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3巻
3-1
しおりを挟むプロローグ
日本からこの『癒しの神子と宵闇の剣士』というBLゲームの世界にあるカルタス王国に異世界転移した、おまけのはずだった俺――湊潤也は、神子だけが持つ浄化の力を持っていた。俺はおまけではなく、本物の神子だったのだ。驚きつつも、瘴気に苦しむ人々の姿を目の当たりにして、この力を役立てようと決心した。
巡行のために王都を旅立った俺達が今滞在しているのはケローガという、カルマド領内最大の街だ。俺達が到着した当初は領土全域の水源となっている泉が瘴気で穢れ、大勢の領民が病に苦しんでいた。だが、一緒に転移してきた歩夢君や、カルマド辺境伯など、多くの協力を得て浄化に成功したんだ。
それで安心したのも束の間、俺達は黒い鎧の剣士に襲われた。ゲーム内では『宵闇の剣士』と呼ばれる青年で、神子に執着する狂信者の一派に操られているのでは……というのが俺達の推測だ。
それだけじゃない。第一王子であるエリアス――ティアを排除したい勢力もいる。そんないくつかの要因もあり、ケローガへの滞在を延長することになった。
その後、浄化の力を発揮するのに純潔を守り続ける必要はないという神子の真実を知ったティア、ダリウス、エルビスの三人と交際することになり、そのことは貴族も参加する祝宴で正式に発表された。更にカルマド伯の提案で、泉の浄化を祝う祭りの準備も始まっている。
短期間に色々な出来事があったが、一つ一つ解決していくしかない。
だがこれは……
俺はジレに挟まれていた紙を手に、呆然と窓の外を見た。今日は治療院での奉仕の最終日だった。患者はまだいるものの当初よりはだいぶ減って、これからは必要な時だけ呼び出してもらうことになっている。ここに来る前に立ち寄った食堂では、泉の浄化以前には暗く沈んでいた人々の笑顔を見ることができた、喜ばしい日でもある。
俺は再び手元に目を落とした。
『神子の庇護するメイヤーとアランデルを預かっている。今夜、月が天中に昇った頃、バルコニーで待て。他言すれば子供の命はない』
紙切れには、焦げ茶色と水色の髪の束が挟まっている。あの子達と深く関わったせいで巻き込んでしまった。出会ったことに後悔はない。でも、どう立ち回れば良かったのか……
みんなに相談したいが、何度か視線を感じたから、監視されているのかもしれない。行く先々でそうだったから、移動スケジュールを知る内部スパイがいる可能性もあるんじゃないか?
外は夕焼けが赤く庭を染めていて、指定された時間にはまだ余裕がある。疑心暗鬼に心が揺れ、この数日の出来事を思い出しながら、俺はただ立ち尽くしていた――
◆
祝宴の翌日。スープの配布に向けて食材などを発注するため、俺はエルビスとダリウスと共に屋台ギルド事務所を訪れた。屋台販売と路面店では所属事務所は異なるものの、いずれも出店可能なゾーンは決まっているそうだ。定期的に屋台を入れ替えることで、客を離さず営業しているとか。
――なるほど。路面店で安定して営業するには飽きられない努力が必要だ。試作品を屋台で販売して、それから本格的に出店すればリスクが少ない。敢えて実店舗を持たず、間隔を空けて定期的に各地で出店すれば、待ち望んでいた客がこぞって買いに来るだろう。
屋台リーダーのボーゼンさんと相談しながら、祭りで出すスープの材料の仕入れを頼む。地方によって味の好みも違うし、どれくらい食材が必要かも分からないのでアドバイスをもらった。
調理のお手伝いさんも貸してくれるとのことで、俺は出来上がった料理に治癒と浄化を施せば良さそうだ。可能な限り自分でも調理したいが、式典もあるから、様子を見ながらになるだろう。
打ち合わせは順調に終わり、次は教会へ向かう。孤児院の子供達へ衣装を貸す手はずになっていて、一時的に貸し服屋が教会のスペースを借りて出店することになっているのだ。
しかし、その道中で会いたくない人物と出くわしてしまった。泉の浄化後に慈悲をくれと縋りついてきたナトル司教だ。この人とは腐れ縁かもしれないと、内心ため息をついた。
「神子様!! またお会いできるとは……! 神子様と私には深い縁があるようですね。ああ、今日は一際お美しい……」
彼はとにかく俺に触りたがる。今も手を握ろうとするのをさりげなく避けているが、にじり寄られて辟易する。だが、ダリウスが間に入ってくれてなんとか逃れた。
「貸し服屋に場所を提供してくださると聞いたのでこちらの教会にご挨拶に来たんです。あなたはなぜこちらに?」
不快だが、ビジネスモードで乗り切ろう。
「私はこの一帯を担当しております。孤児の人数を把握し、当日の流れを確認に回っておりました。神子様の誠に慈悲深いご提案に、私は感激しております」
そう言いながら、また手を握ろうとするナトル司教……
顔が近い! 手を握るなっ! 本当に本当に、近寄らないでください!
