鎮静のクロッカス

三角 四角

文字の大きさ
上 下
133 / 142
第6章【番外】スイートピーサイド編

第2話・・・トラウマ_『初一』_『ジグルデ』・・・

しおりを挟む
 二年前、アメリカ。

『Oh, is that all?(あら、その程度?)』

 胸の内から希望の炎がぽっと消えた。
 その声は、心を覆う灰色の雲のようで、逃げ場のない絶望を突き付ける。

 指一本動かすことも叶わないスイートピーは、眼前に広がる灼熱の絶望を前に、ただただ呆然とすることしかできなかった。

(………お兄ちゃん…    )


 ■ ■ ■


「くそー! 負けたー! 俺の『紅熔裂砕流こうようれっさいりゅう』が破られるとは…!」
「まあまだガザニアの司力フォースは付け焼刃の段階だからね」
「言っておくけど僕は止めたんだよ? さすがにスイートピー相手には絶対勝てないって。でもどうしてもって駄々こねるからさ~」
「気にしないでっ、クレソン。……ガザニアっていっつもいい負けっぷりだから、勝ってるこっちも楽しいし!」

 スイートピーとガザニアの勝負後、ローズとクレソンも含めて四人は小休憩を取っていた。
 ちなみにスイートピーは勝負前にガザニアに約束させたカリカリポテトをしっかり奢ってもらっている。
 汗を流した後の塩分補給として作られた『聖』特性カリカリポテトは絶品で、スイートピーも満足げである。
「そう言えば」ローズが切り出す。「『憐山』を潰した件、ようやく後始末も含めて全部終わったらしいね」
 ローズが話しているのは数週間前にクロッカス直属小隊によって『憐山』の幹部であるジスト・レイゴを壊滅させた件だ。
「相変わらずすげぇよな、クローにい。フリージア隊長からよく聞いてたんだけど、『狂剣のレイゴ』って呼ばれてる本名紅蓮奏華ぐれんそうかのぼるって滅茶苦茶強いらしいんだぜ? フリージア隊長以上の『天超直感ディバイン・センス』の持ち主だって認めてるぐらいだしな。……いつか俺が倒したいって密かに思ってたのに、先越されたぜ」
 ガザニアがスポーツ飲料水を飲んで口元を拭いながらしみじみ言うと。
「まー、ガザが倒すとなったらレイゴが90歳越えて老衰間近じゃないと無理な気がするけど…」
「クレンそれどういう意味だぁ!?」
 クレソンの辛辣なツッコミが入った。
「言っておくけど」ローズが口を尖らせる。「クローさんと戦う前にブローディアおねえちゃんが戦って体力を削ったんだからね! そこ忘れないでよ?」
「うん。お兄ちゃんも言ってた」
 スイートピーが同調の相槌を打つ。
「最初にブローディアさんが粘ってくれたおかげで大分楽になったって。……やはり持つべきものは仲間だって」
 湊が仲間のことを話していた時の嬉しそうで楽しそうな笑顔を思い出し、自然とスイートピーにも笑みが浮かぶ。
 年相応の穏やかで幸せそうなスイートピーの笑みに、他の三人の心が無意識の内に絆されていた。
「なるほどな」
 ガザニアがうんうんと頷く。
「確かブローディアさんが戦った直後、コスモスさんも少しだけレイゴと交戦して右眼を灰化させたんだったよな? ブローディアさんに、コスモスさん、仲間が繋いでくれたおかげで無理せず勝てたってところか」
 ガザニアが良い感じにまとめる……が。
「ふん」
 スイートピーが鼻を鳴らした。
「コスモスさんが余計なことしなくてもお兄ちゃんは無理せず勝ってたよ」
「おい!」
 コスモスのことは認めようとしないスイートピーにガザニアがガクッとなる。
「スイートピーのコスモスさんに対する対抗心も相変わらずだな」
 クレソンが呆れる。
「もう…」とほほとローズが肩を竦める。「コスモスさんの実力は認めてるくせに、こういう時は意地でもアンチになるのやめなってば…」
「ふーんだ」
 あからさまにそっぽを向く様は五歳児の子供のようだ。
(……だって、悔しいじゃん)スイートピーの心がきゅっと締め付けられる。(ずっと…ずっと私だけのお兄ちゃんだったのに。お兄ちゃんの一番傍にいたのは私だったのに。……いつの間にかお兄ちゃんの右腕とか懐刀とか言われてさ…。私がそう呼ばれるはずだったのに…っ)
 一人の女として、今のスイートピーは何もかもがコスモスに先を越されている。
 それが悔しくて悔しくてたまらないのだ。
「……もうっ」
 そんなスイートピーの心の内が手に取るようにわかるローズは、それ以上何も言わなかった。


