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第4章 激闘クロッカス直属小隊編
第20話・・・決着_VSアルガ_ダイレクト・アーツ・・・
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貫穿法を纏うイーバの右手と、無敵法を纏う深恋の左手が、互いの手を握り潰さんばかりに掴み合っている。
その掴み合う手を中心に膨大な気の余波が巻き起こり、どれだけ強大な気がぶつかり合っているかが見て取れた。
イーバは信じられないと言わんばかりに、目を瞠った。
(……『膨破の雷右手』を直撃させれば勝負は決まったはずだった…。イルが十元屍葬流『死散歩』を使えることは承知していたし、不意を突いたとはいえ無敵法で返されることは予想していた……が、それでも私の貫穿法が上回ると思っていた。
イルの潜在能力はこれでも認めている……。だが! 同じA級と言えど私の方が気量は上のはずだ! 操作精度も上のはずだ! ジストの無敵法と比べれば雲泥の差! ………それなのになぜ打ち勝てない!? この威力はどこから来ているというんだ!?)
イーバと深恋の実力は共にA級上位。
将来的には深恋に越される可能性も十分にある。
だが現段階ではイーバの方があらゆるステータスにおいて凌駕しているはずだ。
深恋が獅童学園へ行く数カ月前まで、イーバは深恋の実力を定期的に確認し、自分の敵に成り得ないことは把握していた。
右手首を補強法で補ってはいるが、狂人法でその損失を上回る強化が施されているのだ。
「……ぐっ!!!」
深恋から苦痛の声が漏れた。
ようやく限界が来たか、そう思ったが。
「負けないッッ!!」
「がッ!?」
深恋の喝と同時に掴む手の力が更に増した。
(まだこんな力を……ッッ!? くッッ!!)
「わかりましたッ! わかりましたよッッ! どうやら私はまだ貴女のことを侮っていたようです! イル! 今度こそ私の全身全霊を込めましょうッッ!!!」
イーバは改めて深恋の実力を認め、今度こそ本気の本気、体中の気を絞り出す勢いで貫穿法を決めに掛かった。
…………しかし。
(ッッ!? まだ耐える……いや、まさかこれは………私が押されている!?)
勝負を決めるどころか、掴み合う手の、深恋の左手が纏う気の方が明らかにパワーを増してきているのだ。
「な……ぜ……ッッッッ」
※ ※ ※
深恋がリードし始めた勝負を観戦しながら、スターチスは数分前のクロッカスとの通信会話の内容を、思い出していた。
『スターチス、レイゴやジスト達のところに着いたら、多分同じタイミングでイーバも現れると思うから、右腕だけでいいから全体的に軽く折っといて』
『先程言っていたラベンダーと戦わせる為のハンデじゃな?』
『うん。イーバの十八番「膨破の雷右手」を繰り出すのに補強法で気割かなきゃいけないし、その後レイゴに狂人法で強化されるはずだからね。プラマイでいい感じのハンデになるよ。……まだイーバの方がラベンダーより強いけど、これならなんとか勝てる』
『ラベンダーの新しい経験値と、「聖」としての自覚を今一度刻む為じゃな』
『まあね』
『……クロッカス、意見を一つよろしいか?』
『そういう前置きはいいって。なに?』
『よければ、右腕全体ではなく、右手首だけにしてみんか?』
『………俺の目算だとそれかなりギリギリだなぁ。いつもスターチスが言う精神論?』
『そうじゃな。……勝率の高い実戦で、ラベンダー個人の力で勝利し、今後の自信に繋げる。クロッカスの優しさはわかるが……、ラベンダーは今が大きく自分を伸ばし、過去と決別するチャンスだと、儂は思う』
『そこまで言うなら、そうしよっか』
『……採用は嬉しいが、相変わらず軽いのう』
