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番外編 1
100話記念リクエストSS ロリィタテイラー
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パラパさんがお好きな方からのリクエストです。
あまり彼を掘り下げていなかったので、書けるかな?と思いつつ楽しそうなので頑張ります。クマ並みに勝手に動きそうな予感です。
モブキャラのイメージはお好きにどうぞ。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーー
カランとドアのベルが鳴り、本日のお客様が入って来た。
「はぁ~い、いらっしゃいませぇ~!」
今日の予約は子爵様の次男、マーガル様。ご贔屓にして下さってるけど、一つだけ困ってる。
「おはよう、パラパ。今日も美しいな」
「あらぁ、ありがとうございます。ふふっ。本日はジレの新規お仕立てですね。お色はどうします?」
キュッと抱き込んで頬にキスしてくるマーガル様。
褒めてくださるのは嬉しい。でも直ぐにタッチする手癖の悪さは困るわ。
こういう仕事をしていると、採寸や試着で密着するから、勘違いなさる方も多いのよね。
アタシは綺麗で素敵な服を作りたいだけなの。たまに美しくない方の服を作るのは苦しいけど仕方ないのよね。
「そうだな……婚約パーティーだから、黒かな」
「まぁ! ご婚約ですのね。おめでとうございます」
そうなのね。これでやたらとくっつくのは減るかしら? 婚約者様が怒るものね。助かるわ。
そりゃあマーガル様は素敵だけど、子爵様だもの。遊びなのは分かってるわ。遊びならハッキリ遊びとして声を掛けてくれたらお誘いに乗るけど、マーガル様はちょっと違うからお断りしてるのよ、お分かりになってないわぁ。
「さぁ、婚約者の方が見惚れちゃうような物にいたしましょう?」
「パラパ。それだけか?」
「あら? 何の事ですか? さぁ、みんなぁ~マーガル様のお仕立のお手伝いして頂戴~」
いやね、恋人でもないのに変な事を仰るのね。
手をパンパンと鳴らすと、うちの優秀なお針子ちゃん達が隣室から集まる。
「さぁ、黒よ! そうね、マーガル様にはベンツを長めに入れて裾が翻るデザインが似合うわ。軽く動きの出る生地を使いましょう?」
「はい、この辺りはいかがですか?」
数ある生地の中から、ツヤの美しい糸で織られたテッサ製の生地を選んで肩に掛けさせて頂く。黒の色の深さもテッサがお気に入りなのよ。
「いかがですか?マーガル様の白いお肌に映えますわ。刺繍のご希望はあります?」
「家紋のカンパニュラを入れてくれ」
「畏まりました。でしたら、明るいツヤのあるブルー系で刺繍しますね?」
「そういったものはパラパに任せているだろう?」
「ふふっ、おまかせ頂けるのは信頼の証ですから嬉しいですわ。あっ、マーガル様。まさかお太りになんかなってませんわよね?」
「もちろんだ。ところでパラパ。パーティには君も来て欲しい」
「えっ? でも……」
「ダブレットなんか着無くて良い。いつものその素敵なドレスで来て欲しい」
貴族のパーティにはたまにお呼ばれするし、このスタイルのドレスでも問題なく過ごせているわ。
でも、マーガル様の婚約者と会う事になるのよね?上手く言えないけど気が乗らないわ。
「嫌か?」
「いつの予定です?」
「3ヶ月後だ。色々算段があるのでな」
「考えておきますわ」
そう言いながらお断りするつもりだった。あとはいつも通りにデザイン画を見せて仮合わせの予定を入れて頂き、マーガル様は帰って行った。
「先生、その、元気出してください」
「何よ、レント。何ともないわぁ~」
「だってマーガル様、あんなに先生にアプローチしてたのに!! 私は何だか納得いかなくて!」
「いやね、相手は貴族よ? 庶民と本気になる訳ないじゃないの? アタシが軽いオトコじゃないって分かったのよ。見た目で判断するオトコが多くて困っちゃうわ」
「先生……」
弟子達がなんだか悲しそうな顔で見てるけど、そもそも貴族と庶民はあくまでもあちらのアソビなのよ?