嫌悪感が酷く、思わずダリウスに縋るように後ろに下がってしまう。バーレーズ司教に渡されたピンクの粒が性行為専用の『交玉』と呼ばれる物だと知り、この人は体液摂取で神子がいやらしくなることを知っているのではと怖くて仕方がない。
だが、この地区の担当が彼ならば、避けてはいられない。仕事と割り切って付き合うしかないのだと覚悟を決めた。教会の神官達も交えて計画を確認し準備を進める。
この教会には孤児院の機能はないそうだが、学習の場を作れるかどうかも相談した。ティアは今後市民が通える学校の設立を考えているので、ずっとやってほしい訳ではなく臨時の教室でいいのだという説明もする。孤児院の子供達は十歳で院を出るが、読み書きができない子供が多く、就職先を選ぶのが難しいのが現状だ。ちなみに貴族家では子供に家庭教師がつくらしく、生まれた時からすでに格差があるのだ。
結果として、可能な限り早急に一部屋を教室として提供してもらえることになった。というのも、ナトル司教が神子の奇跡を熱く語り、ここの神官達をぐいぐい説得したんだ。
ありがたいような怖いような……
「ありがとうございました。それでは祭りの日の対応、よろしくお願いします」
ひと通り打ち合わせが終了してその場を去ろうとすると、ナトル司教が俺の前に跪いた。
「神子様、今日こそ拝礼をお受けください」
彼は両膝をつき、熱っぽい視線で俺を見上げている。教室提供の件でかなり後押ししてくれて協力してもらったし、今回ばかりは受けなくては……
「どうか、お手を……」
恐る恐る右手を差し出す。ナトル司教は俺の手の甲に恭しく軽く口づけて囁いた。
「ああ、神子様……あれをお使いいただいたのですね? 御身が光を放っておられる理由が分かりました」
「ひっ!」
抱かれたことに気づかれた!?
「神子様の子供達への慈悲と献身は実に素晴らしい。取るに足らない教会にまで気を配られているようですが、煩わしいことは我らにお任せあれ」
恍惚とした眼差しで俺を見上げるナトル司教に怖気が走り、乱暴に振り払いたいのをどうにか耐えた。そっと彼の手から逃れ、一歩下がる。
「それでは、この地区はお任せします」
「神子様のために粉骨砕身いたします」
それから不自然にならない程度の早足で教会を後にした。周囲に護衛以外の人がいないのを確認して、ナトル司教に口づけられた手の甲を服に擦りつける。
「こ、怖かったっ!! 今すぐ手ぇ洗いたい!」
手の甲を擦り続けているとダリウスに止められた。
「そんなに荒っぽく擦ると傷つくぞ。向こうで洗おう。まぁ、気持ち悪いのは分かるが。あの場では必要だったから俺も止めなかった……。悪かったな」
「いや。俺も、あの拝礼は受けなきゃと思ったから」
抱かれたことがバレていたなんて、とてもじゃないけど言えない。今回は耐えたけど、できればもう会いたくないなぁ。生理的に受けつけないって、ああいう人のことを言うんだと思う。
その後は街の様子を見て回った。ちょっとは気分を変えられたが、あちこちで声をかけられ、凝視されまくった。三人とシた後、肌が輝いているだの散々言われたが……
――まさか、一般市民にも分かるほどまだキラキラしているのか!?
