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ハネムーン編
ハネムーン編 マテリオ 3
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「本当にやる気なんですねぇ。大丈夫ですか?」
ロマンさんが不安そうにハサミを持つ俺を見ている。二人のアップというリンゴに良く似た果実の農園を経営している。お祭りでもよくみた焼きりんごのお菓子はアップの実だった。
俺はシンプルなシャツとブリーチズに着替え、働く準備はOKだ。マテリオも神官服を脱いで身軽だ。
「やりますよ! 収穫の目安を教えてください」
「でも……」
「ロマン、やる気なんだから教えてやろう。この上の部分にシワができて、実の尻の方までしっかり赤くなってるのが甘いやつだ。こっちはまだだな。じゃあ、この、果梗の部分の、実から1センチほど上の——ここら辺で切る。ちょっと持ち上げると切りやすい。やってみな?」
「はい、お義父さん!!」
「おっ、お義父さん……(感激だ!)」
お義父さんに教えてもらった通りに、一つもいだ。
「よし、じゃあ、どれが完熟してるやつかわかるか?」
「ええっと……この辺? かなぁ?」
「そっちはもう少し待った方が良いな」
「じゃあ、これとこれは?」
「おお、大丈夫だ。よし、マテリオも覚えてるか?」
「はい」
「じゃあ、ジュンヤ様と一緒に頼むぞ」
うん、張り切っていこう~!
「あっ。なぁ、例の友達って会えるのかな?」
「ああ……そうだった。父さん、ルネはどうしている?」
「ルネ? あの子は、ピパカノで商売してるって言ってたなぁ。どうした?」
「ジュンヤが会いたがっていたんだ」
「残念だけど仕方ないね」
まぁ、若い時は大きな町へ行ってみたいよな。
「よし、実家孝行を頑張るか!!」
「律儀だな」
呆れたように笑うマテリオと、二人でどんどんもいでいく。アップの実を一つもらって食べてみたら、すごく美味しかった。
「さすがに作業が早いなぁ。帰省すると手伝うのか?」
「ああ。だが、久しぶりだから、後で腕が痛くなるかもしれない。ジュンヤも無理はするなよ? まぁ、私が治癒をかければ良いだけだが」
「じゃあ、二人で治癒のかけっこをすれば良いな」
「っ?! そ、そうだな……」
「あっ、エロいこと考えた?」
「違う!」
ほんの少し頬が赤いマテリオ。
へぇ~、ふぅ~ん? 治癒のかけっこで、エッチすると思ったんだ? かーわいいの。それに、司教じゃない普段のマテリオが見れて嬉しくて仕方がない。
『どこかでエッチする?』
「ゲホッ!! ゴホッ!!——後悔するなよ?」
へへへ。何考えてるんだろう? からかうと可愛いんだよなぁ。
あっという間に日が暮れ始め、俺たちは作業を終えた。俺達二人と侍従二人はイスラさんのお宅に宿泊で、護衛は宿をとって順番に護衛をするという。
夕食は俺も手伝って作ったので、ロマンさんが恐縮していたけど、一応嫁ですから!! 座ってるなんてできないよな。
「ジュンヤ様っ! いつもの料理のはずなのに、すごく美味しい……しかも、力が漲ってくる!」
「母さん、それは浄化されているのだと思う。やはり、まだ完全に土地の浄化ができていなかったのか……」
「いや、一時期よりは良いぜ? 病人はまだいるけど、ジュンヤ様の巡行前より土地も人間も元気になってきたぞ」
「体に巣食った瘴気は浄化しないとダメなんですよ。マテリオ、俺、明日は街の人の浄化をするよ。手伝ってくれ。」
「分かった。では、教会に協力を仰ごう」
「ああ、それは良いね。マテリオ、教会はまだトッパー神官様がおられるよ」
「お元気で何よりだ」
「ぶはっ!! マテリオ! あんたは両親にもそれなのか?」
口調は砕けているけど、硬い雰囲気は変わらない。おかしくておかしくて笑いを抑えられなかった。
