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5巻

5-1

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 BLゲーム『いやしの神子みこ宵闇よいやみ剣士けんし』の世界におまけで召喚された俺――湊潤也みなとじゅんやいやしの神子みことして、ここカルタス王国全土をけが瘴気しょうきはらう巡行の旅をしている。
 そんな俺は少し前から、恋人の一人であるダリウスの父親が領主を務めるバルバロイ領にいる。まず最初に訪れたクードラでは悪評を流されており、それを信じた人々の妨害を受けて浄化が遅れたり、浄化に使う魔石の入手に苦心したりと苦境におちいった。
 人々には実力で俺が神子みこであることを示すしかないと考えてひたすら浄化を続けたが、体調を崩し寝込む羽目になった。しかし、俺が寝込んでいる間にティアやマテリオが奮闘してくれて、無事にクードラの民の理解を得ることができた。
 ほっとしたのも束の間、ティアが視察中に襲われて別行動を強いられた。次の街アズィトで合流したものの、またも襲撃を受け、俺は大怪我をしたマテリオと二人きりで孤立してしまった。
 そこへ幸運にも現れたノルヴァン商会の店主が、俺達を救ってくれた……
 ノルヴァンさんの助けを借りて領都ユーフォーンを目指す道中、様々な事情が重なって、マテリオと一線を越えてしまった。
 あいつが死ぬかもしれない事態に直面した時、絶対失いたくないと思った。これは友情以上の感情だけど、愛しているのかと聞かれると迷いがある。マテリオが庇護者ひごしゃだという確信はあるが、こんな半端な気持ちで受け入れてしまって良かったのか、ずっと考えている。
 だって、マテリオは命をなげうってでも俺を守ろうとしてくれた。全てを捧げると言っていた。浄化の旅が終わったら俺の前から消えるつもりだと聞いて、手放したくないというエゴでしばりつけてしまった。
 ユーフォーンで再会した後、ティア、ダリウス、エルビスの三人に、マテリオと関係を持ったことを告白した。彼らはマテリオの気持ちに気づいていたらしく、四人目の庇護者ひごしゃとして認めると言ってくれた。
 マテリオが罰せられたりしなくて良かったけど……だけど、あいつとこれからどんな顔で話せばいいのか分からない。だって、ふとした時に、あいつと馬車で過ごした時間がよみがえるんだ。理性が飛んで覚えていない部分もあるけど、なんか俺……ねだったり乗っかったり、したような気がする。
 頭がおかしくなりそうだが、なるべく普通に接する努力をしよう…………


『今日の晩餐ばんさんは無事にジュンヤが合流した祝いの席だ。準備を整えてくれたバルバロイ領、領主代行ヒルダーヌに感謝する。――そして、重要な知らせがある。マテリオ神官も、我々と同じく庇護者ひごしゃであると判明した。以後、彼も護衛対象となる。皆も心して警護してほしい』

 俺とマテリオはユーフォーンに到着したばかりだが、今晩、ダリウスの兄のヒルダーヌ様と母のチェリフ様が開いてくれた晩餐ばんさんかいは、そんなティアの挨拶で始まった。
 庇護者ひごしゃ神子みこの関係を知っているみんなに、マテリオとエッチな関係になったのがバレてしまった。
 何それ……ここで言うとか聞いていないんですけど⁉
 しかし、事情を知らないヒルダーヌ様やチェリフ様などは純粋に喜んでくれているようだ。今後も知らないままでいてほしい。

「ヒルダーヌ。今、時間はあるか?」

 歓談タイム。ティアが声をかけると、ヒルダーヌ様は優雅に微笑んだ。ヒルダーヌ様は鎖骨くらいまで伸ばした金髪をハーフアップにしている。ダリウスやその叔父のザンド騎士団長と同じ褐色かっしょくの肌だけど、二人と並ぶと若干色白なようだ。

「もちろんでございます」

 素早く礼をして目を合わせ、ヒルダーヌ様が椅子を勧めてくれる。だが、ティアと俺の背後にいるダリウスには視線を向けていない。意図的にそうしているのだろう。ダリウスのほうも、正面に立つヒルダーヌ様に目を向けているようで、実際は虚空を見ている……

