上 下
182 / 208
ハネムーン編

ハネムーン編 マテリオ 3

しおりを挟む
「本当にやる気なんですねぇ。大丈夫ですか?」

 ロマンさんが不安そうにハサミを持つ俺を見ている。二人のアップというリンゴに良く似た果実の農園を経営している。お祭りでもよくみた焼きりんごのお菓子はアップの実だった。
 俺はシンプルなシャツとブリーチズに着替え、働く準備はOKだ。マテリオも神官服を脱いで身軽だ。

「やりますよ! 収穫の目安を教えてください」
「でも……」
「ロマン、やる気なんだから教えてやろう。この上の部分にシワができて、実の尻の方までしっかり赤くなってるのが甘いやつだ。こっちはまだだな。じゃあ、この、果梗カコウの部分の、実から1センチほど上の——ここら辺で切る。ちょっと持ち上げると切りやすい。やってみな?」
「はい、お義父さん!!」
「おっ、お義父さん……(感激だ!)」

 お義父さんに教えてもらった通りに、一つもいだ。

「よし、じゃあ、どれが完熟してるやつかわかるか?」
「ええっと……この辺? かなぁ?」
「そっちはもう少し待った方が良いな」
「じゃあ、これとこれは?」
「おお、大丈夫だ。よし、マテリオも覚えてるか?」
「はい」
「じゃあ、ジュンヤ様と一緒に頼むぞ」

 うん、張り切っていこう~!

「あっ。なぁ、例の友達って会えるのかな?」
「ああ……そうだった。父さん、ルネはどうしている?」
「ルネ? あの子は、ピパカノで商売してるって言ってたなぁ。どうした?」
「ジュンヤが会いたがっていたんだ」
「残念だけど仕方ないね」

 まぁ、若い時は大きな町へ行ってみたいよな。

「よし、実家孝行を頑張るか!!」
「律儀だな」

 呆れたように笑うマテリオと、二人でどんどんもいでいく。アップの実を一つもらって食べてみたら、すごく美味しかった。

「さすがに作業が早いなぁ。帰省すると手伝うのか?」
「ああ。だが、久しぶりだから、後で腕が痛くなるかもしれない。ジュンヤも無理はするなよ? まぁ、私が治癒をかければ良いだけだが」
「じゃあ、二人で治癒のかけっこをすれば良いな」
「っ?! そ、そうだな……」
「あっ、エロいこと考えた?」
「違う!」

 ほんの少し頬が赤いマテリオ。

 へぇ~、ふぅ~ん? 治癒のかけっこで、エッチすると思ったんだ? かーわいいの。それに、司教じゃない普段のマテリオが見れて嬉しくて仕方がない。

『どこかでエッチする?』
「ゲホッ!! ゴホッ!!——後悔するなよ?」

 へへへ。何考えてるんだろう? からかうと可愛いんだよなぁ。

 あっという間に日が暮れ始め、俺たちは作業を終えた。俺達二人と侍従二人はイスラさんのお宅に宿泊で、護衛は宿をとって順番に護衛をするという。
 夕食は俺も手伝って作ったので、ロマンさんが恐縮していたけど、一応嫁ですから!! 座ってるなんてできないよな。

「ジュンヤ様っ! いつもの料理のはずなのに、すごく美味しい……しかも、力が漲ってくる!」
「母さん、それは浄化されているのだと思う。やはり、まだ完全に土地の浄化ができていなかったのか……」
「いや、一時期よりは良いぜ? 病人はまだいるけど、ジュンヤ様の巡行前より土地も人間も元気になってきたぞ」
「体に巣食った瘴気は浄化しないとダメなんですよ。マテリオ、俺、明日は街の人の浄化をするよ。手伝ってくれ。」
「分かった。では、教会に協力を仰ごう」
「ああ、それは良いね。マテリオ、教会はまだトッパー神官様がおられるよ」
「お元気で何よりだ」
「ぶはっ!! マテリオ! あんたは両親にもなのか?」

 口調は砕けているけど、硬い雰囲気は変わらない。おかしくておかしくて笑いを抑えられなかった。

「そう~なんだよ、ジュンヤ様。特に神殿にいっちまってからこうでね」
「厳しくしつけられたから仕方がないだろう?」
「そうか~。大変だったな?」

 笑ってしまったけど、親にさえこんな口調になってしまうなんて、相当厳しかったのかな。それに、まだ幼いのに引き離されて……。そう思うと同時に、自然にマテリオの頭を撫でていた。俺に撫でられて、赤い瞳が困惑で揺れている。

