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第4章 激闘クロッカス直属小隊編
第2話・・・狙われる_『考え』_話合い終了・・・
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「三日後、『紅蓮奏華家』の頭首、紅蓮奏華顎と連絡を取ることになっている。おそらくそこで武者小路と紅蓮奏華で一時的な同盟を結び、チームを結成することになるはずだ。二人にはそのチームに参謀として加わってほしい」
露骨に二人が口を尖らせ、愛衣が質問した。
「それって最終目的はなんでしょうか? さっきの話を聞く限りだと息子さんを殺した犯人への復讐? それとも『終色』を潰すことですか? 後者だとすれば、はっきり言って不可能ですよね?『裏・死頭評議会』の頭の一つに、たった七人で轡を並べる連中、仮に私達が本当に『超過演算』を使えたとしても、情報が少な過ぎて見付けること自体不可能だと思いますけど?………んー、そういう無謀なことは考えてないみたいですね」
愛衣が質問して勝手に納得した。源得の表情を見て判断したのだ。
源得がふっと笑う。
「ああ。そこまで感情に流されたつもりはない。…武者小路家は…いや、儂の『霊魂晶』が『終色』に狙われている。『憐山』も気になるところじゃが、同じ『裏・死頭評議会』の頭でも『憐山』より『終色』の方が上だと、儂は思っている。……その『終色』の一人を消したい」
「一人ですか?」
湊が聞き、源得が頷く。
「『終色』は基本的に独立独歩だ。『終色』のリーダーの凱歌というの男がS級危険人物ばかりを集めた組織で、目的は不明。定期的に集まって何かをしているようだが、基本的にはリーダー以外の六人は各々好きに動いている。……儂を狙っているのも一人だと考えられる」
「その一人に心当たりは?」
「ある。獏良という男だ。知っているか?」
「いえ、さすがにそこまでは知りません」
「同じく」
湊と愛衣が揃って首を振ると、源得が猪本に目線を飛ばし、猪本が持っていた資料二つを二人に手渡す。
「二人には口で説明するよりこの方がよいだろう。…獏良の罪歴を軽くまとめたものだ」
湊と愛衣はぱらぱらと一ページに一秒も掛けず、ぱらぱら漫画を見るような感覚で資料を読む。そして同時に読み終わる。
「へー。『終色』の中でも頭一つ抜けた守銭奴で、金になることならなんでもする男、か」
「ふーん。『玄牙』の時の裏にいたのってこの人なんだー」
どこまで来ても緊張感のない二人に、源得は気にせず話す。
「獏良はあまり自分の手を汚さず、『玄牙』のように別の組織に依頼するものがほとんどだ。だから質どころか、本当は士なのかという疑問も上げられる」
士であることは間違いない、それは後で言うとして、今は源得の言葉を聞こうと思った。
「獏良は慎重な男ではあるが、他組織を利用するため『終色』の中でも比較的名を聞く。しかも今は儂に狙いを絞っている。君達二人の頭脳を活用すれば、見つけ出すことは不可能ではないと思う」
源得の力強い視線から感じる覚悟は並大抵のもんではない。息子を殺されたから当然とも言えるが、黒い復讐心に染まってるとも言い難かった。
「とりあえず、もう幾つか質問させてもらいますよ」
「もちろんだ。なんでも聞いてくれ」
源得が頷き、湊が質問した。
「俺達の待遇や用意される設備、士器、身の安全や報酬など、そこらへんは大体予測がつくのでいいですけど…、まず成功して獏良なる人物を始末した後、俺達二人はどうなるのでしょうか?」
源得の纏う雰囲気が重くなる。
「…二人の方が、儂より分かっているのではないか? 二人の才能は素晴らしい。他の組織からの勧誘だけでなく裏組織から狙われる可能性もある。