「改めて紹介しようと思ってな。彼が神子みこのジュンヤ・ミナト、私達の恋人だ」
「ジュンヤ・ミナトです。ヒルダーヌ様、この度は色々とお手数をおかけしました。しばらく滞在させていただく間、私も街に貢献したいと考えています」
「これはご丁寧にありがとうございます。では、こちらも改めて。私はヒルダーヌ・マティアト・バルバロイ、バルバロイ家領主代理をしております。先程はお疲れのところ、無理を押してのご挨拶、ありがとうございました」
「いいえ、こちらこそお忙しいのに押しかけて申し訳ありませんでした」

 晩餐ばんさんかいはじめの挨拶のことだ。お互いに礼をする。横目でちらっとダリウスを見た。

「神官殿も負傷なさったそうだが、大事に至らず何よりでした。当家でゆっくりいやされるといい。そうそう、新しい神官服を用意させているので、明日にはお手元に届けられるだろう」
「ご温情感謝いたします」
「――ダリウス。久しいな」
「……はい。兄上、お久しぶりでございます」

 およそ兄弟とは思えない堅苦しさで二人は挨拶を交わした。少しでもこの氷が溶けたらいいのだが……
 二人の間には冷たい空気が流れている。完全に仕事モードのダリウスと、実弟に冷たい対応のヒルダーヌ様。間に立つ俺としてはとても居心地が悪い。しかも、今ので終わり? なぁ⁉
 二人はそれ以上話すことなく、ティアや俺、ヒルダーヌ様のもとに色んな人が挨拶に来てうやむやになってしまった。ダリウスはその間に黙って姿を消していて、想像以上のこじれ具合だ。
 晩餐ばんさんかいと名前は大仰だが、俺達と巡行に同行している騎士をねぎらう、アットホームなものだ。警備はユーフォーンの騎士がやってくれるので、うちの騎士はゆっくり酒が呑めると大喜びだった。緊張が続いていたので、羽目を外す時間が取れたのは感謝だ。
 ティアはここまで大変な任務をになってきた騎士達をねぎらって、姿を現したダリウスと一緒に、声をかけて回っている。ここまでの道のりが大変だった俺とマテリオは、ゆっくり食事をしろとその場に残された。もちろんエルビスも一緒に。

「マテリオ。俺が出ていった後、大丈夫だった?」

 ティア達と合流してすぐ、俺達の不埒ふらちな関係はバレた。三人は浮気を許してくれたものの、マテリオに話を聞きたいからと、俺だけ部屋を追い出されたんだ。

「ジュンヤ様の心配には及びません」
「『様』はやめてくれって言っただろ?」

 こいつはまだ俺から離れるつもりなんだろうか。……そういう俺も、煮え切らない態度を続けているから、人のことは言えないか。

「マテリオ殿。ジュンヤ様が仰っているのだから、今まで通りにして差し上げるのがいいでしょう」

 気まずい雰囲気の俺達に、エルビスが助け船を出してくれる。

「エルビス殿は、そんな態度を嫌っておられたと思いますが」
「ジュンヤ様の望みですから」

 エルビスの寛大さに感謝する。でも、結構溜め込むタイプだから心配だ。

「エルビス、ちゃんと時間作るから二人で話そうな」
「はい……」
「マテリオも、今まで通りだぞ?」
「……はい」

 同じ返事でも調子が全然違う。マテリオのそれが不満でじろりと睨みつけた。敬語は嫌なんだって!

「……分かった。今まで通り、だな?」
「うん。そっちがあんたらしくていいなぁ」

 ほっとして自然と笑顔になっていた。敬語だと、遠くに行ってしまった気がするから……

「解決したし、お酒呑みたい気分だな~。エルビス、エール呑んでもいい?」
「お持ちしますよ。でも、呑み過ぎには気をつけてくださいね」
「了解」

 エルビスが取りに行ってくれて、マテリオと二人きりだ。

「……三人に虐められなかった?」
「問題ない」
「なんて説明したんだよ」
「秘密だ」
「えー? ケチ」
「お前は……普通、だな」
「えっ? それは、その」

 意識してるに決まってるだろ! でも、普通にしていないと、あのただれたエロエロタイムを思い出すんだよ! 俺も必死な訳!