「そう~なんだよ、ジュンヤ様。特に神殿にいっちまってからこうでね」
「厳しくしつけられたから仕方がないだろう?」
「そうか~。大変だったな?」
笑ってしまったけど、親にさえこんな口調になってしまうなんて、相当厳しかったのかな。それに、まだ幼いのに引き離されて……。そう思うと同時に、自然にマテリオの頭を撫でていた。俺に撫でられて、赤い瞳が困惑で揺れている。
「綺麗な瞳だな……」
ルビーの瞳。俺の大好きな色。
「ジュンヤ様は、赤い瞳が怖くないんですか?」
「イスラさん?」
「ロマンも綺麗だって言ってくれた……でも、この色は山の民の色で、嫌う者もいた。この町は受け入れてくれたが、レナッソーの近くや大都市は嫌がられたんだ」
「そうでしたか」
山の民と野の民として別れて生きていた別の民族。俺とマテリオの結婚が、そのわだかまりを解く一端になれば良い。
「その、山の民のおばあ様はどんな人でしたか?」
聞いてみたい。マテリオが生まれることになった、その始まりの物語。
「いやぁ、俺の記憶も薄らいだり、美化してるところもあるかもしれない。だから、親父に聞いた話で良いかな?」
「もちろん」
◇
山の民が多く暮らす山の麓で、ピエールは狩人として生計を立てていた。代々狩人の家系で、牧畜では飼育の難しい鹿や熊を仕留め、街で売る。野生動物の肉は人気があり、そこそこ良い価格で買い取られた。時には珍しい鳥の捕獲の依頼を貴族から受けることもあった。
山の民と野の民。そんな区別するものがいたが、彼にとって山の民ことラジ・フィンは友だった。山の知識や狩りの腕を競う、良きライバルでもあった。
山道を二つの影が走り抜け、小さな泉に縺れるように転がり込んだ。
「はあっ! はあっ! ユージャ、さすがだな」
「はっあ、ふぅ! これで、逆転だな! 五勝四敗だっ!」
二人は時折、険しい山道をどちらが早く泉に到着するかを競うのが楽しみだった。
「ハァ~!! 暑い!!」
ユージャは服を脱ぎ捨て泉に入る。ピエールも後を追って服を脱ぎ泉に飛び込んだ。
「ああ、気持ちいいなぁ」
「そうだろう? 俺のお気に入りの泉だ」
山にはあちこちに湧き水があり、ここもその一つだった。だが、カルタス王国のあちこちで水が汚れ始め、トーラント領にその影響が顕著になってからはラジ・フィンを疎むものが増え始めた。幸いピエールが住む村では山の民との縁が深く、山の民が原因だという噂は笑い飛ばされていた。
「ユージャ。その……俺と一緒にいてくれないか?」
「ん? いるだろう?」
「そうではなく。一生、俺と生きてほしい。愛してるんだ、結婚しよう」
「ピエール……でも、俺はこの通りラジ・フィンだ」
「うちの村は気にしない。何度も来たことがあるだろう? 親父たちにも了承してもらってる。あとはユージャの気持ち次第だ」
ユージャもピエールを愛していた。だが、近年の野の民が自分たちによせる悪意も感じていた。ピエールの村が特別なのだ。それだって変わるかもしれない——
(だが、これほど愛せる相手が現れると思えない)
「良いよ。ピエール……俺と、結婚して?」
こうして二人は結婚をし、ユージャの村の民とピエールの村の民は、共同で結婚式の準備をして二人を祝った。
そもそもその小さな村では二人のようなカップルは珍しくもなく、また幸せなカップルが生まれたと皆が喜んでくれた。
だが、イスラが六歳の頃、村人が二人に逃げるように言ってきた。
「あんたたちだけじゃない! ラジ・フィンと結婚したみんなが逃げるんだ。隣村のやつが知らせてくれた! 変なローブを着た奴らが、ラジ・フィンとその伴侶を殺して回ってるそうだ!! 行けっ!!」
それは狂信者の中でも過激派だった。山の民を憎悪する集団として、すぐに神殿が神兵を送り一網打尽にしたと噂が流れた。
ただし、狂信者は決して神子信者であるとは白状せず、山の民憎しの犯行と証言したので、真相は闇に葬られた。