「綺麗な瞳だな……」

 ルビーの瞳。俺の大好きな色。

「ジュンヤ様は、赤い瞳が怖くないんですか?」
「イスラさん?」
「ロマンも綺麗だって言ってくれた……でも、この色は山の民の色で、嫌う者もいた。この町は受け入れてくれたが、レナッソーの近くや大都市は嫌がられたんだ」
「そうでしたか」

 山の民と野の民として別れて生きていた別の民族。俺とマテリオの結婚が、そのわだかまりを解く一端になれば良い。

「その、山の民のおばあ様はどんな人でしたか?」

 聞いてみたい。マテリオが生まれることになった、その始まりの物語。

「いやぁ、俺の記憶も薄らいだり、美化してるところもあるかもしれない。だから、親父に聞いた話で良いかな?」
「もちろん」


 ◇

 山の民が多く暮らす山の麓で、ピエールは狩人として生計を立てていた。代々狩人の家系で、牧畜では飼育の難しい鹿や熊を仕留め、街で売る。野生動物の肉は人気があり、そこそこ良い価格で買い取られた。時には珍しい鳥の捕獲の依頼を貴族から受けることもあった。
 山の民と野の民。そんな区別するものがいたが、彼にとって山の民ことラジ・フィンは友だった。山の知識や狩りの腕を競う、良きライバルでもあった。

 山道を二つの影が走り抜け、小さな泉に縺れるように転がり込んだ。 

「はあっ! はあっ! ユージャ、さすがだな」
「はっあ、ふぅ! これで、逆転だな! 五勝四敗だっ!」

 二人は時折、険しい山道をどちらが早く泉に到着するかを競うのが楽しみだった。

「ハァ~!! 暑い!!」

 ユージャは服を脱ぎ捨て泉に入る。ピエールも後を追って服を脱ぎ泉に飛び込んだ。

「ああ、気持ちいいなぁ」
「そうだろう? 俺のお気に入りの泉だ」

 山にはあちこちに湧き水があり、ここもその一つだった。だが、カルタス王国のあちこちで水が汚れ始め、トーラント領にその影響が顕著になってからはラジ・フィンを疎むものが増え始めた。幸いピエールが住む村では山の民との縁が深く、山の民が原因だという噂は笑い飛ばされていた。

「ユージャ。その……俺と一緒にいてくれないか?」
「ん? いるだろう?」
「そうではなく。一生、俺と生きてほしい。愛してるんだ、結婚しよう」
「ピエール……でも、俺はこの通りラジ・フィンだ」
「うちの村は気にしない。何度も来たことがあるだろう? 親父たちにも了承してもらってる。あとはユージャの気持ち次第だ」

 ユージャもピエールを愛していた。だが、近年の野の民が自分たちによせる悪意も感じていた。ピエールの村が特別なのだ。それだって変わるかもしれない——

(だが、これほど愛せる相手が現れると思えない)

「良いよ。ピエール……俺と、結婚して?」

 こうして二人は結婚をし、ユージャの村の民とピエールの村の民は、共同で結婚式の準備をして二人を祝った。
 そもそもその小さな村では二人のようなカップルは珍しくもなく、また幸せなカップルが生まれたと皆が喜んでくれた。

 だが、イスラが六歳の頃、村人が二人に逃げるように言ってきた。

「あんたたちだけじゃない! ラジ・フィンと結婚したみんなが逃げるんだ。隣村のやつが知らせてくれた! 変なローブを着た奴らが、ラジ・フィンとその伴侶を殺して回ってるそうだ!! 行けっ!!」

 それは狂信者の中でも過激派だった。山の民を憎悪する集団として、すぐに神殿が神兵を送り一網打尽にしたと噂が流れた。
 ただし、狂信者は決して神子信者であるとは白状せず、山の民憎しの犯行と証言したので、真相は闇に葬られた。

 幼いイスラと夫婦二人、流れ流れてたどり着いたのがナリピアだった。ナリピアはラジ・フィンに嫌悪もなく、安心して生活ができた。
 そして、果樹園の手伝いをしながら平穏に暮らせるようになった。果樹園の主人は子供がなく、二人に譲ると言ってくれて、二人は小さな果樹園を手に入れたのだった。
 だが、ピエールは気がついていた。時折ユージャが山の方を見ていることを。

