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25 実はまだ街に来て二日目の夜
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夜の酒場はざわざわと落ち着かない雰囲気だった。
「街にデズグルが出たってよ」
「馬車がひっくり返って領主さまの弟君が骨を折ったそうだ」
「デズグル憑きの馬がどんだけいるかわからんらしい」
「神官連中を引っ張り出そうとしてるとか」
デズグルというのが、オサヒグンラから聞いた季馬を捕まえるために必要な蔓の名だった。陽の当たらない場所で育つ植物で、強い呪いを発しているため魔物として分類されている。
通常は陽の差さない洞窟の中に静かに蔓延って、迷い込んだ動物を捕らえて養分にするそうだ。それ自体の動きは遅く、動けなくするために呪いを放つ。能動的に動く魔物ではないから危険度は低く見積もられているのだが、街中で発見されたために混乱が起きているようだった。
トーカはふと、嫁入り後に身体の不調のない自分を思い出してヒメサマに聞いた。
「おれって呪いにかかるの?」
サラリから、神の伴侶であるトーカは何を食べても毒に当たるようなことはないが、気付かずに毒を他人に勧めてしまうようなことがないように言われていた。地上のものはトーカを傷つけられない、ということらしい。
『トーカは呪いにかからない。聖者と呼ばれたこともあながち間違いじゃないんだ。人の言う聖者の条件を満たしているから』
「条件……あー、神の声を聞くってやつか。そういえば、おれ、今も神様と話してる」
『そういうことだ』
「でも浄化は使えないよ?」
『それは神格を得てからだな。歴代の聖者はすべて、それぞれのリナサナヒメトの伴侶だった者だ』
「ひとごとみたいに言うね」
『トーカ以外は他人事だ。今の俺はここにいる俺だけなのだから』
揶揄ったつもりが直球の愛を与えられて、トーカは笑み崩れる顔が隠れていて良かったと思った。
「ふふ……うん。おれだけだ」
酒場には相変わらず調子はずれの音楽が流れて、人はざわついている。トーカが今日は目立ちたくないと言ったから、ヒメサマが目立ちにくいように存在を薄めてある。おかげで、最初に料理を注文してから誰にも声をかけられないし、小声でヒメサマと話していても注目されることもない。
オサヒグンラの蔓、デズグルの騒ぎが大きかったおかげで、何もしなくても情報が入ってくる。
「デズグルがなんだって街中に出てるんだ」
「持ち込んだ奴がいるんじゃないか?」
「道具屋んとこでデズグルにやられた旅人がいたとかいう噂だけど」
「いや、それはただの怪我だってぇ話だ。神殿にも行かないで治ったらしい」
「病人がみんなデズグル憑きに見えてくるな」
「デズグルってそんなにやばいのか?」
「旅人ならみんな知ってる。呪いは移らないけど、デズグル本体が少しでもあると無限に呪いを出すやばいやつだ」
ロニが捨てたという呪い入りの鞄は見つからなかった。その中身がデズグルかどうかはわからない。通りがかった騎兵が拾ったのかもしれない。
ということは、馬だけではなく騎兵の中にも呪いにかかった者がいるはずだ。しかし、トーカが気になるのは呪いの出所だ。
貧しい子どもが思わず拾ってしまうように、仕組まれたものではないか。
「盗んだものは、なんでも簡単に売れるってものじゃあ、ないよな」
『そうだ』
「ロニが拾ったものだけじゃないかもしれない」
『そうだな』
「ヒメサマがおれに言われたようにしか動かないのは、もしかしてこれが試練の一貫だから?」
『トーカは賢い』
ピンと髭を立てて、ヒメサマが笑った。
「季馬を捕まえるだけじゃないのか~」
『良い意味で取れば、季馬を捕まえるのに便利なものを探しに行かなくていいということでもある』
「あ、そうか。やっぱり明日は神殿でカフィラムに色々聞こう。どういう聞き方がいいかなぁ」
トーカは他の人には見えない状態になっているヒメサマをじっと見つめた。サラサラの長毛が相変わらず美しい。人型になると筋肉質なのに、猫の時は性別を超越したら美しさだと思っている。タマがあってもメスだと信じていたほどだ。
「良い意味で取れば、オサヒグンラ様が気を利かせてデズグルをこの街に……なわけないな。おれが苦しむほうが楽しいんだよね?」
『オサヒグンラは、そうだ』
「少しでも遅れていたらロニは死んでいて、モニにも出会わなかったかもしれない。街はもっと呪いが蔓延して、神殿も朝食を配る余裕もなかったかも」
周りではまだデズグルの怖い話が飛び交っている。
トーカはいつだって自分は運がいいと思っていた。今回も、誰かが死ぬようなところは見なくて済んでいる。
だけど、だんだん腹が立ってきた。
「ヒメサマ、もしかしておれ、怒っていいとこ?」
『やっと気付いたか。怒った顔も好きだぞ、トーカ』