血統を残さなくちゃいけない貴族は、ある意味可哀相なの。好きでもない相手と結婚させられるのよ?しかも複数とよ? 恋愛なんかないの。
アタシはどんなに傷ついても恋愛結婚が良いわ。
アタシだって何人とも交際して来たけど、お互いに思い合ってから付き合って来た。見もしないで親が決めた相手と結婚なんて有り得ない!
可哀相なマーガル様。そんな彼の方のために、美しい一着を贈らせていただくわ。
マーガル様のお洋服は何度もお仕立てしているので、型紙から補正すれば良い。デザインをイメージ、型紙を書き込む事で、モヤモヤした気持ちは晴れてくれた。
そうやって2週間仕事に打ち込んでいたら、またマーガル様がやって来た。
「本日はどういうご用件で?」
「忙しいか?」
「えっ?まぁ仕事はいつもありますのよ」
「君たち、先生を借りても良いか?」
「「「「はいっ! 大丈夫ですっ! 行ってらっしゃいませ!!!」」」」
あらやだ、みんなも何なの?
マーガル様がアタシの腰に手を回して、グッと引き寄せ外へ連れ出された。そこでは馬車が待機していて乗せられた。
「えっと、どちらへ?」
「デートしよう」
「えっ? デェト?」
「良いだろう? 哀れな男に慈悲をくれ。一緒にいてくれるだけで良い」
それは、やはり望まぬお相手とのご婚約なのね。それまでの間の息抜きにアタシを選んだのかしら? でも、それは酷いわ……
その後マーガル様はお芝居に連れて行ってくれた。すっごく人気でチケットを取るのが大変なのよ! すごいわっ! しかもボックス席で!? 腹が立ったのも打ち消す程びっくりしちゃった。
お芝居は恋愛物で、色々すれ違うけど最後はハッピーエンド! あ~、もう泣いちゃった!
「以外に涙脆いんだな」
そっとハンカチで涙を拭ってくれた。やだ、そんな事しちゃ。ときめいてしまうわ。
マーガル様の翡翠色の瞳が見つめていて…お顔が近い…美しい色に見惚れていたら、唇にマーガル様の唇が触れた。
「!? い、いけませんわ……こんな事」
「私には時間がないのだ」
そうね。婚約したら他のお相手とは遊べないわね。婚約者様が了承すれば別だけど……
今だけ。今だけは、良いのかしら? アタシが目を閉じると、マーガル様は舌を差し入れ、激しく貪って来た。
どうしよう……めちゃくちゃ気持ち良くて、何もかもどうでも良くなってしまいそう。
「坊っちゃま、そろそろ、ここをお出にならなければなりません」
カーテンの向こうから声がして、アタシはびっくりしてしまった。
でもお陰で正気に戻れた。いけないわ、こんな事……
なのに、なのに!! マーガル様は定期的にやって来てこんな事を繰り返す様になった。キスだけよ、キスだけっ!
「はぁ……」
工房でついため息がこぼれる。それでも1針1針丁寧に刺繍を刺していく。
この刺繍はマーガル様と婚約者様のため。パーティは何度もお断りしたけど来て欲しいらしい。そんなの、辛くなるだけじゃない。
あ……つらい? いやだ、アタシったら……ダメよ。
これじゃダメだわ! 暗い気持ちで素敵な物は作れないもの! パーティに出よう。そしてこの……恋心に決着をつけるのよ。そうと決めて刺繍に集中した。
ドレスも新調する事にして作り始めた。自分の物だから慣れたものよ。色は白でいいわ。全てを白く戻すのよ!