……獏良討伐が成功した後、武者小路家は二人を最大限バックアップするつもりでいる。他に望むことがあれば、武者小路家の力を駆使して叶えるつもりだ。…だが、二人が『士協会』上層部に取り込まれることは逃れられないと思う。…儂の考えは間違っているか?」
源得なりの予測に対して、静かに、微笑を浮かべて湊と愛衣は答えた。
「いえ、同感です」
「むしろ交渉など正攻法で来る人達は口八丁でなんとかできる自信があるので、私達がやられるとすれば強引な手使ってくる連中でしょうね」
落ち着きのある言葉に逆に危機感を感じた源得が身を乗り出し、真剣に告げた。
「儂としては、二人を武者小路家に引き入れても構わないと思っている。おそらく『紅蓮奏華家』も二人の価値にすぐに気付き、同じことを考えるだろう。…惜しいが、正直なところ、儂はどちらでもいい。とにかく二人にはどちらかの家に属して欲しい。今言ったように武者小路家がバックアップするが、その程度の庇護では心許ない。……どうか、武者小路か紅蓮奏華、どちらかに属してはもらえないか?」
源得が引き締め過ぎて皺だらけになる顔で切実に願う。今にも泣きそうな表情だ。
湊と愛衣は一瞥で目を合わせた後、柔らかい口調で湊が訊いた。
「…結構親身になってくれるんですね。どうしました? 亡くなった息子さんと重ねてます?」
源得が考えるように目を伏せたあと、ふっと穏やかな表情になる。
「…儂は教育者として二人の身を案じていたつもりだったが…そうかもしれないな。……このままでは二人が魔の手に掛かることは儂でも分かる。その為に今、手を打たねばならない。……二人の答えを、聞かせてくれ」
真っすぐな源得の瞳に、湊と愛衣は若々しく果敢な表情を向ける。
「答えではないですが、まず俺達の考えを述べてもいいですか?」
「ここに来る前に話合って決めたことです」
源得が首を傾げ、「なんだ?」と聞く。
瞬間、湊と愛衣の表情に薄く、小悪魔…を越えて魔王的とも言うべき薄い笑みを浮かべた。
源得、勇士、猪本の背筋が凍る中、
湊と愛衣の『考え』が述べられた。
◆ ◆ ◆
学園長室には現在五人の人間がいる。
ソファーの後ろに控える猪本は両手で頭を抱えて頭痛に苦しみ、勇士は理解できないという風に何度も瞬きし、源得は苦笑と呆然を混ぜたようなあやふやな表情を浮かべていた。
「あれ? どうしたのかな?」
「さあ? 突然誰かに精神攻撃でもされたのかな?」
「え!? つまりこの部屋に敵がいるってこと!?」
「ハッ!? どうしよう湊! 私達殺されちゃう!」
「……………そろそろ、よろしいか?」
明るくふざけたやりとりをしているところに、重く冷めた声が掛かる。
二人はぴたりとおふざけをやめ、あっけらかんと聞いた。
「もう大丈夫ですか?」
湊が訊くと、源得が溜息をつきながら。
「一応、常識外れなことを言ってる自覚はあるようじゃな」
「ええ。私達頭良いですから」
愛衣の返しに源得が苦笑しながら溜息をつく。猪本も勇士も、苦い顔をしているが正常な思考はできるぐらい回復したようだ。
「……今の話を聞いて、本来であれば阿呆と叱りつけるところじゃが……、他でもない二人が言うのならばそれもまた一つの希望の道なのかもしれんな…」
「学園長……」
猪本が何か言いたそうに源得を呼ぶが、それを手を制す。
「よい。言いたいことは分かる。……これも乗り掛かった舟だ。この舟の行く末を見物できる特等席を確保したと思ってみようではないか」
猪本が仕方ないと言わんばかりに息を吐いて引き下がるのと交代するように、勇士が自信無さげに二人にあることを聞いた。
「な、なあ……その…、二人は……付き合ってるのか……?」
勇士の表情は怯えや恐れを含みつつも真剣だ。愛衣の観察眼、洞察力、分析力を知り、自分の気持ちなど筒抜けであると理解している顔だ。
口ごもりながらの発言に、源得と猪本も何かを感じ取ったのか、複雑な表情をしている。