「なにこれ、どうしよう暴れたい」
『やめておけ。部屋に戻ろう。別の方法で発散させてやる』
「……うん」
「街にデズグルが出たってよ」
「馬車がひっくり返って領主さまの弟君が骨を折ったそうだ」
「デズグル憑きの馬がどんだけいるかわからんらしい」
「神官連中を引っ張り出そうとしてるとか」
デズグルというのが、オサヒグンラから聞いた季馬を捕まえるために必要な蔓の名だった。陽の当たらない場所で育つ植物で、強い呪いを発しているため魔物として分類されている。
通常は陽の差さない洞窟の中に静かに蔓延って、迷い込んだ動物を捕らえて養分にするそうだ。それ自体の動きは遅く、動けなくするために呪いを放つ。能動的に動く魔物ではないから危険度は低く見積もられているのだが、街中で発見されたために混乱が起きているようだった。
トーカはふと、嫁入り後に身体の不調のない自分を思い出してヒメサマに聞いた。
「おれって呪いにかかるの?」
サラリから、神の伴侶であるトーカは何を食べても毒に当たるようなことはないが、気付かずに毒を他人に勧めてしまうようなことがないように言われていた。地上のものはトーカを傷つけられない、ということらしい。
『トーカは呪いにかからない。聖者と呼ばれたこともあながち間違いじゃないんだ。人の言う聖者の条件を満たしているから』
「条件……あー、神の声を聞くってやつか。そういえば、おれ、今も神様と話してる」
『そういうことだ』
「でも浄化は使えないよ?」
『それは神格を得てからだな。歴代の聖者はすべて、それぞれのリナサナヒメトの伴侶だった者だ』
「ひとごとみたいに言うね」
『トーカ以外は他人事だ。今の俺はここにいる俺だけなのだから』
揶揄ったつもりが直球の愛を与えられて、トーカは笑み崩れる顔が隠れていて良かったと思った。
「ふふ……うん。おれだけだ」
酒場には相変わらず調子はずれの音楽が流れて、人はざわついている。トーカが今日は目立ちたくないと言ったから、ヒメサマが目立ちにくいように存在を薄めてある。おかげで、最初に料理を注文してから誰にも声をかけられないし、小声でヒメサマと話していても注目されることもない。
オサヒグンラの蔓、デズグルの騒ぎが大きかったおかげで、何もしなくても情報が入ってくる。
「デズグルがなんだって街中に出てるんだ」
「持ち込んだ奴がいるんじゃないか?」
「道具屋んとこでデズグルにやられた旅人がいたとかいう噂だけど」
「いや、それはただの怪我だってぇ話だ。神殿にも行かないで治ったらしい」
「病人がみんなデズグル憑きに見えてくるな」
「デズグルってそんなにやばいのか?」
「旅人ならみんな知ってる。呪いは移らないけど、デズグル本体が少しでもあると無限に呪いを出すやばいやつだ」
ロニが捨てたという呪い入りの鞄は見つからなかった。その中身がデズグルかどうかはわからない。通りがかった騎兵が拾ったのかもしれない。
ということは、馬だけではなく騎兵の中にも呪いにかかった者がいるはずだ。しかし、トーカが気になるのは呪いの出所だ。
貧しい子どもが思わず拾ってしまうように、仕組まれたものではないか。
「盗んだものは、なんでも簡単に売れるってものじゃあ、ないよな」
『そうだ』
「ロニが拾ったものだけじゃないかもしれない」
『そうだな』
「ヒメサマがおれに言われたようにしか動かないのは、もしかしてこれが試練の一貫だから?」
『トーカは賢い』
ピンと髭を立てて、ヒメサマが笑った。
「季馬を捕まえるだけじゃないのか~」
『良い意味で取れば、季馬を捕まえるのに便利なものを探しに行かなくていいということでもある』
「あ、そうか。やっぱり明日は神殿でカフィラムに色々聞こう。どういう聞き方がいいかなぁ」
トーカは他の人には見えない状態になっているヒメサマをじっと見つめた。サラサラの長毛が相変わらず美しい。人型になると筋肉質なのに、猫の時は性別を超越したら美しさだと思っている。タマがあってもメスだと信じていたほどだ。
「良い意味で取れば、オサヒグンラ様が気を利かせてデズグルをこの街に……なわけないな。おれが苦しむほうが楽しいんだよね?」
『オサヒグンラは、そうだ』
「少しでも遅れていたらロニは死んでいて、モニにも出会わなかったかもしれない。街はもっと呪いが蔓延して、神殿も朝食を配る余裕もなかったかも」
周りではまだデズグルの怖い話が飛び交っている。
トーカはいつだって自分は運がいいと思っていた。今回も、誰かが死ぬようなところは見なくて済んでいる。
だけど、だんだん腹が立ってきた。
「ヒメサマ、もしかしておれ、怒っていいとこ?」
『やっと気付いたか。怒った顔も好きだぞ、トーカ』
「なにこれ、どうしよう暴れたい」
『やめておけ。部屋に戻ろう。別の方法で発散させてやる』
「……うん」
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