幼いイスラと夫婦二人、流れ流れてたどり着いたのがナリピアだった。ナリピアはラジ・フィンに嫌悪もなく、安心して生活ができた。
そして、果樹園の手伝いをしながら平穏に暮らせるようになった。果樹園の主人は子供がなく、二人に譲ると言ってくれて、二人は小さな果樹園を手に入れたのだった。
だが、ピエールは気がついていた。時折ユージャが山の方を見ていることを。
「山に帰りたいかい? 里帰りに行くか?」
「ううん……大丈夫だよ」
いつもユージャはそう言って首を横に振っていた。村にいた時も年に二回ほど里帰りをしていた。純血の山の民は山とともに生きるため、山の精気が必要だった。だが、それはラジ・フィン達も自覚のないことで、ただ里心がついたせいだと思っていた。
ユージャも徐々に精気を消耗していたのだが、本人にはわからない。ユージャは徐々に弱っていった。
「イスラ……お前のその赤い目は母さんとのつながりだ。寂しくなったら、鏡で自分の目を見るんだ。そこにいつも母さんはいるよ」
「嫌だっ! 死なないで! 母さん!!」
「ユージャ!! 置いて行かないでくれっ!!」
「ピエール……イスラに愛する人ができて、立派独り立ちするまで……頼むよ……」
「そうしたら、迎えにきてくれるか?」
二人は見つめあった。
「良い、よ……待ってる……愛してる……ピエ……」
ユージャのまぶたが閉じ、赤い瞳も力を失った。イスラが十歳の時だった。
◇
「今にして思えば、母さんは山にいた方が良かったんだろうけど親父を取ったんだ。俺はそう思ってる」
「……グスッ……お、おじい様、は……?」
俺は一途な愛の物語に涙が止まらなかった。
「俺がロマンと結婚して、マテリオが生まれたのを見届けた後、心臓が弱る病で逝っちまった。治癒が追い付かないほど、あっという間だったよ。でもな、最後は笑顔だった。母さんが迎えにきたらしくて、名前を呼んで微笑んで逝った」
涙声のイスラさんの手を、ロマンさんが握る。
「親父は、愛する人のところへ行った。俺がロマンに出会って、安心して……な。だから、親父は幸せだったと思うよ。マテリオも抱けたしな」
「聞いてはいけないのかと思っていた……父さんが、この髪の色と目を見るたびに切なそうにしていたから」
マテリオが苦しそうにつぶやいた。
「いや。俺も話すとやっぱり悲しくなるから、自分から話そうとしなくて悪かったな。だが、お前を見ると母さんとのつながりは消えることはないんだ、って思ってた。言葉にすりゃ良かったな。お前があまりにも良い子で、甘えてた」
「血の繋がり、か……」
ユージャさんの生きた証が紡がれてマテリオが生まれた。だから、俺も次の絆を紡いであげたい……
「ジュンヤ様! あなたのおかげでこの話をマテリオにもできた。ありがとうございます! あなたは不思議な人だな。神子様っていうのは、心の中にあるわだかまりも浄化してくれるのかね」
「ああ。そうだ。私も経験した。ジュンヤに心の澱を清めてもらった」
「そうか。良いご縁があったな」
しんみりしていた雰囲気も少し持ち直し、俺達は自家製のアップ酒とつまみをたっぷりご馳走になって、マテリオの部屋で休ませてもらうことになった。
「マテリオ、あゆけない……らっこ……」
「いいとも。では父さん、母さん、おやすみなさい」
「おっ、おやすみ……」
「マテリオ、えーっと、遮音は持ってるのかなぁ?」
「もちろん。心配はいらない」
ヒョイっと抱き上げられて、首にしがみつく。
「マテリオのへや、はやくみたいな……」
「ふふっ。狭いが良いよな?」
俺に微笑みかけるマテリオ。
「みたっ?! あの笑顔……!!」
「あんな顔初めて見たぞ!」
背後で二人が驚きの声を上げている。うん、マテリオは笑うと可愛いよね?
「おやしゅみなしゃい」
腕の中にしっかり支えられて、マテリオのお部屋拝見! とウキウキする俺なのだった
ーーーー
三話で終わらなかった! 次で終わりです。そしてR回!