「山に帰りたいかい? 里帰りに行くか?」
「ううん……大丈夫だよ」

 いつもユージャはそう言って首を横に振っていた。村にいた時も年に二回ほど里帰りをしていた。純血の山の民は山とともに生きるため、山の精気が必要だった。だが、それはラジ・フィン達も自覚のないことで、ただ里心がついたせいだと思っていた。
 ユージャも徐々に精気を消耗していたのだが、本人にはわからない。ユージャは徐々に弱っていった。

「イスラ……お前のその赤い目は母さんとのつながりだ。寂しくなったら、鏡で自分の目を見るんだ。そこにいつも母さんはいるよ」
「嫌だっ! 死なないで! 母さん!!」
「ユージャ!! 置いて行かないでくれっ!!」
「ピエール……イスラに愛する人ができて、立派独り立ちするまで……頼むよ……」
「そうしたら、迎えにきてくれるか?」

 二人は見つめあった。

「良い、よ……待ってる……愛してる……ピエ……」

 ユージャのまぶたが閉じ、赤い瞳も力を失った。イスラが十歳の時だった。





「今にして思えば、母さんは山にいた方が良かったんだろうけど親父を取ったんだ。俺はそう思ってる」
「……グスッ……お、おじい様、は……?」

 俺は一途な愛の物語に涙が止まらなかった。

「俺がロマンと結婚して、マテリオが生まれたのを見届けた後、心臓が弱る病で逝っちまった。治癒が追い付かないほど、あっという間だったよ。でもな、最後は笑顔だった。母さんが迎えにきたらしくて、名前を呼んで微笑んで逝った」

 涙声のイスラさんの手を、ロマンさんが握る。

「親父は、愛する人のところへ行った。俺がロマンに出会って、安心して……な。だから、親父は幸せだったと思うよ。マテリオも抱けたしな」
「聞いてはいけないのかと思っていた……父さんが、この髪の色と目を見るたびに切なそうにしていたから」

 マテリオが苦しそうにつぶやいた。

「いや。俺も話すとやっぱり悲しくなるから、自分から話そうとしなくて悪かったな。だが、お前を見ると母さんとのつながりは消えることはないんだ、って思ってた。言葉にすりゃ良かったな。お前があまりにも良い子で、甘えてた」
「血の繋がり、か……」

 ユージャさんの生きた証が紡がれてマテリオが生まれた。だから、俺も次の絆を紡いであげたい……

「ジュンヤ様! あなたのおかげでこの話をマテリオにもできた。ありがとうございます! あなたは不思議な人だな。神子様っていうのは、心の中にあるわだかまりも浄化してくれるのかね」
「ああ。そうだ。私も経験した。ジュンヤに心のオリを清めてもらった」
「そうか。良いご縁があったな」

 しんみりしていた雰囲気も少し持ち直し、俺達は自家製のアップ酒とつまみをたっぷりご馳走になって、マテリオの部屋で休ませてもらうことになった。

「マテリオ、あゆけない……らっこ……」
「いいとも。では父さん、母さん、おやすみなさい」
「おっ、おやすみ……」
「マテリオ、えーっと、遮音は持ってるのかなぁ?」
「もちろん。心配はいらない」

 ヒョイっと抱き上げられて、首にしがみつく。

「マテリオのへや、はやくみたいな……」
「ふふっ。狭いが良いよな?」

 俺に微笑みかけるマテリオ。

「みたっ?! あの笑顔……!!」
「あんな顔初めて見たぞ!」

 背後で二人が驚きの声を上げている。うん、マテリオは笑うと可愛いよね?