「ところで」ローズが話題を少し逸らす。「クレソン、少し前に『初一そめいち』、行ったんでしょう? どうだった?」
初一そめいち』、と聞いてスイートピーとガザニアも目の色が少し変わった。
「……大部分は今までの任務と変わらないよ」
 クレソンが落ち着いて答えるが、声のトーンが若干重くなった。その時のことを思いだし、自然と力が籠ってしまったのだろう。
「でもやっぱり景色は変わったよ。今までとは比べ物にならない経験値が溜まったって確かな実感がある。……『守られる仮隊員』としてではなく『一端の正隊員』として任務に就いて新たな世界が目の前に広がった……そんな気がする」

初一そめいち』とは仮隊員である12歳以下の隊員が正隊員と同等の内容で任務に当たることを意味する。仮隊員の間はお目付け役として正隊員とツーマンセル行動を義務付けられていたが、『初一』では単身行動を許可され、その場に応じた的確な判断を求められるのだ。
 仮隊員に取っては『正隊員』に取り上げてもらう為の試練であり、一人前として認めてもらう為にみんな一様に奮闘する。
 ちなみに呼び名に関しては、『初めて一人ひとりで』がいつしか略しに略され『初一そめいち』となったらしい。元々は普通に『初任務』だったらしいが、一昔前の『聖』の時代からいつしか『初一そめいち』と呼称されて定着したようだ。