「急に態度変えるのもおかしいだろ?」
「確かに……そうだな。私も努力する」
「うん。――あ、エルビス、ありがとう」

 立席でもいいが、ちゃんと椅子とテーブルもある。俺は久しぶりのエールを呑み干し、その後は気分良くリラックスして雑談していた。
 そんな時、警備をしていたグラントが俺のところにやってきた。グラントはザンド団長がまとめるユーフォーン騎士団の第一騎士団副団長で、ダリウスの元婚約者の一人だ。

「ジュンヤ様。この度はディックが大変なことをしでかし、申し訳ございません」
「いや……あなたも後始末が大変そうですね」

 顔を合わせてすぐは敵愾心てきがいしんも露わに嫌みばかり言う奴だったが、態度を改めたので今はもう警戒していない。それに、ディック――近しい部下の裏切りに意気消沈しているみたいだ。ディックは敵勢力と通じていたようで、アズィトで仲間の騎士を斬り殺し、俺の身柄を捕らえようとした……。現在はあえて泳がせて、敵が誰かを見極めようとしているらしい。

「心の隙を突いてそそのかされたんでしょうね。誰かが背後にいるのは間違いないですし」

 話していると、ティアと一緒にいたダリウスが走ってくるのが見えた。

「おい! グラント! ジュンヤに近寄るな!」

 ダリウスが俺とグラントの間に割って入り、威嚇いかくする。

「ダリウス! 大丈夫、普通に雑談してたんだよ」

 席を立ってダリウスをなだめるが、どうしてもグラントを信用できないらしく、彼を睨みつけたままだ。

「ジュンヤは心が広すぎる。あれだけ不遜ふそんな態度だったくせに、あっさり手のひらを返したんだぞ?」
「それは……」

 グラントがダリウスに惚れているからじゃないのか?
 そう続けかけた言葉は吞み込んだ。嫉妬で正常な判断ができなくなることはある。俺だってそういう感情を知ったから。今のダリウスを信じているが、恋愛感情がなかったとしてもグラントは元婚約者で、特別な存在だった人だから気にかかる。
 三人がマテリオのことで動揺した時も、こんな感じだったのかもしれない。

「おうおう! お前ら、なーに固まってんだぁ?」

 シリアスな空気を蹴散らすように、どすんどすんと足音を立てながらザンド団長はやってきた。貴族然としていない豪快な人だ。その分、好感が持てる。

「叔父上……。なんでもありません」

 ザンド団長の姿を認めると、ダリウスが急に貴族の顔になる。
 ザンド団長はグラントが無言で下げた頭を巨大な手のひらでわしっと掴み、プラチナブロンドの髪をグシャグシャと掻き混ぜた。

「だ、団長⁉」
「おお、グラント、なぁに落ち込んでんだぁ? ディックのアホのことか?」
「彼のことは私の監督不行き届きです。重ね重ね申し訳ありません」

 グラントはこれからずっと謝罪し続ける羽目になるのかと、ちょっと気の毒になった。

「あの野郎、バルバロイうちを裏切ったことは後悔させてやる。てめーも、ウジウジしねぇで勝負どころで挽回しろや。自分のケツは自分で拭け。分かったな?」
「はいっ! 必ず捕まえます!」

 そう答えるグラントは直立不動の姿勢だ。こうして並んでいると、ザンド団長の体格が規格外だとしみじみ感じる。

「で、神子みこ様は、本当にうちのチビの恋人なんだなぁ。ディーがこんなに鼻の下伸ばしたつらしてんの、初めて見たぜ」
「ディー?」
「ああ、ガキの頃はセカンドネームで呼ぶことが多かったんだ。ディアブロの愛称、ディーと呼んでいた。親父が王都で宮仕えしてるから、俺が親代わりだったんだぜ」

 言いながら、ザンド団長が今度はダリウスの頭を撫でる。……いや、これは撫でていると言えるのか? ダリウスの頭がぐらぐらと左右に揺れている。首をきたえてないと危ないぞ!