ロマンさんが不安そうにハサミを持つ俺を見ている。二人のアップというリンゴに良く似た果実の農園を経営している。お祭りでもよくみた焼きりんごのお菓子はアップの実だった。
俺はシンプルなシャツとブリーチズに着替え、働く準備はOKだ。マテリオも神官服を脱いで身軽だ。
「やりますよ! 収穫の目安を教えてください」
「でも……」
「ロマン、やる気なんだから教えてやろう。この上の部分にシワができて、実の尻の方までしっかり赤くなってるのが甘いやつだ。こっちはまだだな。じゃあ、この、果梗の部分の、実から1センチほど上の——ここら辺で切る。ちょっと持ち上げると切りやすい。やってみな?」
「はい、お義父さん!!」
「おっ、お義父さん……(感激だ!)」
お義父さんに教えてもらった通りに、一つもいだ。
「よし、じゃあ、どれが完熟してるやつかわかるか?」
「ええっと……この辺? かなぁ?」
「そっちはもう少し待った方が良いな」
「じゃあ、これとこれは?」
「おお、大丈夫だ。よし、マテリオも覚えてるか?」
「はい」
「じゃあ、ジュンヤ様と一緒に頼むぞ」
うん、張り切っていこう~!
「あっ。なぁ、例の友達って会えるのかな?」
「ああ……そうだった。父さん、ルネはどうしている?」
「ルネ? あの子は、ピパカノで商売してるって言ってたなぁ。どうした?」
「ジュンヤが会いたがっていたんだ」
「残念だけど仕方ないね」
まぁ、若い時は大きな町へ行ってみたいよな。
「よし、実家孝行を頑張るか!!」
「律儀だな」
呆れたように笑うマテリオと、二人でどんどんもいでいく。アップの実を一つもらって食べてみたら、すごく美味しかった。
「さすがに作業が早いなぁ。帰省すると手伝うのか?」
「ああ。だが、久しぶりだから、後で腕が痛くなるかもしれない。ジュンヤも無理はするなよ? まぁ、私が治癒をかければ良いだけだが」
「じゃあ、二人で治癒のかけっこをすれば良いな」
「っ?! そ、そうだな……」
「あっ、エロいこと考えた?」
「違う!」
ほんの少し頬が赤いマテリオ。
へぇ~、ふぅ~ん? 治癒のかけっこで、エッチすると思ったんだ? かーわいいの。それに、司教じゃない普段のマテリオが見れて嬉しくて仕方がない。
『どこかでエッチする?』
「ゲホッ!! ゴホッ!!——後悔するなよ?」
へへへ。何考えてるんだろう? からかうと可愛いんだよなぁ。
あっという間に日が暮れ始め、俺たちは作業を終えた。俺達二人と侍従二人はイスラさんのお宅に宿泊で、護衛は宿をとって順番に護衛をするという。
夕食は俺も手伝って作ったので、ロマンさんが恐縮していたけど、一応嫁ですから!! 座ってるなんてできないよな。
「ジュンヤ様っ! いつもの料理のはずなのに、すごく美味しい……しかも、力が漲ってくる!」
「母さん、それは浄化されているのだと思う。やはり、まだ完全に土地の浄化ができていなかったのか……」
「いや、一時期よりは良いぜ? 病人はまだいるけど、ジュンヤ様の巡行前より土地も人間も元気になってきたぞ」
「体に巣食った瘴気は浄化しないとダメなんですよ。マテリオ、俺、明日は街の人の浄化をするよ。手伝ってくれ。」
「分かった。では、教会に協力を仰ごう」
「ああ、それは良いね。マテリオ、教会はまだトッパー神官様がおられるよ」
「お元気で何よりだ」
「ぶはっ!! マテリオ! あんたは両親にもそれなのか?」
口調は砕けているけど、硬い雰囲気は変わらない。おかしくておかしくて笑いを抑えられなかった。
「そう~なんだよ、ジュンヤ様。特に神殿にいっちまってからこうでね」
「厳しくしつけられたから仕方がないだろう?」
「そうか~。大変だったな?」
