17 / 44
二章
2-4 健吾の会社訪問 4 祐志
しおりを挟む
今年の春、課長に昇進した。最短記録らしいが当然の流れだ。親の会社なんだから、七光りの威力もあるのは分かっている。だけど努力したのは確かだから、ひそかに心の中でガッツポーズを取った。
大学を卒業して、周りを黙らせるために必死だった。守らなければならないものができていたから。絶対に幸せにしなければならない。それでも償いきれるようなことではない。
俺のせいでめちゃくちゃにしてしまった健吾。健吾の実家は金持ちだけど、彼には最低限のお金しかかけなかった。何度か健吾の父親に会ったことが有るけれど、どこか歪んだ印象を抱く人物だった。アルファとして能力の高さを感じさせるのに、優秀さよりも威圧が多かった。健吾のことに関しても、オメガだから榊原の家には必要がないというような態度は一貫していて悲しくなった。
大学で見た健吾は大人しめではあるものの、家から弾き出されて荒んでいるような様子もなく、ごく一般的な学生をしていたから。英勝大はそれなりに学費を取る私大ということもあり、中流以上の家庭の子弟が多くて違和感もなかった。
健吾の扱いは、ワンルームのマンションを与えられて、学費と生活費だけを与えて放置されていたらしい。榊原の末端として面倒なことになっては困るからという理由が透けて見えそうな扱いだ。そんな状況で頑張っていた健吾を俺は……。
オメガであることを隠していた健吾は、長期のアルバイトはやれなかったという。発情期を他人に悟られたくなかったそうだ。付き合いが深くなればばれるから、と。
アルファから見れば、発情期が来るようになったオメガは何となくわかる。だから隠してもしょうがないんだが、そんなことも健吾は知らなかった。きょうだいたちは全員アルファなのだから、交流があればわかるようなことなのに。他人には話しにくいこともきょうだいならば話せただろうに。
大学時代の健吾は、人目に触れるのを嫌って内勤の短期バイトを駆使して、非常につましい生活をしていた。
五十年前なら知らないけれど、今はオメガも堂々としていいのに、健吾の父親のせいで健吾の人生はめちゃくちゃだ。人を悪く言いながら、俺もその片棒を担いでいる。
大学でも、綺麗な顔を長い前髪で隠していつも俯いていた。友人と話す時だけは顔を上げて微笑を浮かべる時があって、あの微笑みが欲しいと思っていた。俺だけのものにできたらいいのにと思いながら、健吾から声をかけてほしいという矛盾したプライドを持っていた。恋愛の駆け引きのつもりで自分のプライドを守っていただけだ。くだらない。
そうして頑張っていた健吾を滅茶苦茶にした。彼を守るためだなんて言い訳をして、強引に辻褄合わせの話を作って、そのおかげで健吾は俺に笑いかけてくれるようになった。
今となっては嘘を嘘と教えることで、健吾が壊れてしまうのが怖いから、本当のことは言えない。
せめてこれ以上の苦労はさせたくないと、仕事を少しでも早く覚えて給料を上げたくて頑張った。
健吾は黙っているとすぐに節約をしようとする。
子供達のためと言って必死で貯金をしている。
俺には「外で仕事をするんだから」と必要なものはケチるなと言うのに、自分のことになるとさっぱりだ。
電気代なんて俺が数時間残業すれば、一年間の節約分ぐらい簡単に稼げる。
エアコンをつけなかったり、自転車で遠いスーパーまで買いに行ったり、どうしたらやめてくれるのか分からなかった。あまりにも我慢ばかりして、我慢が習い性になってしまったのかと切ない気持ちになったものだ。でも、この間、健吾がつけている家計簿を見て少し理解した。
節約は健吾の趣味だ。
びっしりと書かれた食材と、店ごと季節ごとの底値。旬になったらどう組み合わせたら美味しく、かつ栄養満点に無駄なく調理できるか。驚くほどの細かさできっちり整理されていた。
記憶喪失になったせいで子供たちの幼い頃を覚えていないのが悔しいと言って、詳細な家計簿兼日記をつけている。「見てもいいよ」というのは、本当にそれが記録だからだ。その中に健吾の感情は込められていなくて、感情と事象を切り離せる冷静さを感じる。