湊は、ここは自分が答えるべきではないかな、と口を開かず、愛衣の言葉を待った。
「…付き合ってないよ」
短く穏やかな口調で否定され、勇士はどこか納得の行ってないように口を閉じたまま横に伸ばす。
「でも…」
愛衣の言葉にはまだ続きがあった。
「でも、湊とならこの先何があっても離れずやっていける。そう思ってるわ」
「……………そうか…」
今の勇士の感情は、告白され振られた気分が72パーセント、決してチャンスがなくなったわけではないという前向きな思考が8パーセント、湊への嫉妬が20パーセント、というところか。
湊はそう冷静に分析した。
◆ ◆ ◆
「詳細は学園長が『紅蓮奏華家』と対談してから、ということでよろしいですか?」
湊と愛衣が立ち上がろうとするが、学園長が「まだだ」と声を上げる。
「まだ話がある。それは分かっているだろう」
座り直すと、愛衣が無造作に口を開く。
「『聖』についてですか?」
そうだ、と源得が頷く。
その横では、先程愛衣にやられた精神はどこへやら、勇士が憎悪と憤怒に染まった顔で拳を握り締めている。
「奇しくもここにいる三人の担任、蔵坂鳩菜が『聖』の隊員、カキツバタである可能性が浮上した」
二人相手に気遣った遠回しは必要ないと判断した源得が簡潔に述べる。
「根拠は?」
「紅井勇士の直感がきっかけだ」
「紅蓮奏華の直感ですか…。一応知ってますよ」
湊と愛衣が力無く笑う。
『天超直感』。
紅蓮奏華の血を引く者は直感が優れている。理由として、先祖の理界踏破が関係していると言われている。
事象の揺らぎを謎の違和感として感じ取る…と、一般ではその程度にしか知られていない。技、とすら言えない芸。紅蓮奏華の人間だとしても、『天超直感』を持つ者はいたりいなかったりと、本当にあやふやなものだ。
だが間違いなく、紅蓮奏華を持ち上げた要因の一つでもある。
(勇士はフリージアには遠く及ばないだろうけと………これマジにずるいんだよなー。場合によっては、過程すっ飛ばして『超過演算』並みの予測発揮することもあるから…ほんとフリー相手にしてると一生懸命頭回してる自分が虚しくなるっていうか…なんか自由なフリーとか変なこと考えて惨めになるっていうか…)
表情にはおくびも出さず憂鬱になる湊に、源得が言う。
「さすがに紅井勇士の直感だけで、疑っているわけではない。他にも理由はある」
それから、源得が試験の裏で起きたこと、琉花と来木田が斬られたことについて詳しく話し始めた。
備品室を狙ったと思われる敵だが、『転移乱輪』の予備数は変わっておらず、源得の身に何も起きなかった。
そして、源得と勇士が戦っている間、待機していたはずの蔵坂鳩菜が「『生命測輪』が壊れた」と言って戻ってきて、その鳩菜と共に偶然血まみれの琉花達5人を発見した、と。
ちなみに、『生命測輪』は勇士と戦った時にダメージを受け壊れやすくなっていたという。監視カメラを調べてみても、移動カメラは主に戦闘場面を映し、設置型のカメラは数は多いが敷地全体と比べれば映せる範囲は少なく、蔵坂鳩菜の姿はあまり映っておらず、そもそも鳩菜の『生命測輪』は服の袖の下にあるため、真偽は分からなかったという。
「『陽天十二神座・第二席』の独立策動部隊『聖』は特殊な組織だ。『士協会』に属する組織は多少なりとも他の組織と手を組むことが多い。それは情報や人材など、様々な観点からどうしても組織一つでは回らない時があるからだ。
しかし『聖』はそういった輪から完全に独立している。他組織と馴れ合わず、他組織に比べれば少ない人数で、他組織を圧倒的に上回る情報と力を誇る。
もし蔵坂先生が『聖』だとすれば、六つある策動隊の内、紫の仮面を付ける第四策動隊。絶対条件として『完偽生動』を体に叩きこんだ潜入調査部隊だ。隠密のスペシャリスト集団。厄介な上に……」