『俺もその精神論で救われた一人だからね。……その代わり、ちゃんとラベンダー守ってよ?』
『当然。儂の仲間は誰も死なせぬよ』
スターチスは湊との会話を思い起こし、仮面の裏で微笑を浮かべた。
※ ※ ※
「ぐッ……! なぜだ…ッッ!? なぜこの私が押されている…ッッッ!?」
イーバを押しつつある深恋は、心臓が張り裂けそうな思いで左手に気を集中しながら、どこか冷静な脳で、過去のジストの教えを思い出していた。
『例え格上の相手でも油断していれば十分に勝機はある。……特にイーバのように裏社会で秘書のような役割に甘んじるタイプはその傾向が顕著だ。自分より強い相手に遜り、弱い相手には高圧的。こういうタイプは冷静沈着だが非常にプライドが高い。
……格下の士と戦い、想像以上の実力に驚き、同格の相手だと認識を改めて全身全霊で挑もうとしても、心の根底には侮る気持ちが残っていることがある。侮れば無意識の内に気を抑えてしまい、死に物狂いで体中の気を振り絞った〝格下〟にも十分な勝機は生まれる。……その油断を決して逃さず、一気呵成に攻めろ』
今にして思えば、やっぱりあのジストの教えは深恋がイーバ達側近に襲われた時の為の対抗策を吹き込んでいたのだろう。
最終的にはジストが側近達を皆殺しにするつもりだったようだが、それ以前に深恋が誰かに襲われた時の為の予防策だったのか。
(……………なんていうか、本当に不器用)
深恋が心の中でくすりと笑いながら、全身の細胞の隙間隙間に残る微量の気《エナジー》も搔き集め、左手の無敵法の威力を更に上げた。深恋の左手を中心に風の余波が巻き起こる。
「なぜだなぜだなぜだッッッ!? イル如きに……私がッッッ!?」
いくらイーバが心の中で人を見下していようと、切迫した最終盤まで侮る気持ちを拭いきれないことなんてなかっただろう。
……だが、イーバは皮肉にも深恋のことを小さい頃から知っているばかりに、侮りが消しきれないのだ。
既にイーバの右手を纏う気より深恋の左手を纏う気量の方が多くなっている。
「殺人鬼が調子乗んなァァァァアアアアアアアァァァァァァァァァアアアアアアアアアアッッッ!!!」
……そして。
バキリッッ、と深恋が左手が回り、イーバの右腕がねじれるように折れた。
右腕全体が骨折した。
もう補強法で補えるだけの気も残ってはいない。
「なん……ッッッ!!」
右腕の激痛と、気を使い切って力が抜けたイーバに、深恋は右腕の折れた刀を振り上げ、告げた。
「もう、貴方は退場して下さい」
そして、剣閃が走り、深恋は『聖』に入って初勝利を飾った。
………そのまま、力尽きた深恋は、気を失った。
※ ※ ※
気を失い、倒れ込む深恋を支えようとスターチスが動く……よりも早く、ジストがその体を受け止めた。
ジストの表情は、一言では言い表せないほど複雑な色を浮かべている。
「……ジストよ」
そんなジストに、スターチスがただ一言、告げた。
「今は、その子の父親となることだけを考えなさい」
「……………はい……っっ」
■ ■ ■
コスモスは湊によって飛ばされたアルガを追いかけ、離れたところにある部屋で対峙していた。
狂人法で強化されたアルガが唇に指を当てて妖艶に笑んだ。
「コスモスと言ったかしら~? 貴女が私の相手~?」
「………」
「だんまり? 悲しいわね~。………レイゴさんの右眼を炭にしたの、貴女なんでしょ? こっそり教えてくれたわ。貴女の司力が『戦型忍者』で、無遁法の使い手だってこともね」
レイゴが狂人法を施している時や、ジストを『聖』に勧誘している間など、牽制するだけでレイゴ達は大分放置していた。その合間に伝えていたのだろう。
(実力は申し分なくS級。A級な上に、正面戦闘が苦手な私はこの状況、大分不利。……でもね! 狂人化した私なら十分やり合えるッッ!)