「叔父上……もう子供じゃありません。やめてください……」
「俺にとっちゃ、いつまでもガキなんだよ」

 父親代わりの叔父に髪をワシャワシャされ、恥ずかしそうにするダリウスが可愛い。
 何これ! キュンと来た! 初めて見る顔だ。

「チラッと聞いたけどよ、そこの神官様もド根性見せたって? 神子みこ様守って斬られたそうだな。気に入ったぜ。うちのチビと同じ恋人なのか?」
「私は守護する者です! 恋人なんて、恐れ多いです」

 マテリオは珍しく大きな声を出した。何それ、あんだけ俺を……って、まぁいいか。

「ふぅ~ん? なんだかめんどくせぇな。神官様も呑めや。おいチビ助、お前も呑め」
「私はもうチビではありません! 叔父上より身長も高くなりましたからね!」

 高いと言っても一、二センチみたいだけど、やりとりが面白い。翻弄ほんろうされるダリウス……新鮮すぎるだろ。

「おうおう、よく吠えるなぁ。そこがまだチビだって証明だ。ほれ、チビ、呑めっての」
「くっ……!」

 ダリウスは必死で食い下がるが軽く受け流され、仕方なくグラスを呑み干している。あらゆる点で圧が強い。さすがダリウスの叔父!

「ザンド、ここにいたのか」

 そこへ、一人で会場を回っていたティアも合流した。

「おお、殿下! 大分顔色が良くなりましたな。神子みこ様とはぐれた時はぶっ倒れそうで心配しましたよ。しかし……クソガキだった二人に、本気の恋人ができるとはねぇ。長生きはするもんですな」
「そなたはまだそんなことを言う歳ではないだろう? そもそも、簡単に死にそうにもない」
「ハハッ! 殿下はいつも通りで何より!」

 今度はティアの頭をワシャワシャするザンド団長。
 えっ⁉ 王子様にそんなことしていいの?
 そう思ったけど、周りは全然気にしていない。一応手加減はしているのか、首の心配はいらなそうだ。――ちゃんと相手を見ているんだな。

「エルビス。ザンド団長って、サバサバしてていい人だな。仲良くなれそう」
「ザンド様はお二人の父親のような方なんです。悪さをすれば殴られ、善行はきちんと褒める。大雑把ですが良い方で……うぐっ⁉」

 話していたエルビスの頭にどデカイ手が乗る。

「エ、エルビス!」

 驚く俺に、ザンド団長がニヤリと笑った。

「大雑把で悪かったな。細かいところはグラントがやってくれるから良いんだよ! それにしても、エルビスも立派になったなぁ。チビ共追いかけてキリキリしてた奴が、すっかり大人になって。完璧侍従様って噂じゃねーか」
「大雑把と言いましたが、褒めております。そこがザンド様の良いところだと思っていますし。成長を認めていただけるのは嬉しいですが……噂はあくまで噂です。私はまだまだ未熟者です」

 不意に声のトーンが下がる。そんなエルビスの頭を、ザンド団長がグリグリと撫でた。またしても揺れるエルビスの頭……しかし、慣れているのかエルビスは平然としている。

「それでいい。つーか、完璧なんてつまらねぇだろ? 人生はいつだって鍛錬たんれんの連続だ。俺だってまだ高みを求めてる。お前らもみんな、未熟者でいい。人間は、何かが足りないからこそ鍛錬たんれんするんだろ?」
「ザンド様……」

 エルビスが感激している。俺もそうだ。大人の男、カッコいい。ダリウスそっくりな容姿で余裕のある男の姿。絶対モテるな。

「そんでな、ディー。マティとは話したのか?」
「……」

 ダリウスは答えず、いつの間にか追加されていた酒を一口呑んだ。マティはお兄さんの愛称かな?