源得が濁す部分が愛衣が明瞭に述べた。
「このカキツバタの行動は、猪本先生達を助けに動いたように見えますからね。どう対処していいか分からないのでしょう?」
「そんなはずないッ!」
勇士の怒号が響く。愛衣も予測していただろうが、それでもビクッと驚いた。
それを見た勇士がハッとなり。
「ご、ごめん……でもっ、おかしいだろうッ? 考えてみてくれよっ? もしかしたら逆かもしれないだろっ? 予備の『転移乱輪』は減ってなかったんだ。戻ってきた蔵坂先生が関わってる可能性もあるだろ?」
湊も愛衣も訝し気に首を傾げる。
「それで自分で見付けたの? なにそのマッチポンプ。てか尾茂山先生のことは?」
愛衣の言葉に息詰まる勇士だが、気持ちは消えないようだ。
「分からない。…けどお前達は知らないんだ…。『聖』は狡猾で…悔しいけど…、俺達の二手も三手も先を読んでる。…蔵坂先生が獅童学園の教師になって4年。その間にどれだけの情報を仕入れているか分からない。その情報を元にどんなことを仕掛けてくるのか分からないんだ…」
「……ねえ、勇士、『聖』と何かあったの?」
湊の問いかけに、勇士が顔を強張らせる。
今聞いても不思議ではない。
「……ごめん、言えない。……極秘事項なんだ……ごめん」
勇士が申し訳なさそうに頭を下げるが、それは分かっていた。
その更に奥に隠された感情を少しでも読み取れればと思ったのだ。
しかし、案の定、それも無理そうだ。ほんの少しは可能はあると思ったが、今見えるのは狂ったような怒りと悲しみ。これは愛衣にも見えている。こんな状態の勇士を更に追求するのは怪しまれる。
湊は明るい声で。
「ううんっ。俺こそごめんね」
「いつか……いつかちゃんと話すから…」
「うん。ありがと」
勇士の張りつめた声に、湊が優し気な声で返す。
…なんというか、少し微妙な空気になってしまった。
そこにゴホンっと源得が咳払いして場の雰囲気を切り替える。
「まとめると、まず二人には、紅井くんが蔵坂先生と戦った記録用紙や映像データなどを見てもらい、『生命測輪』の損傷の真偽を見破ってもらいたい。また、『紅蓮奏華家』との対談が終わるまで蔵坂先生や尾茂山先生に直接探りを入れることは抑えてほしい。監視は立てておく。…『終色』や他の裏組織、『士《フォーサー》協会』の組織に関する非公開のデータや武者小路家の持つ情報の記された資料ならいくらでも見せよう。対談が終わるまで君達が必要だと思ったものを見て欲しい」
「俺達の『考え』については?」
「もちろん『紅蓮奏華家』に報告する。……チームに加わってくれるという話だから、その時紅蓮奏華は君達二人の真価を見極めるつもりだろう。…君達なら確実にクリアできるだろうから、心配はいらない。……あ、そうだ。それと、この学園に潜入している他組織の人間の名前を教えてもらえるか? チームに加入する件とは別で報酬は弾む」
「…んー、それで変に睨まれるのもな…」
「危険は避けたいよね…」
湊や愛衣も、決して不義理というわけではないが、それでも自分の命や、今後やることを考えれば、躊躇わざるを得ない。
それを源得は重々承知している。
「…せめて、裏組織と思われる人物だけでもいい。頼のむ!」
源得が頭を下げる。それは偉い人間が頭を下げるのだから承諾しろ、などという傲りからくるものではない。自分が下の人間だと分を弁えた態度から来る誠意の詰まったものだ。
勇士が少し驚いている後ろの猪本も、同じ気持ちで頭を下げていた。
愛衣が面白そうに口を開いた。
「…学園長、そんな遜っていいんですか? 子供相手に」
頭を下げたまま、源得は言った。
「……相手は選ぶさ。今なら分かる。昨日、速水さんの頭脳を試そうとしていた儂がどれだけ滑稽に見えたかが。本当に申し訳なかった」
愛衣はふふっと笑って。
「湊、これは合格だね」
「だな」