笑ってしまったけど、親にさえこんな口調になってしまうなんて、相当厳しかったのかな。それに、まだ幼いのに引き離されて……。そう思うと同時に、自然にマテリオの頭を撫でていた。俺に撫でられて、赤い瞳が困惑で揺れている。
「綺麗な瞳だな……」
ルビーの瞳。俺の大好きな色。
「ジュンヤ様は、赤い瞳が怖くないんですか?」
「イスラさん?」
「ロマンも綺麗だって言ってくれた……でも、この色は山の民の色で、嫌う者もいた。この町は受け入れてくれたが、レナッソーの近くや大都市は嫌がられたんだ」
「そうでしたか」
山の民と野の民として別れて生きていた別の民族。俺とマテリオの結婚が、そのわだかまりを解く一端になれば良い。
「その、山の民のおばあ様はどんな人でしたか?」
聞いてみたい。マテリオが生まれることになった、その始まりの物語。
「いやぁ、俺の記憶も薄らいだり、美化してるところもあるかもしれない。だから、親父に聞いた話で良いかな?」
「もちろん」
◇
山の民が多く暮らす山の麓で、ピエールは狩人として生計を立てていた。代々狩人の家系で、牧畜では飼育の難しい鹿や熊を仕留め、街で売る。野生動物の肉は人気があり、そこそこ良い価格で買い取られた。時には珍しい鳥の捕獲の依頼を貴族から受けることもあった。
山の民と野の民。そんな区別するものがいたが、彼にとって山の民ことラジ・フィンは友だった。山の知識や狩りの腕を競う、良きライバルでもあった。
山道を二つの影が走り抜け、小さな泉に縺れるように転がり込んだ。
「はあっ! はあっ! ユージャ、さすがだな」
「はっあ、ふぅ! これで、逆転だな! 五勝四敗だっ!」
二人は時折、険しい山道をどちらが早く泉に到着するかを競うのが楽しみだった。
「ハァ~!! 暑い!!」
ユージャは服を脱ぎ捨て泉に入る。ピエールも後を追って服を脱ぎ泉に飛び込んだ。
「ああ、気持ちいいなぁ」
「そうだろう? 俺のお気に入りの泉だ」
山にはあちこちに湧き水があり、ここもその一つだった。だが、カルタス王国のあちこちで水が汚れ始め、トーラント領にその影響が顕著になってからはラジ・フィンを疎むものが増え始めた。幸いピエールが住む村では山の民との縁が深く、山の民が原因だという噂は笑い飛ばされていた。
「ユージャ。その……俺と一緒にいてくれないか?」
「ん? いるだろう?」
「そうではなく。一生、俺と生きてほしい。愛してるんだ、結婚しよう」
「ピエール……でも、俺はこの通りラジ・フィンだ」
「うちの村は気にしない。何度も来たことがあるだろう? 親父たちにも了承してもらってる。あとはユージャの気持ち次第だ」
ユージャもピエールを愛していた。だが、近年の野の民が自分たちによせる悪意も感じていた。ピエールの村が特別なのだ。それだって変わるかもしれない——
(だが、これほど愛せる相手が現れると思えない)
「良いよ。ピエール……俺と、結婚して?」
こうして二人は結婚をし、ユージャの村の民とピエールの村の民は、共同で結婚式の準備をして二人を祝った。
そもそもその小さな村では二人のようなカップルは珍しくもなく、また幸せなカップルが生まれたと皆が喜んでくれた。
だが、イスラが六歳の頃、村人が二人に逃げるように言ってきた。
「あんたたちだけじゃない! ラジ・フィンと結婚したみんなが逃げるんだ。隣村のやつが知らせてくれた! 変なローブを着た奴らが、ラジ・フィンとその伴侶を殺して回ってるそうだ!! 行けっ!!」
それは狂信者の中でも過激派だった。山の民を憎悪する集団として、すぐに神殿が神兵を送り一網打尽にしたと噂が流れた。
ただし、狂信者は決して神子信者であるとは白状せず、山の民憎しの犯行と証言したので、真相は闇に葬られた。
幼いイスラと夫婦二人、流れ流れてたどり着いたのがナリピアだった。ナリピアはラジ・フィンに嫌悪もなく、安心して生活ができた。