「全く。お前らまんまと敵の策略にまってやがる。あいつも相談しやがらねぇし……」
「……私は努力したつもりですよ」
「もういっぺん行って話してこい。神子みこ様がいれば違うかもしれんぞ」
「ザンド団長、その……確認ですが、ここでは俺は神子みこだと認められてるんでしょうか?」

 ザンド団長は、最初に会った時から俺を神子みこと呼んでくれている。でも、クードラ同様、ユーフォーンでも俺の悪評は流されていたはずなのに、不思議だった。

「ああ、おまけの神子みこは偽物で男娼って噂のことか? 殿下とディーが本気になる相手が、そんなクソ野郎な訳がないだろ」
「それだけで? 俺がたぶらかしてるとは思わなかったんですか?」
「俺は二人を信用してる。ダリウスは義務である結婚さえ拒んだひねくれ者だ。誰にも心を許さない奴らが選んだ相手だぞ。それで十分だと思わないか?」

 参った……降参です。なんて人なんだ。

「二人を信じてくれてありがとうございます」
「噂を受けてこっちでも情報を集めてたし、神子みこ様のために大勢が無欲に動くのを見た。旅を共にした騎士や神兵、侍従達の様子を見れば、あんたの為人ひととなりも分かる」

 そう言うと、今度は俺の頭をワシャワシャ撫でてくれた。大きくて熱くて、不思議と落ち着く手だった。この手が孤独な二人の心を救っていたのかもしれない。

「俺から見たら、あんたも含めてみーんな、ガキだ。マティも可愛い。だから、神子みこ様が間に入って、和解のきっかけをくれると助かる」
「叔父上……」
「今は領主代行だから、あいつからは来ないぞ。弟に負けたくねぇんだよ。ほい、チビ助から行動しろ!」

 バチン! とダリウスの背中をぶっ叩くいい音が響いた。

「痛ってぇぇ~~‼」

 悶絶もんぜつするダリウスの背をぐいっと押して、ザンド団長は去っていった。丸まった背中をさすってやる。

「大丈夫かっ?」
「叔父上、馬鹿力だからめちゃくちゃ痛ぇ……」

 ティアも一緒にと思ったが、ひっきりなしに挨拶に来る騎士の相手に忙殺されている。こんな機会でもなければゆっくり拝謁はいえつできないとあって、みんな必死だ。

「はぁ~、気が重い」
「俺も行くから」

 ダリウスは文句を言いつつも気が紛れたのか、二人でヒルダーヌ様のところに向かう。ユーフォーンの騎士に囲まれていたが、彼らは俺達に気がつくと挨拶をしてさっと引いていった。
 ダリウスの表情は強張り、無意識に歯を食いしばっているようだ。

「あ……兄上。先程は話せませんでしたが、ご婚約されたそうで、おめでとうございます。結婚式はいつですか?」

 ダリウスが勇気を出して話しかけた。いいぞ! 頑張れ!

「ああ、ありがとう。式は未定だ。そなたは殿下の警護で多忙だろうから、出席しなくても問題ない」
「そうですか……。その、お相手はどなたですか」

 めげずに会話を続けるダリウスの背中にそっと手を当てて励ます。手を繋いでやりたいが、ダリウスが弱い奴だと思われたくなかった。

「そなたも知る者だ」
「……私もお祝いをしたいので、よろしければ教えていただけませんか?」

 口を挟み、援護射撃を試みる。

「領都にいれば、神子みこ様のお耳にも自然と入るでしょう」

 なんだか嫌な言い方だ。俺は良くても、ダリウスは家族の話を人伝ひとづてに聞くなんて、嫌に決まってるじゃないか。

「私は、義兄あにになる方を知りたいです」
「――カンノッテ家のメフリー殿だ」

 ダリウスの体がビクッと揺れる。その名前には俺も聞き覚えがあった。名ばかりの関係だったとはいえ、自分の元婚約者が今度は兄と婚約なんて……なぜ。

「そんなに俺が嫌いなのかよ……」

 消え入りそうな声は、俺にしか聞こえなかったようだ。

「ダリウス」

 俺はダリウスの手を握った。もう他人の目なんかどうでもいい。愛する男を励ましてやりたかった。

神子みこ様。クードラとアズィトでは、当家の騎士がご面倒をおかけしました」

 ヒルダーヌ様は、傷ついているダリウスから目を逸らして俺に話しかける。別の話から打開策が見つかるかもしれないと、気を落ち着かせて会話を続けることにした。
 ティアと別行動だった時、クードラでも騎士が襲われ、毒の影響を受けたり怪我人が出たと聞いた。完全には治癒できなかったが、アズィトでマナが合流したので毒への対応はなんとかなったらしい。