健吾の専攻は統計学だった。そもそも分析が好きらしい。大学も行きなおした方がいいんじゃないかと思うが、本人はもう十分だと言う。
家計簿には、俺の好物や子供たちの好物が均等に行きわたるように献立表まで作ってあった。献立表もワンパターンにならないように、パソコンで関数まで組んだようだ。
俺が仕事を頑張っているから、自分はプロの主夫になるんだと目標を定めたらしい。「目指せプロ主夫!」と家計簿の最初に書いてあった。二人で築く家庭を一生の目標にしてくれていることが嬉しい。
預金通帳を見て驚いた。こんなハイペースの貯金、この年で妻子持ちでできる奴はいない。
もうじゅうぶんプロ主夫と胸を張っていいとはずだが、昇進などの目に見える結果がない主夫業では上を目指し続けるしかないようできりがない。
健吾がプロ主夫への道を邁進している間、俺は親の会社で必死だった。親の七光りがあるのはわかっているけど、それ込みでも評価されるように。
そうしたら色々な人間が寄ってきた。
結婚指輪をしているのに、告白してくる者。酷い時は発情を利用するオメガまでいた。番がいるから反応しないのに。アルファの中には番がいても次から次へと渡れる者がいるようだが、俺はそういうタイプじゃない。そもそもそんなことが許される立場でもない。
大学を卒業して、周りを黙らせるために必死だった。守らなければならないものができていたから。絶対に幸せにしなければならない。それでも償いきれるようなことではない。
俺のせいでめちゃくちゃにしてしまった健吾。健吾の実家は金持ちだけど、彼には最低限のお金しかかけなかった。何度か健吾の父親に会ったことが有るけれど、どこか歪んだ印象を抱く人物だった。アルファとして能力の高さを感じさせるのに、優秀さよりも威圧が多かった。健吾のことに関しても、オメガだから榊原の家には必要がないというような態度は一貫していて悲しくなった。
大学で見た健吾は大人しめではあるものの、家から弾き出されて荒んでいるような様子もなく、ごく一般的な学生をしていたから。英勝大はそれなりに学費を取る私大ということもあり、中流以上の家庭の子弟が多くて違和感もなかった。
健吾の扱いは、ワンルームのマンションを与えられて、学費と生活費だけを与えて放置されていたらしい。榊原の末端として面倒なことになっては困るからという理由が透けて見えそうな扱いだ。そんな状況で頑張っていた健吾を俺は……。
オメガであることを隠していた健吾は、長期のアルバイトはやれなかったという。発情期を他人に悟られたくなかったそうだ。付き合いが深くなればばれるから、と。
アルファから見れば、発情期が来るようになったオメガは何となくわかる。だから隠してもしょうがないんだが、そんなことも健吾は知らなかった。きょうだいたちは全員アルファなのだから、交流があればわかるようなことなのに。他人には話しにくいこともきょうだいならば話せただろうに。
大学時代の健吾は、人目に触れるのを嫌って内勤の短期バイトを駆使して、非常につましい生活をしていた。
五十年前なら知らないけれど、今はオメガも堂々としていいのに、健吾の父親のせいで健吾の人生はめちゃくちゃだ。人を悪く言いながら、俺もその片棒を担いでいる。
大学でも、綺麗な顔を長い前髪で隠していつも俯いていた。友人と話す時だけは顔を上げて微笑を浮かべる時があって、あの微笑みが欲しいと思っていた。俺だけのものにできたらいいのにと思いながら、健吾から声をかけてほしいという矛盾したプライドを持っていた。恋愛の駆け引きのつもりで自分のプライドを守っていただけだ。くだらない。
そうして頑張っていた健吾を滅茶苦茶にした。彼を守るためだなんて言い訳をして、強引に辻褄合わせの話を作って、そのおかげで健吾は俺に笑いかけてくれるようになった。
今となっては嘘を嘘と教えることで、健吾が壊れてしまうのが怖いから、本当のことは言えない。
せめてこれ以上の苦労はさせたくないと、仕事を少しでも早く覚えて給料を上げたくて頑張った。
健吾は黙っているとすぐに節約をしようとする。
子供達のためと言って必死で貯金をしている。
