鎮静のクロッカス

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第5章 トレジャー・ガール

第20話・・・漣湊VS亜氣羽_暗殺者_命懸けで・・・

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 空。
 誰にも見られず、知られていない雲の上で、湊と亜氣羽は対峙していた。
「結界、張らせてもらうよ」
 湊が返事を聞かずに素早く結界を張った。
 亜氣羽が周囲を見渡しながら、「おう!」と目をキラキラさせている。
「すご! はや! しかもこれ…結界法サークル・アーツ六重セクスティプル…いや、七重セブンフォールド? たくさん張るんだねっ」
「亜氣羽さんの『洸血気オーブ・エナジー』相手だと、特殊な結界を一枚張るよりも、通常の結界を数多く張った方がいいと思ってね」
 隠さず己の考えを述べる湊に、亜氣羽がクスリと笑って答える。
「ふふっ、ちゃんとボクのことわかってくれてるんだっ!」
「わかってるついでに、この際だから聞いてもいい?」
 湊が淡々とした言葉遣いで聞き、亜氣羽が「どうぞっ。なに?」と笑顔で促す。
「まずはっきりさせたいんだけど、亜氣羽さんは『指定破狂区域ハザード・エリア』……危険な鬼獣が住まう『慟魔の大森林』から来たんだよね?」
 ストレートに湊が問う。
 湊の中では確定していることだが、直接確認は取っていなかったからだ。
「……綺羅星おばさんおじさんから何か聞いたのかな。………うん、そうだよ。ボクはまだ赤ちゃんの頃に、『慟魔の大森林』の浅瀬に捨てられてたところを拾われたらしくてさ。『慟魔の大森林』のすごい奥にある館で育ったんだ」
 自分が捨て子であることをあっさり告白しつつ認める亜氣羽。言い方や手仕草などが多少演技掛かっているが、それは悲劇のヒロインを強調しているだけで嘘は述べていない。
 精神が揺れていて『超過演算デモンズ・サイト』が効き辛いが、それぐらいは読める。
「……俗世からは隔絶されてるのに、『慟魔の大森林』や結界法サークル・アーツ源貴片オリハルコンとかの用語は通じるんだね」
 湊がついでに気になることを尋ねると、亜氣羽が楽しそうに目を細めた。
「へぇ、やっぱり鋭いね、ミナトくん。……あんまり喋っちゃダメなんだけど…。ボクの家族の一人が、遠くまですぐ行ける能力持っててね。時々外の世界に行っては雑誌とか本とか買って情報を仕入れてるんだ。
 だからちゃんと知ってるよ。フォーサー司力フォースエナジー法技スキルアーツ。ボクが住んでる森は『指定破狂区域ハザード・エリア』の中でも特に危険な『参禍惨域スリー・ヘルネス』って呼ばれてることもね」
 亜氣羽が「ちなみに他の二つは『屍闇しぐら怪洞窟かいどうくつ』と『焉螺えんら深海底しんかいてい』」と付け加える。
 湊は「ふーん」と相槌をうちながら(無難に転移法ワープ・アーツかな?)と亜氣羽の仲間の司力フォースを分析しつつ、率直に気になることを聞いた。
「ところで、くだんのババ様について少しでも教えてもらえたりする?」
 聞くと、亜氣羽は喜楽の笑みを深めながら悩ましそうに首を傾げたが、「あ!」と何か悪戯を思いついた子供のように目を輝かせる。
「ボクと一緒に来てくれれば紹介するよ!」
「じゃあ、それはまた次の機会にしようかな」
 湊が目を瞑って即答する。
 亜氣羽が頬を膨らませて。
「……もうっ、恥ずかしがり屋なんだからっ。……………ごめんだけど、力づくでいくよ」