「おやしゅみなしゃい」

 腕の中にしっかり支えられて、マテリオのお部屋拝見! とウキウキする俺なのだった

ーーーー

 三話で終わらなかった! 次で終わりです。そしてR回!
しおりを挟む
感想 950

あなたにおすすめの小説

魔界最強に転生した社畜は、イケメン王子に奪い合われることになりました

タタミ
BL
ブラック企業に務める社畜・佐藤流嘉。 クリスマスも残業確定の非リア人生は、トラックの激突により突然終了する。 死後目覚めると、目の前で見目麗しい天使が微笑んでいた。 「ここは天国ではなく魔界です」 天使に会えたと喜んだのもつかの間、そこは天国などではなく魔法が当たり前にある世界・魔界だと知らされる。そして流嘉は、魔界に君臨する最強の支配者『至上様』に転生していたのだった。 「至上様、私に接吻を」 「あっ。ああ、接吻か……って、接吻!?なんだそれ、まさかキスですか!?」 何が起こっているのかわからないうちに、流嘉の前に現れたのは美しい4人の王子。この4王子にキスをして、結婚相手を選ばなければならないと言われて──!?

旦那様が多すぎて困っています!? 〜逆ハー異世界ラブコメ〜

ことりとりとん
恋愛
男女比8:1の逆ハーレム異世界に転移してしまった女子大生・大森泉 転移早々旦那さんが6人もできて、しかも魔力無限チートがあると教えられて!? のんびりまったり暮らしたいのにいつの間にか国を救うハメになりました…… イケメン山盛りの逆ハーです 前半はラブラブまったりの予定。後半で主人公が頑張ります 小説家になろう、カクヨムに転載しています

弟が生まれて両親に売られたけど、売られた先で溺愛されました

にがり
BL
貴族の家に生まれたが、弟が生まれたことによって両親に売られた少年が、自分を溺愛している人と出会う話です

【完結】伴侶がいるので、溺愛ご遠慮いたします

  *  
BL
3歳のノィユが、カビの生えてないご飯を求めて結ばれることになったのは、北の最果ての領主のおじいちゃん……え、おじいちゃん……!? しあわせの絶頂にいるのを知らない王子たちが吃驚して憐れんで溺愛してくれそうなのですが、結構です! めちゃくちゃかっこよくて可愛い伴侶がいますので! 本編完結しました! 時々おまけを更新しています。

性悪なお嬢様に命令されて泣く泣く恋敵を殺りにいったらヤられました

まりも13
BL
フワフワとした酩酊状態が薄れ、僕は気がつくとパンパンパン、ズチュッと卑猥な音をたてて激しく誰かと交わっていた。 性悪なお嬢様の命令で恋敵を泣く泣く殺りに行ったら逆にヤラれちゃった、ちょっとアホな子の話です。 (ムーンライトノベルにも掲載しています)

幽閉王子は最強皇子に包まれる

皇洵璃音
BL
魔法使いであるせいで幼少期に幽閉された第三王子のアレクセイ。それから年数が経過し、ある日祖国は滅ぼされてしまう。毛布に包まっていたら、敵の帝国第二皇子のレイナードにより連行されてしまう。処刑場にて皇帝から二つの選択肢を提示されたのだが、二つ目の内容は「レイナードの花嫁になること」だった。初めて人から求められたこともあり、花嫁になることを承諾する。素直で元気いっぱいなド直球第二皇子×愛されることに慣れていない治癒魔法使いの第三王子の恋愛物語。 表紙担当者:白す(しらす)様に描いて頂きました。

美貌の騎士候補生は、愛する人を快楽漬けにして飼い慣らす〜僕から逃げないで愛させて〜

飛鷹
BL
騎士養成学校に在席しているパスティには秘密がある。 でも、それを誰かに言うつもりはなく、目的を達成したら静かに自国に戻るつもりだった。 しかし美貌の騎士候補生に捕まり、快楽漬けにされ、甘く喘がされてしまう。 秘密を抱えたまま、パスティは幸せになれるのか。 美貌の騎士候補生のカーディアスは何を考えてパスティに付きまとうのか……。 秘密を抱えた二人が幸せになるまでのお話。

【完結】最強公爵様に拾われた孤児、俺

福の島
BL
ゴリゴリに前世の記憶がある少年シオンは戸惑う。 目の前にいる男が、この世界最強の公爵様であり、ましてやシオンを養子にしたいとまで言ったのだから。 でも…まぁ…いっか…ご飯美味しいし、風呂は暖かい… ……あれ…? …やばい…俺めちゃくちゃ公爵様が好きだ… 前置きが長いですがすぐくっつくのでシリアスのシの字もありません。 1万2000字前後です。 攻めのキャラがブレるし若干変態です。 無表情系クール最強公爵様×のんき転生主人公(無自覚美形) おまけ完結済み

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。