バッと源得が顔を上げる。そして愛衣と湊の悪戯っぽい笑みを前にして、何も言わずに柔らかく微笑んだ。
「さて、残る話は『紅蓮奏華家』との話が終わってからということで。よろしくお願いします」
「こちらこそ、よろしく頼む」
露骨に二人が口を尖らせ、愛衣が質問した。
「それって最終目的はなんでしょうか? さっきの話を聞く限りだと息子さんを殺した犯人への復讐? それとも『終色』を潰すことですか? 後者だとすれば、はっきり言って不可能ですよね?『裏・死頭評議会』の頭の一つに、たった七人で轡を並べる連中、仮に私達が本当に『超過演算』を使えたとしても、情報が少な過ぎて見付けること自体不可能だと思いますけど?………んー、そういう無謀なことは考えてないみたいですね」
愛衣が質問して勝手に納得した。源得の表情を見て判断したのだ。
源得がふっと笑う。
「ああ。そこまで感情に流されたつもりはない。…武者小路家は…いや、儂の『霊魂晶』が『終色』に狙われている。『憐山』も気になるところじゃが、同じ『裏・死頭評議会』の頭でも『憐山』より『終色』の方が上だと、儂は思っている。……その『終色』の一人を消したい」
「一人ですか?」
湊が聞き、源得が頷く。
「『終色』は基本的に独立独歩だ。『終色』のリーダーの凱歌というの男がS級危険人物ばかりを集めた組織で、目的は不明。定期的に集まって何かをしているようだが、基本的にはリーダー以外の六人は各々好きに動いている。……儂を狙っているのも一人だと考えられる」
「その一人に心当たりは?」
「ある。獏良という男だ。知っているか?」
「いえ、さすがにそこまでは知りません」
「同じく」
湊と愛衣が揃って首を振ると、源得が猪本に目線を飛ばし、猪本が持っていた資料二つを二人に手渡す。
「二人には口で説明するよりこの方がよいだろう。…獏良の罪歴を軽くまとめたものだ」
湊と愛衣はぱらぱらと一ページに一秒も掛けず、ぱらぱら漫画を見るような感覚で資料を読む。そして同時に読み終わる。
「へー。『終色』の中でも頭一つ抜けた守銭奴で、金になることならなんでもする男、か」
「ふーん。『玄牙』の時の裏にいたのってこの人なんだー」
どこまで来ても緊張感のない二人に、源得は気にせず話す。
「獏良はあまり自分の手を汚さず、『玄牙』のように別の組織に依頼するものがほとんどだ。だから質どころか、本当は士なのかという疑問も上げられる」
士であることは間違いない、それは後で言うとして、今は源得の言葉を聞こうと思った。
「獏良は慎重な男ではあるが、他組織を利用するため『終色』の中でも比較的名を聞く。しかも今は儂に狙いを絞っている。君達二人の頭脳を活用すれば、見つけ出すことは不可能ではないと思う」
源得の力強い視線から感じる覚悟は並大抵のもんではない。息子を殺されたから当然とも言えるが、黒い復讐心に染まってるとも言い難かった。
「とりあえず、もう幾つか質問させてもらいますよ」
「もちろんだ。なんでも聞いてくれ」
源得が頷き、湊が質問した。
「俺達の待遇や用意される設備、士器、身の安全や報酬など、そこらへんは大体予測がつくのでいいですけど…、まず成功して獏良なる人物を始末した後、俺達二人はどうなるのでしょうか?」
源得の纏う雰囲気が重くなる。
「…二人の方が、儂より分かっているのではないか? 二人の才能は素晴らしい。他の組織からの勧誘だけでなく裏組織から狙われる可能性もある。
……獏良討伐が成功した後、武者小路家は二人を最大限バックアップするつもりでいる。他に望むことがあれば、武者小路家の力を駆使して叶えるつもりだ。…だが、二人が『士協会』上層部に取り込まれることは逃れられないと思う。…儂の考えは間違っているか?」
源得なりの予測に対して、静かに、微笑を浮かべて湊と愛衣は答えた。
「いえ、同感です」