「先生、お手伝いしますよ」
「でも自分の物よ?」
「お手伝いしたいんです」
やだわ、弟子に気を使わせちゃうなんて。そんなにヘコんで見えたかしら。シンプルなものにするからと断って、1人で仕事の後に縫い始めた。
やがて、その日がやって来て。工房兼自宅の前に、豪華な馬車が迎えに来た。
しかも迎えはわざわざ執事だとか。一介の市民に——
もっとランクの低い方で良かったのに。あまり目立つと、他の仕立て屋からのやっかみが面倒なんだけど。
気づかれない様にため息をついて考え事をしている内に、コンラッド家のお屋敷についた。
到着後執事の方が何かメイドに囁いて、直ぐにマーガル様がやって来た。
——来たのだけれど。前回お作りした翡翠色のジレだった。瞳の色に合わせてお作りした物。とてもお似合いなの。でもね?
「マーガル様……あれはお気に召しませんでしたか?」
「あれか。とても素晴らしく気に入っているぞ?」
「でも、お召しになってらっしゃらないのは、何故ですか?」
「あとで話す。兄に会わせよう」
やだ、なんなの? 兄上!? 左腕を差し出され、そっとその腕を取る。
婚約者様が見たら嫌がるのでは?でもマーガル様はどんどん兄上様の所に進んで行った。
兄上様は黒をお召しになって、隣に優しげな方と共にご挨拶をされていた。
「兄上!!」
「おお、マーガル。その方がパラパ殿か」
「お、お初にお目にかかります、仕立て屋のパラパです」
「ああ、話は良く聞いている。いつも弟にピッタリの物を拵えてくれて感謝する」
「お褒めに預かり光栄です」
「こちらは私の婚約者だ。今後もよろしくな」
は? よろしく? あぁ、お仕立てかしら?
「はい、よろしくお願い申し上げます」
「よし、ではあちらに行こう。兄上、失礼します」
「ああ。パラパ殿、楽しんでくれ。それと、大変だが弟をよろしくな」
「えっ?」
「さぁ、行こう!」
私の困惑を他所に、どんどんアタシをパーティの真ん中へ連れて行く。
「踊って頂けますか?」
「は、はい……」
貴族の誘いを断れる訳ないわ!困惑しながら踊るけど…。すごく注目されてしまっている。
それにしても、なんてマーガル様のリードは力強く、美しいステップなのかしら。
二曲踊り、ちょっと休ませて貰う事にした。色々混乱して、頭がついていけないんだもの。
中庭に誘われて……えっと。困るわ。断るべきかしら。
パーティの中庭は、大抵恋人達やひと時の恋を楽しむ者達の逢瀬のスポットだもの。
「貴方に庭を見せたいんだ」
熱い瞳で見つめられたら、断れない。
頷いてついて行く。薄暗いガゼボに連れて行かれる。やはり人目の無い所なのね。ひと時の恋人気分なのかしら。
でも今日で終わりたいから、アタシから切り出さなくちゃ。
「マーガル様の婚約者はどなたですの?」
「——それは……そのうちな」
「アタクシ、もう帰りたいのです。なんだか疲れてしまいましたわ」
来たばかりだけど、早く帰りたくて仕方ない。
手をそっと握られる。
「私といるのは嫌か?」
嫌じゃない。苦しいのよ。
「……」
「返事は?」
「嫌ですわ。もう振り回さないで頂けます?お遊びも程々になさいませ」
キッパリと言う。これ以上お遊びに付き合っていられないと踵を返すが、腕を取られた。
「待ってくれ。ここに、座ってくれないか?」
「なんですの?」
ガゼボのベンチに座らされた。
「っ!? マーガル様! やめてください!」
座るアタシの前に跪くマーガル様! 慌ててベンチから降りて立たせようとするが、全く動かない。もうっ! 重いわっ。
「パラパ。貴方が……私が貴族だからワガママに付き合ってくれている事は分かっている。だが、私は貴方がずっと側に居てくれたらと思っている。私と結婚してくれないか?」
「……は?」
今なんて? なんて言ったの? 結婚って言った?
「あ、あの!? からかうのはやめて下さい!」
「私は本気だ」
「婚約なさるんでしょう?」
「いずれはな。——今日は兄の婚約パーティーだ」
兄上の? じゃあ、あの黒いジレは?