神子みこ様には二つの街で民をいやしていただいたのに、貴重な浄化の魔石を追加でたまわり、申し訳なく思っております。ご恩にむくい、魔石は当家が責任を持って調達、補充いたします」
「お気になさらないでください」

 浄化の魔石が役に立つならどんどん使ってもらって構わない。

「明日は私も治癒に行きます」
「当家の騎士が数々の無礼を働いたと聞いております。それでもいやしてくださるのですか?」
「グラント副団長も謝罪してくれましたし、和解済みです」
「噂に違わぬ慈愛の御心みこころに感服いたします。神子みこ恩寵おんちょうに感銘を受けた騎士達が、民間に広まった誤解や噂を払拭するために働く、と奮起しております。敵の工作員についても探索中ですので、結果はしばしお待ちください」
「そうですか。それは頼もしいですね、頼りにしています」

 グラントに限らず騎士達の手のひら返しはあからさまではあるが、礼は言っておかないといけないだろう。儀礼的にそう返したが、無言になってしまったダリウスの手が冷たくて、気もそぞろだった。

「……ヒルダーヌ様、外の空気を吸ってきてもいいですか?」
「ええ、もちろん」

 ダリウスを引っ張ってそそくさとバルコニーに向かう。いつも熱いくらいの手がひんやりと冷たくて、胸が引き裂かれそうだった。

「ダリウス、おいで」

 バルコニーに二人だけになり、俺は両手を広げた。

「ジュンヤ……」

 ダリウスが俺の胸に飛び込んでくる。大きな体がとても小さく感じた。

「ダリウスは歩み寄ろうと頑張ったよ。偉かったな」

 抱きしめた頭を撫でてやるとダリウスは顔を上げた。ケローガでラジート様と戦って苦戦した時とは違う落ち込みようで、しょんぼりして幼い子供のような表情をしている。
 ああ、これ、誰にも見せられなかった顔なんだろうな……
 俺だからさらけ出してくれる本心。こんな状況なのに、ダリウスが頼ってくれる存在になれた喜びを感じてしまう。

「俺は貴族のルールに詳しくないけど、相応ふさわしい人が他にいなかったとか、事情があったのかも。それに、あんたにはもう俺がいるだろ?」
「メフリーに未練があるんじゃねぇ。ただ、俺に教えてくれなかったのが……なんかキツイ。この感情をどう説明すりゃいいのか分かんねぇ」
「でも、ティアも相手の名を聞いてないって言ってたぞ」

 ダリウスは俺の肩に頭を乗せ、顔を隠した。

「知っていて隠してんのかも。あいつの口の堅さは一級品だ。これは、エリアスが俺を信頼していないとかそういう低レベルの話じゃねぇ。王族は信頼関係が第一だからな。兄上が知らせないでくれと言ったら、黙秘を貫くんだよ。……兄上が俺に知られたくなかったってのが、地味にキツイ」

 ダリウスには、ヒルダーヌ様が彼の世界から自分の存在を消そうとしているように感じられるんだろう。弱々しく言葉を落としたダリウスを強く抱きしめた。ティアには知らせておいて隠させていた、と思っているダリウスの誤解を解きたい。
 大きな背中を慰めるように撫でる。

「正直、家族で、それもお互いに大きく関わることなのに相談もせずに決めたヒルダーヌ様にはムカついてる。話し合いもしないで勝手なことをして……納得できない理由だったら、ヒルダーヌ様が相手でもブチ切れてやる」
「はは……ありがとよ」