俺には「外で仕事をするんだから」と必要なものはケチるなと言うのに、自分のことになるとさっぱりだ。
電気代なんて俺が数時間残業すれば、一年間の節約分ぐらい簡単に稼げる。
エアコンをつけなかったり、自転車で遠いスーパーまで買いに行ったり、どうしたらやめてくれるのか分からなかった。あまりにも我慢ばかりして、我慢が習い性になってしまったのかと切ない気持ちになったものだ。でも、この間、健吾がつけている家計簿を見て少し理解した。
節約は健吾の趣味だ。
びっしりと書かれた食材と、店ごと季節ごとの底値。旬になったらどう組み合わせたら美味しく、かつ栄養満点に無駄なく調理できるか。驚くほどの細かさできっちり整理されていた。
記憶喪失になったせいで子供たちの幼い頃を覚えていないのが悔しいと言って、詳細な家計簿兼日記をつけている。「見てもいいよ」というのは、本当にそれが記録だからだ。その中に健吾の感情は込められていなくて、感情と事象を切り離せる冷静さを感じる。
健吾の専攻は統計学だった。そもそも分析が好きらしい。大学も行きなおした方がいいんじゃないかと思うが、本人はもう十分だと言う。
家計簿には、俺の好物や子供たちの好物が均等に行きわたるように献立表まで作ってあった。献立表もワンパターンにならないように、パソコンで関数まで組んだようだ。
俺が仕事を頑張っているから、自分はプロの主夫になるんだと目標を定めたらしい。「目指せプロ主夫!」と家計簿の最初に書いてあった。二人で築く家庭を一生の目標にしてくれていることが嬉しい。
預金通帳を見て驚いた。こんなハイペースの貯金、この年で妻子持ちでできる奴はいない。
もうじゅうぶんプロ主夫と胸を張っていいとはずだが、昇進などの目に見える結果がない主夫業では上を目指し続けるしかないようできりがない。
健吾がプロ主夫への道を邁進している間、俺は親の会社で必死だった。親の七光りがあるのはわかっているけど、それ込みでも評価されるように。
そうしたら色々な人間が寄ってきた。
結婚指輪をしているのに、告白してくる者。酷い時は発情を利用するオメガまでいた。番がいるから反応しないのに。アルファの中には番がいても次から次へと渡れる者がいるようだが、俺はそういうタイプじゃない。そもそもそんなことが許される立場でもない。
13
お気に入りに追加
496
あなたにおすすめの小説
消えない思い
樹木緑
BL
オメガバース:僕には忘れられない夏がある。彼が好きだった。ただ、ただ、彼が好きだった。
高校3年生 矢野浩二 α
高校3年生 佐々木裕也 α
高校1年生 赤城要 Ω
赤城要は運命の番である両親に憧れ、両親が出会った高校に入学します。
自分も両親の様に運命の番が欲しいと思っています。
そして高校の入学式で出会った矢野浩二に、淡い感情を抱き始めるようになります。
でもあるきっかけを基に、佐々木裕也と出会います。
彼こそが要の探し続けた運命の番だったのです。
そして3人の運命が絡み合って、それぞれが、それぞれの選択をしていくと言うお話です。
あなたの隣で初めての恋を知る
ななもりあや
BL
5歳のときバス事故で両親を失った四季。足に大怪我を負い車椅子での生活を余儀なくされる。しらさぎが丘養護施設で育ち、高校卒業後、施設を出て一人暮らしをはじめる。
その日暮らしの苦しい生活でも決して明るさを失わない四季。
そんなある日、突然の雷雨に身の危険を感じ、雨宿りするためにあるマンションの駐車場に避難する四季。そこで、運命の出会いをすることに。
一回りも年上の彼に一目惚れされ溺愛される四季。
初めての恋に戸惑いつつも四季は、やがて彼を愛するようになる。
表紙絵は絵師のkaworineさんに描いていただきました。
【完結】『ルカ』
瀬川香夜子
BL
―――目が覚めた時、自分の中は空っぽだった。
倒れていたところを一人の老人に拾われ、目覚めた時には記憶を無くしていた。
クロと名付けられ、親切な老人―ソニーの家に置いて貰うことに。しかし、記憶は一向に戻る気配を見せない。
そんなある日、クロを知る青年が現れ……?
