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第5章 トレジャー・ガール
第17話・・・勇士VS綺羅星(?)_愛衣の謀_急転・・・
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「おおおおおおおおおおおおお! 琉花もやるじゃん! あれもう勝ったみたいなもんじゃない!?」
琉花と乙吹の勝敗を目の当たりにして、亜氣羽がぼりぼりポップコーンを食べながら目をかっ開いて驚いている。
ちなみに琉花の人質娘という呼び名は、以前琉花が綺羅星に人質に取られたところから来ていると思われる。
「亜氣羽さんは乙吹礼香の『修羅士』見てどう思った?」
右隣に座る愛衣がコップに口を付けながら探りを入れた。
『指定破狂区域』に住む亜氣羽なら、『修羅士』について何か思う所があるはずだからだ。
亜氣羽は「ん~」と考えてから、
「君はどう思う?」
ぐるっと首を逆側の湊に向けた。
湊は(俺に来るか)と思いつつ、特に慌てず月並みな答えを返した。
「鬼獣の鬼赫角を生やせる人がいるのは知ってたけど、見るのは初めてだったからめっちゃ驚いた。すごいね」
「やっぱりそうだよね! うんっ!」
亜氣羽はそれだけ聞くと満足気に頷きモニターに視線を戻した。
「「………」」
愛衣の問いかけに答えたようで答えていない亜氣羽の奔放さに、湊と愛衣は視線を合わせ、肩を落とした。
「それにしてもさー」
亜氣羽がマイペースに発言する。
「勇士、カッコ悪過ぎない?」
湊と愛衣の視線が、勇士VS綺羅星桜を写すモニターに向く。
……そこでは、勇士が手も足も出ず圧倒されていた。
「他の二人はこんなに頑張ったのに、一番実力差がない勇士がこれって……さすがのボクでも可哀想に見えちゃうな」
今まで嫌悪しかなかった亜氣羽の勇士に対する感情に、憐憫が加わっている。
湊は満身創痍な勇士を見ながら、担任であり部下であり、今回の『宝争戦』に備えて勇士の指導役を担った蔵坂鳩菜との会話を思い返していた。
『私ではどうすることもできませんでした。……申し訳ありません、隊長』
『気にしないで。………いやぁ、これは愛衣に一本取られたね』
湊は今、愛衣が何を考えているのか気になった。
■ ■ ■
勇士と綺羅星桜のマッチアップは、終始綺羅星が圧倒していた。
(紅華鬼燐流・九式『過蒸閃』ッッ!!)
高熱の炎を纏った二刀を振り、全てを蒸発させる二連撃を勇士が繰り出す。
「踏み込みが甘いわよッ! カウンターを恐れてるのが見え見えだわッ!」
綺羅星はその二連撃が繰り出される前に勇士の左腕を蹴り上げ、炎を逸らし、空いた左脇腹に右拳を叩き込んだ。
「ぐ…っ」
防硬法で体を気で覆って防御していたが、気を軽く貫通する拡張系特有の衝直法を施しており、体の芯に響き内臓が破裂せんばかりの衝撃が走る。
ぼろぼろな体を動かした決死の攻撃だったがあっさりいなされてしまった。『過蒸閃』は広範囲攻撃であり、多少は綺羅星にも当たっているはずだが、あまりダメージを負っている様子はない。
なんとか踏ん張った勇士だが、両足だけでは自身を支えきれず、刀を地面に付けてしまう。
……と、その時。綺羅星が通信用の士器を取り出した。
対戦中の勇士を正面に据えて、士器を耳に当てる。
「ええ……ええ……わかったわ」
端的な報告を受けた綺羅星が、士器を仕舞い、目の前の勇士に告げた。
「今、私の仲間の乙吹礼香から連絡があったわ。……四月朔日紫音は尭岩と相打ち。乙吹は…どうやら風宮瑠花の気遣いで辛勝したっぽいわ。だから指輪は風宮瑠花に上げたって。貴方の女友達、やるじゃないっ。……これは舐めて油断していたと言われても何も反論できないわね…」
「ッッッ!?」
勇士が息を呑んだ。
(琉花と紫音が…ッ!?)
