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「メリエッダ、他に女ができたからもうお前とは婚約破棄をする!」
屋敷を掃除していた私に尊大な態度でそう宣言してきた婚約者のダズは、たったその一言で話は終わったとばかりにしっしっとこちらに向かって手を払っています。
「お待ちくださいダズ様、お相手の女性はどこのどなたなのですか」
「お前が知る必要はない! ……だがそうだな、平民の娘であるお前と違い向こうはれっきとした貴族令嬢、それもとある伯爵家の長女だ。だから彼女と俺が添い遂げる方がよっぽど自然だろ?」
確かにその通りではあります。
いくら私がこの国で拡大を続けるテナス商会の一人娘とはいえ、ダズは男爵家のお貴族様。
本来であれば身分違いの婚約なのだから、彼と親しくされているお相手が伯爵令嬢様であれば、なおのことお譲りしなければならない立場に私はあります。
そういった複雑な事情もあり、今回の婚約破棄を受けないという選択肢は許されませんでした。
私なりに彼とは良いお付き合いができるように頑張ってきたつもりですが、やはり物事とはままならないものですね。
「……分かりました。その婚約破棄の件、謹んでお受けいたします。今日までお世話になりましたダズ様」
「ふん、まったくだ! これでやっと清々する」
頭を深々と下げ、これまでの日々を振り返って感傷に浸りながら退去しようとしましたが、
「ああそうそう、お前が実家に帰ったらちゃんと俺に払う婚約破棄の慰謝料を用意しておけよ!」
――私はその場に踏み留まり、自身の困惑した顔を向けながら彼にこう言います。
「なにか勘違いをされているようですが、慰謝料をお支払いになるのはダズ様の方ですよ?」
「は? なんで俺がお前に慰謝料を払わなければならないんだ? こっちは貴族だぞ」
私の発言にきょとんとした表情で小首を傾げるダズ。
どうやらなにも分かっていないご様子なので、説明することにしました。
「いえダズ様、世間一般では婚約破棄の慰謝料は正当な理由がない限り基本的には有責に当たる側が支払うものと定められています。もちろんそれは貴族様であっても例外ではございません」
「正当な理由ならある! 俺は真実の愛に目覚めたんだ! これのどこに問題がある⁉」
どこをどう見ても問題大アリなのですが本人も気づいていないのであれば、多少の法知識を持つ商家の娘としてご指摘するのもやむをえません。
「あの、それだけでは正当な理由としては確実に認められません。むしろ、最初から持参金などを目的とした詐欺行為とも疑われかねないのでよりダズ様の過失が増し、結果的に支払う金額も増額されることとなります」
「ええいもういい! 口を開けば金金と金に汚い奴め、そんなに金がほしいのならくれてやる! がめつい女への手切れ金と思えば安いものだ!」
おそらく私の詐欺行為といった言い回しが気に障ったのか、ダズは眉根を寄せて苛立ったように声を荒げました。
婚約破棄にトラブルがつきものなのは重々承知していますが、やはり守銭奴のような言われようは傷つきます。
ですが私がなによりも気がかりなのは、まさにそのお金のことなのです。
というのも、ダズの産まれたレイドリー家は今にも没落しかねないほど資金繰りに苦しんでいる男爵家と聞きます。
貴族であることに誇りを持っている彼が背に腹は変えられないと、懐の潤っている平民の資産を頼って婚約を申し込んでくる程度には。
おかげでうちは男爵家の地位と釣り合いを取るべく金銭面でのサポートを余儀なくされました。
そんな瀬戸際の状態にも関わらず、ダズは婚約を交わした際に自らとある誓約書を書いたことを果たして覚えているのでしょうか。
でも、それを尋ねることは憚られました。
まさか慰謝料を払うだけのお金は持ち合わせているのか、などと聞くわけにもいきませんから。
なにより払う宛てがなければそもそも婚約破棄を口にはしないはずですし、そこだけは彼のことを信じたいと思います。
――でもこの淡い期待は後に裏切られることとなるのです。
しかしその結果私に幸せが訪れ、反対にダズがあのような末路を遂げることになるとは、まるで予想もできませんでした。