「でも、あの黒は……?」
「貴方の気持ちが知りたくて、あれを頼んだ。なんとも思われてい無い様なら、貴方を忘れようと思った。すまなかった。だが、あの口づけは……私を思っていると自惚れても、良いんだろうか?」
えーっ!? そんな!! 確かにアピールは受けてたし、キスだってされたけど…結婚!?
貴族と庶民なんて、許されないわ!
「マーガル様、そんな事、許されませんわ。私は庶民で……」
「いや、許可は取った」
「はぁ?」
アタシとあろう事が、ちょっと間抜けな返事をしてしまったわ。でもそうでしょう?
「な、何を……」
「兄上に相談した。兄上が婚約なさり家を継ぐ。子も沢山作ると。だから私は自由にしろと言って下さった」
「お父上が……」
「兄上が説き伏せて下さった。それに貴方は才能がある方。当家はカルマド伯より商業ギルドを任されている。そこに貴方が加わる事に、了解を頂けた」
えーっと。何から突っ込んだら良いのかしら?
それ、勝手になさった事よね? アタシの気持ちは?
「怒っておられるのか? 私が勝手に話を進めた事を」
「呆れています。何故アタクシに何も言わずに?」
「断るだろうと思ってな。だから外堀を埋めさせて貰った」
「勝手です!」
立ち上がろうとしたアタシをガッツリと抱きしめ、逃してくださらない。
「んんっ……!」
後頭部を押さえられ情熱的なキスをされると、体から勝手に力が抜けていってしまう。
「貴方と居たいんだ。結婚して欲しい」
翡翠色の瞳が見つめている。もう……本当に分かって無いわ。
「庶民はいきなり結婚なんてしないんです。お付き合いして、お互いを知って、そして永遠の愛を誓いますの!」
「なら、そうしよう。婚約は後で良い」
もう!! なんて事なの? でも、でも、問題があるわ!
「仕事はアタシの生き甲斐ですのよ!? もしも——もしも結婚しても、辞めたくありませんの!!」
「当然だ。貴方はカルマド領でも名を馳せる仕立て屋。そのまま仕事はして欲しい」
「マーガル様。それも有りますが、一つお忘れよ?大事な事ですわ」
「何だ?」
「聞いておりませんわ……肝心なお言葉」
1番聞きたい言葉——でも重い言葉——
「そうだったな。すまない。パラパ、貴方を愛している。私の恋人になって欲しい。そして、いずれ結婚して欲しい」
「マーガル様……! ア、アタシも……お慕い申し上げていました……」
堪えきれずに涙が溢れる。その涙をマーガル様の唇が吸い取ってくれた。
「嬉しいよ、パラパ」
「あ、でも、あのジレは?」
「婚約する時に、貴方に対になる物を仕立てるつもりだった」
マーガル様の腕の中で散々泣いた後、休む様に連れて行かれた部屋はとても立派で——
「あの、ここは?」
「私の部屋だ。思いを遂げても良いか?」
な、なんて急展開なの? アタシ、アタシ~! パニックよ!!
でも、そんな強引な所が……好き……
その後2人で熱い夜を過ごしたのは、言うまでもない。
マーガルというミューズと支援者を得たパラパは、更に才能を発揮し、国1番の仕立て屋として名を轟かせる事になるのだった。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーー
アタクシが彼なりの敬語でアタシは普段用とお考え下さい。
超モブなのに名字を要求してきたマーガル様は、いつかガッツリこき使ってやりたいです。
たまにはメインキャラ以外も楽しいですね。こんな感じで良かったのでしょうか…ドキドキです。
楽しんで頂けたら幸いです。リクエストありがとうございました!