アルガが瞳孔を開く勢いでカッと目を見開く。
「貴女も気付いてるんでしょう!? イーバが狂人化しても折れた右手の分だけ遅れを取ってしまうけど! 私は元々無傷の状態で狂人《バーサーカー》化したのよッッッ!! 付け焼刃のS級ではあるけど、十分貴女と張り合える!」
「………」
「まただんまり~? ……でも、私にはわかってるわよ。貴女が攻めあぐねてるって!」
「………」
尚も無言のコスモスに、アルガは大声で告げた。
「レイゴさんの右眼を消し炭にした瞬間を見たわけじゃないけど、さしずめ無遁法で虚を突いたんでしょう? 全開のレイゴさんだったらそうはいかないだろうけど、別の『聖』の隊員と戦った後だったみたいだしね」
アルガの言う通りだった。
ブローディアと戦った直後の疲弊しきったレイゴに、不意打ちで無遁法で急接近し、両目を焼き切るつもりだったが、右眼しか奪えなかった。
「……一つだけ、いい?」
そこでようやく、コスモスが口を開いた。
「どうぞ」
アルガは自分の口撃に耐えきれず何か反論するのか、と得意げな表情を浮かべる。
「『骸』の幹部、『爛乱』と面識ある?」
「……………は?」
思わぬ角度からの質問に、アルガは眉を顰める。
「『骸』って…『三黒天輪』の?」
裏組織『骸』
上位の裏組織が互いの悪事に不干渉条約を築く『裏・死闘評議会』。この会を創設したトップ3に座する三つの裏組織『三黒天輪』。
その一角である『骸』。
「……なんで、今『骸』の名が出てくるの…?」
アルガは知る由もないが、コスモスはかつて『骸』の構成員だった。
「『爛乱』。貴女と同じ地下都市白空で元娼婦をしていた女よ? 噂ぐらい聞いたことあるでしょう?」
「だから!」
好き勝手喋るコスモスに、アルガが怒鳴りつける。
「そんな話してないでしょう!?」
アルガが訝し気に首を傾げる。
「逆に聞くけど」
コスモスが淡々と言い返す。
「そっちの話に付き合ってたつもり、ないんだけど? ……なんか色々ほざいてたけど、それが終わるまで待ってあげたのよ?」
「ああぁ!?」
つまり何か。
アルガの口撃なんて右から左に聞き流していたとでもいうのか。
「……こっちの神経逆撫でするのが本当に上手ね……ッッッッ!!!」
「……答えてはくれなさそうね。まあ、当初の予定通り、捕らえた後にゆっくり聞き出すとしましょうか」
「『霧煙幕』!!」
アルガが瞬時に霧を発生させ、部屋を視界ゼロの空間に変えてしまう。
そしてアルガが己の武器を取り出した。
それは〝針〟。
(私の司力、『静眠針』は、刺せば鎮静の気が込められた水が脳に直接作用し眠りへ誘う! 私と同格以上の相手だと動きを鈍らせることしかできないけど、立て続けに何十本も刺せば効果は倍増! 一本刺せればそれだけで私が優位に立てる!
……大人の〝欲〟が渦巻く地下都市『白空』を、私はこの司力で生き抜いたのよ! こんなところでこんな小娘にしてやられて終わりなんて! そんなのありえないんだから!)
『霧煙幕』の中をアルガは静動法を用いてコスモスに近付いている。
(っ。コスモスの気配が希薄に…。無遁法で姿を消したわね。……でも無駄よ)
部屋を埋める霧はアルガが生み出したもの。
この部屋にいる限り、アルガの探知法からは逃れられない。
(ヒット&アウェー。一本で眠らせられるとは思ってない。まずは一本、できれば二本刺して一旦引く!)