「あのさ、すごく見つめられるんだけど、まだ……変か?」
こそっとエルビスに聞いてみる。
「変ではありません。お美しいのはいつものことですし」
エルビス……毎度、ラブラブフィルターがかかりすぎじゃないか?
「昨日よりは輝きが落ち着いていますが、民には目の毒かもしれません」
ヴァイン、そういう客観的意見が聞きたかった!
だが、まだ初エッチの影響が残っているんだな……。そもそもナトル司教は特別力が強いから今の地位にある訳で、気づかれても不思議じゃない。
フードをかぶるべきか悩んでいると、ダリウスが俺の腰を抱いて引き寄せた。
「ジュンヤ、こっちに来い」
最初はふざけているのかと思ったが、表情を見るとそういう訳ではなさそうだ。
「……何?」
「今日も尾行されている。もう帰るぞ」
「分かった」
警備は全面的に任せているので従う。不自然に見えないペースで素早く移動していると、突然、前を行く護衛のウォーベルトと神兵さんが立ち止まった。
「二人共、どうした?」
「それが……」
困惑したようなウォーベルトの声。護衛の隙間から覗くと、小さな男の子が行く手を遮るように立っていた。俺が神子だと分かっている周囲の人達が、男の子を道の端に移動させようと声をかけている。
「みこさま」
なんだ、まだほんの子供じゃないか。この世界では子供も体格がいいが、この子は顔立ちも声も幼いし、身長も俺より低い。とても危険には見えないぞ。
「ダリウス、ウォーベルト。子供だし大丈夫だろう?」
「油断は禁物だ。武器などないか検める。――ウォーベルト」
指示されたウォーベルトが子供の体に触れ、危険物がないかをチェックする。ウォーベルトが頷くのを確認して、俺は少年に近寄り屈み込んだ。
「調べてごめんね。騎士は怖くなかったかな。俺に何か用事があるの?」
「こわくないっ! きしさまカッコよかったよ!! あのね、みこさま。お父さんをたすけてくれてありがとう。お礼にこれあげる」
彼はポケットからまん丸でキラッと光る鉱物が付着した小石を取り出した。魔石ではなくごく普通の石だ。俺も子供の頃に光る石を喜んで集めていたのを思い出す。
「これね、宝石みたいでステキでしょ? ぼくのたからものなの」
「もらっていいのか? 宝物なんだろう?」
宝石のように大切にしていたものをもらっていいのだろうか。躊躇していると、少年は俺の手に石を握らせた。
「お父さんがね、お礼がしたいけど、あげられるものが何もないって言ってたから……」
「そう……お父さんはもう元気になったかな?」
「はい! みこさまがじょーかしてくれたから、おしごとできるって!」
「それは良かった。君は元気?」
「ぼく?」
「手を貸して」
念のため、この子も浄化しておくか。手を握って力を流す。体内に瘴気があったが、これで大丈夫だ。
「みこさま、ぼく、なんだかもっと元気になったよ!」
「それは良かった。キレイな石をくれてありがとう。大事にするよ」
幼いながらにお礼をしたいという気持ちを受け入れよう。俺はにっこりと笑いかけて、小石を受け取った。
「ぼくもありがとうございました!」
「うん、お父さんによろしくな」
少年は手を振りながら元気に走り去った。その背中を見ていると、苦しかった浄化を忘れるほど嬉しい。こうやってみんなが元気になっていく……
背中が見えなくなって立ち上がると、人混みの中にサージュラさんの姿が見えた。サージュラさんはケローガで知り合った隣国トラージェの商人だが、少し距離が近いというか、身の危険を感じる人だ。今はただこちらを見ているだけだが、妙な不安に駆られる。
