったおかげで、カムシール様には大変心苦しい想いをさせてしまって恐縮ですわ」
ロゼッタはそう謝罪するものの心にもないことは明白だ。もちろん私からの称賛を受け入れる声も棒読みで投げやりになっている。
もしかすると彼女もまた私のことを侮っているのかもしれないわね。
ふふ、いいわ。
なら一つ鎌かけてみましょうか。
それを聞いて果たして平静でいられるかしら?
「いえ、ロゼッタさんが気に病む(演技をする)必要はありませんよ。婚約解消も殿下がお決めになり、そして私が受諾しただけのこと。陰ながらこれからの幸せを祝福するとともに殿下の最期の時までお二人がご健勝であらせられるよう心より祈っています」
「…………っ!?」
殿下の最期の時まで――。
その含んだような物言いに隠された真の意味に気がついたのか、ロゼッタはそこで初めて動揺の色を見せた。
フェイスベールが内側からわずかに揺らめき、恐る恐るといった様子で彼女のワインレッドの瞳がこちらを見据える。
「……アンタ、もしかして気づいていたの?」
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