「俺もそのつもり」


 その湊の声は、亜氣羽の真後ろから聞こえた。

「あはッ! 速いね!」

 以前、S級の『狂剣のレイゴ』も惑わした存在を消すかのような湊の超スピードなのだが、それを亜氣羽は快活な声と共にジャンプして躱してみせた。
(……今のに容易に反応するか…。探知に優れた風属性に加えて『慟魔の大森林』っていう危険地帯で育っただけあって、危機察知能力は相当高いね)
 亜氣羽はそのまま距離を取りながら、戦闘には不向きなトレンチコートを脱ぎ捨てた。
 見れば、亜氣羽は手の平サイズの水晶を入れた巾着を左腕に巻き付け、右手にはとある武器を所持していた。
 30センチほどの柄からぐわんと湾曲して伸びる、半月型の刃。
 湊はその武器を知っている。
(中近東に伝わる曲がった刃が特徴的な片刃刀、半月刀シャムシール。総体的なサイズ感は短刀ほどだけど、曲線を描く刃は獲物の首をすっぽり包んで斬り裂くことに特化させている。……なるほど、これで鬼獣を狩ってるってわけね)
 薄着の七分袖姿になった亜氣羽は左腕に巻き付けた『源貴片オリハルコン』入りの巾着の位置を整えながら、湊に笑い掛ける。
「本当ならさっきの獣装法レグド・アーツでカッコよくダイナミックに決めたかったんだけど……ミナトくん想像以上に速いみたいだからね。ボクが一番速くて強く戦える半月刀これで、いかせてもらうよ。……少し傷が付くかもしれないけど、後でちゃんと手当してあげるからね」
「その武器は誰に作ってもらったの?」
「だからそういうの聞きたかったらボクと一緒に来てって!!」
 言うや否や、亜氣羽が大きく一歩踏み出した。

「『獄森緑領域ディル・フォレスト・テリトリー』ッッ!!」

 踏み出した亜氣羽の足からエナジーが広がり、足下には分厚い地面を、周囲には生い茂る草花を、頭上には光を遮断する巨木を具象する。
 亜氣羽が最も得意とする〝森林〟を戦闘の舞台への塗り替え。膨大なエナジー量が無ければできない御業………で、あるが。

「『虚無激振ゼロ・ビブラート』ッ!」

 亜氣羽が一瞬で広げる『獄森緑領域ディル・フォレスト・テリトリー』に真向からぶつけるように、音叉を鳴らして振動波をぶつける。
 鎮静系特有の理界踏破オーバー・ロジック一歩手前の法技スキル虚無法ゼロ・アーツ
 触れたものを悉く滅する風の振動波によって、亜氣羽が具象展開していた木々や大地が完全に消し去られてしまった。
「やっば…っ」
 展開途中とはいえ、莫大な物量だった『獄森緑領域ディル・フォレスト・テリトリー』をまるっと風で呑み込むように消滅してみせたことに、亜氣羽は楽しむ余裕無く驚愕する。
「…ッッッ!?」
 ……そして次の瞬間、亜氣羽は身の毛もよだつ危機感を覚え、脳が命令するより速くその場で屈んだ。
 直後、また亜氣羽の真後ろに高速移動していた湊の音叉の横薙ぎが空を切った。
 亜氣羽は強風を巻き起こしてその場から距離を取りながら、ゴクリと喉を鳴らした。
(ボクが簡単に背中を取られるなんて…さっきのが最高速トップスピードじゃなかったの!?)
 そして湊も、亜氣羽の探知能力と反応速度に驚いていた。
静動法サイレント・アーツ加速法アクセル・アーツを併せて相手の死角を取る歩法『夜御影よみかげ』にも気付くか…。俺の自慢の歩法なんだけどなぁ。……エナジー量だけでなく、総合的にS級としてのスペックは兼ね揃えてるみたいだね…。………………………でも、)
 湊の瞳が怪しく光る。
 すると、距離を取っていた亜氣羽の動きが重く、鈍くなった。
「……え!? これって…」
「『遅延領域レイト・テリトリー』。……野性的な亜氣羽さんのスピードも、緩めちゃえば怖くないってね」
 鎮静系特有の対象の動きを緩やかにする遅延法レイト・アーツ
 湊は亜氣羽が躱して退避する先を予測して予め『遅延領域レイト・テリトリー』を罠として張っていたのだ。
「こんなもの…!」
 とはいえ、亜氣羽レベルの実力者には一時的にしか自由を奪えず、エナジーを拡散して『遅延領域レイト・テリトリー』を払ってしまう。
 だが。
「『鎧響きの震振スルーメイル・ビブラート』」
 一時的に自由を奪えれば、それで十分。
 湊は瞬時に亜氣羽の目の前に現れ、片方の音叉を亜氣羽の頭目掛けて振り下ろしていた。
「ッッ!」
 亜氣羽は回避が間に合わないと判断し、咄嗟に半月刀シャムシールで防いだ。
 ………しかし。
 ガキィンッ! と音が鳴り響き、亜氣羽の半月刀シャムシールを通じて強い振動が右腕、そして全身へ伝導する。
「ぁッッ!?」
 亜氣羽は耐え切れず顔を歪ませる。
鎧響きの震振スルーメイル・ビブラート』は武器や防具を通じて相手の身体に強振動を伝えて動きを封じる技だ。
 骨の芯まで振動し、麻痺してしまった亜氣羽の脳天に向けて容赦なく音叉を振り下ろす。
「くッッ!『真空の壁ボイド・ウォール』ッッ!」
 回避が間に合わないと判断した亜氣羽が咄嗟に真空の壁を張る。
 風の応用、真空。
 空気のない壁に阻まれては湊の振動も伝わらない。見事に弱点を突いたと言える。
(『夜御影よみかげ』)
 ………だが亜氣羽の気は休まらなかった。
 たった今、目の前で『真空の壁ボイド・ウォール』に向かって音叉を振り下ろしていた湊が、真後ろに瞬間移動していたのだから。
「なッ…!?」
「『鎧響きの震振スルーメイル・ビブラート』」
 一瞬気付くのが遅れた亜氣羽の眼前に、横薙ぐ音叉が接近する。
「『木節人形プログ・ドール』ッッ!!」
 亜氣羽が叫ぶと、人間大のデッサン人形のような球体関節を持つ木製人形が具象化し、まだ痺れて動けない亜氣羽の腕を持って円を描くように振り回してその場から退避させた。
 湊は木製人形を破壊しながら、多少なりとも驚いていた。
(……『木節人形プログ・ドール』は具象系フォーサーが『分身法フロック・アーツの具象を特訓する際に最初に着手する、球体関節のシンプルな人形。…分身を作るより速く具象できるのは当然だけど、俺が音叉を振るってる一瞬にも満たない間に完全に具象化して、しかも亜氣羽さんを逃がされるとはね…)
 一筋縄ではいかないな、と思う湊だが、