浄化を見られたのは不用意だったか? 尾行していたのは彼ら? 答えはまだ分からない。だから、警戒しつつもみんなを振り返って笑いかけた。
「待たせてごめん。じゃあ、行こうか」
俺の手にはキラッと光る小石が残った。あの子の宝物だったのかもしれない。でも、ありがとう……俺も宝物にするよ。
手の中の小石を見ていると自然と頬が緩む。そんな俺の背中を、ダリウスが押して先を急がせた。どうしたのかと見上げると、なんとも言えない顔をしている。
「おい……ここでそんな顔するな」
「えっ?」
「お前に惚れる奴が増えるだろうが」
「バカだなぁ」
「本気だ。あと、サージュラの奴がいたな」
「うん。ダリウスが言っていた尾行はサージュラさんか?」
ダリウスが首を横に振る。
「――違うな。もっと素人だ。気配を隠すのが下手くそな奴が、まだついてきている」
「もしかして……狂信者かな?」
「急ぐぞ」
予定より早く、滞在しているカルマド伯の屋敷へ戻り、ティアも交えて報告会だ。
「尾行されていましたが、恐らく訓練を受けた人間ではありません。教会を出た後から、ずっと近くをうろついていました」
……真面目なウォーベルトを久しぶりに見たな。尾行が下手くそっていうのはダリウスと同じ見解みたいだ。
「神子の狂信者かもしれんし、反エリアス派の可能性もある。それと、訪問先に司教のナトルがいた。ただ、これは偶然だろう」
続くダリウスの報告に頷いたティアが口を開いた。
「そのナトルだが、ジュンヤ。彼は普段は司教として問題ないどころか、マヤト大司教と争うほどの実力者だ。感応力が高く、ジュンヤが浄化した際の光も見ているだろう。ケーリー、報告を」
ティアの様子からして、俺以外はこの話を知っているらしい。情報を共有してくれているんだろう。護衛のケーリーさんが進み出た。
「はっ。ナトル司教は二十年程前の大司教選の候補者でした。他にコミュ司教とマヤト現大司教と二人、計五人の候補がいましたが、この三人が有力だったそうです。ですが、コミュ司教はナトル司教の異常な神子信仰に不安を覚えており、ナトル司教が選出されれば思想が一層過激になると考えていました。コミュ司教とマヤト大司教は近い考えをお持ちだったので、自分が辞退すればマヤト大司教に票が流れると判断したそうです」
つまり、コミュ司教を推していた人がみんなマヤト大司教に投票したから、ナトル司教は大司教になれなかったのか。
「その後、ナトル司教は神子信仰者達と徒党を組むようになり、より一層傾倒していった模様です。ジュンヤ様への執着は、感応力で神子のお力を感じ取っているからかと思われます」
コミュ司教は俺が光っていると言っていた。初エッチの前からだ。あの変態っぽいナトル司教にも彼と同じ能力があるのか。
「彼らが秘密裏に集会している教会に当たりをつけました。そうそう、山の民の若者ですが、ほとんどその教会にいるようです。たまに外出しても剣を帯びていません。ですが、今後もジュンヤ様をお一人にしないよう、くれぐれもご注意を」
山の民の若者……黒い剣士のことだ。彼は夫婦神の一柱であるラジート神に取り憑かれていて、狂信者に利用されているんじゃないかというのが、マヤト大司教との今のところの共通見解になっている。
「ケーリーさん。ナトル司教の他に、バーレーズ司教も怪しいんです」
「集会メンバーは調査中です。司教クラスの者が数人いることは分かっておりますが……」