「クレソンはあと何回で正隊員に上がれるか決まってるの?」
 スイートピーが聞く。
『初一』は基本的に複数以上熟して、その実績如何で『正隊員』に昇格するかどうかを『聖』上層部が決める。12歳前後まで戦闘訓練を積む『仮隊員』である時点で『正隊員』への昇格は確約されたようなものなのだが、『初一』を何回行うか、その回数が少ないほど優秀ということであり、仮隊員はお互いの『初一』の回数が気になるのである。
「取り敢えず僕はあと二回だって」
 クレソンは隠すことなく明かした。
「へー、やるじゃん」
 スイートピーが褒めると「うんっ」とローズも頷く。
「大体平均が四回から五回らしいからね。さすがクレソン」
「へっ、俺も負けてられねえな」
 手放しに賞賛されるクレソンを目の当たりにして、ガザニアがきざったく言うと、
「ガザニアは『初一』十回ぐらいさせられそう」
「戦闘力はともかく頭の回転足りてないもんね」
「まあ現実的に考えて七回はやるだろうな」
 スイートピー、ローズ、クレソンの順番で突っ込みが入り、ガザニアがまたガクッとなる。
「ぐ…っ、いや、でも俺は諦めないぞ…! フリージア隊長のように『初一』を一発合格して第二策動隊内でどんどん上り詰めていくんだ…!」
「パパはセンスの化け物だからね。あんまり比べない方がいいと思うな」
 ローズが眉をハの字にして父のことを語る。
 己の父だからこそわかると、実感が込められていた。
「そうそう」クレソンが同意する。「それに知ってるか? 第五隊うちのクレマチス隊長の『初一』の回数?」
 第五策動隊所属のクレソンが自身の隊長の名を出す。
 湊の兄弟子であり、先代クロッカスの弟だ。
「クレマチス隊長? 知らないけど…」
 首を横に振るガザニアに、クレソンが告げた。
「二十二回だよ」
「「「ッ!?」」」
 その回数に、ガザニアだけでなくローズと、スイートピーすら驚かされた。
 まさか『聖』の隊長にまで上り詰めた男が『初一』でそこまで手こずっていたとは思わなかった。
「同期の中でも『正隊員』に昇格するの圧倒的に遅かったらしいよ」
(クレマさん…)
 湊同様、クレマチスにお世話になったスイートピーは開いた口が塞がらなくなっていた……が。
「あー、でもなんとなくわかるかも」
 スイートピーが微笑む。
「昔のクレマさんってとにかく要領が悪くてなんでもかんでもがむしゃらって感じだったから、『初一』とか苦労しそう」
「んふふっ、そうね」ローズがつられて微笑を浮かべた。「クレマチスさんは自他共に〝努力の人〟だからね」
「ああ」クレソンが頷く。「僕が最も尊敬するのはクロッカスさんだけど、クレマチス隊長が上司で本当に良かったと思うよ。なんていうのかな、クロッカスさんは〝後ろを付いていく〟って感じだけど、クレマチスさんは〝横に並んで一緒に頑張ってくれる〟って感じがする」
「未だにお兄ちゃんに対して対抗心超燃やしてるのも逆に魅力的だよねっ」
 スイートピーの言葉に、他三人が吹き出した。しかしそれは馬鹿にしたとかではなく、微笑ましかったからだ。
「そう言えばクローにいの『初一』ってどんな感じだったんだ?」
 ガザニアがふと気になってそんなことを聞く。
 すると、他の三人が「「「え?」」」という感じで首を傾げた。
「知らないの?」
 きょとんとローズが首を傾げる。
「まーでも確かに僕達も伝え聞いたから、周りに話す人がいないと知る機会もないのか…。その頃のクロッカスさんは相当荒れてたって聞くし、率先して話したがる人もいないかも…」
「な、なんだよ…」ガザニアが居心地悪そうに。「一体何があったんだよ…」
「お兄ちゃんはそもそも『仮隊員』だった時期なんてないんだよ」
 スイートピーがさっくりと答えた。
 ガザニアが「え?」と目を丸くする。
「お兄ちゃんは『聖』内で行った初めての模擬任務で思考力・順応力・応用力・指導力などの評価要素全てで満点を叩き出して最初から『正隊員』に昇格されたんだ」
「は!? 模擬任務…で…?」
 模擬任務とは読んで字の如く、実戦を想定して任務や敵を立てて行う任務の練習のことだ。
『聖』の模擬任務の精度は高く、まず『聖』の隊員候補は何十回何百回何千回と模擬任務を経験し、やがて仮隊員として正隊員とツーマンセル行動で実戦経験を積んでいくことで『初一』という試練に挑んでくのだ。
「マジか…俺なんて初めての模擬任務ボロクソに評価されたのに……」
「まあ、『聖』で模擬任務を経験するのは五歳前後で、お兄ちゃんは約八歳の時に『聖』に入ったから、その分有利だったかもしれないよ?」
「いや11歳の今の俺が模擬任務やっても一発で正隊員になんてなれる気がしねえよ! つか今でもまだ模擬任務やってるけどフィードバックめっちゃ書かれるし!」
 スイートピーのフォローにガザニアが全力で異議を唱える。
 するとスイートピーがぺろっと舌を出した。どうやら兄の自慢をしたかっただけのようだ。
「つかよ、」まだガザニアは残っていた疑問をぶつけた。「それでも模擬任務で一気に『正隊員』は強引過ぎないか? やっぱり、いくらなんでも『仮隊員』の時期は挟む気がするんだが…」
 ガザニアの疑問は最もだった。
 しかし、そのガザニアの疑問に他三人がクスリと笑った。
「そこがクロッカス隊長の凄いところというか、強かなところというか…」
 クレソンが喜悦に浸るように言う。
 訳が分からないガザニアにローズがもったいぶらず告げた。
「その模擬任務を開始する前、当時八歳前後のクロッカス隊長が総隊長ママや…当時の第四隊の隊長のバイオレットさんにある交換条件を持ち掛けたのよ。俗物的な言い方をすれば〝取引〟を」
「取引…?」
 ローズが呆れ苦笑交じりに続ける。
「そう。……『模擬任務で満点を出したら「正隊員」に最初から昇格させて下さい』って」
「ッッ!」ガザニアがあんぐりと口を開ける。「八歳でそんな啖呵を……マジか…。それを瑠璃さん達は了承したってことだよな?」
「そう!」
 元気よく答えたのはスイートピーだった。
「まあ普通ならやんわり断るのが普通なんだろうけど、お兄ちゃんの才能は当時からズバ抜けてたからね。瑠璃さんは最初反対したけど……バイオレットさんが説得してくれたんだ」
 バイオレット、その名を呼ぶ時、スイートピーの表情に憂いが帯びた。
 その人物もまた、先代クロッカス同様、湊やスイートピーに取って大きな存在だったことがわかる。
「なるほどな」ガザニアが納得する。「そうして見事模擬任務で満点を叩き出して最初から『正隊員』になったわけか…! やべー…しか感情湧かないぜ…」
『聖』の過酷さや厳格さをしっかり理解しているからこそ、湊の現実離れした功績に寒気が走る。
(……そう)
 スイートピーが心中で呟く。
(お兄ちゃんは別格。比べても仕方がない。……でも、叶うなら同じ道を辿って胸を張って隣に立ちたかったな…)
 