貴族の青年×記憶喪失の青年です。
※自サイトでも掲載しています。
2021年6月28日 本編完結
噛痕に思う
阿沙🌷
BL
αのイオに執着されているβのキバは最近、思うことがある。じゃれ合っているとイオが噛み付いてくるのだ。痛む傷跡にどことなく関係もギクシャクしてくる。そんななか、彼の悪癖の理由を知って――。
✿オメガバースもの掌編二本作。
(『ride』は2021年3月28日に追加します)
運命だなんて言うのなら
riiko
BL
気が付いたら男に組み敷かれていた。
「番、運命、オメガ」意味のわからない単語を話す男を前に、自分がいったいどこの誰なのか何一つ思い出せなかった。
ここは、男女の他に三つの性が存在する世界。
常識がまったく違う世界観に戸惑うも、愛情を与えてくれる男と一緒に過ごし愛をはぐくむ。この環境を素直に受け入れてきた時、過去におこした過ちを思い出し……。
☆記憶喪失オメガバース☆
主人公はオメガバースの世界を知らない(記憶がない)ので、物語の中で説明も入ります。オメガバース初心者の方でもご安心くださいませ。
運命をみつけたアルファ×記憶をなくしたオメガ
性描写が入るシーンは
※マークをタイトルにつけますのでご注意くださいませ。
物語、お楽しみいただけたら幸いです。
【完結・ルート分岐あり】オメガ皇后の死に戻り〜二度と思い通りにはなりません〜
ivy
BL
魔術師の家門に生まれながら能力の発現が遅く家族から虐げられて暮らしていたオメガのアリス。
そんな彼を国王陛下であるルドルフが妻にと望み生活は一変する。
幸せになれると思っていたのに生まれた子供共々ルドルフに殺されたアリスは目が覚めると子供の頃に戻っていた。
もう二度と同じ轍は踏まない。
そう決心したアリスの戦いが始まる。

林檎を並べても、
ロウバイ
BL
―――彼は思い出さない。
二人で過ごした日々を忘れてしまった攻めと、そんな彼の行く先を見守る受けです。
ソウが目を覚ますと、そこは消毒の香りが充満した病室だった。自分の記憶を辿ろうとして、はたり。その手がかりとなる記憶がまったくないことに気付く。そんな時、林檎を片手にカーテンを引いてとある人物が入ってきた。
彼―――トキと名乗るその黒髪の男は、ソウが事故で記憶喪失になったことと、自身がソウの親友であると告げるが…。
皇帝にプロポーズされても断り続ける最強オメガ
手塚エマ
BL
テオクウィントス帝国では、
アルファ・べータ・オメガ全階層の女性のみが感染する奇病が蔓延。
特効薬も見つからないまま、
国中の女性が死滅する異常事態に陥った。
未婚の皇帝アルベルトも、皇太子となる世継ぎがいない。
にも関わらず、
子供が産めないオメガの少年に恋をした。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる