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4章

さよなら、ラジート様

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 グレンさんの店の後、少し時間があったので大神殿に向かった。出迎えてくれた神官がある一室に案内してくれた。

「レニドール? それともラジート様ですか?」
「神子様。オレです、レニドールです」

 すっかり歩ける様になっているレニドールが部屋に招き入れてくれた。

「それ、旅支度だよな」
「はい。あと数日したら村に帰ろうかと思っています。父と兄が心配していますからね。ジュンヤ様に挨拶に行くつもりでしたが、先に来て貰って……すいません」
「それは良いんだ。ラジート様はどうしてる?」
「何だか、あまり元気がないんです。あれからほとんど出て来ませんし。でも、神子様にお願いしたい事があるらしいです」
「お願い?」
「はい。ん~、出て来てくれないかなぁ? ラジート様、神子様ですよ?」

 レニドールがそう言うと、体が一瞬ぐらついたが、すぐにピンと背筋を伸ばして立っていた。

「ラジート様?」
「神子……」
「あまり調子が良くないのですか? 何か問題があるんですね?」
「ーー一つ。あとひとつだ。少し待て」

 そう言ってラジート様は剣を鞘から抜いた。宝珠は赤いままだし、刀身もダリウス達の剣同様、キラリと輝いている。

「力を失ってしまっているのだ」
「これではダメなんですか?」

 思わずダリウスに視線をやると、ダリウスも不思議そうに剣を見ていた。

「どう見ても切れ味が良さそうだし、何の問題もなく見えるが?」
「そうだよね? 何が問題なんですか?」

 ラジートは剣を光にかざしながらため息をついた。

「これではただの剣。そなたの手を借りねばならぬ。そのためには庇護者の協力も必要だ」
「内容による」
「ジュンヤに危険がないのですか?」
「ジュンヤ様が危険なら断ります」

 三人が素早く反応する。

「そなた達は黙って待ってくれるだけで良い。この剣と宝珠が本来の色を取り戻すまで、神子の力を宝珠に注いで欲しいのだ」
「本来の色ですか?」
「そう。そなたの髪や瞳の様な漆黒が本来の色。今はすべての神力を使い果たし、私も元に戻れぬのだ」

 そうだ。すっかり忘れていた。あの日ケローガで、マヤト司教はと言っていたじゃないか……!!

「触れれば良いんですか?」
「ああ。ただし、相当な力を使うだろう。意識も失うかもしれない。その時は、そこに控える庇護者しかそなたを救えないのだろう? 我の為にそれほどの力を注いでくれる気はあるか? だが、自然に神力が溜まるには、レニドールの命も尽きる。それでも足りぬ時間が必要だ。肉体に縛られたままでは、我も消える。さすれば大地の守りが消えよう」
「そんなに?」

 もう、あんな目には合わないと思っていた。でも、このままではレニドールの体に縛られたままで、寿命がきたらラジートも死ぬ。そういう意味だよな?

「三人共。俺、やるから」
「「ジュンヤッ!!」」
「ジュンヤ様っ!」
「ティアにはあとで謝るけど、俺がもしも意識を失ったらティアにも助けて欲しいんだ」

 もちろん、そうならないのが一番だけどさ。

「ああ~~!! くそっ! 全部終わったと思ったのによぉ!!」
「ジュンヤ様は何故そこまで助けようとするのですか……」
「私も苦しむ姿はもう見たくない。それでもやるのだな?」
「やる。レニドールもラジート様もいるべき場所に帰してやりたいからな。それに、ラジート様が消えたとしてだ。影響が出るのは、俺達が爺さんになって死んだりしたずっと後になるかもしれない。俺達には関係ないかもな。でも、未来の為にやる。だから……なぁ。キスして力をくれよ」
「「「…………」」」
「多分、みんな不本意だろうな。でも、大地の守護をしている神がいなくなるなんて、どんな影響が出るか分からない。知らん振りできる性格じゃなくてごめん。俺のわがまま、聞いてくれないか?」

 ダリウスは頭を掻き毟り、エルビスは瞳をうるうるさせて、マテリオは神官服を握り締めていた。それでも、俺の大事な恋人達は頷いてくれた。
 俺は三人にしっかりと力を分けて貰い、ラジートに向き合った。

「どうすれば?」
「柄を握るのだ」

 剣先を下にすると、赤い宝珠が煌めいている。

「良いか。この宝珠が漆黒に変わる時、刀身も真の姿となる」
「はい。浄化の力で良いんですか」
「そうだ」

 二人で柄を握り、俺は宝珠を見つめながら浄化を流していく。剣が求めるままに力をひたすら流し込む。

「ううっ……」

 苦しい……!!