 ……亜氣羽はそれ以上に驚かされていた。

「…………ちょっとさぁ、え? 強過ぎない? いや、強いっていうか速いっていうか……ボク全然本領発揮できてないんだけど…」
 亜氣羽が顔色を悪くして頬を引き攣らせる。
 最初の『獄森緑領域ディル・フォレスト・テリトリー』を打ち消されたところから始め、亜氣羽でも探知しきれない湊の攻撃に翻弄されっぱなしだ。
 今は『木節人形プログ・ドール』を盾にしてなんとか距離を置いたが、探知法サーチ・アーツは一瞬たりとも緩められない。
 湊が「それは悪いね」と苦笑する。
「本の中の物語みたいな魂と魂をぶつけ合う熱戦を期待してた? ごめんよ。……でも俺の役職って〝戦士〟というより〝暗殺者〟なんだ」
「…暗殺者……っ」
「そう。……迅速に、的確に、敵が本気を出す前に殺す。本当はこうして正面切って対決するのも俺の流儀に反するんだ」

 湊の言う通り。
 最近で言えば、湊がクロッカスとして交戦したのは淡里深恋と『狂剣のレイゴ』こと紅蓮奏華登だが、両者共に湊の本領を出すには至らなかった。
 これこそ湊の真の戦闘スタイル。
夜瑩振死ナイトヘル・ラート』。
超過演算デモンズ・サイト』で敵の動きを読み、『鎮静』と『振動』を主体に、〝戦い〟が始まる前に〝殺す〟司力フォースだ。