そして、果樹園の手伝いをしながら平穏に暮らせるようになった。果樹園の主人は子供がなく、二人に譲ると言ってくれて、二人は小さな果樹園を手に入れたのだった。
だが、ピエールは気がついていた。時折ユージャが山の方を見ていることを。
「山に帰りたいかい? 里帰りに行くか?」
「ううん……大丈夫だよ」
いつもユージャはそう言って首を横に振っていた。村にいた時も年に二回ほど里帰りをしていた。純血の山の民は山とともに生きるため、山の精気が必要だった。だが、それはラジ・フィン達も自覚のないことで、ただ里心がついたせいだと思っていた。
ユージャも徐々に精気を消耗していたのだが、本人にはわからない。ユージャは徐々に弱っていった。
「イスラ……お前のその赤い目は母さんとのつながりだ。寂しくなったら、鏡で自分の目を見るんだ。そこにいつも母さんはいるよ」
「嫌だっ! 死なないで! 母さん!!」
「ユージャ!! 置いて行かないでくれっ!!」
「ピエール……イスラに愛する人ができて、立派独り立ちするまで……頼むよ……」
「そうしたら、迎えにきてくれるか?」
二人は見つめあった。
「良い、よ……待ってる……愛してる……ピエ……」
ユージャのまぶたが閉じ、赤い瞳も力を失った。イスラが十歳の時だった。
◇
「今にして思えば、母さんは山にいた方が良かったんだろうけど親父を取ったんだ。俺はそう思ってる」
「……グスッ……お、おじい様、は……?」
俺は一途な愛の物語に涙が止まらなかった。
「俺がロマンと結婚して、マテリオが生まれたのを見届けた後、心臓が弱る病で逝っちまった。治癒が追い付かないほど、あっという間だったよ。でもな、最後は笑顔だった。母さんが迎えにきたらしくて、名前を呼んで微笑んで逝った」
涙声のイスラさんの手を、ロマンさんが握る。
「親父は、愛する人のところへ行った。俺がロマンに出会って、安心して……な。だから、親父は幸せだったと思うよ。マテリオも抱けたしな」
「聞いてはいけないのかと思っていた……父さんが、この髪の色と目を見るたびに切なそうにしていたから」
マテリオが苦しそうにつぶやいた。
「いや。俺も話すとやっぱり悲しくなるから、自分から話そうとしなくて悪かったな。だが、お前を見ると母さんとのつながりは消えることはないんだ、って思ってた。言葉にすりゃ良かったな。お前があまりにも良い子で、甘えてた」
「血の繋がり、か……」
ユージャさんの生きた証が紡がれてマテリオが生まれた。だから、俺も次の絆を紡いであげたい……
「ジュンヤ様! あなたのおかげでこの話をマテリオにもできた。ありがとうございます! あなたは不思議な人だな。神子様っていうのは、心の中にあるわだかまりも浄化してくれるのかね」
「ああ。そうだ。私も経験した。ジュンヤに心の澱を清めてもらった」
「そうか。良いご縁があったな」
しんみりしていた雰囲気も少し持ち直し、俺達は自家製のアップ酒とつまみをたっぷりご馳走になって、マテリオの部屋で休ませてもらうことになった。
「マテリオ、あゆけない……らっこ……」
「いいとも。では父さん、母さん、おやすみなさい」
「おっ、おやすみ……」
「マテリオ、えーっと、遮音は持ってるのかなぁ?」
「もちろん。心配はいらない」
ヒョイっと抱き上げられて、首にしがみつく。
「マテリオのへや、はやくみたいな……」
「ふふっ。狭いが良いよな?」
俺に微笑みかけるマテリオ。
「みたっ?! あの笑顔……!!」
「あんな顔初めて見たぞ!」
背後で二人が驚きの声を上げている。うん、マテリオは笑うと可愛いよね?
「おやしゅみなしゃい」
腕の中にしっかり支えられて、マテリオのお部屋拝見! とウキウキする俺なのだった
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