 その後しばらく二人きりで話していたら、少し落ち着いたようだ。いつまでも隠れていられないと会場に戻ると、ティアとヒルダーヌ様が談笑している。俺は一瞬躊躇ためらったが、ダリウスは何事もなかったようにティアの背後に立った。
 ティアの護衛に徹して耐えるつもりなんだな。ザンド団長にも頼まれたし、兄弟の関係が改善するかは別として、なぜこんなにこじれたのかもう少し探れるといいんだが……
 その時、会場内にざわめきが広がった。

「チェリフ様!」
「奥方様、ご機嫌麗しゅう」

 人だかりができ、挨拶が交わされている。輪の中心にいる人物は、腰までの髪を編み込んでおり、よく手入れされた真っ白な肌が眩しい、線の細い美形の男性だった。金色の髪がヒルダーヌ様を彷彿ほうふつとさせる。

「母上」

 ダリウスが呟く。やはり、この二人の母親であるチェリフ様だ。

「ヒルダーヌ、クードラやアズィトは大変だったようだね。ダリウスも久しぶりだ。これまで母に顔も見せなかった親不孝者が、今日は何しに来たのかな?」

 キツッ! 初っ端からキツすぎですよ、お母上。笑顔でさらっと刺してきた……
 どちらかと言うとはかなげな美貌だから油断した。これがバルバロイ家に選ばれた人間なんだな。

「申し訳ございません。日々忙しく、ご無沙汰をしておりました」
「うんうん。手紙くらいはおくれよ? 心配していたのだから」
「は、以後気をつけます」

 ……ん? 言い方はキツイけど、心配していたのか? この程度スルーできないと、この家では暮らせないってことか。

「それで、この子がお嫁さんかな?」
「は、はじめまして、チェリフ様。恋人としてお付き合いしています。ジュンヤ・ミナトと申します。お目にかかれて光栄です」

『嫁』ではないが否定するのも無粋だし、恋人としてちゃんと挨拶をしなければ。

「付き合っていますが、結婚するかは分かりません。ジュンヤの世界には男以外にオンナがいて、男同士で結婚するのは少数派だったそうです。文化の違いがあり、今は、気持ちを確かめ合っているところです」
「へぇ~。オンナ? 想像がつかないね」
「体型も違い、交玉こうぎょくなしで妊娠可能なのだそうです」
「それは興味深い。聞きたい話は他にもたくさんある。是非聞かせておくれ」

 椅子に座ろうとするチェリフ様を、ヒルダーヌ様が素早くエスコートしている。

「エリアス殿下はすっかりご立派になられて、幼少時を知る身としては喜ばしいです」
「チェリフ殿と過ごしたこの屋敷での日々は、今も良き経験となっています」
「うんうん、おこがましいことを言うが、私も殿下の母のつもりでいるよ。何か困ったことがあったら、いつでも手を貸しましょう」

 さすがダリウスの母! どんと構えて多少のことではびくともしない強さを感じる。
 ヒルダーヌ様とチェリフ様は肉体派じゃなさそうだが身長は高い。体の分厚いダリウスやザンド団長を含め一族全員が並んだら、酸素が薄くなりそうだ。ウォーベルトが言ってたのはこういうことか!
 何より、チェリフ様からただよう圧が強い。

「ところで神子みこ様。うちの筋肉バカ達が大変なご迷惑をおかけしたそうで、我が家の主人に代わって謝罪いたします。うちの騎士はみんな悪い子ではないけれど、前しか見えない子達が多くてね」
「いえ……敵が悪評をばらいたせいでしょう」

 うちの騎士、か。そんな風に家族同然に扱われていたら、主人の愛息子ダリウスを心配するのは当然かも。俺が彼らの立場でも、変な噂のある得体の知れない奴のことは拒絶するだろう。

「私もヒルダーヌも、よく見定めなさいと言ったのだけど……グラントもまだまだ未熟でしたね。でも、こちらでも妙な動きがあったから、ザンドをやる訳にはいかなかったんですよ」