 湊が薄っすら笑みを浮かべる。
「でも今は殺すつもりはないから安心して。……こうなった以上、君を無力化して俺が所属する組織に連れていく。その後、ババ様さんとじっくり交渉させてもらうよ。あ、別に亜氣羽さんに危害を加えるような人達じゃないからそこも安心してね」
 フラットな感情で述べる湊に、亜氣羽は呟くように応えた。
「……組織…。やっぱりミナトくんもそういう秘密結社の一員なんだね…」
「俺が所属していることは秘密だけど、その組織自体は『フォーサー協会』に登録された正規組織だよ」
 亜氣羽は湊の訂正を右から左に流したようにぴくりとも反応せず、魂が半分しか宿っていないような脱力した佇まいで口を開いた。


「……いいなぁ」


 それは、亜氣羽の心からの声だった。
「表では普通の学生で、裏ではとある組織の構成員。しかも頭も良くて滅茶苦茶強い。しかも顔も良い。……ボクがよく想像する〝カッコいい自分〟そのものだ…」
 その亜氣羽の言葉の節々から、羨望と嫉妬が見え隠れしている。
 湊は会話で動揺を誘いながらまた攻めるチャンスを探っているのだが、隙がなく攻めあぐねているのだ。
 それほど、今の亜氣羽は得体の知れない集中力を放っているのである。
「別にさ、ババ様達家族に不満はないよ……優しくて頼りになるボクの掛け替えのない存在だよ………でもさ、生涯をあの歪んだ森で過ごすなんてやっぱりボクには無理ッッ!! ねぇ、ボクが『指定破狂区域ハザード・エリア』とか『参禍惨域スリー・ヘルネス』とかって呼ばれてる『慟魔の大森林』で暮らしてるって聞いてどう思ったッ!? ボクのことを〝歪んだエナジーが漂う空間でも生存できる特殊な人間〟なんて浅い見解で済ませたんじゃない!? ボクだって普通の人間だよ!? 洸血気オーブ・エナジーが充満する歪んだ場所が最初から平気だったわけないじゃんッッ! ボクは物心ついた五歳の頃には森の中を散策して『洸血気オーブ・エナジー』に慣れるっていう地獄の特訓をしたんだよ!? 体の中に〝歪み〟の塊がどろどろと皮膚や血管や臓器を内側から引っ掻く感覚がわかる!? あの頃は毎日泣いてたッッ!! ババ様や他の家族が〝この森で生きていくためだ〟〝がんばれ〟って応援してくれたからなんとか踏ん張れたけど、今思い出してみるとあんな一歩間違えれば人間が壊れた育て方、絶対間違ってたって思うよッッ!! その後もめっちゃ強い鬼獣と戦わされたりしてさ!」
 溜まり、抑えていた鬱憤を、険しい表情の亜氣羽が解き放つ。

「もちろん全部家族のみんなが支えて寄り添ってくれたけど、…………それでも何度も死にたいって思った……ッッ!」
 
 本音が漏れた亜氣羽がこてんと小首を傾げる。
「………あれ、ボク結局何を言いたかったんだっけ…?」
 やはり源貴片オリハルコンの影響で精神が揺れているようで、己の制御が出来ていない。
 亜氣羽は「まあいいや」と表情から険しさを消し、少しアンニュイな蕩けた瞳を向ける。
「とにかくあれだね。ミナトくんがボクの好みのど真ん中で、妬ましいけど憧れちゃう存在ってことだね!」

 その瞬間、亜氣羽を中心に赤黒いエナジーが渦巻いた。
 
 湊が面倒そうに眉を顰めた。
(……ッ、『洸血気オーブ・エナジー』か…。になってないのにこれだけの量を…。『超過演算デモンズ・サイト』がもうちょい通じれば、もっと速く倒せたんだけどなぁ。……これは仕方ないな)
 湊もある程度割り切っていたので、下手にゴリ押しせず、亜氣羽が瞬間を見定めた。

「……そうそう。こっちの世界の用語をボク達の方でも使ってるって言ったけど、の掛け声だけは、『鬼尤羅化《ルオ・イニシエート》』じゃなくて、こう唱えてるんだ!」

 亜氣羽の全身に赤黒く発光するラインいびつで神秘的な血管のようなものを刻み走らせながら、叫んだ。


「『鬼寶我きほうが』ッッ!!」


 亜氣羽の頭から指先にかけて走る赤黒いラインが更に強く輝き、亜氣羽の額に赤黒いツノが二本、太く、鋭く、猛々しく、生える。
 二本とも30センチを超えた立派な『鬼赫角ルオ・ホーン』だ。


