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二章

2-1 健吾の会社訪問 1 モブアルファの視点から

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 いつもの会社に、見慣れない人物がいる。
 アルファの自分には分かる。オメガだ。
 サラサラの黒髪、身長は170ぐらいだろう、細身だが不健康ではない。顔も純和風のすっきりとした美人だ。目元の泣き黒子が色っぽい。
 惜しいのは、左手に光る指輪。番持ちだ。

 でも好みには違いない。
 ちょっとお喋りするぐらいなら構わないだろう。
 お誂え向きに、どうも迷子のようだ。

「こんにちは、何かお困りですか?」

 こちらを見た。二十代中頃だろうか。少し薄幸そうな感じが庇護欲をそそる。
 目を伏せて、胸元のパスを片手で所在無さげに触れている。
 持ち物は紙袋一つ。書類などではなさそうだ。

「すいません、手洗いに行ったら、もとの部屋がわからなくなってしまって……」
「無理もありません、同じ扉が並んでおますからね。入館証を拝見してもよろしいですか?」
「はい。これです」

 うわ。これフリーパスだ。どこにでも入れるVIP用。ビジター用だから名前は入っていない。
 フリーパスだからこの部屋にも入って来れてしまったのだろう。
 結構大事なお客様のようだが、そんな人物が来るなんて聞いていない。
 本来なら、誰の客か聞いて連れて行くのがベストだが、少しぐらい遅れても良いかな。
 だって好みの美人だ。日々の癒しって必要だ。

「申し訳ありません、この入館証だけでは元の場所は分かりかねます」
「そうですよね」
「あまりあちこち行かれると、より迷子になるかもしれません。お連れ様が探しに来るまで、ここでしばらく待機されてはいかがでしょう」
「仕事の邪魔になりませんか?」

 何て奥ゆかしい。いいなあ、こんな奥さん欲しいなあ。彼がフリーの時に出会いたかった。

 部屋の中には数名部下がいるが、皆仕事に集中している。一番時間に融通がきくのが室長の私だから、 私が応対するのが自然だよな。
 気心の知れた部下が、私が悪い癖を出したと言いたげな視線でこちらを見る。お前は仕事しろ。

「ちょうど休憩するところでした。もっとも、貴方のように綺麗な方と居られるなら、サービス残業になっても構いませんけどね」

 とっておきの決め顔とウインクでおどけてみせる。
 私の堅い顔立ちでこれをやると、そのギャップにコロッといく者もいる。彼はどうかな?

 彼はきょとんとしてから、大きな口を開けて笑った。おや、彼もなかなか外見とギャップのある笑い方だ。
 スーツを着ているが、仕事で来ているのではないのかもしれない。何となく、働いている気配がしない。名前を名乗らなかったのは、普段名乗りの必要な生活をしていないのかもしれない。

「あっはっは。すごい、綺麗だなんて言われたの初めてだ! 俺、子持ちですよ」
「そうですか。貴方のお子さんならさぞかし可愛いでしょうね。私、運命の相手を探しているんです」
「可愛いけど、二人ともアルファだから」
「残念です。私の運命の相手はどこにいるのでしょう」
「あなた、面白いね」

 笑いの余韻で微笑みを浮かべて、上目遣いの表情が堪らない。今日はラッキーだ。

 ちょっと触っても良いかな。腕か肩ぐらいなら良いかな。髪も触ってみたいけど、さすがに駄目だろうし。
 番持ちだから妙なことはできない。でも見つからなければ……。
 下心満々に、座れる所はこちらですよ、と腕を取ろうとした時、すごい威嚇オーラを感じた。
 上位のアルファの本気の威嚇だ。
 ビクッとしてそちらを見ると、社長の息子がドアのところにいた。


 能力が高く温厚で、社内で陰で王子なんて呼ばれている人気の跡継ぎ。
 結婚してても愛人やら略奪やらしたがってる人間は山ほどいる。この部署にもいる。

 それが俺をめちゃくちゃ睨んでる。 
 え、何これ怖い。
 はい、触りません、ごめんなさい。
 思わず両手を上げて降参ポーズを取った。

「祐志、何怖い顔してんの。彼びっくりしてるじゃん」

 この人、王子の番か!
 王子の番といえば、政略結婚で最初に子供を作ってからお見限りになったと噂のサカキコーポレーションの次男。
 そんな冷め切った夫夫ふうふには見えませんよ!?
 社内の噂がどれだけ人の願望を取り入れて広まっているか、身にしみる。
 触る前に見つかって良かった。
 触ってからだったら社会的にも物理的にも殺されてたかも……。

「俺が迷子になってこの部屋に入り込んじゃったのに、親切にしてくれたんだよ。」
「そう。君、渡部君だっけ。ありがとう」

 薄笑いが怖いですよ王子。
 そこへ投下される爆弾。

「そうそう、綺麗って言われた! いやー、宮園の社員は口がうまいね。ここ営業? そんなん言われたの初めてだから、嬉しくなっちゃったよ」

 え? 王子言ってないの? 
 好みはあるだろうけど、めっちゃ美人じゃん。
 そんなに威嚇オーラ出すぐらいなら言葉を惜しんじゃ駄目……ヒイッ、殺される!!

「健吾は綺麗だよ」
「へ? 別に対抗して言ってくれなくても良いよ? 俺、自分の身の程ぐらいわきまえてるって」
「いや、そうじゃなくて」

 うわー、いたたまれない。
 王子が弱り切ってる。私の不用意な発言が彼を追い詰めてる。
 ていうか、王子の番の彼は自己評価低いな!
 もったいない。
 俺だったら、毎日褒めまくって磨きまくって可愛がりまくって……、いや、何でもないです。王子、睨まないで、怖いから。

「今日は一通り会社を見ていくと良い。聞きたいことがあったら、何でも聞いて?」
「ん、ありがと祐志」

 自然に繋がれた手はしっかり絡み合っていて、もう王子を略奪しようなんて輩は現れないだろう。
 二人の間に漂うラブラブオーラを感じ取れない奴は、相当な鈍感だろう。
 もしかして、それが狙いで彼を連れてきたのかな?



 良いなあ、番。見合いも一つの出会いだよな。
 親が持ってくる見合い話は断り続けていたけれど、会ってみるのも良いかもしれない。

 寄り添う二人の後ろ姿を見ながら、まだ見ぬ私の運命の番へ思いを馳せた。
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