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第4章 激闘クロッカス直属小隊編
第10話・・・コスモス_コンタクト_イチコロ・・・
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コスモスと淡里深恋は今、アジト内の廊下を走っている。
通路、部屋、人数から、錆びれ具合、配置してある物品などを把握して湊に報告するのだ。全てが超過演算の動力源になる。
走りながら、コスモスは思った。
(アスターは無事、まあ当然よね)
たった今アスターが無事だったという信号音が鳴り、無事が確認された。
わざわざ安堵の息も漏らさない。それほどに当然のことだと思った。
『良かった…』
深恋の呟きが仮面を通して聞こえた。
(全く…)
『いちいち声に出すな』
『す、すみません』
『…そんなに心配だった?』
『……コスモスさんはアスターさんが勝つって心から信頼してたんですね。凄いな、『聖』の絆って』
深恋の言葉を聞いて、うんざりする気持ちを抑えられない。
(…こういうところもしっかり教育しなきゃいけないのよね)
『違うわよ』
『え?』
『「勝つ」って信頼してるんじゃない。「生きる」って信頼してるのよ』
『……っ』
『負けてもいい。多少の損害は出ても構わない。何をおいても生き残る道を選ぶ。それが『聖』よ。よく覚えておきなさい』
『……はいっ』
『もっと声小さく』
『……はい』
はあ、と心の中で息を吐いた時、
「……っ」
コスモスがスッと深恋の前に手を出し、制止の合図を送る。そしてすぐ壁に背を密着させる。コスモスの無遁法で見えなくしているが、油断は禁物。深恋も同じようにしている。
ここは一本道で、10メートル先がT字路になっている。その曲がり角から気配を感じ取ったのだ。
『どうしますか? コスモスさん。このままやり過ごしますか?』
深恋が聞いてくる。
今までそうしてきたが、今回は様子がおかしい。
『貴方はそこで待機してなさい。相手はすぐそこの角を曲がる。姿を確認して動く場合も私だけが動く。もしもの場合貴方を覆う無遁法が解けるかもしれないから、気を付けて』
『分かりました』
……そして、相手が曲がり角から姿を現した。
その時、少し見えた体の一部だけで、コスモスは瞬時に動き出した。
◆ ◆ ◆
ジストの側近の一人、ルーランは意地汚い笑みを浮かべていた。
染めた長髪をスタイリッシュに整えた男、ルーラン。その顔立ちは長年浮かべ続けた粘り気のある笑みが浸透し、歪んで見える。
片手には大剣を持っている。
ルーランは大人しく静かに、まるで安らかな人間のように歩いていた。
だが、すぐそこのT字路を曲がると同時に、
「ヒャッハーーーーーーーーーーーーー!!」
水を纏った大剣を振り下ろした。敵のいる、右方向に。
その時、ルーランは気付いた。
一瞬でここら一帯が結界とは違う別の気で覆われていることに。既に遮断空間であるということに。
大剣を振り下ろすと同時に放った水弾は霧散されている。
「……へー」
ルーランは敵が思った以上だということを悟り、後ろに大きく距離を取った。
そして敵の姿を視認する。
少し見えにくいが、ルーランなら視える。
紫色の能面のような仮面を被った人陰が10メートルほど先に二つ。
「ハッ! その仮面!『聖』か!」
…相手からの返答はない。
しかしルーランにはそれさえも戦闘を楽しむスパイスと思えた。
「曲がり角から少し姿を見え俺だと気づいた瞬間に、俺に気付かれてると感付き、ここら一帯を気で包んだのか。………俺の司力《フォース》、知ってんだな。さすが『聖』だ」
ルーランの司力は傍目では分かりにくい。それに大剣まで持ってるため、そっちに目が行ってしまうので、尚分かりにくい。
ルーランの司力は『高視水鏡』。
コンタクトレンズだ。
質は強化系水属性で、強化の水に特注のコンタクトレンズを浸せ、僅かな気の残滓も見逃さず、僅かな風の流れも視認することのできる視力を実現させた。この眼で相手の姿を逃がさず、重い大剣で容易く相手を切りつける。それがルーランの戦闘スタイルだ。
コスモス達のことも、コスモス達が高速移動することにより生まれる風の微かな流れを視認したのだ。
「それにこの気……無遁法か? てことは戦型忍者? 身長からしてかなり若いと思うんだが…、まあ『聖』ならなんでもありなところあるしな。納得納得」
すると、敵二人の内一人が前へ出た。後ろの一人は動く様子はない。
この一人だけで相手をするということか?
(上等だ!)
ルーランの興奮が止まらない。
敵は無遁法でここら一帯を覆って音が洩れること、ルーランが連絡することを危惧したようだ。前者は不可抗力なので仕方ないが、後者はありえない。
こんな楽しい戦いを途中で邪魔されてたまるか。
ジストはその辺融通が効かないから困る。個人的にはやはりレイゴに付いていきたい。まあレイゴだと獲物を横取りされるだろうからそれもそれで嫌だが。
(……あ、結界張られた)
そうこうしている内に結果が張られた。
これで外部と絶たれたことになる。
むしろルーランにプラスなことなので、内心喜んでおく。
「よーし! これで気兼ねなく戦えるな!」
仕掛けたのは相手からだった。
炎を纏った手裏剣を飛ばしてきたのだ。
(無遁法によって見えない炎の手裏剣。恐ろしいね。俺じゃなかったら瞬殺だ)
「でも視える俺にはチャチな手裏剣でしかないんだよ!『水の壁』!」
水の壁によって全ての手裏剣を防ぐ………はずだった。
バシュッという湿った破裂音が響いたかと思うと、水の壁に穴が一時的に空いていた。
「ッ!?」
その穴から手裏剣が流れるように入り込み、ルーランを襲う。
「チッ!」
避けるのは間に合わないと判断し、大剣を体の前に持ってきて、防ぐ。水の壁を突き破った威力が手裏剣には込められてる。
強化を最大にして、全力で防ぐ。
………しかし、それを嘲笑うかのように、大剣が消失……いや、焼失した。
(そ、そんな……こんな司力って……!!)
まだ戦いが始まって序盤。
だがルーランは相手の司力の正体に気付くのが遅過ぎた。
(ヤバイ……こいつはヤバイ……ッッ!!)
もう手遅れである。
手裏剣が次々に体に刺さった。
心臓を庇った左腕に手裏剣が刺さり、肘から先が灰となって消えた。逃げようと動かした右足の脛に手裏剣が刺さり、膝から先が灰となって消えた。柄と僅かな刃だけとなった大剣で防ごうとしたが間をすり抜け右肩に刺さり、右肩周辺が灰となって消え、焼け残った「柄を持つ肘から先の腕」は地面に落ちた。躱せず左脇腹に手裏剣が刺さり、左脇腹が灰となって消えた。飛ぶ手裏剣が左耳を掠り、左耳とその付け根の部分がごっそりと灰となって消えた。
ルーランは立っていられなくなり、血をまき散らしながら、その場に倒れこんだ。
◆ ◆ ◆
コスモスは歩き、虫の息のルーランを見下ろす。
「ふざ、けるな………ふざける……な………ざっけんな! こんなの戦いじゃねえ! 虐殺だ! もっとバトルってのは楽しいもんなんだ! 互いに血を流しながらその血すらも利用して勝利をもぎ取る! それが戦いだ! こんなの……こんなの認めねぇ………これが…………これが俺の最期のバトルなんて……………ぃやだ……」
つにルーランが涙を流した。
「貴方相手に手裏剣10枚もいらなかったわね」
それがコスモスがルーランへ送った最初で最後の言葉だった。
うつ伏せで倒れるルーランの頭を踏みつけ、意識を刈り取る。それから簡単な応急処置だけして、ルーランを全収納器《ハンディ・ホルダー》に収め、捕獲を完了させた。
『す、……すごい。これが灰塵劇』
少し後ろで深恋が呟く。
コスモスは残った血を特殊な薬品を垂らしてルミノール反応が出ないほど痕跡を消しながら、言った。
『『戦型忍者・灰塵劇』よ。言うならしっかり正式名称で。……それと、別に凄くなんかないわよ。あの程度』
『じゅ、十分凄いですよ。ルーランはキンリと同格の士ですよ?』
『まだ『憑英格化』を制御しきれていないアスターより弱いんでしょう? 今のアスターはクロッカスがサポート特化型にした士。戦闘タイプとは言えない。…それに、基本的に『聖』の隊員の司力は初見殺し。ルーランの『高視水鏡』は私に取って相性は悪いけど、私の司力の本質を見抜けない。その程度のレベル。倒せて当然』
純然たる事実を述べるコスモス。
そこに謙遜も自慢もない。
コスモスは作業しながら、深恋の視線を感じて溜息をつく。
『何か気になることでもあるの?』
ビクリと深恋の肩が震える。
『その…』
『聞きたいことがあるのなら今の内に聞いて。少しの疑問で脳の活動が制限されコンマ数秒反応が遅れ、それが命取りにもなる。…くだらない疑問は今解消すべきよ。今言えることだけ答えてあげる』
正論を述べ、余計な問答を省く。
深恋はコスモスの言いたいことを理解したようで、満を持して、という感じで尋ねてくる。
『…その…コスモスさんは………クロッカスの、恋人なんですかっ?』
『…え?』
そこ?とコスモスは仮面の裏で瞬きをする。
深恋は冗談ではないという雰囲気で、こちらを向いている。仮面越しなので目は見えないが、その裏には真っすぐな瞳があるのだろう。
『私が『骸』にいた時のこととか…じゃないの?』
『? いえ、別に?……ストーリーは違えど、どこも耳を塞ぎたくなるような内容であることは明白ですからね』
てっきりコスモスが今まで歩んできた人生を聞きたいと…そう思ったのだが、どうやらそれはお門違いだったらしい。
自意識過剰…とは思わない。深恋はこう言っているが、非常に気にはなっているのは間違いない。
しかし、そんな疑問も吹き飛ぶほどに気になっていることがある。
それが、
漣湊とコスモスの関係。
(…ふっ、何よ。もうしっかり先のこと考えられてるじゃない)
自分の思考をさて置いて、コスモスは深恋の問いかけに答えた。
『私とクロッカスが恋人かって? …答えはNOよ。そんな風に見えた?』
『…でも昨日……クロッカスと一緒の部屋に…』
『……誰から聞いた?』
コスモスの声音が低くなる。怒気が垣間見えた。
湊は深恋の歓迎会の最中、妹と時を過ごした後、コスモスの部屋で二人っきりの時を過ごした。
しかしそれを深恋が知るはずがない。歓迎会の酒の席で酔って口を滑らせるような輩や、まだ口が軽い子供がいたとしても正常な隊員がそれを阻止してくれるはずだ。
湊が深恋を救った時の状況を考えれば、少なからず好意が発生しているのは誰の目にも明白。その深恋に任務に支障をきたすような情報を与えるはずがない。
湊も薄々深恋の感情には気付いているはずだ。
誰が漏らしたのか、これはそう簡単な問題ではない。
…しかし、深恋小さく首を振る。
『あの時、コスモスさんがいなかったからそう思ったんですけど……やっぱりそうなんですね』
(ッ……カマかけられたッ?)
コスモスは自分の甘さに煮えくり返りそうになる。
『カマかけたようですみません。…でも私も確信に近い考えを持ってましたから』
それを聞くとコスモスは冷や水を浴びたように急速に冷静になる。
『…まあ、人間ってそういうところあるわよね。紅蓮奏華《ぐれんそうか》じゃないけど、超直感が働くこと。……確かに、あの夜一緒に過ごしたけど、精々頬にキスしたぐらいよ』
『へ!? き、きき…』
『それだけ。それ以上全然させてくれないもん』
『いやいやいやっ、キスしたんですか!?』
なんか慌ててる。そんなに驚くことだろうか。驚くことか。
『うるさいわね…私から一方的にね。彼からはしてくれないわ』
『え…えと……二人は付き合って…』
『ないわよ。何度も言わせないで』
『じゃあなんでキスしてるんですかっ?』
『湊の温もりがないと私が使い物にならなくなるから』
『…………』
深恋が黙る。
仮面で見えないが、唖然としていることだろう。
いくらでも驚けばいい。
数秒もかからず深恋が復帰し、ぽつりと尋ねてきた。
『………コスモスさん、性格変わってません?』
『よく言われるけと、好きな人ができた影響なら、こんな自分も嫌じゃないわ』
『…聞くまでもないことですけど、好きなんですね』
『好きよ。貴方ならよく分かるでしょ?』
え?と首を傾げる深恋に、コスモスは言ってやった。
『あの強さであの頭であの容姿であの性格の男に救われたら、誰でもイチコロでしょ?』
深恋がほんの少し、跳ねるように微動した。
肩を僅かに揺らすだけ、その程度の動きだったが、コスモスにはそれが心臓の鼓動とリンクして見えた。
(早めに自覚しておきなさい。スタートラインに立つことは許してあげる。…どうせ私には追い付けないんだし)
通路、部屋、人数から、錆びれ具合、配置してある物品などを把握して湊に報告するのだ。全てが超過演算の動力源になる。
走りながら、コスモスは思った。
(アスターは無事、まあ当然よね)
たった今アスターが無事だったという信号音が鳴り、無事が確認された。
わざわざ安堵の息も漏らさない。それほどに当然のことだと思った。
『良かった…』
深恋の呟きが仮面を通して聞こえた。
(全く…)
『いちいち声に出すな』
『す、すみません』
『…そんなに心配だった?』
『……コスモスさんはアスターさんが勝つって心から信頼してたんですね。凄いな、『聖』の絆って』
深恋の言葉を聞いて、うんざりする気持ちを抑えられない。
(…こういうところもしっかり教育しなきゃいけないのよね)
『違うわよ』
『え?』
『「勝つ」って信頼してるんじゃない。「生きる」って信頼してるのよ』
『……っ』
『負けてもいい。多少の損害は出ても構わない。何をおいても生き残る道を選ぶ。それが『聖』よ。よく覚えておきなさい』
『……はいっ』
『もっと声小さく』
『……はい』
はあ、と心の中で息を吐いた時、
「……っ」
コスモスがスッと深恋の前に手を出し、制止の合図を送る。そしてすぐ壁に背を密着させる。コスモスの無遁法で見えなくしているが、油断は禁物。深恋も同じようにしている。
ここは一本道で、10メートル先がT字路になっている。その曲がり角から気配を感じ取ったのだ。
『どうしますか? コスモスさん。このままやり過ごしますか?』
深恋が聞いてくる。
今までそうしてきたが、今回は様子がおかしい。
『貴方はそこで待機してなさい。相手はすぐそこの角を曲がる。姿を確認して動く場合も私だけが動く。もしもの場合貴方を覆う無遁法が解けるかもしれないから、気を付けて』
『分かりました』
……そして、相手が曲がり角から姿を現した。
その時、少し見えた体の一部だけで、コスモスは瞬時に動き出した。
◆ ◆ ◆
ジストの側近の一人、ルーランは意地汚い笑みを浮かべていた。
染めた長髪をスタイリッシュに整えた男、ルーラン。その顔立ちは長年浮かべ続けた粘り気のある笑みが浸透し、歪んで見える。
片手には大剣を持っている。
ルーランは大人しく静かに、まるで安らかな人間のように歩いていた。
だが、すぐそこのT字路を曲がると同時に、
「ヒャッハーーーーーーーーーーーーー!!」
水を纏った大剣を振り下ろした。敵のいる、右方向に。
その時、ルーランは気付いた。
一瞬でここら一帯が結界とは違う別の気で覆われていることに。既に遮断空間であるということに。
大剣を振り下ろすと同時に放った水弾は霧散されている。
「……へー」
ルーランは敵が思った以上だということを悟り、後ろに大きく距離を取った。
そして敵の姿を視認する。
少し見えにくいが、ルーランなら視える。
紫色の能面のような仮面を被った人陰が10メートルほど先に二つ。
「ハッ! その仮面!『聖』か!」
…相手からの返答はない。
しかしルーランにはそれさえも戦闘を楽しむスパイスと思えた。
「曲がり角から少し姿を見え俺だと気づいた瞬間に、俺に気付かれてると感付き、ここら一帯を気で包んだのか。………俺の司力《フォース》、知ってんだな。さすが『聖』だ」
ルーランの司力は傍目では分かりにくい。それに大剣まで持ってるため、そっちに目が行ってしまうので、尚分かりにくい。
ルーランの司力は『高視水鏡』。
コンタクトレンズだ。
質は強化系水属性で、強化の水に特注のコンタクトレンズを浸せ、僅かな気の残滓も見逃さず、僅かな風の流れも視認することのできる視力を実現させた。この眼で相手の姿を逃がさず、重い大剣で容易く相手を切りつける。それがルーランの戦闘スタイルだ。
コスモス達のことも、コスモス達が高速移動することにより生まれる風の微かな流れを視認したのだ。
「それにこの気……無遁法か? てことは戦型忍者? 身長からしてかなり若いと思うんだが…、まあ『聖』ならなんでもありなところあるしな。納得納得」
すると、敵二人の内一人が前へ出た。後ろの一人は動く様子はない。
この一人だけで相手をするということか?
(上等だ!)
ルーランの興奮が止まらない。
敵は無遁法でここら一帯を覆って音が洩れること、ルーランが連絡することを危惧したようだ。前者は不可抗力なので仕方ないが、後者はありえない。
こんな楽しい戦いを途中で邪魔されてたまるか。
ジストはその辺融通が効かないから困る。個人的にはやはりレイゴに付いていきたい。まあレイゴだと獲物を横取りされるだろうからそれもそれで嫌だが。
(……あ、結界張られた)
そうこうしている内に結果が張られた。
これで外部と絶たれたことになる。
むしろルーランにプラスなことなので、内心喜んでおく。
「よーし! これで気兼ねなく戦えるな!」
仕掛けたのは相手からだった。
炎を纏った手裏剣を飛ばしてきたのだ。
(無遁法によって見えない炎の手裏剣。恐ろしいね。俺じゃなかったら瞬殺だ)
「でも視える俺にはチャチな手裏剣でしかないんだよ!『水の壁』!」
水の壁によって全ての手裏剣を防ぐ………はずだった。
バシュッという湿った破裂音が響いたかと思うと、水の壁に穴が一時的に空いていた。
「ッ!?」
その穴から手裏剣が流れるように入り込み、ルーランを襲う。
「チッ!」
避けるのは間に合わないと判断し、大剣を体の前に持ってきて、防ぐ。水の壁を突き破った威力が手裏剣には込められてる。
強化を最大にして、全力で防ぐ。
………しかし、それを嘲笑うかのように、大剣が消失……いや、焼失した。
(そ、そんな……こんな司力って……!!)
まだ戦いが始まって序盤。
だがルーランは相手の司力の正体に気付くのが遅過ぎた。
(ヤバイ……こいつはヤバイ……ッッ!!)
もう手遅れである。
手裏剣が次々に体に刺さった。
心臓を庇った左腕に手裏剣が刺さり、肘から先が灰となって消えた。逃げようと動かした右足の脛に手裏剣が刺さり、膝から先が灰となって消えた。柄と僅かな刃だけとなった大剣で防ごうとしたが間をすり抜け右肩に刺さり、右肩周辺が灰となって消え、焼け残った「柄を持つ肘から先の腕」は地面に落ちた。躱せず左脇腹に手裏剣が刺さり、左脇腹が灰となって消えた。飛ぶ手裏剣が左耳を掠り、左耳とその付け根の部分がごっそりと灰となって消えた。
ルーランは立っていられなくなり、血をまき散らしながら、その場に倒れこんだ。
◆ ◆ ◆
コスモスは歩き、虫の息のルーランを見下ろす。
「ふざ、けるな………ふざける……な………ざっけんな! こんなの戦いじゃねえ! 虐殺だ! もっとバトルってのは楽しいもんなんだ! 互いに血を流しながらその血すらも利用して勝利をもぎ取る! それが戦いだ! こんなの……こんなの認めねぇ………これが…………これが俺の最期のバトルなんて……………ぃやだ……」
つにルーランが涙を流した。
「貴方相手に手裏剣10枚もいらなかったわね」
それがコスモスがルーランへ送った最初で最後の言葉だった。
うつ伏せで倒れるルーランの頭を踏みつけ、意識を刈り取る。それから簡単な応急処置だけして、ルーランを全収納器《ハンディ・ホルダー》に収め、捕獲を完了させた。
『す、……すごい。これが灰塵劇』
少し後ろで深恋が呟く。
コスモスは残った血を特殊な薬品を垂らしてルミノール反応が出ないほど痕跡を消しながら、言った。
『『戦型忍者・灰塵劇』よ。言うならしっかり正式名称で。……それと、別に凄くなんかないわよ。あの程度』
『じゅ、十分凄いですよ。ルーランはキンリと同格の士ですよ?』
『まだ『憑英格化』を制御しきれていないアスターより弱いんでしょう? 今のアスターはクロッカスがサポート特化型にした士。戦闘タイプとは言えない。…それに、基本的に『聖』の隊員の司力は初見殺し。ルーランの『高視水鏡』は私に取って相性は悪いけど、私の司力の本質を見抜けない。その程度のレベル。倒せて当然』
純然たる事実を述べるコスモス。
そこに謙遜も自慢もない。
コスモスは作業しながら、深恋の視線を感じて溜息をつく。
『何か気になることでもあるの?』
ビクリと深恋の肩が震える。
『その…』
『聞きたいことがあるのなら今の内に聞いて。少しの疑問で脳の活動が制限されコンマ数秒反応が遅れ、それが命取りにもなる。…くだらない疑問は今解消すべきよ。今言えることだけ答えてあげる』
正論を述べ、余計な問答を省く。
深恋はコスモスの言いたいことを理解したようで、満を持して、という感じで尋ねてくる。
『…その…コスモスさんは………クロッカスの、恋人なんですかっ?』
『…え?』
そこ?とコスモスは仮面の裏で瞬きをする。
深恋は冗談ではないという雰囲気で、こちらを向いている。仮面越しなので目は見えないが、その裏には真っすぐな瞳があるのだろう。
『私が『骸』にいた時のこととか…じゃないの?』
『? いえ、別に?……ストーリーは違えど、どこも耳を塞ぎたくなるような内容であることは明白ですからね』
てっきりコスモスが今まで歩んできた人生を聞きたいと…そう思ったのだが、どうやらそれはお門違いだったらしい。
自意識過剰…とは思わない。深恋はこう言っているが、非常に気にはなっているのは間違いない。
しかし、そんな疑問も吹き飛ぶほどに気になっていることがある。
それが、
漣湊とコスモスの関係。
(…ふっ、何よ。もうしっかり先のこと考えられてるじゃない)
自分の思考をさて置いて、コスモスは深恋の問いかけに答えた。
『私とクロッカスが恋人かって? …答えはNOよ。そんな風に見えた?』
『…でも昨日……クロッカスと一緒の部屋に…』
『……誰から聞いた?』
コスモスの声音が低くなる。怒気が垣間見えた。
湊は深恋の歓迎会の最中、妹と時を過ごした後、コスモスの部屋で二人っきりの時を過ごした。
しかしそれを深恋が知るはずがない。歓迎会の酒の席で酔って口を滑らせるような輩や、まだ口が軽い子供がいたとしても正常な隊員がそれを阻止してくれるはずだ。
湊が深恋を救った時の状況を考えれば、少なからず好意が発生しているのは誰の目にも明白。その深恋に任務に支障をきたすような情報を与えるはずがない。
湊も薄々深恋の感情には気付いているはずだ。
誰が漏らしたのか、これはそう簡単な問題ではない。
…しかし、深恋小さく首を振る。
『あの時、コスモスさんがいなかったからそう思ったんですけど……やっぱりそうなんですね』
(ッ……カマかけられたッ?)
コスモスは自分の甘さに煮えくり返りそうになる。
『カマかけたようですみません。…でも私も確信に近い考えを持ってましたから』
それを聞くとコスモスは冷や水を浴びたように急速に冷静になる。
『…まあ、人間ってそういうところあるわよね。紅蓮奏華《ぐれんそうか》じゃないけど、超直感が働くこと。……確かに、あの夜一緒に過ごしたけど、精々頬にキスしたぐらいよ』
『へ!? き、きき…』
『それだけ。それ以上全然させてくれないもん』
『いやいやいやっ、キスしたんですか!?』
なんか慌ててる。そんなに驚くことだろうか。驚くことか。
『うるさいわね…私から一方的にね。彼からはしてくれないわ』
『え…えと……二人は付き合って…』
『ないわよ。何度も言わせないで』
『じゃあなんでキスしてるんですかっ?』
『湊の温もりがないと私が使い物にならなくなるから』
『…………』
深恋が黙る。
仮面で見えないが、唖然としていることだろう。
いくらでも驚けばいい。
数秒もかからず深恋が復帰し、ぽつりと尋ねてきた。
『………コスモスさん、性格変わってません?』
『よく言われるけと、好きな人ができた影響なら、こんな自分も嫌じゃないわ』
『…聞くまでもないことですけど、好きなんですね』
『好きよ。貴方ならよく分かるでしょ?』
え?と首を傾げる深恋に、コスモスは言ってやった。
『あの強さであの頭であの容姿であの性格の男に救われたら、誰でもイチコロでしょ?』
深恋がほんの少し、跳ねるように微動した。
肩を僅かに揺らすだけ、その程度の動きだったが、コスモスにはそれが心臓の鼓動とリンクして見えた。
(早めに自覚しておきなさい。スタートラインに立つことは許してあげる。…どうせ私には追い付けないんだし)
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どうやら、漂流して流されていたようだった。
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しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。
男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?
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