 ……『修羅士ラクシャーサ』。


 鬼獣と同じ『鬼赫角ルオ・ホーン』を生やし、『歪曲』の特性を持つ『洸血気オーブ・エナジー』を扱う司力フォース
鬼獣使士ブルート・テイマー』である乙吹礼香も行使していたが、乙吹の『修羅士ラクシャーサ』とは格別の力を内包していることがわかる。
 5センチ前後だった乙吹の『鬼赫角ルオ・ホーン』に対して、亜氣羽は30センチ以上。感じる『洸血気オーブ・エナジー』の量も桁が違う。
 
 
 正に〝鬼〟と化した亜氣羽は『半月刀シャムシール』に赤黒いエナジーを纏わせながら、全身を見せびらかすように両手を広げて叫んだ。

「どう!? ミナトくん!? ボクが何度も死ぬ思いをしながら習得した『修羅士ラクシャーサ』は!? カッコいい!? カワイイ?」


「………うん。綺麗だよ」
(……ははっ。想像以上に厄介そうじゃん?)




 ■ ■ ■



『聖』アジト。
 長い赤髪を首のところで束ねて肩前に下げた少女、コスモスがこれから訓練場へと向かう道中、何ヵ所かあるキッチン部屋の一つから、コスモスが個人的に気にしている人物の声が聞こえた。
「……ねえ、ガーちゃん。ここでこのスパイスを入れるとお兄ちゃんは喜ぶの?」
「うんっ。クローの好きな味付けだよ」
 コスモスが部屋を覗くと、濃厚なカレーの匂いと共に二人の人物が映った。
 淡い桃色のポニーテールが愛らしい11歳の少女、スイートピーと、
 コスモスと同期の黒髪ボブヘアがよく似合うガーベラだ。
 エプロン姿の二人は今キッチン部屋の一角のコンロを使ってカレー作りをガーベラがスイートピーに教えているらしい。
「あ、コスモス」
 先に気付いたガーベラが振り向く。
「え!? コスモス!?」
 すると、スイートピーがその名に素早く反応し、部屋の入口に立つコスモスをロックオンする。
「コスモスじゃん…。これから特訓?」
 そしてさながら険悪な関係のライバルに向けるような煽るような表情でコスモスに歩み寄る。勇ましく強い態度なのだが、四歳上のコスモスとの身長差の所為でどうしても小さくて可愛いという印象が勝ってしまう。
 コスモスが淡々と言葉を返す。
「ええ。スイートピーは料理?」
「うんっ。……お兄ちゃんが好きなカレーの作り方、教わってたんだっ! 将来、お兄ちゃんのお嫁さんになったらたくさん作ることになると思うからっ」
「……だったらまず兄と呼ぶのを変えたらどう? お兄ちゃんお兄ちゃんと呼んでいたら、妹としてしか見られないわよ?」
「ふんっ。お兄ちゃんをお兄ちゃんって呼べるのは私の特権だもん。……絶対、誰にも渡さないから」
 バチバチッ、とコスモスとスイートピーの間に火花が散る。
 スイートピーと湊の関係性は一言では言い表せない。仲の良い兄妹、深い間柄、という言葉すら生温い。
 しかしそれはコスモスも同じだ。湊との関係は他の隊員達より断然濃い。
 故に、コスモスとスイートピーはれっきとした恋敵なのである。
「待って待って待って!」
 そんな今にも大怪獣対戦が始まりそうな空間で唯一の一般人、ガーベラが瞬時に二人の間に割って入った。
「ほら! スー、火を点けてる時は目を離しちゃダメって言ったでしょ!」
 ガーベラの指摘を受け、消化不良そうに頬を膨らませたスイートピーは数秒強い視線をコスモスに浴びせた後、鍋の前に戻っていった。


 はあ、とガーベラは溜息を吐きながら。
「……ほんと、普段は冷静なのにスイートピーの時だけ感情的になるわね」
 隣のコスモスは鍋のカレーをかき混ぜるスイートピーの背中を見詰めながら、自嘲気味に笑った。

「仕方ないじゃない。……湊が命懸けで守った存在である彼女には、どうしても負けられないんだから」
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