これ以上ヒモ男を養うのは我慢の限界なので婚約破棄いたします!

日々埋没。

文字の大きさ
上 下
11 / 16
断罪ルート

11

しおりを挟む
「けほっ、うええ、げほっ……はぁ、はぁ」

 飲み込んだ水をあらかた吐き終えたロアンナの背中をさすり、ようやっと呼吸が落ち着いてきた彼女から改めて事故の詳細を聞くことにした。

「……なにがあったの?」

 しかしロアンナの精気を失ったような瞳は私の姿を捉えてはおらず、そのおりのように酷く濁った両目を他でもないマッディへと向けられている。

「ろ、ロアンナ……」

 そんな冷たい視線に耐えられないのかマッディは顔をそらした。

「どうして、マディ様……」

「や、やめろロアンナ、それ以上言うな」

 焦り始めたマッディに構わず、ロアンナはこう続けた。

「どうしてわたしを、お腹の中にいるわたしたちのとしたのですか……?」

 ロアンナがぽつりとこぼした非難めいた言葉ですべてを察する。

 マッディと不貞行為を続けた結果、彼女は彼の子を身籠ってしまったのだと。

 そしてマッディもまたこのことは知っていたに違いない。

 だからこそ、この湖畔を訪れた際に全部終わらせると最初に口にしたのだろう。

(私に復縁を迫る上で母子ともども邪魔になったからロアンナを事故に見せかけて殺そうとした、状況から見るとそう考えるのが妥当ね)

「マディ様にとって、わたしはもういらない存在だったのですか? しょせんただの遊びだったのですか? ……だとしてもわたしは嬉しかった、のに。たとえマディ様に認知してもらえなくてもこの子を産みたかった、のに。望まれないことの辛さは捨て子だったわたしはよく知って、知っています、から。だからせめてわたしだけでもこの子を愛してあげたかったのに、あなたはそれすら許してはくれないの……?」

「うるさい! 子供なんか生んでもらっちゃ困るんだ、堕ろせと言ったところで素直に言うことを聞くか⁉ 聞かないだろ‼ だったらこうするしかないじゃないか⁉ お前みたいな育ちの悪い平民は我が子をかさにして色々と面倒な要求をしてくるに決まっているからな! 貴族として目の前の火の粉を振り払ったことのなにが悪い⁉」

「だ、だからってこんなの酷い、酷すぎる……」

 震える声で悲惨さにうめくロアンナ。しとどに濡れた瞳の端からは涙が流れ、見ているこちらの胸も打たれる。

 またそんな彼女に謝罪の一言すらないマッディに対して沸々と怒りがこみ上げてくる。

 もう我慢の限界だった。

「それが貴方の本性なのね」

「――あっ、いやこれは違っ」

 冷ややかな目で見られていることにようやく気がついたのか、醜悪な表情を浮かべながら自らの侍従を罵っていたマッディが慌てて弁明に走る。

「き、聞いてくれアンティーラ、これはちょっとした手違いなんだ。だいたい仮に子供をロアンナに生ませたところで結局は庶子にしかなれないのだから、それこそ生まれてくる子供が可哀想じゃないかい⁉ 中途半端に情けをかけたって僕の子供として認められるはずもないんだ、ならいっそのこと生まれる前に死んでもらった方が――!」

 パシンと乾いた音が響く。

 これ以上聞きたくないと、マッディの頬を強く張ったのだ。

「……もう黙りなさい。貴方最低よ。父親としてではなく一人の人間としてね。こんな男と穏便に婚約解消で済ませようとしていた私が甘かった。今回の件は明らかにそっちの有責だもの、正当な理由で婚約破棄をさせてもらうわ。折って双方の親にもこのことを報告させてもらうから、今から覚悟しておくことね」

 ぴしゃりとそう告げると、叩かれて赤くなった頬を抑えながらマッディが目を見開く。

「待ってくれ、そんなことをされたら実家での僕の立場が危うくなるだろ! なあ、僕は命の恩人なんだよ⁉ なのに恥知らずにも君は恩を仇で返すというのかい‼」

「命の恩人? 恩を仇で返す? はぁ、この期におよんでなにを言っているのかしらこのは。その件に関しては当時父が多額の謝礼を支払ったじゃない。そして婚約が本格的に決まってからは働かないで遊んでばかりいた貴方を私が今日までずっと屋敷で養ってあげていたでしょう? もう充分すぎるほどに恩は返したはずよ。……ただ今となっては、こんなヒモ男と一緒に過ごしていた期間が黒歴史でしかないけれど」

「そんな、アンティー、ラ……」

 ガクッとその場で膝を折るマッディ。

 ようやく、もはやどうにもならないことをその頭で理解したのだろう。

 どうやら私は理想の彼を見ていたらしい。

 目の前にいるのは打算でのみ動く別人で、あの時確かに自分が恋したマッディという人間は最初からこの世には存在しておらず。

 そして今更になって、とっくの昔に自分が初恋と同時に失恋をしていたことに気がついた。

「……さようなら、マッディ」

 だからこそほろ苦い恋に終わったこの胸の痛みに耐えながら、今度こそ私は後悔することなく彼との関係に終止符を打ったのだ。

 
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【完結】ずっと、ずっとあなたを愛していました 〜後悔も、懺悔も今更いりません〜

