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「アンティーラ様、本当によろしいのですか? その、例の湖畔に出かけられても。せめて旦那様に一言相談された方が……」
翌日。
マッディと取り交わした約束を果たすべく外出の用意を言い付けていた私の侍女から、こちらを慮るような口調でそう言われる。
どうやら不安にさせてしまったようだ。なにせ私はあの水難事故以来、父からあそこへ足を運ぶことを良しとされていないからだ。
「大丈夫よコルダータ、私はあの頃とは違うわ。それにお父様もお忙しい身だもの、このぐらいのことでわざわざ煩わせては駄目よ。これも当主の仕事だと思ってマッディのことも含め、きちんと私が対処してみせるわ」
昨夜からずっと一人考えていたのだが、やはり彼に対しての気持ちが変わることはなかった。
だから今日は彼と最後の思い出作りになることだろう。
もちろんマッディのあの様子ではすぐには納得してもらえないだろうが、だからといってこちらも譲るつもりはない。
「ですがアンティーラ様、侍女の身分で主の決定に物申すなど差し出がましい行為だとは思いますが、それでもわたくしは心配なのです。あの地を再び訪れることによって嫌な記憶を呼び起こしてしまうのではないかと」
「それこそ問題ないわコルダータ。確かに今でも時々あの日の悪夢を見ることはあるけれど、得た体験を教訓にしていざという時の努力をしてきたじゃない。……ただ貴方には、本当に悪いことをしたと反省しているわ。私のせいで危うく事故の全責任を問われるところだったもの」
「いいえ、アンティーラ様が罪悪感を抱く必要はございません。理由はどうであれ、いっときでも仕える主の側を離れて危険に晒してしまったことは事実ですから」
運の悪いことに、あの現場において普段片時も離れることのなかったコルダータがなぜか私の側にいなかった。
そのため父は激高し、侍女としての役目を放棄したとして彼女に罪を問おうとした。
私が必死に庇ったこともありなんとか鞭打ちの折檻だけで済んだものの、その代わりに彼女には一生消えない傷を背中に負わせてしまった。
本人はこの程度の罰で済んでよかったと許しを得られたことに感謝していたが、私は今でも自分のうかつさを責めずにはいられない。
だから罪滅ぼしというわけではないが、せめて彼女のことはこの先も大切にしていくつもりだ。
「……そういえば、貴方はなぜあの時私の近くにいなかったの? 理由をいくら聞いても教えてはくれなかったわね」
「申し訳ございませんアンティーラ様、その件については何度訪ねられても現状わたくしの一存でお話するわけには……」
やはりコルダータはなにかを隠している。普段なら一切私に隠しごとなどしないのに、このことに関しては頑なに口を閉ざすのであからさまだ。
彼女の性格上、拙い言い訳をするつもりはないことは分かっている。だからこそ父ではなく私にだけでも包み隠さずわけを話してほしかった。
「おーいアンティーラいるかい? 入るよ!」
と、部屋の外からマッディの声が聞こえたかと思えば、こちらから返事をする前に勢いよくドアが開かれる。
「マッディ……ちゃんとノックくらいして頂戴。私が着替えていたらどうするつもりだったの?」
「おっと、ごめんよ。でも別にいいじゃないか、僕たちはいずれ夫婦になるんだし少しくらい肌を見たって。むしろ早く君の裸を見せてほしいよ、きっと絹みたいに綺麗なんだろうなぁ」
「貴方、今の発言はレディーに対してあまりにもデリカシーに欠けるわ。それと私にはもう貴方と夫婦になるつもりは――」
「ああ今日は朝からいい天気だなぁ! うーん、絶好のデート日和だ! さあだから家にこもっていないでさっさと出かけよう! ほらほら!」
大声を出して話をごまかすだなんて、やり方がいちいち男らしくない。
「おいそこの使用人、早くアンティーラの支度を整えてくれよ!」
「ちょっとマッディ、コルダータはあくまで私の侍女であって貴方用の小間使いではないのよ? なのに主人ぶって命令しないで」
「ははは、アンティーラは僕に厳しいなぁ。でもそういうところも素敵だよ」
私が注意するもマッディはどこ吹く風といった様子。
お待たせして申し訳ございませんとマッディに頭を下げるコルダータの行動をたしなめてから、改めて配慮の足らない婚約者(暫定)を部屋の外に追い出した。
「はぁ……」
なんだか頭が重い。
今日のマッディの態度は若干、いや正直かなりうっとうしい。おおかた私の機嫌でも取って婚約解消の危機を回避したいのだろうが、逆効果だ。
ああ、どうして自分は彼に初恋をしてしまったのだろう。