二人とも格上相手に善戦した。
その事実が、勇士の心に重く伸し掛かった。
「それで? 紅井勇士くん。貴方はどうなの? …………もう、ボロボロだけど」
「……ッッ! そ…れは……………っっ」
言葉が続かず、視線を伏せてしまう勇士に、綺羅星が「はぁ」と溜息を吐いた。
「今回、私達が最も警戒していたのは紅井勇士くん。貴方なのよ? ……以前とは違う、本気っぽい二刀流で来た時、実は肝が冷えていたのに………、素手の私にこのザマなんて、むしろ以前より弱くなってないかしら?」
そう。綺羅星は今、素手で勇士を圧倒している。
以前使用していた小さめのクーラーボックス。取っ手を持ってメリケンサックのように振るっていた厄介な武器を使っていないのだ。
「気の消費が激しい武器だから、せめて二刀流の戦闘スタイルだけでも見極めてから使おうと思っていたのだけど………そもそも使う必要がないなんてね」
綺羅星に精神攻撃をしている自覚はあまりなく、本気で失望している。
それが勇士にもひしひしと伝わり、心もほとんどボロボロだった。
■ ■ ■
(……紅井くんには悪いことしたなぁ)
愛衣は勇士に対して申し訳ない気持ちを抱いていた。
今回の『宝争戦』を迎えるに当たって、湊は『鍾玉』やこの工場跡地の貸し出し許可などの外部との交渉を、愛衣は『鍾玉』のメンバーなどの情報収集や紫音達の指導の総括を担当した。
この時、愛衣は自然と閃いた。
今まで宙ぶらりんだった、蔵坂鳩菜の正体について、深く探りを入れるチャンスだと。
蔵坂鳩菜が『聖』の隊員であれば、完疑生動で一挙手一投足に仮面を貼り付けているので、愛衣の『超過演算』を以てしても見破れない。
だが勇士の『天超直感』なら、試験の時のように何かを感じ取れるかもしれないと考え、敢えて蔵坂鳩菜を宛がったのだ。
つまり、愛衣は勇士というフィルターを通して蔵坂鳩菜の正体を見極めようとしたのだ。
……結論から言えば、大成功だった。
蔵坂鳩菜が勇士を指導する演習場での映像を愛衣は隈なくチェックし、勇士の『天超直感』が無自覚に発揮された瞬間を確認できた。
当然正確とは言えないが、愛衣の中で蔵坂鳩菜=『聖』の隊員という答えを出したのだ。
……しかし、同時に勇士の〝成長〟を大きく阻害してしまった。
勇士は知らないが、元々勇士の指導に関しても愛衣がプログラムを考え、それを淡里深恋や青狩総駕に実施してもらおうとしていた。勇士は実力だけは申し分ないので、精神面の修行をする為に深恋や総駕に協力してもらう予定だったのだ。
しかし愛衣が直前で蔵坂鳩菜に変えてもらった。
その時猪本に『勇士に蔵坂鳩菜を探ってほしい』などと吹き込んだが、実際は愛衣が勇士をフィルターとして利用していた。
だがもちろん、蔵坂鳩菜にもしっかり愛衣が考えたプログラムを実施してもらい、精神修行を完遂させるはずだったが………、
勇士の『天超直感』が想像以上に働き過ぎて集中力を欠いたのか、徐々に調子が崩れていき、勇士の指導は完了しなかった。
愛衣は心中で大きな溜息を吐いた。
(紅井くんの調子が崩れたと言っても、表面上は〝ただのスランプ〟で片付けられる程度で、紅井くんにも自覚はなかった。………でも、私の目から見れば、紅井くんは自身の『天超直感』に振り回されてどんどんコンディションを落としていってた)
これに愛衣は非常に驚いた。
(四日目以降は深恋と青狩くんに交代してもらったけど、結局最後まで引きずっちゃった。……でも、いくら母親の仇と思われる『聖』の隊員が目の前にいると言っても、あそこまで調子を崩すのは不審過ぎるのよねぇ)
愛衣は自分の采配に狂いはなかったと自負している。
何か、愛衣の知らぬ要因が関係していると見るべきだ。
(……考えられるとすれば、紅蓮奏華家の〝暗示〟かな…)
紅蓮奏華家は血族や一部の関係者に特殊な暗示を掛け、催眠や自白剤の類を盛られても家に関する機密情報だけは漏らさないようにしている。
それは『超過演算』も通じ辛いほど高度で強力なもので、勇士や琉花から母親について探り知れない要因でもある。
(ただこの手の強力過ぎる〝暗示〟って、その人自身にも少なからず負担が掛かってると思うのよね。例えば記憶や人格に絡みついてる感覚っていうのかな? ……だから、『聖』である蔵坂先生に強く反応を示した『天超直感』がその〝暗示〟と相互干渉を起こしてコンディションの低下に繋がった………みたいな?)