「むしろ交渉など正攻法で来る人達は口八丁でなんとかできる自信があるので、私達がやられるとすれば強引な手使ってくる連中でしょうね」
落ち着きのある言葉に逆に危機感を感じた源得が身を乗り出し、真剣に告げた。
「儂としては、二人を武者小路家に引き入れても構わないと思っている。おそらく『紅蓮奏華家』も二人の価値にすぐに気付き、同じことを考えるだろう。…惜しいが、正直なところ、儂はどちらでもいい。とにかく二人にはどちらかの家に属して欲しい。今言ったように武者小路家がバックアップするが、その程度の庇護では心許ない。……どうか、武者小路か紅蓮奏華、どちらかに属してはもらえないか?」
源得が引き締め過ぎて皺だらけになる顔で切実に願う。今にも泣きそうな表情だ。
湊と愛衣は一瞥で目を合わせた後、柔らかい口調で湊が訊いた。
「…結構親身になってくれるんですね。どうしました? 亡くなった息子さんと重ねてます?」
源得が考えるように目を伏せたあと、ふっと穏やかな表情になる。
「…儂は教育者として二人の身を案じていたつもりだったが…そうかもしれないな。……このままでは二人が魔の手に掛かることは儂でも分かる。その為に今、手を打たねばならない。……二人の答えを、聞かせてくれ」
真っすぐな源得の瞳に、湊と愛衣は若々しく果敢な表情を向ける。
「答えではないですが、まず俺達の考えを述べてもいいですか?」
「ここに来る前に話合って決めたことです」
源得が首を傾げ、「なんだ?」と聞く。
瞬間、湊と愛衣の表情に薄く、小悪魔…を越えて魔王的とも言うべき薄い笑みを浮かべた。
源得、勇士、猪本の背筋が凍る中、
湊と愛衣の『考え』が述べられた。
◆ ◆ ◆
学園長室には現在五人の人間がいる。
ソファーの後ろに控える猪本は両手で頭を抱えて頭痛に苦しみ、勇士は理解できないという風に何度も瞬きし、源得は苦笑と呆然を混ぜたようなあやふやな表情を浮かべていた。
「あれ? どうしたのかな?」
「さあ? 突然誰かに精神攻撃でもされたのかな?」
「え!? つまりこの部屋に敵がいるってこと!?」
「ハッ!? どうしよう湊! 私達殺されちゃう!」
「……………そろそろ、よろしいか?」
明るくふざけたやりとりをしているところに、重く冷めた声が掛かる。
二人はぴたりとおふざけをやめ、あっけらかんと聞いた。
「もう大丈夫ですか?」
湊が訊くと、源得が溜息をつきながら。
「一応、常識外れなことを言ってる自覚はあるようじゃな」
「ええ。私達頭良いですから」
愛衣の返しに源得が苦笑しながら溜息をつく。猪本も勇士も、苦い顔をしているが正常な思考はできるぐらい回復したようだ。
「……今の話を聞いて、本来であれば阿呆と叱りつけるところじゃが……、他でもない二人が言うのならばそれもまた一つの希望の道なのかもしれんな…」
「学園長……」
猪本が何か言いたそうに源得を呼ぶが、それを手を制す。
「よい。言いたいことは分かる。……これも乗り掛かった舟だ。この舟の行く末を見物できる特等席を確保したと思ってみようではないか」
猪本が仕方ないと言わんばかりに息を吐いて引き下がるのと交代するように、勇士が自信無さげに二人にあることを聞いた。
「な、なあ……その…、二人は……付き合ってるのか……?」
勇士の表情は怯えや恐れを含みつつも真剣だ。愛衣の観察眼、洞察力、分析力を知り、自分の気持ちなど筒抜けであると理解している顔だ。
口ごもりながらの発言に、源得と猪本も何かを感じ取ったのか、複雑な表情をしている。
湊は、ここは自分が答えるべきではないかな、と口を開かず、愛衣の言葉を待った。
「…付き合ってないよ」
短く穏やかな口調で否定され、勇士はどこか納得の行ってないように口を閉じたまま横に伸ばす。
「でも…」
愛衣の言葉にはまだ続きがあった。
「でも、湊とならこの先何があっても離れずやっていける。そう思ってるわ」