 ……その時、スイートピーの脳裏にがフラッシュバックした。

(……ッ。でも、もう叶わない。……結局、身の丈に合ったスピードで成長するのが一番なんだよね)

 スイートピーは心に差した真っ暗な闇に、きゅっと心が少し締め付けられた。


 ※ ※ ※

「まあ、そういうわけで隊長まで上り詰めた人達の『初一』も多種多様。あんまり人と比べずに自分の精一杯をぶつけることが一番だよ」
『初一』経験者のクレソンがまとめると、ガザニアが「はぁ」と深々と溜息を吐いてスイートピーを見やった。
「なーんかスイートピーとか『初一』一発で正隊員に昇格しそうだよな」
 ガザニアはなんてことない雑談混じりのつもりで、スイートピーからは生意気で堂々とした自信のある返しを期待していた。
 ……しかし。
「……そうね」
 スイートピーの少し物憂げな言葉に、ガザニアが眉を顰める。
「ごめん、ちょっとお手洗い行って来る」
 そしてスイートピーがそそくさとこの場から退散してしまった。
 とてとてと小走りで小さくなっていく。
「………え?」
 突然のスイートピーの変化にガザニアが瞬きを繰り返し、クレソンも首を傾げている。
「あらー」
 そして一人だけ状況を把握しているらしいローズに視線が向けられる。
「ローズ…あれ、どうしちまったんだ?」
「んー………まあスーも怒らないと思うし、軽く話す分にはいいわよね…」
 ローズが少し思案に耽り、ゆっくりと視線を二人に戻した。
「二年ぐらい前、スーがアメリカで受けた任務、覚えてる?」
 ガザニアは「?」と思い浮かばないようだが、クレソンは思い当たる節があったようだ。
「まだアメリカに留学していたクロッカス隊長と当たったやつか。アメリカ西部から北部にかけて広く勢力を広げていた巨大裏組織『ジグルデ』の幹部の一人に関する何かの工作任務だったか?」
 一拍置いて、クレソンが続けた。