ここからは憶測になるから考え込んでも意味がなくなる。
(やっぱり、『紅蓮奏華家』は他の〝家〟と比べても一味違うわね)
紅蓮奏華の厄介さを改めて認識する。
(……まあ、取り敢えず確定した『聖』の隊員をどうするかよねっ)
■ ■ ■
湊は愛衣の算段を感じ取りながら、溜息を堪えていた。
(……カキツバタは頃合いを見計らって表社会から脱退させるつもりだったけど、少し急いた方がいいよね…)
やはり愛衣は油断できない。湊は改めて認識した。
「はあ~。勇士は勝てなさそうだし、もう終わりかな」
考えを巡らせていると、亜氣羽がソファーに背を預けて覇気の抜けた声を上げた。
「……どうだった? 満足してくれた?」
湊が聞くと、亜氣羽がポップコーンを口に運びながら。
「…………楽しかったけど…こんなもんか、って気分。本の中みたいに超展開からの大逆転みたいなのはさすがにないかー」
愛衣がくすっと笑った。
「大逆転、だと亜氣羽さんが倒されることになっちゃうよ?」
「確かに! でもボクを倒せるか倒せないかぐらいのストーリーだったら激熱だったんだろうなぁ~」
湊がポップコーンを摘まむ。
「前々から思ってたけど、亜氣羽さんって小説みたいな展開に憧れてるよね」
亜氣羽が満面の笑みを浮かべて頷いた。
「うん! ……ボクあんまり人と関わらない生活だったし、周りにはボクより十個以上離れた大人しかいなかったからね。本がボクの遊び相手であり、人生の教科書みたいなものだったんだ。……だから、やっぱり憧れちゃう」
亜氣羽が湊にふんわりと微笑みかけた。
その笑みと、言葉に隠れた亜氣羽の恋心は、亜氣羽の秘匿性能の高さ故に残念ながら伝わらなかった。
「…………それじゃあ」
亜氣羽の気持ちに気付かないまま、湊が目線を細めて、微細な笑みを浮かべた。
「こういう展開は、どう?」
「え?……………………………………………………………ぅぐっっッッッ!?」
意味がわからず、亜氣羽が首を傾げた…………数秒後、
突然、亜氣羽は全身に激痛が走り、呼吸がし辛くなった首を強く抑えた。
亜氣羽は耐え切れず立ち上がったが、体内を暴れるような苦痛に目の前の食べ物と飲み物が置かれたローテーブルに衝突して、ポップコーンや飲料と共に倒れ込でしまう。
ガラガラッ! ガンッ! と床に這いつくばるようにしながら、亜氣羽は力を振り絞って顔を上げた。
「なんッッ………これッッッ!?」
わからない。わからない。
さっきまで楽しく戦闘鑑賞していた。
それなのに何故死にそうなほど苦しい目に遭っている?
今自分に何が起きている?
その答えを求めるように、既に立ち上がり亜氣羽を観察するように見守る漣湊と速水愛衣に顔を向けた。
「毒だよ」
湊が簡潔に答える。
「ッッ!?」
まさか! という表情で亜氣羽は地面に散ったポップコーンと飲み物を見やる。
「正解」
愛衣が変わらぬ声のトーンで言う。
湊がポップコーンを一つ拾って手の平の上に乗せる。
「……世の中便利でさ。具象系士が別己法で生み出した分身の気を崩す効能に特化した薬もあるんだ。すごいでしょ?」
「ちなみに」
愛衣が後ろ手を組んだ可愛い仕草で微笑む。
「毒を塗布したのはポップコーンの一部だけ。分身特化の毒とはいえ、生身の人間が口にするのは危険だからね。私と湊は毒ポップコーンを覚えて避けてたんだよ。一応飲み物は怪しまれるかなって思って入れなかったけど、平気で飲んでたから意味なかったな」
湊が亜氣羽の顔の傍に屈み、微笑みかけた。
「いくら分身だからって、敵が差し出した食べ物を口にするのは危険だよ」
「……ヴ……ァァッッッ!!」
亜氣羽が声にならない声を捻り上げる。
『宝争戦』における目的は勇士や紫音達の〝成長〟だが、亜氣羽の持つ『源貴片』に興味が無いはずもなかった。
亜氣羽は強いが、精神面で付け入る隙はある。
湊と愛衣は亜氣羽が本の中の物語に憧れていることを念頭に置き、とある演出を考えた。
それが今の状況だ。
湊が屈んで微笑みながら思う。
(どう? 亜氣羽さんは最初会った時はか弱いヒロインを演じたり、今しがた自分を倒せるかどうかがの展開を期待したりと、〝やられ役〟を好む傾向があった。………だったら、この『敵の策にまんまと嵌められた』っていう状況、気に入ってくれるんじゃない?)
