最強の側室

松沢ナツオ

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側室はためらわない

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 俺が目覚めた時は知らないベッドにいて、すぐそばに陛下がいた。俺を優しい目で見つめながら、そっと髪を撫でていた。
 これまでも何度もこんな朝があったはずなのに、ドキドキして心臓が破裂しそうだった。

「おはよう。目が覚めたな。たがが外れて無理をさせたな……」
「い、いえ……俺も、望んだことです」
 そう。うっすらとある記憶の中で、俺は陛下にすがりつき何度も奥に注いでもらった。眠っては陛下が口元に運んでくれたものを食べ、また交わり——その繰り返しだったように思う。

「陛下……俺は……」
「レオ。俺は、おまえを王配として迎えると決めた。すでに臣下に婚礼の準備を下知したところだ」
「おっ、王配っ?! しかし、それではお子ができません!」
「以前も子はいらんといったのを忘れたか? もともと、俺の血筋は正統から外れている。幼子を傀儡とするのが哀れだから受けただけだ」
「弟君は10歳と言っておられましたね……それでも、私が王配になるなど訳がわかりません……」
「わからなくても決まったことだ。絶対に変更しないからな!」

 なんとか断ろうと思ったが、陛下が拗ねたように口を尖らせていたのがかわいくて許してしまった。
 前王の崩御の際、弟君はまだ8歳。そんな幼子を持ち上げようとした臣下も多かったという。

「俺は、弟と言われてもピンとこない。お仕えする身分だったからな。それがあのバカどものせいで王に奉られるハメになったが、そのおかげでおまえと出会えた。それは幸運だったと言えるな。——今の俺は、敵と味方が半分といったところだ」

 切なげな視線に、うまい言葉が出てこない。だから、そっと触れるだけの口づけをした。

「では、俺が生涯をかけて愛と忠誠を尽くしましょう」
「そう言ってくれるのを待っていた」

 今度は二人の舌を絡めあい、互いの唾液を混ぜ合わせて嚥下した。

(ここまで求めてくれるのなら、俺も覚悟を決めて向き合おう)

「さて、実をいうと丸2日おまえをこの部屋に閉じ込めてしまった。レオが眠っている合間に執務を部屋でしていたが、いい加減、俺も真面目に執務をしなくてはならん」
「2日っ?!」

 苦笑しながら陛下は起き上がり俺を見下ろした。

「これからは、『陛下』ではなくギディオンと呼べ。それから、面倒なやつらが絡んでくるのは間違いない。護衛はこれからもルーファスをつける」
「そうだ、へい……ギディオン様。誤解をされていたようですが、ルーファスとは何もありませんよ? 外の世界の話を聞いていただけです」
「ああ……あの後で問い詰めて聞いた。あれはな、要は——妬いたんだ。俺には相談せず、なぜルーファスには言えたのか、と」
「ご迷惑をおかけしたくなかったのです」
「わかっているとも」

 そう言って微笑んだ陛下は、憂いが晴れたような笑顔だった。

「さて、ここから私は王としてこの部屋を出る。先に行くが、万が一嫌味なマネをされたら反撃していい。婚儀までは気を付けていろ」

 俺から私に切り替わる瞬間……陛下の目の光が鋭くなったように感じた。

「陛下は、本当は自分のことを俺と呼ばれるのですね」
「その事か。私はもともと監視下に置かれた庶子だった。母は男爵家で、王妃の茶会に招かれたときに前王のお手つきになった。王は私の存在を知りながら、騎士としてそばにおいた。だが、私たち親子は放置されてきたのだ。だが、あの日——」

 陛下はここではないどこかに思いを馳せているようだった。それは、きっと王が倒れた日だ。

「頭に血が上った王太子まで倒れ、あの場を掌握できる者が必要だった。それが、運悪く俺だったのだが、まさかそのまま玉座に押し込められるハメになるとはな。——ああ、今回のことは、私が密命を与えたことにしてある。だから、話を合わせておけ」

 苦笑しながら手を2回叩くと、陛下付きの侍従が一斉に現れ支度を整え始めた。

「おまえはもう少し休んだ方がいい。支度はリリアンたちが控えているから呼べばいい。こちらに越してくる準備をしてくれ」
「分かりました」
「レオ」

 支度を終えた陛下がベッドサイドにやってきて、そっと口付けてくれた。
「私の使命を果たしてくる。夜は、そなたの部屋に行く」
「はい、お待ちしております」

 俺の答えに満足した陛下は、優雅に裾を翻して部屋を出て行った。

(ここは陛下のお部屋だ……まだ側室の俺がいつまでもいたらまずい)

