リセット

爺誤

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三章

3-3

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「抑制剤? 健吾がいるのに必要ですか?」
「ああ。運命の番が現れた。とっさに逃げたんだが、恐ろしい威力だった……」
「運命の……」

 あの後は仕事を早退して、健吾の弟のたすくのところに相談に来ている。
 侑は製薬会社で薬の開発をしている。専門家だ。
 健吾の身内に良く思われていないのは分かっているが、他に頼れる相手が思いつかなかった。


「運命の番の仕組みはまだ解明されていないので、僕の推測をお話しします。

 アルファやオメガはベータよりも本能が強い性質があり、その最たるものが運命の番と呼ばれる存在です。
 僕は遺伝子的に最も良い組み合わせが生まれる相手こそが、運命の番として認定されるのではないかと考えています。
 滅多に出会えないのは、運命の相手が外国人であることが多く、物理的に遠い場所に住んでいることが多いためです。

 現に運命を感じた人達は、出身地が遠方であったり、互いの身体的特徴に相似点がほとんどないことが多くあります。
 また、番のいないアルファやオメガであっても、血縁者の発情期ヒートには反応しにくいことがほとんどです。これは本能的に近親婚を避けているのでじゃう。

 祐志さんが運命の番に反応してしまった理由ですが、健吾に発情期ヒートは来ませんよね。そのために健吾のオメガとしてのフェロモンは非常に薄い。
 フリーのオメガの発情フェロモンは、番持ちのアルファさえ誘惑しますから、それが運命の番だったからこそ強く反応したのではないかと思います。

 いくら運命の番とはいえ、すでに番がいる相手にそこまで反応するのには違和感がありますから」


 では俺は運命の相手が現れたら否応無く発情してしまうのか。

「俺が相手を噛んだら、健吾はどうなるんだ……」

「番の解除ですね。健吾は発情期もないし、番というのも名目上という状態なので影響は少ないでしょう。ただし、祐志さんを受け入れることが出来なくなります。健吾は現在の祐志さんのフェロモンに適応していますから。
 新たな番を得れば、祐志さん自身が新たな番に適応して、フェロモンが変質します。そうなったら健吾の番とは呼べませんよ。
 ちなみにオメガのフェロモンの変質は一度きり、アルファは番を変えるたびに変質します」

 蘇る古い記憶。
 傷だらけで青ざめた健吾が倒れている。
 二度と、健吾に苦しみを与えないと誓った。
 仮定でも他のオメガを噛むなんて、俺は何て馬鹿な事を。

「反応しないために、できることはあるだろうか」

 俺が縋る思いで侑に尋くと、ニヤリと笑った。
 試薬と書かれたラベルの瓶が出される。大きめの錠剤が入っている。

「フェロモンを感じるとされる、鋤鼻器じょびき、ヤコブソン器官ともいいますが、ここを殺してやれば良いです。大多数の人間、ベータはこの器官がほぼ退化していますが、アルファとオメガだけが原初のままここが生きている。実はベータと結婚するアルファやオメガの中には、万一本能に負けて相手を裏切らないような処置を希望する方が多いので、この薬が開発されました」

「知らなかった……。やりたい。やらせてください」
「保険適用外の投薬一ヶ月です。費用は五百万を超えますが、健吾に見つからずに用意できますか?」

 簡単な金額ではないが、それは問題にならない。
 希望があるなら、全力で縋るだけだ。

「親に事情を話して協力してもらう。薬はどんな?」
「一日一回、一定の時間に飲めば良いです。副作用として、投薬期間中は味覚がおかしくなります。個人差はありますが、かなり苦痛だそうです」

「構わない。投薬中、フェロモンを感じたらどうなる?」
「器官を徐々に殺す薬なので、時期によって反応は変わるでしょうね。フェロモン忌避剤のマスクを常に着用する事をお勧めします」

 方針が決まった。
 俺が外出時はマスクをすることを徹底し、一ヶ月逃げ切れば恐らく反応することはないだろう。
 有難いことに俺はアルファだ。
 力でオメガに負けることはない。

 希望の光が見えたと、拳を握ってじっと黙っていたら侑が悪戯っぽく笑った。

「実は金額は嘘です。最近出来上がったばかりの薬で、臨床試験は終わっています。あとは認可を待つだけなんですが、時間がかかるんですよね。あまり必要性を認められにくい薬ですし」

「君が作ったのか?」

「はい。いいタイミングで来てくれました。試してください。そしてレポートも下さい。それで薬代はチャラです」

 侑が神様に見えた。
 涙が出る。

「っ、ありがとう。俺は健吾に許されないことをした。二度と傷つけないと決めたのに、こんなことになって、情けない……」

 侑が気にするなと言うように首を振った。

「あと実はもう一つ手段があります」
「何だ」
「勃起を防ぐ薬があります」
「あ」
「番になるには挿入しなければなりません。勃たなければ、噛んでも意味がない」
「頼む」
「複合して副作用が」
「何でもいい。頼む」

「ふふふ。祐志さんが健吾を大事にしてくれて嬉しいです。僕たち兄弟は間違えて、健吾を守れなかった。手を下したのは祐志さんでも、健吾に助けを求めさせなかったのは僕たち兄弟です。薬ができていて良かった。一ヶ月、耐えて下さい」

「ああ」

 健吾が苦しんだ期間は一ヶ月どころじゃない。
 どんな副作用でも耐えて、運命など吹き飛ばしてやる。
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