湊が愛衣と考えたこの見解は、的を射ていた。
亜氣羽は自分の強さに飽き飽きしている節があり、弱者として〝やられ〟〝守られる〟ことに密かな憧れていたところはある。
策に嵌められ、まんまとしてやられるこの状況は、暗躍や権謀術数が好きな亜氣羽からしても大好物だった。
…………………………………………………本来ならば。
「さて、直に分身の君は消えちゃうから、指輪と…『源貴片』の水晶も、一旦頂くよ。返してほしければ本物の亜氣羽さんがちゃんと来てね」
湊の勇士達の成長以外の目的は、『源貴片』の確認と、本物の亜氣羽さんに姿を現してもらうことだった。
……………本来であれば、その目的は達成されていた。
…………………………………しかし。
湊(好きな人)に毒を盛られた。
苦しむ自分の目の前で、愛衣(別の女)と仲良く微笑んでいる。
ついさっきまで一緒に楽しく観賞していたのに………騙された。
………それらの事実が、乙女心に無慈悲に圧し掛かる。
嫉妬とか、悲哀とか、虚無とか、羨望とかが、本物のを通して分身に伝わり、
ドクンッッ、と分身の亜氣羽が、激しく脈打った。
……………………………そして、その亜氣羽の心に呼応するように、ポケットに入っていた源貴片が強く発光した。
■ ■ ■
「ッッ! これは…ッ!?」
亜氣羽から源貴片を取ろうとした湊が、思わず身を退く。
「……うっそッ! まじ…ッ!?」
愛衣も普段は出さない切羽詰まった大声を出す。
湊と愛衣が驚きを隠せていない。
なぜなら………目の前の亜氣羽が、赤黒い気『洸血気』の渦に包まれているからだ。
空間に〝歪み〟を撒き散らす『指定破狂区域』の赤黒い気を前に、湊と愛衣は迂闊に近付けない。
「湊! これって…ッ!?」
「ああ! 亜氣羽さんが持ってた『源貴片』から湧いて出てるッ! あの水晶が何かはわからないけど、亜氣羽さんの強い感情と共鳴してるっぽいッ!」
「………ヴッッ……ッッ!!」
「「ッッッ!!?」」
亜氣羽の獣のような唸り声に、湊と愛衣が反射的に振り向く。
まだ亜氣羽は地に伏したままだが、その状態のまま右腕を持ち上げた。
そして次の瞬間……、その右腕に装備するように、熊のような狂暴な野獣の手が具象された。
(風宮も使ってた『獣装法』ッ!? ……でも、これは…ッ)
亜氣羽の右腕に具象された熊の手は、全長10メートルはある、ギロチンのような鋭い爪と手入れをしていない庭の茂みのような剛毛を生やした超巨大な手だった。
更に赤黒い気も滲み出るように纏っており、全身の骨も心も潰さんとする絶望的な破壊力の塊と化している。
二人は即座にその場から退避し、…………そのコンマ数秒後、
その熊の巨大手が振り下ろされた。
爆発の如く衝撃に三人がいた倉庫が一瞬で消し飛び、隣の倉庫も半壊してしまっている。
瓦礫の山の上に、亜氣羽が佇んでいた。
ポケットに入っていたはずの水晶の『源貴片』は、赤黒い気の糸のようなもので亜氣羽の胴体に絡むように巻き付いている。まるで血管のようだ。
(ミナトくん……ミナトくん…………ミナトくん…………ミナトくん………ミナトくん……………ミナトくん………ミナトくん………………なんでそんな………仲良さそうに…………ボクも………ッッッッ!!)