 体を起こせば、あちこちがミシミシと軋んだ。なにより、後孔が鈍い痛みに襲われた。いったい、何度交わったのだろう……

「リリアン、セティ、いるのか?」
「はい、控えております」

 接している控え室から二人の姿が見えて、妙に安心した。やはり、知らない侍従や女官に触れられるのは抵抗がある。セティが進み出てきて、乱れてもつれた俺の髪を梳かし始めた。

「レオシュ様、お体の具合が良くなければゆっくり休むようにと陛下が言っておられましたし、まずはお食事にいたしましょう」

 いつでも出せるように準備されていたらしく、リリアンが持ってきてくれた。それを陛下のベッドで食べると言うのは気が引けたが、ありがたくいただいた。

「聞いているかもしれないが、俺は陛下の王配に迎えられることになった。後宮の自室を引き払う用意をする。それから、こちらに来ても二人には俺付きのままでいてほしい。——いいだろうか?」
「もちろんです!! 嬉しゅうございます」
「光栄でございます。セティと二人、どこまでもレオシュ様のお世話をさせていただきます」

 ニッコリ笑う二人に安心して食事を終えた俺は、初めて見る王宮の廊下を歩いていた。護衛はルーファスと、後宮で俺の専属だった騎士たちがこちらに来て待機してくれていた。
 王宮は豪華絢爛で、キラキラとした装飾やレリーフ、絵画が飾られていた。醜態を晒さない程度に見物をしながら歩くと、向かい側から尖った細い顎、白髪まじりのつり目の男が取り巻きを引き連れて歩いてきた。

(あいつは、確か——)
「おお、これはこれは……男妾(おとこめかけ)のレオシュ元王子ではないか」
(嫌みな男だ)

「お久しぶりでございます、ミヤイ宰相閣下」
「とうとう王宮に入り込んだか。陛下の密命と聞いたが——本当は後宮を脱走したと聞いたぞ? 真実ならば罰を受けるべきだ」

(確かにそうだ。だが、陛下が合わせろと言うのなら、死んでもうそを突き通してやる)

「俺ならばワデムを退けられると信じてくださったのでしょう。実際に、ゴーデスとの戦いに勝利しました」
「チッ! まぐれだ」
「まぐれだとしても、彼は潔く兵を引いてくれました。それで十分でしょう?」

 宰相の額には青筋が浮かんでいる。

「……王に媚びへつらう男妾め」
「俺はギディオン陛下のお情けを受けて光栄だと思っておりますが?」
「このっ! 口の減らぬ男だ。貴様など図体がでかいだけだろう?! いずれわが騎士が捻り潰してくれよう」
「それは楽しみです。ぜひ、宰相殿の精鋭騎士と一騎打ちをさせてください」
「っ!!」

 俺も宰相も取り巻きも無言のまま睨み合う。だが、宰相はふいっと視線をそらした。

「蛮族と同じ空間にいたら汚れる。さぁ、皆も行くぞ」

 宰相はフンと鼻を鳴らし、カツカツと靴音を響かせて去っていった。姿が完全に見えなくなってから俺たちは無言で後宮へと戻った。
 自室には、ルーファスやリリアンたちも入ってもらった。ここならば話をしても大丈夫だ。

「宰相の態度を見ても分かったように、俺が王配になることに反対している者も多いはずだ。——だが、陛下が俺をお望みなら、想いに応えると覚悟を決めた。皆には苦労をかけるが、俺の側にいて手を貸してくれるか?」
「私たちは、いつでもレオシュ様の味方です」

 リリアンとセティが跪くと、ルーファスたち護衛騎士も片膝をついた。

「私もレオシュ様の剣であり盾です。どこまでもお供いたします」
「——ありがとう。俺は、絶対に陛下から離れない味方でありたいんだ。ところで、宰相はなぜあれほどまでに俺を敵視しているんだ?」
「自分の娘を王妃にしたいのですよ。今年18歳になるそうですよ。弟君にはすでに婚約者がおりますから、なんとか陛下にとりいりたいのでしょう」
「自分の地位を盤石にしたいのか。下品な男だな」

 臣下としてならば、女性と結婚し子をなしてほしいと思うのは当然だ。だが、彼の本心は違う。

「宰相の鼻をへし折るには、何が一番有効だろうな……」
「は?」
「ああいう輩はプライドをぶっ潰すのが一番だ。そうは思わないか?」
「あ、あのぅ……もう、むちゃはやめていただきたいのですが」
「悪いな。勝手な行動はしない。だが、少々むちゃでも陛下のためならやる」
「レオシュ様~~っ!! 勘弁してください!!」
「ハハハッ!! 俺付きになって運が悪かったと諦めてくれ」

 この提案を陛下が受け入れてくれるだろうか……
 冷や汗を流すルーファスがおかしくて、俺はいつまでも笑いが止まらなかった。
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