 噂をばらいた奴らが領都にもぐり込んでいて、警備を手薄にはできなかったんだろう。それは理解できる。

「でも、神子みこ様が美しいだけのか弱い男じゃないのが分かったのは収穫ですね。あんなに文句ばかり言っていた騎士達が、今や絶賛。私もあなたの勇姿が見たかったです」
「過分な評価だと存じます」
「ふふふ……」

 チェリフ様は笑顔を見せたが、妙に迫力がある。どうしても、何か裏があるのではと勘繰ってしまう。

「ダリウス、あなたは逃げられないよう頑張らなくてはね。こんな素敵な方なら、恋人に立候補する男が引きも切らないでしょう」
「はい……心しておきます」
「ところで、神子みこ様はチョスーチの浄化に向かう準備をなさると思うのですが、今は先の通り不穏な状況です。少しばかりこちらに滞在していただき、時期を見定めさせてください。本邸は領主代行のヒルダーヌに任せておりますので、困ったことがあればヒルダーヌに仰せつけください」
「チェリフ様はどこへ?」
「私にも少々仕事がございましてね、別邸に滞在して対応しております。ですがご心配なく、また会いに参ります。近くにいるだけで、何やらいやされる気分ですし。でも……神子みこ様は、刺激的な香りをされておられますね」

 ウインクをしたチェリフ様は、お先に失礼と言い残し、颯爽と別邸へと帰ってしまった。あの人がいるとこの兄弟の空気が柔らかくなっていたのに!
 カムバック、ママ~‼

「母は忙しい人なので、慌ただしくて驚かれたでしょう」
「いいえ、会えて嬉しかったです。ヒルダーヌ様は、お母様によく似ておいでですね」
「そう、ですね。ありがとうございます」

 あれ? 反応が微妙だ。
 そういえば、ザンド団長とダリウスは容姿も色彩もそっくりだ。父親のファルボド様もそうなら、母親似というのはコンプレックス的な何かを刺激したかもしれない。今後のためにも、後でエルビスに確認しておこう。

「そうだ、私は料理をするのが好きなんです。すぐには浄化に行けないなら、ヒルダーヌ様にも味見してもらいたいです。それと、各地の治療院で奉仕をしてきたので、こちらでも巡回したいのですが、いいでしょうか」

 無難な話題に変える。

「そうですか。料理の件は、何かあれば執事のリンドにお申し付けください。奉仕にも感謝いたします。当家の騎士も護衛でお付けします。王都の騎士は休養なさるといい」
「ありがとうございます。よろしくお願いします」

 礼を言って場を辞した。ひとまずヒルダーヌ様との会話は切り抜けられたが、ダリウスが傷つく結果になってしまったのが気がかりだ。あれほどダリウスを遠ざけようとするなんて、根が深そうだ。
 俺達に用意された席に戻り、その後はゆっくり酒と食事を楽しんだ。この世界の料理も、硬いもの以外は大分慣れた。

「ジュンヤ。今日は、私の部屋に来てくれないか?」
「ティア、それは、その」

 そういう意味で呼んでるんだよな?

「嫌か?」
「違うよ! そうじゃなくて。着いていきなりは……恥ずかしい……」
「なんだ、恥ずかしいことを期待しているのか?」
「なっ⁉ か、からかったな!」
「フフフ……そうでもないぞ。下心ならある」

 勝手にエロい妄想をした俺、恥ずかしいじゃないか! 照れ隠しに怒ってみせるが、色っぽく笑うティアにドキリとする。

「ちょっと待て! 俺もいるのを忘れるな」
「ジュンヤ様。私も一緒にいたいです」
「では――私は外します」

 意気込むダリウスとエルビスをよそに、一人力なく立ち上がったのはマテリオだった。
 話したいのに行っちゃうのかよ!

「ジュンヤ、手を離してくれないか?」
「え? あ、ごめん」

 無意識にマテリオの服を掴んでいたようで、自分でも困惑した。

「あのさ、俺がいない間にどういう話をして、さっきの発表になったのか知りたいんだけど」
「では、後でジュンヤの部屋に全員集まろう。マテリオもだ。いいな?」

 ティアがそう提案してくれる。俺とマテリオのこと、三人は激怒すると思っていたので、何がなんだか分からない。


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