ギラッ、と亜氣羽の目が光る。
湊と愛衣の計算が珍しく狂い、一人の化け物を生んでしまった。
琉花と乙吹の勝敗を目の当たりにして、亜氣羽がぼりぼりポップコーンを食べながら目をかっ開いて驚いている。
ちなみに琉花の人質娘という呼び名は、以前琉花が綺羅星に人質に取られたところから来ていると思われる。
「亜氣羽さんは乙吹礼香の『修羅士』見てどう思った?」
右隣に座る愛衣がコップに口を付けながら探りを入れた。
『指定破狂区域』に住む亜氣羽なら、『修羅士』について何か思う所があるはずだからだ。
亜氣羽は「ん~」と考えてから、
「君はどう思う?」
ぐるっと首を逆側の湊に向けた。
湊は(俺に来るか)と思いつつ、特に慌てず月並みな答えを返した。
「鬼獣の鬼赫角を生やせる人がいるのは知ってたけど、見るのは初めてだったからめっちゃ驚いた。すごいね」
「やっぱりそうだよね! うんっ!」
亜氣羽はそれだけ聞くと満足気に頷きモニターに視線を戻した。
「「………」」
愛衣の問いかけに答えたようで答えていない亜氣羽の奔放さに、湊と愛衣は視線を合わせ、肩を落とした。
「それにしてもさー」
亜氣羽がマイペースに発言する。
「勇士、カッコ悪過ぎない?」
湊と愛衣の視線が、勇士VS綺羅星桜を写すモニターに向く。
……そこでは、勇士が手も足も出ず圧倒されていた。
「他の二人はこんなに頑張ったのに、一番実力差がない勇士がこれって……さすがのボクでも可哀想に見えちゃうな」
今まで嫌悪しかなかった亜氣羽の勇士に対する感情に、憐憫が加わっている。
湊は満身創痍な勇士を見ながら、担任であり部下であり、今回の『宝争戦』に備えて勇士の指導役を担った蔵坂鳩菜との会話を思い返していた。
『私ではどうすることもできませんでした。……申し訳ありません、隊長』
『気にしないで。………いやぁ、これは愛衣に一本取られたね』
湊は今、愛衣が何を考えているのか気になった。
■ ■ ■
勇士と綺羅星桜のマッチアップは、終始綺羅星が圧倒していた。
(紅華鬼燐流・九式『過蒸閃』ッッ!!)
高熱の炎を纏った二刀を振り、全てを蒸発させる二連撃を勇士が繰り出す。
「踏み込みが甘いわよッ! カウンターを恐れてるのが見え見えだわッ!」
綺羅星はその二連撃が繰り出される前に勇士の左腕を蹴り上げ、炎を逸らし、空いた左脇腹に右拳を叩き込んだ。
「ぐ…っ」
防硬法で体を気で覆って防御していたが、気を軽く貫通する拡張系特有の衝直法を施しており、体の芯に響き内臓が破裂せんばかりの衝撃が走る。
ぼろぼろな体を動かした決死の攻撃だったがあっさりいなされてしまった。『過蒸閃』は広範囲攻撃であり、多少は綺羅星にも当たっているはずだが、あまりダメージを負っている様子はない。
なんとか踏ん張った勇士だが、両足だけでは自身を支えきれず、刀を地面に付けてしまう。
……と、その時。綺羅星が通信用の士器を取り出した。
対戦中の勇士を正面に据えて、士器を耳に当てる。
「ええ……ええ……わかったわ」
端的な報告を受けた綺羅星が、士器を仕舞い、目の前の勇士に告げた。
「今、私の仲間の乙吹礼香から連絡があったわ。……四月朔日紫音は尭岩と相打ち。乙吹は…どうやら風宮瑠花の気遣いで辛勝したっぽいわ。だから指輪は風宮瑠花に上げたって。貴方の女友達、やるじゃないっ。……これは舐めて油断していたと言われても何も反論できないわね…」
「ッッッ!?」
勇士が息を呑んだ。
(琉花と紫音が…ッ!?)