「……それで確か、スイートピーがミスしたんだったよな」

 ローズが「うん」と頷く。
「久しぶりにクローさんと会えてはりきっちゃったみたいでね。褒めてもらおうといつもの聡明さが欠けて、独断専行で危ない目に遭ったのよ」
 そこでガザニアも思い出したようだ。
「そう言えばあったな。スイートピーがアメリカ滞在中にミスして大怪我したとかって。……え、まさかその危ない目に遭ったってのがトラウマにでもなってるのか?」
 スイートピーはそんな玉ではないだろ、とガザニアが言外に言う。
「スーは自分の命欲しさに委縮するタイプじゃないけど……自信に満ち溢れていたスーの心を見事に打ち砕かれたからね。それに仲間にも迷惑を掛けちゃって。……トラウマってほどじゃないと思うけど、なんていうのかな、心残り? のようなものが燻ってて、ああしてフラッシュバックした時は一人になってその感情と向き合う時間を作ってるのよ」
「なるほどな…。まあスイートピーも何の苦難もないわけにはいかないってことか」
「ガザの方が何十倍もミスしてるのにな。……意外と繊細というか」
 クレソンの感想にガザニアが「クレンこら!」と騒ぎ始める。
 ローズは二人のじゃれ合いをよそに、スイートピーのことを考えていた。
(スー……ここ数カ月はフラッシュバックすることもなかったのに……さすがのスーも『初一』を前にして緊張してるのかな?)


 ■ ■ ■


(……今頃、ローズがフォローしてくれてるのかな…。心配かけちゃったな…)
 スイートピーは今の時間帯はあまり使用されない女子更衣室でロッカーに背を預け、胸を押さえて静かに呼吸を繰り返していた。
 そしてガザニアとクレソンにフォローしてくれているだろうローズを思い、申し訳なさで一杯になっていた。
(……違うんだ、ローズ。私はそんなに強い人間じゃないよ…)
 スイートピーの脳裏に、二年前の光景が、あの時の敵の笑みが蘇る。
 それを思い出すだけで、身が竦み、頭の中にもやがかかったように脳が回らなくなる。

 ………完全にトラウマとなってスイートピーの心体を蝕んでいる。

 クロッカスの隣に立つ、『聖』を支える、お嫁さんになる、そう自分を鼓舞することでもやを取っ払い、今日に至るまで様々な任務でしっかり実績を積み上げてきた。
 セルフコントロールはできているつもりだ。実際、フラッシュバックすることも数カ月に数回程度なのだから。……それでも、思い出した時は調子が大分崩れてしまう。

(……二年前に比べれば大分落ち着いてきたけど……まだまだあの挫折を完全に克服するってわけにはいかないのかな…)

 スイートピーが自嘲気味に笑った。
 自分はまだまだなのだと改めて自覚したのだ。
 これからトラウマを克服し、『正隊員』に上がって

 しっかり自分のトラウマと向き合う時間を設け、頭を冷やしたスイートピーはローズ達の元へ戻ろうと出入口につま先を向ける。
 

 ………しかしその時、更衣室の自動ドアが先に開いた。


「…!」
 驚くスイートピーを前にして、その人物は電気を点けながら目を細めた。
「……灯りも点けずに何してるのよ? スイートピー」
「コスモス……さん…っ」
 入室してきたのは第四策動隊所属のコスモスだった。
 赤髪がおさげでまとめらている外見の印象もあり、一見楚々とした雰囲気があるが、実際は隙が無く研ぎ澄まされた刃を忍ばせた静かなる殺意を秘めている。
 湊の右腕として数々の任務を熟してきた傑女だ。
 悔しいが、スイートピーが勝る部分は湊への愛と歴ぐらいだ。
「別に! 何も!」
 一応心配する素振りを見せたコスモスにスイートピーは「ふん」と素っ気ない態度で誤魔化し、コスモスの真横を通って部屋を出て行く。
 我ながら大人げないと思うが、コスモスに弱みは見せられない。
「スイートピー」
 そのまま去ろうとするスイートピーをコスモスが呼ぶ。
 無視するわけにもいかず、振り向いて「なに?」と聞いた。