「……………そうか…」
今の勇士の感情は、告白され振られた気分が72パーセント、決してチャンスがなくなったわけではないという前向きな思考が8パーセント、湊への嫉妬が20パーセント、というところか。
湊はそう冷静に分析した。
◆ ◆ ◆
「詳細は学園長が『紅蓮奏華家』と対談してから、ということでよろしいですか?」
湊と愛衣が立ち上がろうとするが、学園長が「まだだ」と声を上げる。
「まだ話がある。それは分かっているだろう」
座り直すと、愛衣が無造作に口を開く。
「『聖』についてですか?」
そうだ、と源得が頷く。
その横では、先程愛衣にやられた精神はどこへやら、勇士が憎悪と憤怒に染まった顔で拳を握り締めている。
「奇しくもここにいる三人の担任、蔵坂鳩菜が『聖』の隊員、カキツバタである可能性が浮上した」
二人相手に気遣った遠回しは必要ないと判断した源得が簡潔に述べる。
「根拠は?」
「紅井勇士の直感がきっかけだ」
「紅蓮奏華の直感ですか…。一応知ってますよ」
湊と愛衣が力無く笑う。
『天超直感』。
紅蓮奏華の血を引く者は直感が優れている。理由として、先祖の理界踏破が関係していると言われている。
事象の揺らぎを謎の違和感として感じ取る…と、一般ではその程度にしか知られていない。技、とすら言えない芸。紅蓮奏華の人間だとしても、『天超直感』を持つ者はいたりいなかったりと、本当にあやふやなものだ。
だが間違いなく、紅蓮奏華を持ち上げた要因の一つでもある。
(勇士はフリージアには遠く及ばないだろうけと………これマジにずるいんだよなー。場合によっては、過程すっ飛ばして『超過演算』並みの予測発揮することもあるから…ほんとフリー相手にしてると一生懸命頭回してる自分が虚しくなるっていうか…なんか自由なフリーとか変なこと考えて惨めになるっていうか…)
表情にはおくびも出さず憂鬱になる湊に、源得が言う。
「さすがに紅井勇士の直感だけで、疑っているわけではない。他にも理由はある」
それから、源得が試験の裏で起きたこと、琉花と来木田が斬られたことについて詳しく話し始めた。
備品室を狙ったと思われる敵だが、『転移乱輪』の予備数は変わっておらず、源得の身に何も起きなかった。
そして、源得と勇士が戦っている間、待機していたはずの蔵坂鳩菜が「『生命測輪』が壊れた」と言って戻ってきて、その鳩菜と共に偶然血まみれの琉花達5人を発見した、と。
ちなみに、『生命測輪』は勇士と戦った時にダメージを受け壊れやすくなっていたという。監視カメラを調べてみても、移動カメラは主に戦闘場面を映し、設置型のカメラは数は多いが敷地全体と比べれば映せる範囲は少なく、蔵坂鳩菜の姿はあまり映っておらず、そもそも鳩菜の『生命測輪』は服の袖の下にあるため、真偽は分からなかったという。
「『陽天十二神座・第二席』の独立策動部隊『聖』は特殊な組織だ。『士協会』に属する組織は多少なりとも他の組織と手を組むことが多い。それは情報や人材など、様々な観点からどうしても組織一つでは回らない時があるからだ。
しかし『聖』はそういった輪から完全に独立している。他組織と馴れ合わず、他組織に比べれば少ない人数で、他組織を圧倒的に上回る情報と力を誇る。
もし蔵坂先生が『聖』だとすれば、六つある策動隊の内、紫の仮面を付ける第四策動隊。絶対条件として『完偽生動』を体に叩きこんだ潜入調査部隊だ。隠密のスペシャリスト集団。厄介な上に……」
源得が濁す部分が愛衣が明瞭に述べた。
「このカキツバタの行動は、猪本先生達を助けに動いたように見えますからね。どう対処していいか分からないのでしょう?」
「そんなはずないッ!」
勇士の怒号が響く。愛衣も予測していただろうが、それでもビクッと驚いた。
それを見た勇士がハッとなり。