こっそり集まって何をしてるんだろう。想像もつかない。
「山の民の若者について、何か分かりましたか?」
「大社の司祭の十八歳の息子、レニドールだと思われます。大社の宝剣が盗まれて以来、心労で病を患った父親のためにも、なんとか宝剣を見つけたいと仲間に話していたと聞きます。神子信者を疑い、頻繁にケローガを訪れていたそうです。彼が行方不明になったのは、神子降臨から約一ヶ月後らしいですね。捜索中に何かを見てしまった可能性はあります」
「そうですか」
宝剣が盗まれたのは十五年以上前だと聞いた。今十八歳ということは、子供の頃からずっと、苦悩するお父さんを見てきたんだろうな。
「ケーリー、サージュラはどうだ?」
「サージュラは、なかなかしっぽを掴めません。ただ、入国ルートは北の砦に住むトラージェ派の山の民の手を借りた模様です。険しい山道側を抜けてきたようだと情報が入りました」
北の砦の山道はトラージェから一直線にカルタス王国へ続いているが、山越えが必要で道も狭い。山の頂上付近は雪が降ることもあり、大編成の軍隊を送り込むのは困難な天然の砦。でも小部隊なら夏の進軍は可能なので、大事な防御拠点となっているそうだ。
「山道側でない北西の道は楽だが遠回りで、ここまで時間がかかる。その上、トラージェから最も遠いケローガに一直線にやってきたということは、やはり神子目当てで間違いないな」
巡行で回る街は公表されていた。だからサージュラさん達は険しい道を使ってケローガを目指したんだろう。
更に、ダリウスは山道の情報をよく知っていた。商人は荷物が軽い時であればよく山道を使うらしいが、重量がある時は安全を重視して遠回りを選ぶという。それくらい険しい道を選んででも早く到着したかったということだ。
「ジュンヤ様やアユム様を嗅ぎ回っているので、お二人とも危険だと思います」
「でも、トラージェには浄化も治癒も必要ないのでは? 俺になんの用だろう」
「相手にとって不利な情報はしっかり秘匿されているので分かりません。ですが、彼の国は枯れ地が多いのが悩みです。ですから、お二人の持つ異世界の知恵に頼ろうと考えていてもおかしくありません。どうかお気をつけください」
「分かりました」
ナトル司教はある意味目的が分かりやすいから警戒もしやすい。でも、サージュラさんのように目的が分からない相手からは、どう身を守ればいいんだろう。
解散して夕食を済ませ、食後のお茶を飲みながら、俺は今日一日感じていた視線の相手について考えていた。神子信者かサージュラさんか、ティアの敵か……
考えてはみたものの、正直分からない。とにかく用心し、祭りを成功させることを優先しようと気持ちを切り替える。
「ジュンヤ様、先程の件でお悩みですか?」
「エルビス……。うん、神子信者もサージュラさんも、対処法が分からなくて」
そういえば、サージュラさんがトラージェから持ち込んだ商品を見に行った時、不意を突かれてキスされたんだ。自分の意思に反していたし、触れるだけのキスだったが、三人を裏切ったような気になってしまう。
「今日はエルビスが担当?」
「はい。お一人になりたければ隣室に控えています。安心してお休みくださいね」
本当に……エルビスは気を遣いすぎだ。
「あのさ、一緒に寝たい」
「っ! ジュンヤ様、私は」
「一緒がいい」
俺はエルビスに近づいて手を握り、ベッドに導いた。こんなことするのはエルビスだけなんだからな! あの二人は誘わなくても強引にグイグイ来るし!
