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 幼い日の私が例の湖畔の上に佇んでいる。

 傍らには控えているはずの侍女の姿はおらず、見ているこちらが思わずハラハラさせられるような危うい光景だ。

 ――ああアンティーラ、そんなところで遊んではいけないわ! 足でも滑らせたら大変!

 そんな風に思っていたらその小さな体が突然前に傾き、気づいた時には私との手が前に突き出されていた。

 そして次の瞬間にはバシャアンッッッ‼ と盛大に水しぶきが上がる。

 途端ジタバタと溺れ始めるアンティーラの姿を私とともに見下ろすその人物の正体は……。

「――っ!」

 慌ててベッドの上から飛び起きる私。

 心臓が早鐘を打つようにドクンドクンと動き、全身には嫌な汗をかいていた。

 ひとまず心を落ち着かせるために何度か深呼吸を繰り返し、ようやっと乱れた息を整える。

「あの夢も久しぶりに見たわね……」

 人は疲れている時にこそ悪夢を見やすくなるのだという。その場合は決まって同じ内容の悪夢を見てしまう。即ち私が過去に溺れた時のものだ。

 ただ、いつも悪夢の中で溺れている私を黙って一緒に眺めている人物の正体が判明する前に目が覚めてしまう。

 おそらく昨夜の件も影響してのことだろうが、このタイミングで見るということはどうやら自分で思っていた以上に精神的ダメージを受けていたらしい。

「……弱気になってはいけないわアンティーラ、私は伯爵家の女性当主としてかくも強くあらねばならないのよ」

 そうやって自らを鼓舞する。男性ではなく女性が家督を継ぐ以上、甘えは許されないのだから。

 唯一の嫡子とはいえやはり娘に家を任せたのは失敗だったと父に後悔させることだけはあってはならない。

 まずは当面の書類仕事より目先に差し向かった懸案事項から片付けなければ。

「マッディ。二人きりで話があるのだけれど」

 というわけで自らの侍女に申し付けてさっそく当人を呼び出した。

 のそりとやってきた彼の体からは密かに女性用の香水の香りがしたが、この調子だとさっきまでロアンナと一緒にいたに違いない。

 チクリと、針にでも刺されたように少しだけ心が傷んだ。

「話? なんだいアンティーラ、まさかとは思うけど僕に君の仕事の手伝いを頼むつもりじゃないだろうね。悪いけど、ああいう地味な作業は得意じゃないんだ」

 得意ではない、ではなくやりたくないの間違いでしょうとは訂正しないでおく。

 前に一度だけ無理やり手伝わせたことがあるが仕事内容に愚痴や文句を散々言った挙げ句、貴族の仕事とは下流階級の人間と違って働かずに遊び呆けることだとのたまったので、以後ずっと私一人で仕事に耽っていた。

 もちろん内心では呆れ果てているものの、足を引っ張られるよりはマシなので放置しているのが現状なのだが……。

「違うわ、貴方が連れてきたメイドのことよ」

 そう伝えたところ、明らかにホッとする様子を見せたマッディの姿にこれまた失望させられる。

「なんだ、ロアンナのことか。ふう焦ったなぁ、あんまり僕を驚かせないでくれよ。てっきりまた仕事でもさせられるかと思ったじゃないか。君もそこまで働かなくても潤沢な蓄えもあるんだからたまには休めばいいのに」

 ……貴方ね、そっちは自分の実家からそれなりに仕送りをもらっているかもしれないけど、大本の生活費はこちらが負担しているのよ。

 私に隠し通しているつもりらしいけれどお金の流れは向こう方を通してすべて把握済み。
 
 だからこそ、せめてこちらに無断で連れてきたメイドの給料くらいは彼が自分の懐に全額収めているその仕送りで解決してほしいのだが、それを今の状況で口にしたところで話が明後日の方向にそれてしまうからひとまず置いておく。
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