「ご、ごめん……でもっ、おかしいだろうッ? 考えてみてくれよっ? もしかしたら逆かもしれないだろっ? 予備の『転移乱輪』は減ってなかったんだ。戻ってきた蔵坂先生が関わってる可能性もあるだろ?」
湊も愛衣も訝し気に首を傾げる。
「それで自分で見付けたの? なにそのマッチポンプ。てか尾茂山先生のことは?」
愛衣の言葉に息詰まる勇士だが、気持ちは消えないようだ。
「分からない。…けどお前達は知らないんだ…。『聖』は狡猾で…悔しいけど…、俺達の二手も三手も先を読んでる。…蔵坂先生が獅童学園の教師になって4年。その間にどれだけの情報を仕入れているか分からない。その情報を元にどんなことを仕掛けてくるのか分からないんだ…」
「……ねえ、勇士、『聖』と何かあったの?」
湊の問いかけに、勇士が顔を強張らせる。
今聞いても不思議ではない。
「……ごめん、言えない。……極秘事項なんだ……ごめん」
勇士が申し訳なさそうに頭を下げるが、それは分かっていた。
その更に奥に隠された感情を少しでも読み取れればと思ったのだ。
しかし、案の定、それも無理そうだ。ほんの少しは可能はあると思ったが、今見えるのは狂ったような怒りと悲しみ。これは愛衣にも見えている。こんな状態の勇士を更に追求するのは怪しまれる。
湊は明るい声で。
「ううんっ。俺こそごめんね」
「いつか……いつかちゃんと話すから…」
「うん。ありがと」
勇士の張りつめた声に、湊が優し気な声で返す。
…なんというか、少し微妙な空気になってしまった。
そこにゴホンっと源得が咳払いして場の雰囲気を切り替える。
「まとめると、まず二人には、紅井くんが蔵坂先生と戦った記録用紙や映像データなどを見てもらい、『生命測輪』の損傷の真偽を見破ってもらいたい。また、『紅蓮奏華家』との対談が終わるまで蔵坂先生や尾茂山先生に直接探りを入れることは抑えてほしい。監視は立てておく。…『終色』や他の裏組織、『士《フォーサー》協会』の組織に関する非公開のデータや武者小路家の持つ情報の記された資料ならいくらでも見せよう。対談が終わるまで君達が必要だと思ったものを見て欲しい」
「俺達の『考え』については?」
「もちろん『紅蓮奏華家』に報告する。……チームに加わってくれるという話だから、その時紅蓮奏華は君達二人の真価を見極めるつもりだろう。…君達なら確実にクリアできるだろうから、心配はいらない。……あ、そうだ。それと、この学園に潜入している他組織の人間の名前を教えてもらえるか? チームに加入する件とは別で報酬は弾む」
「…んー、それで変に睨まれるのもな…」
「危険は避けたいよね…」
湊や愛衣も、決して不義理というわけではないが、それでも自分の命や、今後やることを考えれば、躊躇わざるを得ない。
それを源得は重々承知している。
「…せめて、裏組織と思われる人物だけでもいい。頼のむ!」
源得が頭を下げる。それは偉い人間が頭を下げるのだから承諾しろ、などという傲りからくるものではない。自分が下の人間だと分を弁えた態度から来る誠意の詰まったものだ。
勇士が少し驚いている後ろの猪本も、同じ気持ちで頭を下げていた。
愛衣が面白そうに口を開いた。
「…学園長、そんな遜っていいんですか? 子供相手に」
頭を下げたまま、源得は言った。
「……相手は選ぶさ。今なら分かる。昨日、速水さんの頭脳を試そうとしていた儂がどれだけ滑稽に見えたかが。本当に申し訳なかった」
愛衣はふふっと笑って。
「湊、これは合格だね」
「だな」
バッと源得が顔を上げる。そして愛衣と湊の悪戯っぽい笑みを前にして、何も言わずに柔らかく微笑んだ。
「さて、残る話は『紅蓮奏華家』との話が終わってからということで。よろしくお願いします」
「こちらこそ、よろしく頼む」
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