 でも、宝珠が徐々に赤から黒に染まり始めている。瘴気と明らかに違う黒が滲む様に驚いた。あれは透かすと緑に透けていた。でも、これは……。黒髪黒目の人間が呼ばれるのはこのせいなのか?

「くそっ、なかなか、上手くいかないっ!」
「神子」
「はい?っ?!」

 声をかけられた瞬間、顎を掴まれて噛み付く様にキスされていた。いや、これはキスなんて甘い物じゃない。俺の力を食い尽くす様にラジートに向けて激流の様に流れ出していく。

「うぅっゔ~!!」
「ジュンヤッ!! ラジート、ジュンヤを離せっ!! っ?! くそっ!」

 ダリウスが手を伸ばし触れる直前に、俺とラジートは荊に包まれた。まさか、俺を殺すつもりなのか? でも、もう抵抗するだけの力は無い……膝ががくっと折れて、そんな俺をラジートはしっかりと抱き込んだ。

 いやだ! 死にたくない!!

「ぅうっ! ぅ~!!」

 脱力感と激しい悪寒に襲われながらも、必死で手足をバタつかせる。

「っはぁ、はぁっ、やめ、て……!」
「神子。そなたのために我は大地に恵を与え続けよう。これで、ナガの別れよ」
「ラジート、様……?」

 するすると茨が吸い込まれていく。その先にある宝珠と刀身は光を通さない漆黒に変わっていた。

「そこの赤毛。神子を」
「言われなくてもっ!!」

 ダリウスがラジートから引き剥がし、しっかりと抱いてくれる。

「我も、愛しい者の元へ……やっと帰れる」

 ラジートは俺達にほほ笑み、がくっと膝から崩れて転倒した。

「いててっ!! もう少し優しく離れてくれれば良いのにぃ~!」
「おい、てめーはレニドールなのか?!」
「はい、団長様。ラジート様は、いるべきところに帰りました」

 にぱっと笑うレニドールの瞳には涙が滲んでいた。

「嬉しそうでした。オレも嬉しいけど、少し寂しいです」
「レニドール……良かったな」
「神子様。何から何まで、面倒をおかけしました。俺……トーラント領のラジ・フィンと野の民が、もっと打ち解ける様に働きます。それが助けてくれた神子様とオレを守ってくれたラジート様に報いる方法だと思うから」

「うん、頑張れよ」

 幼いイメージが強かったレニドールは、経験を積んで大人の顔になっていた。

「はいっ!! そして、いつか神子様に相応しい男になって会いに来ます!!」
「えっ?!」

 何だって~?!

「それは宣戦布告か、坊主ぅ」

 ひぃっ! ダリウス!耳元で凄まないで!!

「ギラン殿に代わり社から出られない様にする手筈をしようか」

 マテリオさん、そんな怖い声初めて聞いたよ?!

「身動き取れない体にした方が早いのでは?」

 エルビスさん、キラキラしてるぅ~!!

「い、今はダメでも!! オレは諦めませんから!! 複数婚者は伴侶の許可があれば増えても良いって聞きました!」
「許可するわけねぇだろ!!」

 バリバリバリッ! バチッ!!

「ひえっ!!!」

 ダリウスがレニドールの足元に雷撃を飛ばして威嚇すると、驚いたレニドールは尻餅をついた。

「もう行くぞ!!」

 ドカドカと荒っぽい足音を響かせながら部屋を出ると、外で控えていた神官が三人の怒りのオーラに驚いて平伏し、その後もすれ違う人全てがひれ伏した。
 
「油断も隙もねぇ~!」
「ジュンヤ様が美しすぎるからっ! 尊すぎるから虫が!! ぶんぶんと!!」
「今後は近寄る男を厳重に管理するべきではありませんか?」
「まぁ、今はお仕置き兼補充が先だ。エリアスにも知らせるぞ」
「あの、俺、頑張った筈なんだけど……お仕置きなのかぁ?」

 レニドールに気を持たせるような素振りは断じてしていない!そして、ラジートを無事解放したんだから褒めて欲しいんですけど、お仕置き~?!

「そうだな。頑張ったな。でも、ベッドに直行な?」

 ダリウスさん……良い笑顔ですね。

 王宮に着くと、エルビスがティアに全てを説明し、全員に恥ずかしい事を散々されました……

 ねぇ! 俺、悪くないよねっ?! 理不尽!
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