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番外編 ある神官の愛と軌跡
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怒りという感情は、とうに捨て去ったと思っていた。私はジュンヤをダリウス殿に預け、神殿へと駆け込んだ。
「司教様っ!!」
勢いに任せて開いたドアがガンッ! と激しい音を立てた。驚いたグスタフ司教とその場にいた神官は目を丸くして私を見ていた。
「ど、どうしたっ?! マナーがなっていないぞ!」
「マナーなど些末なことです。司教様。どういうことですか? この神殿は神子狂信者の巣窟なのですか? それとも司教様はジュンヤがお嫌いなのですか? だからジュンヤを害する者を放置しておられたのですか? 善悪の見極めもできなかったのですか?」
「お、落ち着け!! 報告は来ている! 私は無関係だ!!」
「では、狂信者に気がつかなかったということですか? 司教様ともあろう方が、その目は節穴だったのですか?」
「マテリオ神官! 司教様に失礼だぞ!」
補佐の神官が顔を真っ赤にして怒っているが、私は間違っていない。
「事実を述べたのです。反論がありましたらどうぞ。ですが、今すぐに神子狂信者の炙り出しを始めます。その後でゆっくりお聞きしますので、 後にしてください。私の言いたいことは以上です。では失礼します」
「っ?! こらっ! 言いたいことだけ言いおって! 待て、マ……」
司教様の声が聞こえていたが、バタン!! とドアを閉じ、そのまますれ違う神官全てに浄化の魔石を軽く当てていく。瘴気を纏う者。それは狂信者が異様な儀式をした痕跡だからだ。
「そこのあなたも、これに触れてください」
「い、いやだ。そんな得体の知れない物」
「これは神子の浄化の魔石。神官であるならば崇め奉るべき神器に相当する聖なる石だ。なぜ恐れるのです?」
「恐れてなど」
「では、さぁ」
魔石を前に突き出すと、触れるまでもなく彼の体が七色に光り出した。
「おお……これが浄化の光……」
周囲にいた神官達が呑気に感動している。だが、すぐにはたと冷静になった。
「なぜ、君が瘴気に侵されているんだい?」
「それは、この方が神子狂信者の一員だからでしょう。もしくは、神子が活躍しては困る一派か……なんにせよ、ジュンヤに仇をなす者ですね」
「チッ!!」
「待てっ!!」
走って逃げようとする彼の腕を掴むと、他の神官や神兵が確保に協力をしてくれた。そこで、神兵に頼み確認前の神官は一切部屋を出られないように集めてもらった。
そこへグスタフ司教が駆け込んできた。
「マテリオ、勝手なことをするな」
「お言葉ですが司教様。もっと早くこうするべきでした。事件が起こる前にチェックしていれば襲われませんでした。信じたいと思った己がバカだったと反省しております。ああ、司教様も念のため失礼します」
私は司教様の体に魔石を当てたが、なんの変化もなかった。良かった……のだろう。
「お前は! 私を疑ったのか!!」
「全員を平等に確認しているだけです。司教様も特別扱いにはしません。なぜならば、司教様はこれまで管理不行届きで、これほどの腐敗に気がついておられなかったのですから」
「ぐぅ……!!」
「お話は後でよろしいですか? 私はジュンヤを害する者を徹底的に排除する作業に戻ります。大勢神官がいますから忙しいのです」
探せ……一人残らず見つけ出せ。もっと早くこうしていれば良かった。見つけていれば、ジュンヤに髪の毛一本も触れさせなかったのに。許さない……許さない……
「次、前へ」
その後も、私は真っ青な顔をした神官や神兵を順に検査してい った。キンリー神官は敵の間者で、私に取り入ろうとしていたのではと疑っていたが、彼には何も起きなかった。
「私はマテリオ神官の味方です」
そんな言葉は、あっという間に私の耳を通り抜けていく。ジュンヤを守る。私の頭の中にあるのはそれだけだった。
こうして、ひたすら排除と彼らの神子に対する考えの甘さを徹底的に指導し直して数日が過ぎていった。
彼らの認識は甘い。庇護者が三人いるのだからもういいだろう、という甘い考えのようだ。とはいえ、ジュンヤの回復方法を教えることは出来ず、適当に誤魔化していた。