「くっついて寝ていいか?」
エルビスを寝かせて抱きついた。この、どこまでも俺を気遣い守ってくれる男に言いたいことがある。
「ジュンヤ様……不安でしょう。大丈夫ですか?」
エメラルドの瞳が心配そうに揺れる。本当に綺麗な色だ。見つめ合い、自然と唇が重なっていた。軽かったキスが、徐々に貪るように求め合っていく。
「俺、もう媚薬のせいにしない……正気だ。だから、信じて。エルビスが好きだよ」
エルビスは、こうして俺から求めないと我慢してしまうだろう。予想通り、躊躇いながらも、俺の体を弄り始めた。
「エルビス、もっと、触って」
そう言いながら俺も手を伸ばしてエルビスの背中を撫でると、逞しい筋肉がそこにある。
「いつも助けてくれてありがとう。俺、エルビスがいなかったら、絶対に心が折れてた」
そっと唇にキスをする。
「それに、あの夜はさ。は、初めてだったから、最初はやっぱり苦しくて、少しだけ痛かったし……。少し! 少しだからな! すぐ気持ち良くなったから大丈夫! でも、そんなだったから、エルビスは満足できなかったかもって、思って……」
「そんなことはありません! それより、やっぱり痛みを我慢していたんですね!? 仰ってくださればやめたのに!」
「だから言わなかったんだ」
エルビスは自分が辛くても、俺が嫌だと言えばきっとやめてしまうと分かっていた。
「――あの夜は本当に、本当に素晴らしい夜でした。それに、初めてをいただけるなんて思っていませんでしたから、嬉しくて早く達してしまって……恥ずかしいです」
リップ音を立てながら軽いキスを繰り返す。
「その……シたい? 今度は、もっとスムーズかも」
「まだ影響が残っているのでは? 三人も相手で、あんなに激しかったですし、お体が心配です」
「歩けなくなるのは困るかぁ。じゃあ、その、口でシてあげようか?」
「は?」
珍しく間の抜けた声を漏らしたエルビスの目が点になっている。
「きょ、今日は触り合うだけにしておきましょう! でないと、理性が保てないので!」
「シたくない?」
「シたいに決まっています!」
決まってるんだ、ふふっ。
「ジュンヤ様……」
イケメンが情けない顔で俺を見つめている。笑いながら唇に吸いつくと、エルビスもキスを返してくれた。
「バカにしたんじゃないよ、嬉しいんだ」
「私はこれで十分です。ジュンヤ様と同じ場所で眠れるのが幸せで大事な時間なのです」
「じゃあさ、国中の浄化が終わって、明日のことなんか考えなくても良くなったら……いっぱい抱いてくれる?」
「っ!! また、そんなことを! やめられなくなったらどうするんですか!?」
「俺は今シてくれてもいいんだけどな」
「あの光を放つような美しいジュンヤ様を誰にも見せたくないんです! 自覚してください!」
唸るように呟いたエルビスに口づけられ、舌を絡めて強く吸い上げられた。そのまま二人で扱き合って達すると、それだけで幸せな気分になる。本当は後始末をしなきゃいけないけど、離れたくない。
「俺、頑張るよ。早く巡行を終わらせて……歩夢君の言う『イチャラブ』するんだ」
「いちゃらぶ?」
「そう。こうしていっぱいイチャイチャするんだ」
「それは楽しみですね。いちゃらぶ、しましょう」
「それに、今日は回復でも補充でもない本当のエッチだったね。……なんか嬉しい」
「これ以上夢中にさせないでください」
「ふふふっ。一緒にお風呂入ろうか」
二人でお風呂に入って、また抱き合って眠った。
祭りの準備が始まってからは忙しく、三人と交代で一緒に寝るものの、最後まで致すことはなかった。なかったが、慣らしと称して指を挿れてくるのはティアとダリウスだ。そこまでしたらいっそ最後までシてほしいと伝えているのに、体への負担があると言われて挿入はなし。
いや……君達はそれで楽しいのかもしれない。でも俺は指だけでイかされ、奥のほうがなんていうか……ずっと焦らされて火種が燻り続けてるんですけど! こんな体にした責任をとってくれ! と、抗議したいがそんなこと言えるかよーー!
とはいえ、慣らしておかないと次の時にまた痛い思いをすると言われると抵抗せず受け入れてしまう。
もしかしたら、俺にそっちの知識がないせいでがっかりしたんだろうか? 思い込みかもしれないが、これって調教……? 正直、あの日は三人に翻弄されて、俺からは何もしてやってないもんな。
――つまりマグロでは!? これは性の不一致で別れの原因になりかねないぞ。
俺も知識を、と思っても、この世界で何かを調べる手立ては本しかない。屋敷の書庫は自由に使わせてもらえることになっているが、護衛もついてくるから何を読んだかは筒抜けになってしまう。それ以前に、あの膨大な書庫から目当てのものを探すには誰かに聞かないと無理そうだ。某検索ツールが激しく懐かしい……!! スマホよ、蘇ってくれ!