二人とも格上相手に善戦した。
その事実が、勇士の心に重く伸し掛かった。
「それで? 紅井勇士くん。貴方はどうなの? …………もう、ボロボロだけど」
「……ッッ! そ…れは……………っっ」
言葉が続かず、視線を伏せてしまう勇士に、綺羅星が「はぁ」と溜息を吐いた。
「今回、私達が最も警戒していたのは紅井勇士くん。貴方なのよ? ……以前とは違う、本気っぽい二刀流で来た時、実は肝が冷えていたのに………、素手の私にこのザマなんて、むしろ以前より弱くなってないかしら?」
そう。綺羅星は今、素手で勇士を圧倒している。
以前使用していた小さめのクーラーボックス。取っ手を持ってメリケンサックのように振るっていた厄介な武器を使っていないのだ。
「気の消費が激しい武器だから、せめて二刀流の戦闘スタイルだけでも見極めてから使おうと思っていたのだけど………そもそも使う必要がないなんてね」
綺羅星に精神攻撃をしている自覚はあまりなく、本気で失望している。
それが勇士にもひしひしと伝わり、心もほとんどボロボロだった。
■ ■ ■
(……紅井くんには悪いことしたなぁ)
愛衣は勇士に対して申し訳ない気持ちを抱いていた。
今回の『宝争戦』を迎えるに当たって、湊は『鍾玉』やこの工場跡地の貸し出し許可などの外部との交渉を、愛衣は『鍾玉』のメンバーなどの情報収集や紫音達の指導の総括を担当した。
この時、愛衣は自然と閃いた。
今まで宙ぶらりんだった、蔵坂鳩菜の正体について、深く探りを入れるチャンスだと。
蔵坂鳩菜が『聖』の隊員であれば、完疑生動で一挙手一投足に仮面を貼り付けているので、愛衣の『超過演算』を以てしても見破れない。
だが勇士の『天超直感』なら、試験の時のように何かを感じ取れるかもしれないと考え、敢えて蔵坂鳩菜を宛がったのだ。
つまり、愛衣は勇士というフィルターを通して蔵坂鳩菜の正体を見極めようとしたのだ。
……結論から言えば、大成功だった。
蔵坂鳩菜が勇士を指導する演習場での映像を愛衣は隈なくチェックし、勇士の『天超直感』が無自覚に発揮された瞬間を確認できた。
当然正確とは言えないが、愛衣の中で蔵坂鳩菜=『聖』の隊員という答えを出したのだ。
……しかし、同時に勇士の〝成長〟を大きく阻害してしまった。
勇士は知らないが、元々勇士の指導に関しても愛衣がプログラムを考え、それを淡里深恋や青狩総駕に実施してもらおうとしていた。勇士は実力だけは申し分ないので、精神面の修行をする為に深恋や総駕に協力してもらう予定だったのだ。
しかし愛衣が直前で蔵坂鳩菜に変えてもらった。
その時猪本に『勇士に蔵坂鳩菜を探ってほしい』などと吹き込んだが、実際は愛衣が勇士をフィルターとして利用していた。
だがもちろん、蔵坂鳩菜にもしっかり愛衣が考えたプログラムを実施してもらい、精神修行を完遂させるはずだったが………、
勇士の『天超直感』が想像以上に働き過ぎて集中力を欠いたのか、徐々に調子が崩れていき、勇士の指導は完了しなかった。
愛衣は心中で大きな溜息を吐いた。
(紅井くんの調子が崩れたと言っても、表面上は〝ただのスランプ〟で片付けられる程度で、紅井くんにも自覚はなかった。………でも、私の目から見れば、紅井くんは自身の『天超直感』に振り回されてどんどんコンディションを落としていってた)
これに愛衣は非常に驚いた。
(四日目以降は深恋と青狩くんに交代してもらったけど、結局最後まで引きずっちゃった。……でも、いくら母親の仇と思われる『聖』の隊員が目の前にいると言っても、あそこまで調子を崩すのは不審過ぎるのよねぇ)
愛衣は自分の采配に狂いはなかったと自負している。
何か、愛衣の知らぬ要因が関係していると見るべきだ。
(……考えられるとすれば、紅蓮奏華家の〝暗示〟かな…)
紅蓮奏華家は血族や一部の関係者に特殊な暗示を掛け、催眠や自白剤の類を盛られても家に関する機密情報だけは漏らさないようにしている。
それは『超過演算』も通じ辛いほど高度で強力なもので、勇士や琉花から母親について探り知れない要因でもある。
(ただこの手の強力過ぎる〝暗示〟って、その人自身にも少なからず負担が掛かってると思うのよね。例えば記憶や人格に絡みついてる感覚っていうのかな? ……だから、『聖』である蔵坂先生に強く反応を示した『天超直感』がその〝暗示〟と相互干渉を起こしてコンディションの低下に繋がった………みたいな?)
