人を生きる君

爺誤

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17 情報収集

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 揉め事の気配に気付いたらしく、小さな皿を持ったエゴールが出てきた。娘は奥に引っ込んだようだ。

「まだ食うんなら座れ」
「彼らが退いたらいただこう」

 やらかしてしまったものはしょうがないから、トーカはリナサナヒメトもどきのキャラクターを演じ続けることにした。リナサナヒメトのようだと思ったら楽しくなったのもある。
 すっかり大人しくなったイノザールとヴェリは、トーカから一つ空けた席に並んで座った。

 またもやサービスで出された水菓子を食べたいとそわそわしながら、トーカはなるべく強そうに見えるように口を開いた。実際には、周囲が飲まれていたのは身分が高そうな雰囲気である。大きな街とはいえ、貴族や神官などの身分の高い者は違うエリアに住んでおり、酒場に出入りするような者たちには滅多に出会う機会がない。

「風と風がぶつかって風の柱が荒れ狂うところ、冬でもないのに氷の塊が降るところ、そんな場所を探している」

 託宣のような曖昧な表現に、エゴールは厳つい顔をさらに渋面にしている。厄介な客を抱えてしまった。
 エゴールの懸念をよそに、酒場中の者がトーカの示した条件に合うものを口々に話し出した。

「バル平原の悪夢の話か?」
「南の氷山脈かもしれん」

 イノザールでもヴェリでもないところから声が上がった。
 トーカは、すかさず懐からコインを出そうとしてうまくいかず、懐で手を彷徨わせていたらヒメサマがコインを渡した。お礼代わりに柔らかな猫の手をきゅっと握ってから、コインを発言した者へ弾き飛ばす。街に行くに当たって練習した動作である。
 コインが飛んできた者たちが驚いた顔をする。そんな彼らに向かって人差し指をくいっと曲げて近くに来るように促した。全て練習の成果である。トーカは完全に正体不明の大物の演技に酔っていた。酒も飲んでいないのに。

「バル平原の悪夢と、南の氷山脈について詳しく教えてほしい」

 ◇


 酒場でコインのある限り情報収集をし、満足して二階の部屋に戻ったトーカを、ヒメサマが労った。
 話が終わったあと、酒場にいた者たちの記憶力が少し下がるように処置をしておいた。

『格好良かったぞ、トーカ』
「本当? うまくやれてた?」
『ああ、完璧だった』

 パッと輝かんばかりの笑顔になり、服をポイっと脱ぎ捨てたトーカは寝台に座るヒメサマの隣に飛び込んだ。ぐふふと笑う顔も、整っていると下品に見えない。

「でも、お金使い果たしちゃった。今日の両替屋は良かったけど、資金が少ないって言ってたし、明日は別の店で換金したほうがいいかな」
『ああ』

 むくっと起き上がり、ヒメサマを膝にのせると、酒場の客から買い取った地図を開いた。寝台の空いたところに置いて、現在地を指さした。

「バル平原と南の氷山脈、ここからだと逆方向だ。行きやすいほうから潰して行くしかないかな。その前に季馬用の罠を用意しないと」
『罠を作るのか』
「走っても追いつかないからね。オサヒグンラ様が罠にちょうどいい蔓を教えてもらったから、蔓のありそうなところも調べないと」
『オサヒグンラが?』
「洞窟に生える草らしいんだけど、洞窟があるなら山のほうかな。南の氷山脈のほうに移動するか……」

 一瞬で人型に変化したリナサナヒメトが、トーカに覆い被さってきた。

「オサヒグンラが絡むなら、それこそが罠だ、トーカ」
「だろうね。でも、うまくやれればいいだけかもしれない。いまのところ、うまく行ってるよ?」
「まだ地上に戻って一日目だ」
「そうだった」

 顔の横に垂れたリナサナヒメトの長い髪を掴んで、トーカがぐいぐいと引っ張る。すぐに、額と額がくっついた。

「おれ、ヒメサマと旅ができてすごく楽しい」
「ふ、それは俺もだ。トーカに地上を見せることは楽しい」
「ヒメサマが作った世界、めいっぱい楽しむよ」
「そうしてくれ」

 疲れていたトーカはリナサナヒメトにしがみついたま眠りについた。


 ◇


 その頃、街の中央にある神殿の大祭司が祈りを捧げていた。
 彼の前にあるのは父である神をかたちどった象の像。

「神が、降臨された……?」
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