「貴女の『初一《そめいち》』が決まったわよ」

「ッッ!?」
 スイートピーが目を見開いた。
 そろそろだとはわかっていたが、このタイミングで伝えられては不意打ちもいいところである。

「私も同行するから、よろしく」

「ッ! ……ふーん、瑠璃さんも粋なことしてくれるね」
 スイートピーが挑戦的な笑みを浮かべる。
 彼女に取って、コスモスは湊の次に情けない姿を見せられない人間だ。恋敵に弱さを露わにするわけにはいかない。
 瑠璃さんの声がはっきり聞こえてくる。〝これぐらいのプレッシャーははね返してみせなさい〟という不適な声が。

(いいじゃない! やってやろうじゃない!)
 スイートピーは既に先程までの不安や動悸は収まり、恋敵へのライバル心でメラメラとやる気の炎を燃やしていた。

「それともう一つ。明日には話されると思うから、先に伝えおくわ」
 コスモスが人差し指を立てる。
 頭上に疑問符を浮かべるスイートピーに、コスモスが静かに告げた。


「今回の任務の標的ターゲットは、アメリカの巨大裏組織『ジグルデ』の元幹部よ」


「……ッッ!」

 ……その言葉を聞いた瞬間に、スイートピーの昂っていた感情が一瞬で消えた。

 アメリカの巨大組織『ジグルデ』。
 かつてスイートピーがミスを犯し、未だに纏わりつく忌まわしいトラウマの元凶だ。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

寝室から喘ぎ声が聞こえてきて震える私・・・ベッドの上で激しく絡む浮気女に復讐したい

白崎アイド
大衆娯楽
カチャッ。 私は静かに玄関のドアを開けて、足音を立てずに夫が寝ている寝室に向かって入っていく。 「あの人、私が

隣の人妻としているいけないこと

ヘロディア
恋愛
主人公は、隣人である人妻と浮気している。単なる隣人に過ぎなかったのが、いつからか惹かれ、見事に関係を築いてしまったのだ。 そして、人妻と付き合うスリル、その妖艶な容姿を自分のものにした優越感を得て、彼が自惚れるには十分だった。 しかし、そんな日々もいつかは終わる。ある日、ホテルで彼女と二人きりで行為を進める中、主人公は彼女の着物にGPSを発見する。 彼女の夫がしかけたものと思われ…

隣の席の女の子がエッチだったのでおっぱい揉んでみたら発情されました

ねんごろ
恋愛
隣の女の子がエッチすぎて、思わず授業中に胸を揉んでしまったら…… という、とんでもないお話を書きました。 ぜひ読んでください。

RUBBER LADY 屈辱の性奴隷調教

RUBBER LADY
ファンタジー
RUBBER LADYが活躍するストーリーの続編です

妻がヌードモデルになる日

矢木羽研
大衆娯楽
男性画家のヌードモデルになりたい。妻にそう切り出された夫の動揺と受容を書いてみました。

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

お嬢様、お仕置の時間です。

moa
恋愛
私は御門 凛(みかど りん)、御門財閥の長女として産まれた。 両親は跡継ぎの息子が欲しかったようで女として産まれた私のことをよく思っていなかった。 私の世話は執事とメイド達がしてくれていた。 私が2歳になったとき、弟の御門 新(みかど あらた)が産まれた。 両親は念願の息子が産まれたことで私を執事とメイド達に渡し、新を連れて家を出ていってしまった。 新しい屋敷を建ててそこで暮らしているそうだが、必要な費用を送ってくれている以外は何も教えてくれてくれなかった。 私が小さい頃から執事としてずっと一緒にいる氷川 海(ひかわ かい)が身の回りの世話や勉強など色々してくれていた。 海は普段は優しくなんでもこなしてしまう完璧な執事。 しかし厳しいときは厳しくて怒らせるとすごく怖い。 海は執事としてずっと一緒にいると思っていたのにある日、私の中で何か特別な感情がある事に気付く。 しかし、愛を知らずに育ってきた私が愛と知るのは、まだ先の話。

同僚くすぐりマッサージ

セナ
大衆娯楽
これは自分の実体験です

処理中です...