そのせいか、私の力は神殿で使って欲しいと懇願されうんざりする。必ずやジュンヤの素晴らしさを知らしめてやる。私の決意は固かった。
◇
その日は、神殿で起きた神子狂信者についての報告をまとめていた。一人一人確認し書かねばならず、それらを全て請け負う羽目になってしまった。
そこへジュンヤが訪ねてきてくれた。 狂信者の排除後は上位の神官がいなくなったフォローをしてヘトヘトになるまで走り回り、会いに行く時間も取れずにいた。
それに、安全のために必要以上の人間をジュンヤに近づけないように厳重に管理されていた事もあり訪ねるのを遠慮していたのだが、お三方によって元気を取り戻していたという報告は聞いていた。
それに、ウルス達に凛として立ち向かう場に立ち合う姿に心を揺さぶられた。苦しみに耐えて震える体を抱きしめたかったが、気丈に振る舞うジュンヤに触 れてはいけない気がした……
あの男はその後、永遠にジュンヤの慈悲を受けられないと悟り悲嘆に暮れてひたすら泣き叫んでいるという。
それから数日、また会えなかったのだが、わざわざこちらまで足を運んでくれた。
「元気かなって思って」
そう言って微笑むジュンヤが愛らしく、抱きしめたい衝動に駆られた。
私を気にかけてくれていたのか……! うまく言えないのだが、こみ上げてくる喜びをどう伝えたらいいのだろう。
「そうか。今回の顛末の報告書と、ウルスや仲間がしていた仕事などの引き継ぎ用の書類が大量にあって寝る時間もなかなか取れないが、どうにかやっている」
「そうか。大変だなぁ」
「マテリオ司教代理、お話中すみません。こちらを見て貰えますか?」
「司教代理?!」
……久しぶりに二人で話していたのに、キンリー神官が口を挟んできた。
「そうなんです、神子様! ご出世されたんですよ! でも、当然ですよね。素晴らしい魔力量ですから」
あくまでも代理であって、いつまでもこの神殿にいるわけでもない。あまり騒がれるのは迷惑だ。
「代理と呼ぶのはやめて欲しい」
私の苦情に、キンリー神官はめげた様子もなく見上げて微笑んできた。
「え~? そうですか? では、マテリオ様なら良いですよね?」
「——まぁ、仕方ない」
他にも若い神官が集まってきて、ささやかな逢瀬は完全に遮られてしまった。
「神子様の庇護者なんてすごいですよね! マスミ様の伝説が真実だって、この目でみることができるなんて!」
「庇護者様はみんな強い魔力をお持ちって事ですよね?」
君達は何処かへ行ってくれないか? 私はジュンヤの香りをもっと近くで楽しみたいし、穏やかな声を堪能したいのだが……
「もう戻るよ」
「あ、すみません! マテリオ様にご用だったんですよね?」
「いや……良いや」
「ジュンヤ? すまない、これが終わらないと時間が取れない」
——あの書類の山を片付けよう。それからジュンヤとゆっくり時間をとって、残り少ない時間を共にしたい。
「じゃあ、お邪魔様」
ふと、去っていく背中がとても寂しげに見えた。
「待てっ! すまない。やっぱり何か用事があるのだろう?」
思わず声をかけてしまった。そう、理由もなくくるはずがない。
「あのさ。後で、二人で話したいんだ。明後日には出発するだろ?」
「深夜になってしまうが良いか?」
山積みの書類を思い出してめまいがしそうだが、ジュンヤのためならなんとかしたい。
「ん、良いよ。終わったら部屋に来てくれるか?」
「分かった」
私は確かにこう答えた。もちろん努力をした。したのだが、なぜか書類以外にも、今日中にという用件が殺到してしまい、すべてこなしたのは夜更けだった。さすがにこんな時間に訪うのは失礼にあたる……
ため息をついて、大広間へと向かう。魔灯に使用を極力控えた薄暗い祭壇にはメイリル神が祀られている。両膝をつき拝礼して、メイリル神に祈りを捧げる。
私は、己が抱いた疑問に蓋をして目を背けてきました。しかし、真実を知った今、あなたの御使いを必ずや守り抜きます。
どうか、ジュンヤを守る力をお与えください……そして彼をお守りください。
今はもう眠っているだろうか。その眠りは安らかだろうか。お三方がジュンヤの褥にいるのだろうか……
そう思うと、胸がギュッと締め付けられる。
ずっと隣にいて浄化をしてきた。それなのに、ただ隣にいる……それだけの事がこんなにも難しいとは。
明日こそ……
魔石を握りしめジュンヤの力を感じると、心の痛みが少しだけ引いていくような気がした。