せっかくなので、番外編で使った街も出してみました。
あまり彼を掘り下げていなかったので、書けるかな?と思いつつ楽しそうなので頑張ります。クマ並みに勝手に動きそうな予感です。
モブキャラのイメージはお好きにどうぞ。
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カランとドアのベルが鳴り、本日のお客様が入って来た。
「はぁ~い、いらっしゃいませぇ~!」
今日の予約は子爵様の次男、マーガル様。ご贔屓にして下さってるけど、一つだけ困ってる。
「おはよう、パラパ。今日も美しいな」
「あらぁ、ありがとうございます。ふふっ。本日はジレの新規お仕立てですね。お色はどうします?」
キュッと抱き込んで頬にキスしてくるマーガル様。
褒めてくださるのは嬉しい。でも直ぐにタッチする手癖の悪さは困るわ。
こういう仕事をしていると、採寸や試着で密着するから、勘違いなさる方も多いのよね。
アタシは綺麗で素敵な服を作りたいだけなの。たまに美しくない方の服を作るのは苦しいけど仕方ないのよね。
「そうだな……婚約パーティーだから、黒かな」
「まぁ! ご婚約ですのね。おめでとうございます」
そうなのね。これでやたらとくっつくのは減るかしら? 婚約者様が怒るものね。助かるわ。
そりゃあマーガル様は素敵だけど、子爵様だもの。遊びなのは分かってるわ。遊びならハッキリ遊びとして声を掛けてくれたらお誘いに乗るけど、マーガル様はちょっと違うからお断りしてるのよ、お分かりになってないわぁ。
「さぁ、婚約者の方が見惚れちゃうような物にいたしましょう?」
「パラパ。それだけか?」
「あら? 何の事ですか? さぁ、みんなぁ~マーガル様のお仕立のお手伝いして頂戴~」
いやね、恋人でもないのに変な事を仰るのね。
手をパンパンと鳴らすと、うちの優秀なお針子ちゃん達が隣室から集まる。
「さぁ、黒よ! そうね、マーガル様にはベンツを長めに入れて裾が翻るデザインが似合うわ。軽く動きの出る生地を使いましょう?」
「はい、この辺りはいかがですか?」
数ある生地の中から、ツヤの美しい糸で織られたテッサ製の生地を選んで肩に掛けさせて頂く。黒の色の深さもテッサがお気に入りなのよ。
「いかがですか?マーガル様の白いお肌に映えますわ。刺繍のご希望はあります?」
「家紋のカンパニュラを入れてくれ」
「畏まりました。でしたら、明るいツヤのあるブルー系で刺繍しますね?」
「そういったものはパラパに任せているだろう?」
「ふふっ、おまかせ頂けるのは信頼の証ですから嬉しいですわ。あっ、マーガル様。まさかお太りになんかなってませんわよね?」
「もちろんだ。ところでパラパ。パーティには君も来て欲しい」
「えっ? でも……」
「ダブレットなんか着無くて良い。いつものその素敵なドレスで来て欲しい」
貴族のパーティにはたまにお呼ばれするし、このスタイルのドレスでも問題なく過ごせているわ。
でも、マーガル様の婚約者と会う事になるのよね?上手く言えないけど気が乗らないわ。
「嫌か?」
「いつの予定です?」
「3ヶ月後だ。色々算段があるのでな」
「考えておきますわ」
そう言いながらお断りするつもりだった。あとはいつも通りにデザイン画を見せて仮合わせの予定を入れて頂き、マーガル様は帰って行った。
「先生、その、元気出してください」
「何よ、レント。何ともないわぁ~」
「だってマーガル様、あんなに先生にアプローチしてたのに!! 私は何だか納得いかなくて!」
「いやね、相手は貴族よ? 庶民と本気になる訳ないじゃないの? アタシが軽いオトコじゃないって分かったのよ。見た目で判断するオトコが多くて困っちゃうわ」
「先生……」
弟子達がなんだか悲しそうな顔で見てるけど、そもそも貴族と庶民はあくまでもあちらのアソビなのよ?
血統を残さなくちゃいけない貴族は、ある意味可哀相なの。好きでもない相手と結婚させられるのよ?しかも複数とよ? 恋愛なんかないの。
アタシはどんなに傷ついても恋愛結婚が良いわ。
アタシだって何人とも交際して来たけど、お互いに思い合ってから付き合って来た。見もしないで親が決めた相手と結婚なんて有り得ない!