ここからは憶測になるから考え込んでも意味がなくなる。
(やっぱり、『紅蓮奏華家』は他の〝家〟と比べても一味違うわね)
紅蓮奏華の厄介さを改めて認識する。
(……まあ、取り敢えず確定した『聖』の隊員をどうするかよねっ)
■ ■ ■
湊は愛衣の算段を感じ取りながら、溜息を堪えていた。
(……カキツバタは頃合いを見計らって表社会から脱退させるつもりだったけど、少し急いた方がいいよね…)
やはり愛衣は油断できない。湊は改めて認識した。
「はあ~。勇士は勝てなさそうだし、もう終わりかな」
考えを巡らせていると、亜氣羽がソファーに背を預けて覇気の抜けた声を上げた。
「……どうだった? 満足してくれた?」
湊が聞くと、亜氣羽がポップコーンを口に運びながら。
「…………楽しかったけど…こんなもんか、って気分。本の中みたいに超展開からの大逆転みたいなのはさすがにないかー」
愛衣がくすっと笑った。
「大逆転、だと亜氣羽さんが倒されることになっちゃうよ?」
「確かに! でもボクを倒せるか倒せないかぐらいのストーリーだったら激熱だったんだろうなぁ~」
湊がポップコーンを摘まむ。
「前々から思ってたけど、亜氣羽さんって小説みたいな展開に憧れてるよね」
亜氣羽が満面の笑みを浮かべて頷いた。
「うん! ……ボクあんまり人と関わらない生活だったし、周りにはボクより十個以上離れた大人しかいなかったからね。本がボクの遊び相手であり、人生の教科書みたいなものだったんだ。……だから、やっぱり憧れちゃう」
亜氣羽が湊にふんわりと微笑みかけた。
その笑みと、言葉に隠れた亜氣羽の恋心は、亜氣羽の秘匿性能の高さ故に残念ながら伝わらなかった。
「…………それじゃあ」
亜氣羽の気持ちに気付かないまま、湊が目線を細めて、微細な笑みを浮かべた。
「こういう展開は、どう?」
「え?……………………………………………………………ぅぐっっッッッ!?」
意味がわからず、亜氣羽が首を傾げた…………数秒後、
突然、亜氣羽は全身に激痛が走り、呼吸がし辛くなった首を強く抑えた。
亜氣羽は耐え切れず立ち上がったが、体内を暴れるような苦痛に目の前の食べ物と飲み物が置かれたローテーブルに衝突して、ポップコーンや飲料と共に倒れ込でしまう。
ガラガラッ! ガンッ! と床に這いつくばるようにしながら、亜氣羽は力を振り絞って顔を上げた。
「なんッッ………これッッッ!?」
わからない。わからない。
さっきまで楽しく戦闘鑑賞していた。
それなのに何故死にそうなほど苦しい目に遭っている?
今自分に何が起きている?
その答えを求めるように、既に立ち上がり亜氣羽を観察するように見守る漣湊と速水愛衣に顔を向けた。
「毒だよ」
湊が簡潔に答える。
「ッッ!?」
まさか! という表情で亜氣羽は地面に散ったポップコーンと飲み物を見やる。
「正解」
愛衣が変わらぬ声のトーンで言う。
湊がポップコーンを一つ拾って手の平の上に乗せる。
「……世の中便利でさ。具象系士が別己法で生み出した分身の気を崩す効能に特化した薬もあるんだ。すごいでしょ?」
「ちなみに」
愛衣が後ろ手を組んだ可愛い仕草で微笑む。
「毒を塗布したのはポップコーンの一部だけ。分身特化の毒とはいえ、生身の人間が口にするのは危険だからね。私と湊は毒ポップコーンを覚えて避けてたんだよ。一応飲み物は怪しまれるかなって思って入れなかったけど、平気で飲んでたから意味なかったな」
湊が亜氣羽の顔の傍に屈み、微笑みかけた。
「いくら分身だからって、敵が差し出した食べ物を口にするのは危険だよ」
「……ヴ……ァァッッッ!!」
亜氣羽が声にならない声を捻り上げる。
『宝争戦』における目的は勇士や紫音達の〝成長〟だが、亜氣羽の持つ『源貴片』に興味が無いはずもなかった。
亜氣羽は強いが、精神面で付け入る隙はある。
湊と愛衣は亜氣羽が本の中の物語に憧れていることを念頭に置き、とある演出を考えた。
それが今の状況だ。
湊が屈んで微笑みながら思う。
(どう? 亜氣羽さんは最初会った時はか弱いヒロインを演じたり、今しがた自分を倒せるかどうかがの展開を期待したりと、〝やられ役〟を好む傾向があった。………だったら、この『敵の策にまんまと嵌められた』っていう状況、気に入ってくれるんじゃない?)
湊が愛衣と考えたこの見解は、的を射ていた。
亜氣羽は自分の強さに飽き飽きしている節があり、弱者として〝やられ〟〝守られる〟ことに密かな憧れていたところはある。
策に嵌められ、まんまとしてやられるこの状況は、暗躍や権謀術数が好きな亜氣羽からしても大好物だった。
…………………………………………………本来ならば。
「さて、直に分身の君は消えちゃうから、指輪と…『源貴片』の水晶も、一旦頂くよ。返してほしければ本物の亜氣羽さんがちゃんと来てね」
湊の勇士達の成長以外の目的は、『源貴片』の確認と、本物の亜氣羽さんに姿を現してもらうことだった。
……………本来であれば、その目的は達成されていた。
…………………………………しかし。
湊(好きな人)に毒を盛られた。
苦しむ自分の目の前で、愛衣(別の女)と仲良く微笑んでいる。
ついさっきまで一緒に楽しく観賞していたのに………騙された。
………それらの事実が、乙女心に無慈悲に圧し掛かる。
嫉妬とか、悲哀とか、虚無とか、羨望とかが、本物のを通して分身に伝わり、
ドクンッッ、と分身の亜氣羽が、激しく脈打った。
……………………………そして、その亜氣羽の心に呼応するように、ポケットに入っていた源貴片が強く発光した。
■ ■ ■
「ッッ! これは…ッ!?」
亜氣羽から源貴片を取ろうとした湊が、思わず身を退く。
「……うっそッ! まじ…ッ!?」
愛衣も普段は出さない切羽詰まった大声を出す。
湊と愛衣が驚きを隠せていない。
なぜなら………目の前の亜氣羽が、赤黒い気『洸血気』の渦に包まれているからだ。
空間に〝歪み〟を撒き散らす『指定破狂区域』の赤黒い気を前に、湊と愛衣は迂闊に近付けない。
「湊! これって…ッ!?」
「ああ! 亜氣羽さんが持ってた『源貴片』から湧いて出てるッ! あの水晶が何かはわからないけど、亜氣羽さんの強い感情と共鳴してるっぽいッ!」
「………ヴッッ……ッッ!!」
「「ッッッ!!?」」
亜氣羽の獣のような唸り声に、湊と愛衣が反射的に振り向く。
まだ亜氣羽は地に伏したままだが、その状態のまま右腕を持ち上げた。
そして次の瞬間……、その右腕に装備するように、熊のような狂暴な野獣の手が具象された。
(風宮も使ってた『獣装法』ッ!? ……でも、これは…ッ)
亜氣羽の右腕に具象された熊の手は、全長10メートルはある、ギロチンのような鋭い爪と手入れをしていない庭の茂みのような剛毛を生やした超巨大な手だった。
更に赤黒い気も滲み出るように纏っており、全身の骨も心も潰さんとする絶望的な破壊力の塊と化している。
二人は即座にその場から退避し、…………そのコンマ数秒後、
その熊の巨大手が振り下ろされた。
爆発の如く衝撃に三人がいた倉庫が一瞬で消し飛び、隣の倉庫も半壊してしまっている。
瓦礫の山の上に、亜氣羽が佇んでいた。
ポケットに入っていたはずの水晶の『源貴片』は、赤黒い気の糸のようなもので亜氣羽の胴体に絡むように巻き付いている。まるで血管のようだ。
(ミナトくん……ミナトくん…………ミナトくん…………ミナトくん………ミナトくん……………ミナトくん………ミナトくん………………なんでそんな………仲良さそうに…………ボクも………ッッッッ!!)
ギラッ、と亜氣羽の目が光る。
湊と愛衣の計算が珍しく狂い、一人の化け物を生んでしまった。
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