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一章
5 相手の素性
しおりを挟む双子を連れて兄が帰ってきた。
話をしなければならないから、急いでバタバタと食事と風呂に入れて、寝かせる。
双子は二人とも、寝るときに俺の指を握って眠る。動けなくて辛いけど、死ぬほど可愛い。この子達のためなら命も捨てられるなんて思ってしまうけど、オメガの母性みたいなものだろうか。
双子を寝かせている間に諒さんも帰って来ていた。二人とも険しい顔つきだ。
兄が話し始める。普段から厳しい表情の人だけど、さらに厳しい表情になっていてまるで鬼のようだ。怖い。
「まずはあのクソ親父が勝手に婚約者として、先方にお前の写真を送っていたことから始まる。相手は大学でお前を見知っていたようで、申し出を快諾している。お前が何も知らないとは思わなかったそうだ」
クソ親父? 父と一番似ていたのは兄だったと思うんだけど……、同族嫌悪ってやつかな。
「お前がひと気のないところをフラフラ歩いて行くのに気付いた奴は、お前を心配してつけて行ったらしい。だが、その先で唐突にお前の発情期が始まり、理性を失ってお前を犯して噛んだそうだ。事後、ボロボロのお前が怖くなり逃げて、思い直して戻った時にはお前はいなかったそうだ」
うーん、酷い話だけど、他人の話みたいだ。
俺はそのボロボロの状態で家に帰って、倒れてたのか? 俺が忘れていたから、皆で気を遣ってくれてたのかな。悪いことをした。
「お前の記憶喪失は恐らくその時のことが原因だ。あと、子宮の摘出もな」
子宮摘出しなきゃならないぐらいに犯されたってことか? 発情期怖すぎる。記憶無くして良かった……。
「え……全然記憶にないけど。ていうか、あいつそんなにやばい奴なの?」
「間違いなく犯罪者だろう。だが、今となっては証拠がない。合意かどうかの判断がつけられん」
あー、そうか被害者である俺の記憶がないもんな……。証拠が取れない。そんなところで発情起こすなんて、俺もなんかおかしかったんじゃないか?
「ここで、相手が一つ提案してきている。責任を取りたい、だそうだ」
「責任?」
「番の継続と結婚だ」
「子供産めないからダメだろ」
親父が忘れかけてた俺を使ってでも繋がりたかった相手だ。子供も産めないオメガを娶るメリットなんて欠片もないだろう。
「どうしても責任取りたいなら、慰謝料とかでいいんだけどな……」
ぼやくと、諒さんが俺を抱きしめた。絞り出すような声だ。
「健吾、君の番を名乗る男は最低だと思う。でも、噛まれてしまった以上、責任は取らせるべきだ。君がそいつが怖くて堪らないとか、そういう事がないなら、一度話してみたらどうかな?」
「諒さん?」
「俺だってこんな事言いたくないよ。健吾を苦しませた奴にチャンスをやるような真似……くそ。健吾、健吾は忘れちゃったけど、それは良かったんだけど、君は本当に辛い思いをしたんだ。許せないよ。でも、噛まれてしまったオメガを幸せにできるのは、番のアルファだけなんだよ……っ」
諒さんの声が震える。
くそだなんて、言うんだな。穏やかそうな人なのに。俺のために怒ってくれてる。
諒さんはオメガで、男で、隠していない。諒さんの実家の人たちも諒さんを大事にしていて仲がいい。俺とは真逆の人生を歩んできた人だ。
兄さんは諒さんがいたから、俺を保護してくれた。
でも実家にいた頃と本質は変わらないんじゃないかと思っているから、まだ少し怖い。アルファだからとかオメガだからという以前に、能力のないものが眼中になさそうな部分もある。
ここにいるために双子の世話をするという役目を与えられて、ほっとしていたのは事実だ。
誰にも言ってないけど、前の記憶の空白だけじゃなくて、たまに意識が飛んでいる時がある。気が付くとマンションのベランダで下を覗いていたり、荷造り紐を握りしめて徘徊していたりする。
双子がいる間はないんだけど、保育園に行っている間、特に送った後とか結構そういうことがある。保育園のお迎えの時間にスマホのアラームをセットして、その音で我に返る。
ずっと長袖を着ているのも、いつの間にか妙な傷が腕についているからだ。
俺、病んでるよな。
双子が保育園に行き始めて一か月が経った。病気も多いから、半月ぐらいしか預けている時間はないんだけど、いない間の病みっぷりが半端じゃない。
でもさ、何かね、やけに疲れているんだ。体は戻ってきているんだけど、心が戻らない。
数少ない大学の友達に心配してくれる奴もいるはずなのに、連絡も取れない。
それに、あいつが強姦したせいだっていうけど、オメガの発情期に巻き込まれただけだろうと思うんだ。それで傷を負って被害者面するのはおかしいよ。
だって俺はちゃんと管理していた。発情期の周期だって把握して、完璧に抑え込んでいた。事件みたいなこと言っているけどさ、俺、オメガの自分を殺そうとしたんじゃないかな……。
オメガの象徴である子宮を失って、それで何とか正気を保っている。でも今更、普通の男として女の子と恋愛たいなんて気も起きない。
俺の中、何もないんだ。
あるのは諒さんの双子だけ。
あの子たちが俺を現世に繋ぎとめてくれている。あの子たちはいつでも俺を必要としてくれる。でも、あの子たちは俺のじゃないんだ。だから、いないと死にたくなる。
俺を必要としてくれている人間なんてどこにもいないのを思い知って……。
そっか、あいつ、番だって言っていた。
子供も産めないオメガでもいいってどういうことだろう。
性欲処理かな。番とのセックスは最高だってネットで見たことがある。そういう事でも必要とされるなら、いいのかもしれない。こんな病んだオメガ、この先まともに働ける気がしない。不特定多数を相手するよりはずっといい。
「諒さん、ありがとうございます。俺、話してみます」
「無理は駄目だよ。あとは絶対に第三者の目のあるところでしか会っちゃだめだ」
「はい。わかりました」
すごく心配そうな顔をして、忠告する諒さん。
まるで家族みたいだ。
でも俺は、本当は家族じゃないんだ。
そう、家族じゃない……。
あの愛しい小さな手は、俺のものじゃない。
俺には永遠に得られない……。
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