可哀相なマーガル様。そんな彼の方のために、美しい一着を贈らせていただくわ。
マーガル様のお洋服は何度もお仕立てしているので、型紙から補正すれば良い。デザインをイメージ、型紙を書き込む事で、モヤモヤした気持ちは晴れてくれた。
そうやって2週間仕事に打ち込んでいたら、またマーガル様がやって来た。
「本日はどういうご用件で?」
「忙しいか?」
「えっ?まぁ仕事はいつもありますのよ」
「君たち、先生を借りても良いか?」
「「「「はいっ! 大丈夫ですっ! 行ってらっしゃいませ!!!」」」」
あらやだ、みんなも何なの?
マーガル様がアタシの腰に手を回して、グッと引き寄せ外へ連れ出された。そこでは馬車が待機していて乗せられた。
「えっと、どちらへ?」
「デートしよう」
「えっ? デェト?」
「良いだろう? 哀れな男に慈悲をくれ。一緒にいてくれるだけで良い」
それは、やはり望まぬお相手とのご婚約なのね。それまでの間の息抜きにアタシを選んだのかしら? でも、それは酷いわ……
その後マーガル様はお芝居に連れて行ってくれた。すっごく人気でチケットを取るのが大変なのよ! すごいわっ! しかもボックス席で!? 腹が立ったのも打ち消す程びっくりしちゃった。
お芝居は恋愛物で、色々すれ違うけど最後はハッピーエンド! あ~、もう泣いちゃった!
「以外に涙脆いんだな」
そっとハンカチで涙を拭ってくれた。やだ、そんな事しちゃ。ときめいてしまうわ。
マーガル様の翡翠色の瞳が見つめていて…お顔が近い…美しい色に見惚れていたら、唇にマーガル様の唇が触れた。
「!? い、いけませんわ……こんな事」
「私には時間がないのだ」
そうね。婚約したら他のお相手とは遊べないわね。婚約者様が了承すれば別だけど……
今だけ。今だけは、良いのかしら? アタシが目を閉じると、マーガル様は舌を差し入れ、激しく貪って来た。
どうしよう……めちゃくちゃ気持ち良くて、何もかもどうでも良くなってしまいそう。
「坊っちゃま、そろそろ、ここをお出にならなければなりません」
カーテンの向こうから声がして、アタシはびっくりしてしまった。
でもお陰で正気に戻れた。いけないわ、こんな事……
なのに、なのに!! マーガル様は定期的にやって来てこんな事を繰り返す様になった。キスだけよ、キスだけっ!
「はぁ……」
工房でついため息がこぼれる。それでも1針1針丁寧に刺繍を刺していく。
この刺繍はマーガル様と婚約者様のため。パーティは何度もお断りしたけど来て欲しいらしい。そんなの、辛くなるだけじゃない。
あ……つらい? いやだ、アタシったら……ダメよ。
これじゃダメだわ! 暗い気持ちで素敵な物は作れないもの! パーティに出よう。そしてこの……恋心に決着をつけるのよ。そうと決めて刺繍に集中した。
ドレスも新調する事にして作り始めた。自分の物だから慣れたものよ。色は白でいいわ。全てを白く戻すのよ!
「先生、お手伝いしますよ」
「でも自分の物よ?」
「お手伝いしたいんです」
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「お、お初にお目にかかります、仕立て屋のパラパです」
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は? よろしく? あぁ、お仕立てかしら?
