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 本日の雑務を終え、一日の疲れを取るべく寝室に入った。

 もちろん私一人だけである。

 いくら婚約を交わしている間柄だとはいえまだ正式に籍を入れたわけではないので、マッディとねやを共にすることはない。

 当然彼に専用の私室は与えており、万が一にも間違いが起こらないようお互いに努めている。

 なにより翌日に疲労を持ち込まないように睡眠くらいは一人静かに取りたかった。

 だから今宵も夜食と入浴を手早く済ませて早々に寝入るつもりだったのだけれど、コンコンと私の部屋をノックする音によってそれも先延ばしとなった。

「アンティーラさん、話があります」

 こちらの返事も待たずに、ドアを勝手に開けて部屋まで入ってきたのはロアンナだった。

 家長の寝室に一使用人が無断で入り込んでくるなど無礼極まりないのだが、なぜか彼女は正義はこちらにあるといった表情を浮かべている。

「貴方ね。言いたいことはいくつかあるけれど、まずはいい加減そのアンティーラ『さん』という敬称を改めなさい。いくらマッディが連れてきた侍従とはいえ立場的には私の方が上なのだから、まだ奥様ではないにしろきちんと『様』を付けて呼ぶべきだわ。然るべき場でもそんな風に呼ばれでもしたら、使用人の教育がなっていないとして私やマッディが恥をかくのよ」

「いいえ、勘違いされているようですがわたしが仕えているのはマディ様ただ一人です。なのに、なぜ敬愛していないアンティーラさんにまで様を付ける必要があるのですか? 意味不明な要求を口にしないでください。一応、こうやって敬語で話してあげているではないですか」

 ……敬語で話してあげている? なぜ貴方から上から目線で物を言われなければならないの?
 
 その仕えているマッディの婚約者でもある私に対してずいぶんな口の聞き方だけれど、果たしてまともな教育を受けさせてもらえていたのかしらこの子は。

 ロアンナは孤児院出身だという。

 それを不憫に思ったマッディの口添えもあり、平民でありながら彼の家で使用人として召し抱えられたと聞いた。

 確かに貴族の慈善事業の一環としてはよくある話ではある。

 どこに連れて歩いても恥ずかしくない程度には容姿も整っており、華奢な体つきと儚げな雰囲気も相まってマッディが庇護欲に駆られるのはまあ分からなくもない。

 けれどもこれは流石にない。

 別に権力を振りかざすつもりはないが、こちらにも貴族としての面子や矜持というものがある。

 だからこそ彼女のあの態度で私に接することを良しとしている時点で、少なからず向こうの家の常識を疑ってしまう。

 もし逆の立場だったら是正ぜせいするように強く申し付けているところだが、仮定の話に意味はない。

 それよりも早々に話を切り上げてしまおう。

「……敬称の話はもういいわ。それで? こんな夜分遅くになんの話かしら? こっちは朝からの仕事で疲れているのだけど」

 言外に明日出直して来いという意味合いでそう告げたものの、相手が引く様子は見られない。

 どうやら場の空気を読むという概念も彼女には存在していないようだった。

「単刀直入に言います。――マディ様との婚約を解消してください」
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