ーーーー
マジ切れしたマテさんは、ひたすら突っ走って行くのであります。
「司教様っ!!」
勢いに任せて開いたドアがガンッ! と激しい音を立てた。驚いたグスタフ司教とその場にいた神官は目を丸くして私を見ていた。
「ど、どうしたっ?! マナーがなっていないぞ!」
「マナーなど些末なことです。司教様。どういうことですか? この神殿は神子狂信者の巣窟なのですか? それとも司教様はジュンヤがお嫌いなのですか? だからジュンヤを害する者を放置しておられたのですか? 善悪の見極めもできなかったのですか?」
「お、落ち着け!! 報告は来ている! 私は無関係だ!!」
「では、狂信者に気がつかなかったということですか? 司教様ともあろう方が、その目は節穴だったのですか?」
「マテリオ神官! 司教様に失礼だぞ!」
補佐の神官が顔を真っ赤にして怒っているが、私は間違っていない。
「事実を述べたのです。反論がありましたらどうぞ。ですが、今すぐに神子狂信者の炙り出しを始めます。その後でゆっくりお聞きしますので、 後にしてください。私の言いたいことは以上です。では失礼します」
「っ?! こらっ! 言いたいことだけ言いおって! 待て、マ……」
司教様の声が聞こえていたが、バタン!! とドアを閉じ、そのまますれ違う神官全てに浄化の魔石を軽く当てていく。瘴気を纏う者。それは狂信者が異様な儀式をした痕跡だからだ。
「そこのあなたも、これに触れてください」
「い、いやだ。そんな得体の知れない物」
「これは神子の浄化の魔石。神官であるならば崇め奉るべき神器に相当する聖なる石だ。なぜ恐れるのです?」
「恐れてなど」
「では、さぁ」
魔石を前に突き出すと、触れるまでもなく彼の体が七色に光り出した。
「おお……これが浄化の光……」
周囲にいた神官達が呑気に感動している。だが、すぐにはたと冷静になった。
「なぜ、君が瘴気に侵されているんだい?」
「それは、この方が神子狂信者の一員だからでしょう。もしくは、神子が活躍しては困る一派か……なんにせよ、ジュンヤに仇をなす者ですね」
「チッ!!」
「待てっ!!」
走って逃げようとする彼の腕を掴むと、他の神官や神兵が確保に協力をしてくれた。そこで、神兵に頼み確認前の神官は一切部屋を出られないように集めてもらった。
そこへグスタフ司教が駆け込んできた。
「マテリオ、勝手なことをするな」
「お言葉ですが司教様。もっと早くこうするべきでした。事件が起こる前にチェックしていれば襲われませんでした。信じたいと思った己がバカだったと反省しております。ああ、司教様も念のため失礼します」
私は司教様の体に魔石を当てたが、なんの変化もなかった。良かった……のだろう。
「お前は! 私を疑ったのか!!」
「全員を平等に確認しているだけです。司教様も特別扱いにはしません。なぜならば、司教様はこれまで管理不行届きで、これほどの腐敗に気がついておられなかったのですから」
「ぐぅ……!!」
「お話は後でよろしいですか? 私はジュンヤを害する者を徹底的に排除する作業に戻ります。大勢神官がいますから忙しいのです」
探せ……一人残らず見つけ出せ。もっと早くこうしていれば良かった。見つけていれば、ジュンヤに髪の毛一本も触れさせなかったのに。許さない……許さない……
「次、前へ」
その後も、私は真っ青な顔をした神官や神兵を順に検査してい った。キンリー神官は敵の間者で、私に取り入ろうとしていたのではと疑っていたが、彼には何も起きなかった。
「私はマテリオ神官の味方です」
そんな言葉は、あっという間に私の耳を通り抜けていく。ジュンヤを守る。私の頭の中にあるのはそれだけだった。
こうして、ひたすら排除と彼らの神子に対する考えの甘さを徹底的に指導し直して数日が過ぎていった。
彼らの認識は甘い。庇護者が三人いるのだからもういいだろう、という甘い考えのようだ。とはいえ、ジュンヤの回復方法を教えることは出来ず、適当に誤魔化していた。
そのせいか、私の力は神殿で使って欲しいと懇願されうんざりする。必ずやジュンヤの素晴らしさを知らしめてやる。私の決意は固かった。
◇
その日は、神殿で起きた神子狂信者についての報告をまとめていた。一人一人確認し書かねばならず、それらを全て請け負う羽目になってしまった。