こんなことを三人に相談したら笑い飛ばされそうで、一人で悶々と悩んでいる。溜まった性欲を体を動かすことでなんとか発散しようと、あちこち走り回っているんだ。
今日はコミュ司教のいる教会に、貸し服屋から借りた子供達の服を届けに来た。贔屓はいけないが、巡行に出て最初に出会った孤児達だから少し肩入れしてしまう。
「ジュンヤしゃまはぁ、今日もキラキラでキレイね?」
「そうか? メイヤーはもっと可愛くてキラキラだぞ? ほらこれ、絶対似合う!」
フリルがたっぷりついたブラウスは、メイヤーの目と同じ水色だ。肌の白さが引き立って天使みたいだな! その服を体に当ててやると、メイヤーの目が期待にキラキラと輝いた。焦げ茶の髪はエルビスと同じで、この国では一番多い色らしい。抱っこしてエルビスと一緒に頭を撫でているとすごく癒される。子供は可愛いなぁ。
「そうしていると、メイヤーがお二人のお子様のようですなぁ」
「コ、コミュ司教!? 何を仰るのですか!」
「からかわないでくださいよ!」
エルビス慌てすぎ! 俺も顔が熱いけど……!
コミュ司教……やはりあなたも、俺達の関係が変わったのを感じてるんですか!? そんな風に微笑まないでください!
咳払いで気を取り直し、子供達に好きな服を選ばせた。白や青、ピンクなど、色とりどりの衣装を手にしては目を輝かせている。普段は飾り気のないシンプルなチュニックだもんなぁ。彼らの着替えは侍従のノーマやヴァインが手伝ってくれている。
「みんな。私達も孤児院で育ったんだ。頑張って勉強していたら、きっといいことがある。だから諦めずに頑張るんだぞ?」
ヴァインが子供達に着付けながらそう声をかけた。二人は努力を重ねて今がある。エルビスが見つけてくれたという幸運もあったんだろうが……
「ジュンヤ様、ここは私達にお任せください」
俺も着替えを手伝っていたが、ノーマの言葉に甘えて別室に移動し、コミュ司教と向かい合って座る。
「ジュンヤ様、ダリウス様、エルビス様、先日はきちんとお話しできず、申し訳ありませんでした」
コミュ司教が深々と頭を下げた。先日、狂信者や黒い剣士レニドールについて尋ねた時には、確証のない情報は伝えられないからと、答えを得られなかったんだ。だけどそれは俺達が突然教会を訪ねたせいであって、コミュ司教のせいじゃない。
「やめてください! 事情があったんでしょう?」
「事情……と、申しますか。恐らくお聞き及びだと思いますが、ナトル司教の件です」
「やはりあの人絡みでしたか」
「彼は当初から神子降臨を願っていました。ですが、私が大司教選を辞退したのは、彼がラジート神とその信者の排除を目論んでいたのを知ったからです」
「それはどういうことですか? ラジート神は、神子と関係のあるメイリル神と夫婦神と聞きましたが……」
俺が言うと、コミュ司教は頷いた。
「そうです。ラジート神は夫とされています。そのラジート神に、自分達が取って代わろうというのです」
顔を顰め、少し言いにくそうに続ける。
「神子が降臨したら、彼らの代表が神子と交わるつもりだと思われます。しかし、ただ交わるだけでは庇護者と変わりません。上位に立つため、ラジート神の化身とされる剣と宝玉を奪ったのでしょう」
つまり……万が一捕まったら、俺はアイツかその仲間にレイプされる可能性大ってことか。ゾッとして背筋に寒気が走る。思わず自身を抱きしめるように両腕に手をやると、大きな手が左肩に添えられた。
「お前を守るために俺達がいるのを忘れるな」
「ダリウス……」
その手の温かさに励まされ、再びコミュ司教に顔を向ける。
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