「はい、よろしくお願い申し上げます」
「よし、ではあちらに行こう。兄上、失礼します」
「ああ。パラパ殿、楽しんでくれ。それと、大変だが弟をよろしくな」
「えっ?」
「さぁ、行こう!」
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「踊って頂けますか?」
「は、はい……」
貴族の誘いを断れる訳ないわ!困惑しながら踊るけど…。すごく注目されてしまっている。
それにしても、なんてマーガル様のリードは力強く、美しいステップなのかしら。
二曲踊り、ちょっと休ませて貰う事にした。色々混乱して、頭がついていけないんだもの。
中庭に誘われて……えっと。困るわ。断るべきかしら。
パーティの中庭は、大抵恋人達やひと時の恋を楽しむ者達の逢瀬のスポットだもの。
「貴方に庭を見せたいんだ」
熱い瞳で見つめられたら、断れない。
頷いてついて行く。薄暗いガゼボに連れて行かれる。やはり人目の無い所なのね。ひと時の恋人気分なのかしら。
でも今日で終わりたいから、アタシから切り出さなくちゃ。
「マーガル様の婚約者はどなたですの?」
「——それは……そのうちな」
「アタクシ、もう帰りたいのです。なんだか疲れてしまいましたわ」
来たばかりだけど、早く帰りたくて仕方ない。
手をそっと握られる。
「私といるのは嫌か?」
嫌じゃない。苦しいのよ。
「……」
「返事は?」
「嫌ですわ。もう振り回さないで頂けます?お遊びも程々になさいませ」
キッパリと言う。これ以上お遊びに付き合っていられないと踵を返すが、腕を取られた。
「待ってくれ。ここに、座ってくれないか?」
「なんですの?」
ガゼボのベンチに座らされた。
「っ!? マーガル様! やめてください!」
座るアタシの前に跪くマーガル様! 慌ててベンチから降りて立たせようとするが、全く動かない。もうっ! 重いわっ。
「パラパ。貴方が……私が貴族だからワガママに付き合ってくれている事は分かっている。だが、私は貴方がずっと側に居てくれたらと思っている。私と結婚してくれないか?」
「……は?」
今なんて? なんて言ったの? 結婚って言った?
「あ、あの!? からかうのはやめて下さい!」
「私は本気だ」
「婚約なさるんでしょう?」
「いずれはな。——今日は兄の婚約パーティーだ」
兄上の? じゃあ、あの黒いジレは?
「でも、あの黒は……?」
「貴方の気持ちが知りたくて、あれを頼んだ。なんとも思われてい無い様なら、貴方を忘れようと思った。すまなかった。だが、あの口づけは……私を思っていると自惚れても、良いんだろうか?」
えーっ!? そんな!! 確かにアピールは受けてたし、キスだってされたけど…結婚!?
貴族と庶民なんて、許されないわ!
「マーガル様、そんな事、許されませんわ。私は庶民で……」
「いや、許可は取った」
「はぁ?」
アタシとあろう事が、ちょっと間抜けな返事をしてしまったわ。でもそうでしょう?
「な、何を……」
「兄上に相談した。兄上が婚約なさり家を継ぐ。子も沢山作ると。だから私は自由にしろと言って下さった」
「お父上が……」
「兄上が説き伏せて下さった。それに貴方は才能がある方。当家はカルマド伯より商業ギルドを任されている。そこに貴方が加わる事に、了解を頂けた」
えーっと。何から突っ込んだら良いのかしら?
それ、勝手になさった事よね? アタシの気持ちは?
「怒っておられるのか? 私が勝手に話を進めた事を」
「呆れています。何故アタクシに何も言わずに?」
「断るだろうと思ってな。だから外堀を埋めさせて貰った」
「勝手です!」
立ち上がろうとしたアタシをガッツリと抱きしめ、逃してくださらない。
「んんっ……!」
後頭部を押さえられ情熱的なキスをされると、体から勝手に力が抜けていってしまう。
「貴方と居たいんだ。結婚して欲しい」
翡翠色の瞳が見つめている。もう……本当に分かって無いわ。
「庶民はいきなり結婚なんてしないんです。お付き合いして、お互いを知って、そして永遠の愛を誓いますの!」
「なら、そうしよう。婚約は後で良い」
もう!! なんて事なの? でも、でも、問題があるわ!