そこへジュンヤが訪ねてきてくれた。 狂信者の排除後は上位の神官がいなくなったフォローをしてヘトヘトになるまで走り回り、会いに行く時間も取れずにいた。
それに、安全のために必要以上の人間をジュンヤに近づけないように厳重に管理されていた事もあり訪ねるのを遠慮していたのだが、お三方によって元気を取り戻していたという報告は聞いていた。
それに、ウルス達に凛として立ち向かう場に立ち合う姿に心を揺さぶられた。苦しみに耐えて震える体を抱きしめたかったが、気丈に振る舞うジュンヤに触 れてはいけない気がした……
あの男はその後、永遠にジュンヤの慈悲を受けられないと悟り悲嘆に暮れてひたすら泣き叫んでいるという。
それから数日、また会えなかったのだが、わざわざこちらまで足を運んでくれた。
「元気かなって思って」
そう言って微笑むジュンヤが愛らしく、抱きしめたい衝動に駆られた。
私を気にかけてくれていたのか……! うまく言えないのだが、こみ上げてくる喜びをどう伝えたらいいのだろう。
「そうか。今回の顛末の報告書と、ウルスや仲間がしていた仕事などの引き継ぎ用の書類が大量にあって寝る時間もなかなか取れないが、どうにかやっている」
「そうか。大変だなぁ」
「マテリオ司教代理、お話中すみません。こちらを見て貰えますか?」
「司教代理?!」
……久しぶりに二人で話していたのに、キンリー神官が口を挟んできた。
「そうなんです、神子様! ご出世されたんですよ! でも、当然ですよね。素晴らしい魔力量ですから」
あくまでも代理であって、いつまでもこの神殿にいるわけでもない。あまり騒がれるのは迷惑だ。
「代理と呼ぶのはやめて欲しい」
私の苦情に、キンリー神官はめげた様子もなく見上げて微笑んできた。
「え~? そうですか? では、マテリオ様なら良いですよね?」
「——まぁ、仕方ない」
他にも若い神官が集まってきて、ささやかな逢瀬は完全に遮られてしまった。
「神子様の庇護者なんてすごいですよね! マスミ様の伝説が真実だって、この目でみることができるなんて!」
「庇護者様はみんな強い魔力をお持ちって事ですよね?」
君達は何処かへ行ってくれないか? 私はジュンヤの香りをもっと近くで楽しみたいし、穏やかな声を堪能したいのだが……
「もう戻るよ」
「あ、すみません! マテリオ様にご用だったんですよね?」
「いや……良いや」
「ジュンヤ? すまない、これが終わらないと時間が取れない」
——あの書類の山を片付けよう。それからジュンヤとゆっくり時間をとって、残り少ない時間を共にしたい。
「じゃあ、お邪魔様」
ふと、去っていく背中がとても寂しげに見えた。
「待てっ! すまない。やっぱり何か用事があるのだろう?」
思わず声をかけてしまった。そう、理由もなくくるはずがない。
「あのさ。後で、二人で話したいんだ。明後日には出発するだろ?」
「深夜になってしまうが良いか?」
山積みの書類を思い出してめまいがしそうだが、ジュンヤのためならなんとかしたい。
「ん、良いよ。終わったら部屋に来てくれるか?」
「分かった」
私は確かにこう答えた。もちろん努力をした。したのだが、なぜか書類以外にも、今日中にという用件が殺到してしまい、すべてこなしたのは夜更けだった。さすがにこんな時間に訪うのは失礼にあたる……
ため息をついて、大広間へと向かう。魔灯に使用を極力控えた薄暗い祭壇にはメイリル神が祀られている。両膝をつき拝礼して、メイリル神に祈りを捧げる。
私は、己が抱いた疑問に蓋をして目を背けてきました。しかし、真実を知った今、あなたの御使いを必ずや守り抜きます。
どうか、ジュンヤを守る力をお与えください……そして彼をお守りください。
今はもう眠っているだろうか。その眠りは安らかだろうか。お三方がジュンヤの褥にいるのだろうか……
そう思うと、胸がギュッと締め付けられる。
ずっと隣にいて浄化をしてきた。それなのに、ただ隣にいる……それだけの事がこんなにも難しいとは。
明日こそ……
魔石を握りしめジュンヤの力を感じると、心の痛みが少しだけ引いていくような気がした。
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マジ切れしたマテさんは、ひたすら突っ走って行くのであります。
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