高瀬船
恋愛
リスティアナ・メイブルムには二歳年上の婚約者が居る。 婚約者は、国の王太子で穏やかで優しく、婚約は王命ではあったが仲睦まじく関係を築けていた。 それなのに、突然ある日婚約者である王太子からは土下座をされ、婚約を解消して欲しいと願われる。 何故、そんな事に。 優しく微笑むその笑顔を向ける先は確かに自分に向けられていたのに。 婚約者として確かに大切にされていたのに何故こうなってしまったのか。 リスティアナの思いとは裏腹に、ある時期からリスティアナに悪い噂が立ち始める。 悪い噂が立つ事など何もしていないのにも関わらず、リスティアナは次第に学園で、夜会で、孤立していく。

【完結】婚約破棄はお受けいたしましょう~踏みにじられた恋を抱えて

ゆうぎり
恋愛
「この子がクラーラの婚約者になるんだよ」 お父様に連れられたお茶会で私は一つ年上のナディオ様に恋をした。 綺麗なお顔のナディオ様。優しく笑うナディオ様。 今はもう、私に微笑みかける事はありません。 貴方の笑顔は別の方のもの。 私には忌々しげな顔で、視線を向けても貰えません。 私は厭われ者の婚約者。社交界では評判ですよね。 ねぇナディオ様、恋は花と同じだと思いませんか? ―――水をやらなければ枯れてしまうのですよ。 ※ゆるゆる設定です。 ※名前変更しました。元「踏みにじられた恋ならば、婚約破棄はお受けいたしましょう」 ※多分誰かの視点から見たらハッピーエンド

あなたのことなんて、もうどうでもいいです

もるだ
恋愛
舞踏会でレオニーに突きつけられたのは婚約破棄だった。婚約者の相手にぶつかられて派手に転んだせいで、大騒ぎになったのに……。日々の業務を押しつけられ怒鳴りつけられいいように扱われていたレオニーは限界を迎える。そして、気がつくと魔法が使えるようになっていた。 元婚約者にこき使われていたレオニーは復讐を始める。

【完結】もう…我慢しなくても良いですよね?

アノマロカリス
ファンタジー
マーテルリア・フローレンス公爵令嬢は、幼い頃から自国の第一王子との婚約が決まっていて幼少の頃から厳しい教育を施されていた。 泣き言は許されず、笑みを浮かべる事も許されず、お茶会にすら参加させて貰えずに常に完璧な淑女を求められて教育をされて来た。 16歳の成人の義を過ぎてから王子との婚約発表の場で、事あろうことか王子は聖女に選ばれたという男爵令嬢を連れて来て私との婚約を破棄して、男爵令嬢と婚約する事を選んだ。 マーテルリアの幼少からの血の滲むような努力は、一瞬で崩壊してしまった。 あぁ、今迄の苦労は一体なんの為に… もう…我慢しなくても良いですよね? この物語は、「虐げられる生活を曽祖母の秘術でざまぁして差し上げますわ!」の続編です。 前作の登場人物達も多数登場する予定です。 マーテルリアのイラストを変更致しました。

それは立派な『不正行為』だ!

恋愛
宮廷治癒師を目指すオリビア・ガーディナー。宮廷騎士団を目指す幼馴染ノエル・スコフィールドと試験前に少々ナーバスな気分になっていたところに、男たちに囲まれたエミリー・ハイドがやってくる。多人数をあっという間に治す治癒能力を持っている彼女を男たちは褒めたたえるが、オリビアは複雑な気分で……。 ※小説家になろう、pixiv、カクヨムにも同じものを投稿しています。

【完結】真実の愛だと称賛され、二人は別れられなくなりました

紫崎 藍華
恋愛
ヘレンは婚約者のティルソンから、面白みのない女だと言われて婚約解消を告げられた。 ティルソンは幼馴染のカトリーナが本命だったのだ。 ティルソンとカトリーナの愛は真実の愛だと貴族たちは賞賛した。 貴族たちにとって二人が真実の愛を貫くのか、それとも破滅へ向かうのか、面白ければどちらでも良かった。

優しく微笑んでくれる婚約者を手放した後悔

しゃーりん
恋愛
エルネストは12歳の時、2歳年下のオリビアと婚約した。 彼女は大人しく、エルネストの話をニコニコと聞いて相槌をうってくれる優しい子だった。 そんな彼女との穏やかな時間が好きだった。 なのに、学園に入ってからの俺は周りに影響されてしまったり、令嬢と親しくなってしまった。 その令嬢と結婚するためにオリビアとの婚約を解消してしまったことを後悔する男のお話です。

【完結】今世も裏切られるのはごめんなので、最愛のあなたはもう要らない

曽根原ツタ
恋愛
隣国との戦時中に国王が病死し、王位継承権を持つ男子がひとりもいなかったため、若い王女エトワールは女王となった。だが── 「俺は彼女を愛している。彼女は俺の子を身篭った」 戦場から帰還した愛する夫の隣には、別の女性が立っていた。さらに彼は、王座を奪うために女王暗殺を企てる。 そして。夫に剣で胸を貫かれて死んだエトワールが次に目が覚めたとき、彼と出会った日に戻っていて……? ──二度目の人生、私を裏切ったあなたを絶対に愛しません。 ★小説家になろうさまでも公開中

処理中です...