命の恩人だから? それとも――。
翌日。
マッディと取り交わした約束を果たすべく外出の用意を言い付けていた私の侍女から、こちらを慮るような口調でそう言われる。
どうやら不安にさせてしまったようだ。なにせ私はあの水難事故以来、父からあそこへ足を運ぶことを良しとされていないからだ。
「大丈夫よコルダータ、私はあの頃とは違うわ。それにお父様もお忙しい身だもの、このぐらいのことでわざわざ煩わせては駄目よ。これも当主の仕事だと思ってマッディのことも含め、きちんと私が対処してみせるわ」
昨夜からずっと一人考えていたのだが、やはり彼に対しての気持ちが変わることはなかった。
だから今日は彼と最後の思い出作りになることだろう。
もちろんマッディのあの様子ではすぐには納得してもらえないだろうが、だからといってこちらも譲るつもりはない。
「ですがアンティーラ様、侍女の身分で主の決定に物申すなど差し出がましい行為だとは思いますが、それでもわたくしは心配なのです。あの地を再び訪れることによって嫌な記憶を呼び起こしてしまうのではないかと」
「それこそ問題ないわコルダータ。確かに今でも時々あの日の悪夢を見ることはあるけれど、得た体験を教訓にしていざという時の努力をしてきたじゃない。……ただ貴方には、本当に悪いことをしたと反省しているわ。私のせいで危うく事故の全責任を問われるところだったもの」
「いいえ、アンティーラ様が罪悪感を抱く必要はございません。理由はどうであれ、いっときでも仕える主の側を離れて危険に晒してしまったことは事実ですから」
運の悪いことに、あの現場において普段片時も離れることのなかったコルダータがなぜか私の側にいなかった。
そのため父は激高し、侍女としての役目を放棄したとして彼女に罪を問おうとした。
私が必死に庇ったこともありなんとか鞭打ちの折檻だけで済んだものの、その代わりに彼女には一生消えない傷を背中に負わせてしまった。
本人はこの程度の罰で済んでよかったと許しを得られたことに感謝していたが、私は今でも自分のうかつさを責めずにはいられない。
だから罪滅ぼしというわけではないが、せめて彼女のことはこの先も大切にしていくつもりだ。
「……そういえば、貴方はなぜあの時私の近くにいなかったの? 理由をいくら聞いても教えてはくれなかったわね」
「申し訳ございませんアンティーラ様、その件については何度訪ねられても現状わたくしの一存でお話するわけには……」
やはりコルダータはなにかを隠している。普段なら一切私に隠しごとなどしないのに、このことに関しては頑なに口を閉ざすのであからさまだ。
彼女の性格上、拙い言い訳をするつもりはないことは分かっている。だからこそ父ではなく私にだけでも包み隠さずわけを話してほしかった。
「おーいアンティーラいるかい? 入るよ!」
と、部屋の外からマッディの声が聞こえたかと思えば、こちらから返事をする前に勢いよくドアが開かれる。
「マッディ……ちゃんとノックくらいして頂戴。私が着替えていたらどうするつもりだったの?」
「おっと、ごめんよ。でも別にいいじゃないか、僕たちはいずれ夫婦になるんだし少しくらい肌を見たって。むしろ早く君の裸を見せてほしいよ、きっと絹みたいに綺麗なんだろうなぁ」
「貴方、今の発言はレディーに対してあまりにもデリカシーに欠けるわ。それと私にはもう貴方と夫婦になるつもりは――」
「ああ今日は朝からいい天気だなぁ! うーん、絶好のデート日和だ! さあだから家にこもっていないでさっさと出かけよう! ほらほら!」
大声を出して話をごまかすだなんて、やり方がいちいち男らしくない。
「おいそこの使用人、早くアンティーラの支度を整えてくれよ!」
「ちょっとマッディ、コルダータはあくまで私の侍女であって貴方用の小間使いではないのよ? なのに主人ぶって命令しないで」
「ははは、アンティーラは僕に厳しいなぁ。でもそういうところも素敵だよ」
私が注意するもマッディはどこ吹く風といった様子。
お待たせして申し訳ございませんとマッディに頭を下げるコルダータの行動をたしなめてから、改めて配慮の足らない婚約者(暫定)を部屋の外に追い出した。
「はぁ……」
なんだか頭が重い。
今日のマッディの態度は若干、いや正直かなりうっとうしい。おおかた私の機嫌でも取って婚約解消の危機を回避したいのだろうが、逆効果だ。
ああ、どうして自分は彼に初恋をしてしまったのだろう。
命の恩人だから? それとも――。
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