そう策を立て、コスモスの左斜め後方に回り込み、首元目掛けて『静眠針』を飛ばした。例え防硬法を厚く纏っていても、針の1ミリにも満たない直径による一点突破に刺せないものはない。
霧の中で気配を消しながらの中距離攻撃。躱すのは至難の技だ。
……しかし。
「ッッッ!!」
アルガは微かな気配を感じた直後、反射的に横へ跳んでいた。
その直後、コスモスの短刀による振り上げが、アルガの顎のあった場所を通過する。
ギョッとアルガを目を見開きながら、霧に紛れて更に距離を取った。
(一瞬前まで私の数メートル前にいたのに……いつの間に近付かれた!? ……それに、まさか……ッ)
信じられない光景にアルガが息を呑んでいると、コスモスが呟くように言葉を発した。
「……油断を誘うためにこの霧をそのままにしておいたけど、狂人法の強化をちゃんと探知法にも割けてるのね。出来損ないと言えどS級の霧の中にあそこまで触れてたら、私の無遁法でも気付かれるか」
コスモスが冷静に分析するが、アルガとしては物申したい気持ちでいっぱいだった。
(ふざけないで…! 眼前まで近付かれなきゃわからないなんてほとんど意味がないじゃない…ッッ! ……チッ、狂人化されてなかったら私は今頃……ッッ)
最悪な方向に考えてしまうアルガが首を振って必死に取っ払う。
「取り敢えず、これは消しておくわね」
コスモスが言った直後、指に火を灯したかと思うと漂う霧を全て蒸発させ相殺してしまった。
「……やっぱり、」
姿が露わになったアルガが、息を呑んで、告げた
「貴女の系統は拡張系……そして、貫穿法を使うのね…ッッ!」
「へー、今の一振りだけでそこまで見極めたのね。『白空』を生き抜いただけあって洞察力はまあまああるわね」
コスモスが平然と認めるが、アルガとしては悪夢でも見ているような気分だった。
(……理界踏破の一歩手前の超上級法技は本来最終場面で繰り出すような技…。壮絶な威力と引き換えに莫大な気《エナジー》量が必要で、初手から連発できる類のものではない…。
……同じ貫穿法を扱うイーバも決め時にしか使わないのに……、おそらくこのコスモスって子は、レイゴさんの右眼を貫穿法で火を局所増幅させて灰化し、今もこんな戦闘開始直後から躊躇なく使ってきた…。
ブラフの可能性もあるけど……同等レベルの難易度の無遁法と併用して楽々使いこなしている時点でイーバ以上の使い手であることは確定的……まあそりゃS級なんだから当たり前なんだけど…! クロッカスといいあのスターチスとかいうおじいちゃんといい……実力出鱈目過ぎ……!)
レイゴに狂人化されS級にまで引き上げてもらい、有頂天になっていた脳がどんどんクールになっていく。
冷静になった脳みそで、アルガは確信した。
(………正攻法で私が敵う相手じゃない…っっっ)
「わ、わかった! なんでも話すから! 『骸』の『爛乱』だっけ? もちろん知ってるわ! 直接会ったことはないけど、娼婦仲間から色々な話を聞いたことある! もう抵抗もしない! 大人しく捕まるから!」
(……正攻法が通じないなら、邪道を使うまで! こいつが聞きたがってたことを誇張して話す間に隙を見つけて、逃げるか殺す!)
「貴女、無言で仕事を熟すタイプなのに、わざわざ『爛乱』について聞いてきたってことは親か大切な人をそいつに殺されたんでしょ!? だからまずはここで『爛乱』について教え 」
……………アルガの言葉は、最後まで続かなかった。
「もういい。うるさい」
そのコスモスの言葉と同時に、体前面に焼け焦げた斬り跡が刻まれたアルガが、その場に倒れ込んだ。
(………親を殺された、ね。……その『爛乱』を、これから殺すのよ…ッ)
その掴み合う手を中心に膨大な気の余波が巻き起こり、どれだけ強大な気がぶつかり合っているかが見て取れた。
イーバは信じられないと言わんばかりに、目を瞠った。
(……『膨破の雷右手』を直撃させれば勝負は決まったはずだった…。イルが十元屍葬流『死散歩』を使えることは承知していたし、不意を突いたとはいえ無敵法で返されることは予想していた……が、それでも私の貫穿法が上回ると思っていた。
イルの潜在能力はこれでも認めている……。だが! 同じA級と言えど私の方が気量は上のはずだ! 操作精度も上のはずだ! ジストの無敵法と比べれば雲泥の差! ………それなのになぜ打ち勝てない!? この威力はどこから来ているというんだ!?)
イーバと深恋の実力は共にA級上位。
将来的には深恋に越される可能性も十分にある。
だが現段階ではイーバの方があらゆるステータスにおいて凌駕しているはずだ。
深恋が獅童学園へ行く数カ月前まで、イーバは深恋の実力を定期的に確認し、自分の敵に成り得ないことは把握していた。
右手首を補強法で補ってはいるが、狂人法でその損失を上回る強化が施されているのだ。
「……ぐっ!!!」
深恋から苦痛の声が漏れた。
ようやく限界が来たか、そう思ったが。
「負けないッッ!!」
「がッ!?」
深恋の喝と同時に掴む手の力が更に増した。
(まだこんな力を……ッッ!? くッッ!!)
「わかりましたッ! わかりましたよッッ! どうやら私はまだ貴女のことを侮っていたようです! イル! 今度こそ私の全身全霊を込めましょうッッ!!!」
イーバは改めて深恋の実力を認め、今度こそ本気の本気、体中の気を絞り出す勢いで貫穿法を決めに掛かった。
…………しかし。
(ッッ!? まだ耐える……いや、まさかこれは………私が押されている!?)
勝負を決めるどころか、掴み合う手の、深恋の左手が纏う気の方が明らかにパワーを増してきているのだ。
「な……ぜ……ッッッッ」
※ ※ ※
深恋がリードし始めた勝負を観戦しながら、スターチスは数分前のクロッカスとの通信会話の内容を、思い出していた。
『スターチス、レイゴやジスト達のところに着いたら、多分同じタイミングでイーバも現れると思うから、右腕だけでいいから全体的に軽く折っといて』
『先程言っていたラベンダーと戦わせる為のハンデじゃな?』
『うん。イーバの十八番「膨破の雷右手」を繰り出すのに補強法で気割かなきゃいけないし、その後レイゴに狂人法で強化されるはずだからね。プラマイでいい感じのハンデになるよ。……まだイーバの方がラベンダーより強いけど、これならなんとか勝てる』
『ラベンダーの新しい経験値と、「聖」としての自覚を今一度刻む為じゃな』
『まあね』
『……クロッカス、意見を一つよろしいか?』
『そういう前置きはいいって。なに?』
『よければ、右腕全体ではなく、右手首だけにしてみんか?』
『………俺の目算だとそれかなりギリギリだなぁ。いつもスターチスが言う精神論?』
『そうじゃな。……勝率の高い実戦で、ラベンダー個人の力で勝利し、今後の自信に繋げる。クロッカスの優しさはわかるが……、ラベンダーは今が大きく自分を伸ばし、過去と決別するチャンスだと、儂は思う』
『そこまで言うなら、そうしよっか』
『……採用は嬉しいが、相変わらず軽いのう』
『俺もその精神論で救われた一人だからね。……その代わり、ちゃんとラベンダー守ってよ?』
『当然。儂の仲間は誰も死なせぬよ』
スターチスは湊との会話を思い起こし、仮面の裏で微笑を浮かべた。
※ ※ ※
「ぐッ……! なぜだ…ッッ!? なぜこの私が押されている…ッッッ!?」
イーバを押しつつある深恋は、心臓が張り裂けそうな思いで左手に気を集中しながら、どこか冷静な脳で、過去のジストの教えを思い出していた。
『例え格上の相手でも油断していれば十分に勝機はある。……特にイーバのように裏社会で秘書のような役割に甘んじるタイプはその傾向が顕著だ。自分より強い相手に遜り、弱い相手には高圧的。こういうタイプは冷静沈着だが非常にプライドが高い。
……格下の士と戦い、想像以上の実力に驚き、同格の相手だと認識を改めて全身全霊で挑もうとしても、心の根底には侮る気持ちが残っていることがある。侮れば無意識の内に気を抑えてしまい、死に物狂いで体中の気を振り絞った〝格下〟にも十分な勝機は生まれる。……その油断を決して逃さず、一気呵成に攻めろ』
今にして思えば、やっぱりあのジストの教えは深恋がイーバ達側近に襲われた時の為の対抗策を吹き込んでいたのだろう。
最終的にはジストが側近達を皆殺しにするつもりだったようだが、それ以前に深恋が誰かに襲われた時の為の予防策だったのか。
(……………なんていうか、本当に不器用)
深恋が心の中でくすりと笑いながら、全身の細胞の隙間隙間に残る微量の気《エナジー》も搔き集め、左手の無敵法の威力を更に上げた。深恋の左手を中心に風の余波が巻き起こる。
「なぜだなぜだなぜだッッッ!? イル如きに……私がッッッ!?」
いくらイーバが心の中で人を見下していようと、切迫した最終盤まで侮る気持ちを拭いきれないことなんてなかっただろう。
……だが、イーバは皮肉にも深恋のことを小さい頃から知っているばかりに、侮りが消しきれないのだ。
既にイーバの右手を纏う気より深恋の左手を纏う気量の方が多くなっている。
「殺人鬼が調子乗んなァァァァアアアアアアアァァァァァァァァァアアアアアアアアアアッッッ!!!」
……そして。
バキリッッ、と深恋が左手が回り、イーバの右腕がねじれるように折れた。
右腕全体が骨折した。
もう補強法で補えるだけの気も残ってはいない。
「なん……ッッッ!!」
右腕の激痛と、気を使い切って力が抜けたイーバに、深恋は右腕の折れた刀を振り上げ、告げた。
「もう、貴方は退場して下さい」
そして、剣閃が走り、深恋は『聖』に入って初勝利を飾った。
………そのまま、力尽きた深恋は、気を失った。
※ ※ ※
気を失い、倒れ込む深恋を支えようとスターチスが動く……よりも早く、ジストがその体を受け止めた。
ジストの表情は、一言では言い表せないほど複雑な色を浮かべている。
「……ジストよ」
そんなジストに、スターチスがただ一言、告げた。
「今は、その子の父親となることだけを考えなさい」
「……………はい……っっ」
■ ■ ■
コスモスは湊によって飛ばされたアルガを追いかけ、離れたところにある部屋で対峙していた。
狂人法で強化されたアルガが唇に指を当てて妖艶に笑んだ。
「コスモスと言ったかしら~? 貴女が私の相手~?」
「………」
「だんまり? 悲しいわね~。………レイゴさんの右眼を炭にしたの、貴女なんでしょ? こっそり教えてくれたわ。貴女の司力が『戦型忍者』で、無遁法の使い手だってこともね」
レイゴが狂人法を施している時や、ジストを『聖』に勧誘している間など、牽制するだけでレイゴ達は大分放置していた。その合間に伝えていたのだろう。
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「………」
「まただんまり~? ……でも、私にはわかってるわよ。貴女が攻めあぐねてるって!」
「………」
尚も無言のコスモスに、アルガは大声で告げた。
「レイゴさんの右眼を消し炭にした瞬間を見たわけじゃないけど、さしずめ無遁法で虚を突いたんでしょう? 全開のレイゴさんだったらそうはいかないだろうけど、別の『聖』の隊員と戦った後だったみたいだしね」
アルガの言う通りだった。
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「……一つだけ、いい?」
そこでようやく、コスモスが口を開いた。
「どうぞ」
アルガは自分の口撃に耐えきれず何か反論するのか、と得意げな表情を浮かべる。
「『骸』の幹部、『爛乱』と面識ある?」
「……………は?」
思わぬ角度からの質問に、アルガは眉を顰める。
「『骸』って…『三黒天輪』の?」
裏組織『骸』
上位の裏組織が互いの悪事に不干渉条約を築く『裏・死闘評議会』。この会を創設したトップ3に座する三つの裏組織『三黒天輪』。
その一角である『骸』。
「……なんで、今『骸』の名が出てくるの…?」
アルガは知る由もないが、コスモスはかつて『骸』の構成員だった。
「『爛乱』。貴女と同じ地下都市白空で元娼婦をしていた女よ? 噂ぐらい聞いたことあるでしょう?」
「だから!」
好き勝手喋るコスモスに、アルガが怒鳴りつける。
「そんな話してないでしょう!?」
アルガが訝し気に首を傾げる。
「逆に聞くけど」
コスモスが淡々と言い返す。
「そっちの話に付き合ってたつもり、ないんだけど? ……なんか色々ほざいてたけど、それが終わるまで待ってあげたのよ?」
「ああぁ!?」
つまり何か。
アルガの口撃なんて右から左に聞き流していたとでもいうのか。
「……こっちの神経逆撫でするのが本当に上手ね……ッッッッ!!!」
「……答えてはくれなさそうね。まあ、当初の予定通り、捕らえた後にゆっくり聞き出すとしましょうか」
「『霧煙幕』!!」
アルガが瞬時に霧を発生させ、部屋を視界ゼロの空間に変えてしまう。
そしてアルガが己の武器を取り出した。
それは〝針〟。
(私の司力、『静眠針』は、刺せば鎮静の気が込められた水が脳に直接作用し眠りへ誘う! 私と同格以上の相手だと動きを鈍らせることしかできないけど、立て続けに何十本も刺せば効果は倍増! 一本刺せればそれだけで私が優位に立てる!
……大人の〝欲〟が渦巻く地下都市『白空』を、私はこの司力で生き抜いたのよ! こんなところでこんな小娘にしてやられて終わりなんて! そんなのありえないんだから!)
『霧煙幕』の中をアルガは静動法を用いてコスモスに近付いている。
(っ。コスモスの気配が希薄に…。無遁法で姿を消したわね。……でも無駄よ)
部屋を埋める霧はアルガが生み出したもの。
この部屋にいる限り、アルガの探知法からは逃れられない。
(ヒット&アウェー。一本で眠らせられるとは思ってない。まずは一本、できれば二本刺して一旦引く!)
そう策を立て、コスモスの左斜め後方に回り込み、首元目掛けて『静眠針』を飛ばした。例え防硬法を厚く纏っていても、針の1ミリにも満たない直径による一点突破に刺せないものはない。
霧の中で気配を消しながらの中距離攻撃。躱すのは至難の技だ。
……しかし。
「ッッッ!!」
アルガは微かな気配を感じた直後、反射的に横へ跳んでいた。
その直後、コスモスの短刀による振り上げが、アルガの顎のあった場所を通過する。
ギョッとアルガを目を見開きながら、霧に紛れて更に距離を取った。
(一瞬前まで私の数メートル前にいたのに……いつの間に近付かれた!? ……それに、まさか……ッ)
信じられない光景にアルガが息を呑んでいると、コスモスが呟くように言葉を発した。
「……油断を誘うためにこの霧をそのままにしておいたけど、狂人法の強化をちゃんと探知法にも割けてるのね。出来損ないと言えどS級の霧の中にあそこまで触れてたら、私の無遁法でも気付かれるか」
コスモスが冷静に分析するが、アルガとしては物申したい気持ちでいっぱいだった。
(ふざけないで…! 眼前まで近付かれなきゃわからないなんてほとんど意味がないじゃない…ッッ! ……チッ、狂人化されてなかったら私は今頃……ッッ)
最悪な方向に考えてしまうアルガが首を振って必死に取っ払う。
「取り敢えず、これは消しておくわね」
コスモスが言った直後、指に火を灯したかと思うと漂う霧を全て蒸発させ相殺してしまった。
「……やっぱり、」
姿が露わになったアルガが、息を呑んで、告げた
「貴女の系統は拡張系……そして、貫穿法を使うのね…ッッ!」
「へー、今の一振りだけでそこまで見極めたのね。『白空』を生き抜いただけあって洞察力はまあまああるわね」
コスモスが平然と認めるが、アルガとしては悪夢でも見ているような気分だった。
(……理界踏破の一歩手前の超上級法技は本来最終場面で繰り出すような技…。壮絶な威力と引き換えに莫大な気《エナジー》量が必要で、初手から連発できる類のものではない…。
……同じ貫穿法を扱うイーバも決め時にしか使わないのに……、おそらくこのコスモスって子は、レイゴさんの右眼を貫穿法で火を局所増幅させて灰化し、今もこんな戦闘開始直後から躊躇なく使ってきた…。
ブラフの可能性もあるけど……同等レベルの難易度の無遁法と併用して楽々使いこなしている時点でイーバ以上の使い手であることは確定的……まあそりゃS級なんだから当たり前なんだけど…! クロッカスといいあのスターチスとかいうおじいちゃんといい……実力出鱈目過ぎ……!)
レイゴに狂人化されS級にまで引き上げてもらい、有頂天になっていた脳がどんどんクールになっていく。
冷静になった脳みそで、アルガは確信した。
(………正攻法で私が敵う相手じゃない…っっっ)
「わ、わかった! なんでも話すから! 『骸』の『爛乱』だっけ? もちろん知ってるわ! 直接会ったことはないけど、娼婦仲間から色々な話を聞いたことある! もう抵抗もしない! 大人しく捕まるから!」
(……正攻法が通じないなら、邪道を使うまで! こいつが聞きたがってたことを誇張して話す間に隙を見つけて、逃げるか殺す!)
「貴女、無言で仕事を熟すタイプなのに、わざわざ『爛乱』について聞いてきたってことは親か大切な人をそいつに殺されたんでしょ!? だからまずはここで『爛乱』について教え 」
……………アルガの言葉は、最後まで続かなかった。
「もういい。うるさい」
そのコスモスの言葉と同時に、体前面に焼け焦げた斬り跡が刻まれたアルガが、その場に倒れ込んだ。
(………親を殺された、ね。……その『爛乱』を、これから殺すのよ…ッ)
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