屋敷を掃除していた私に尊大な態度でそう宣言してきた婚約者のダズは、たったその一言で話は終わったとばかりにしっしっとこちらに向かって手を払っています。
「お待ちくださいダズ様、お相手の女性はどこのどなたなのですか」
「お前が知る必要はない! ……だがそうだな、平民の娘であるお前と違い向こうはれっきとした貴族令嬢、それもとある伯爵家の長女だ。だから彼女と俺が添い遂げる方がよっぽど自然だろ?」
確かにその通りではあります。
いくら私がこの国で拡大を続けるテナス商会の一人娘とはいえ、ダズは男爵家のお貴族様。
本来であれば身分違いの婚約なのだから、彼と親しくされているお相手が伯爵令嬢様であれば、なおのことお譲りしなければならない立場に私はあります。
そういった複雑な事情もあり、今回の婚約破棄を受けないという選択肢は許されませんでした。
私なりに彼とは良いお付き合いができるように頑張ってきたつもりですが、やはり物事とはままならないものですね。
「……分かりました。その婚約破棄の件、謹んでお受けいたします。今日までお世話になりましたダズ様」
「ふん、まったくだ! これでやっと清々する」
頭を深々と下げ、これまでの日々を振り返って感傷に浸りながら退去しようとしましたが、
「ああそうそう、お前が実家に帰ったらちゃんと俺に払う婚約破棄の慰謝料を用意しておけよ!」
――私はその場に踏み留まり、自身の困惑した顔を向けながら彼にこう言います。
「なにか勘違いをされているようですが、慰謝料をお支払いになるのはダズ様の方ですよ?」
「は? なんで俺がお前に慰謝料を払わなければならないんだ? こっちは貴族だぞ」
私の発言にきょとんとした表情で小首を傾げるダズ。
どうやらなにも分かっていないご様子なので、説明することにしました。
「いえダズ様、世間一般では婚約破棄の慰謝料は正当な理由がない限り基本的には有責に当たる側が支払うものと定められています。もちろんそれは貴族様であっても例外ではございません」
「正当な理由ならある! 俺は真実の愛に目覚めたんだ! これのどこに問題がある⁉」
どこをどう見ても問題大アリなのですが本人も気づいていないのであれば、多少の法知識を持つ商家の娘としてご指摘するのもやむをえません。
「あの、それだけでは正当な理由としては確実に認められません。むしろ、最初から持参金などを目的とした詐欺行為とも疑われかねないのでよりダズ様の過失が増し、結果的に支払う金額も増額されることとなります」
「ええいもういい! 口を開けば金金と金に汚い奴め、そんなに金がほしいのならくれてやる! がめつい女への手切れ金と思えば安いものだ!」
おそらく私の詐欺行為といった言い回しが気に障ったのか、ダズは眉根を寄せて苛立ったように声を荒げました。
婚約破棄にトラブルがつきものなのは重々承知していますが、やはり守銭奴のような言われようは傷つきます。
ですが私がなによりも気がかりなのは、まさにそのお金のことなのです。
というのも、ダズの産まれたレイドリー家は今にも没落しかねないほど資金繰りに苦しんでいる男爵家と聞きます。
貴族であることに誇りを持っている彼が背に腹は変えられないと、懐の潤っている平民の資産を頼って婚約を申し込んでくる程度には。
おかげでうちは男爵家の地位と釣り合いを取るべく金銭面でのサポートを余儀なくされました。
そんな瀬戸際の状態にも関わらず、ダズは婚約を交わした際に自らとある誓約書を書いたことを果たして覚えているのでしょうか。
でも、それを尋ねることは憚られました。
まさか慰謝料を払うだけのお金は持ち合わせているのか、などと聞くわけにもいきませんから。
なにより払う宛てがなければそもそも婚約破棄を口にはしないはずですし、そこだけは彼のことを信じたいと思います。
――でもこの淡い期待は後に裏切られることとなるのです。
しかしその結果私に幸せが訪れ、反対にダズがあのような末路を遂げることになるとは、まるで予想もできませんでした。
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