「仕事はアタシの生き甲斐ですのよ!? もしも——もしも結婚しても、辞めたくありませんの!!」
「当然だ。貴方はカルマド領でも名を馳せる仕立て屋。そのまま仕事はして欲しい」
「マーガル様。それも有りますが、一つお忘れよ?大事な事ですわ」
「何だ?」
「聞いておりませんわ……肝心なお言葉」
1番聞きたい言葉——でも重い言葉——
「そうだったな。すまない。パラパ、貴方を愛している。私の恋人になって欲しい。そして、いずれ結婚して欲しい」
「マーガル様……! ア、アタシも……お慕い申し上げていました……」
堪えきれずに涙が溢れる。その涙をマーガル様の唇が吸い取ってくれた。
「嬉しいよ、パラパ」
「あ、でも、あのジレは?」
「婚約する時に、貴方に対になる物を仕立てるつもりだった」
マーガル様の腕の中で散々泣いた後、休む様に連れて行かれた部屋はとても立派で——
「あの、ここは?」
「私の部屋だ。思いを遂げても良いか?」
な、なんて急展開なの? アタシ、アタシ~! パニックよ!!
でも、そんな強引な所が……好き……
その後2人で熱い夜を過ごしたのは、言うまでもない。
マーガルというミューズと支援者を得たパラパは、更に才能を発揮し、国1番の仕立て屋として名を轟かせる事になるのだった。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーー
アタクシが彼なりの敬語でアタシは普段用とお考え下さい。
超モブなのに名字を要求してきたマーガル様は、いつかガッツリこき使ってやりたいです。
たまにはメインキャラ以外も楽しいですね。こんな感じで良かったのでしょうか…ドキドキです。
楽しんで頂けたら幸いです。リクエストありがとうございました!
せっかくなので、番外編で使った街も出してみました。
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攻略対象しか見えてない悪役令息の伴侶(予定)なんか、こっちからお断りだ! って思ったのに……! 前世の記憶がよみがえり、自らを反省しました。BLゲームの世界で推しに逢うために頑張りはじめた、名前も顔も身長もないモブの快進撃が始まる──! といいな!(笑)

性悪なお嬢様に命令されて泣く泣く恋敵を殺りにいったらヤられました
まりも13
BL
フワフワとした酩酊状態が薄れ、僕は気がつくとパンパンパン、ズチュッと卑猥な音をたてて激しく誰かと交わっていた。
性悪なお嬢様の命令で恋敵を泣く泣く殺りに行ったら逆にヤラれちゃった、ちょっとアホな子の話です。
(ムーンライトノベルにも掲載しています)
幽閉王子は最強皇子に包まれる
皇洵璃音
BL
魔法使いであるせいで幼少期に幽閉された第三王子のアレクセイ。それから年数が経過し、ある日祖国は滅ぼされてしまう。毛布に包まっていたら、敵の帝国第二皇子のレイナードにより連行されてしまう。処刑場にて皇帝から二つの選択肢を提示されたのだが、二つ目の内容は「レイナードの花嫁になること」だった。初めて人から求められたこともあり、花嫁になることを承諾する。素直で元気いっぱいなド直球第二皇子×愛されることに慣れていない治癒魔法使いの第三王子の恋愛物語。
表紙担当者:白す(しらす)様に描いて頂きました。
魔界最強に転生した社畜は、イケメン王子に奪い合われることになりました
タタミ
BL
ブラック企業に務める社畜・佐藤流嘉。
クリスマスも残業確定の非リア人生は、トラックの激突により突然終了する。
死後目覚めると、目の前で見目麗しい天使が微笑んでいた。
「ここは天国ではなく魔界です」
天使に会えたと喜んだのもつかの間、そこは天国などではなく魔法が当たり前にある世界・魔界だと知らされる。そして流嘉は、魔界に君臨する最強の支配者『至上様』に転生していたのだった。
「至上様、私に接吻を」
「あっ。ああ、接吻か……って、接吻!?なんだそれ、まさかキスですか!?」
何が起こっているのかわからないうちに、流嘉の前に現れたのは美しい4人の王子。この4王子にキスをして、結婚相手を選ばなければならないと言われて──!?


その捕虜は牢屋から離れたくない
さいはて旅行社
BL
敵国の牢獄看守や軍人たちが大好きなのは、鍛え上げられた筋肉だった。
というわけで、剣や体術の訓練なんか大嫌いな魔導士で細身の主人公は、同僚の脳筋騎士たちとは違い、敵国の捕虜となっても平穏無事な牢屋生活を満喫するのであった。

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