12 / 33
12 人の街へ
しおりを挟む
威勢のいいことを言ったものの、中庸の地で神格のないトーカが自力で移動することは難しく、リナサナヒメトに抱えられて地上への道を行くことになった。
「おお、神のお渡りだ」
「吉兆である」
「然り然り」
トーカが、懐かしい声にリナサナヒメトの肩からひょいと覗くと、最初に出会った門番のシカたちがこちらを見ていた。ひらひらと手を振ると、蹄を振り返してくれる。
「あいつらも元気そうだ」
「そうだな」
あっという間にたどり着いた門をくぐると、見覚えのある階段があらわれてトーカはリナサナヒメトの腕から下ろされた。
「ここからは交代だ、トーカ」
「ヒメサマ!」
トーカが中庸の地に嫁いでから、リナサナヒメトにたまに猫の姿に変化してもらってブラッシングしていたが、人間の成人男性の姿がもとになっているようで少し寂しかった。
馴染んだ地上の空気と腕の中の馴染んだ感触に、思いがけず目元が熱くなる。ぎゅっと温かく柔らかな腕の中のヒメサマを抱きしめて、半透明の階段を下りていった。
◇
階段の先は街の見える丘の上だった。
ひと気はなく、腰までの草が街まで一面に広がっていた。揺れる草が風の流れを描いている。
「あの儀式のところじゃない」
『三つの月光が重なる場所に道は生まれる。同じ場所に条件が揃うには時期がずれているんだ。そう遠くはない、村に行きたいか?』
「ううん。村はいいや。おれが戻ったら村長も困るだろうし。あれが街?」
『そう。このあたりでは大きな街だ』
季馬を人間が見ることはできないが、それらが現れると起きる事象があった。トーカは、まずその情報を集めるつもりだ。
「うまくやれるかな」
『やれるさ。トーカなら』
「神様のお墨付きだね」
地上を去ってから大きく丈夫になった身体と、話せるようになった猫のヒメサマ。トーカは、腕の中のヒメサマに微笑んで、顔を上げた。
横顔には精悍さも加わり、生来の美貌に磨きがかかっている。五年間で長くなった髪はゆるく編んで垂らされている。トーカの髪を編むのはリナサナヒメトのお気に入りだ。
「行こう、街へ」
見えているものに向かうのに迷うはずもなく、トーカは街の門に続く道に向かった。
街道は広く、荷馬車や人の往来が盛んだった。足先まで隠れる外套にフードを被ったトーカが、茂みからひょいと紛れ込んでも、皆自分のことでいっぱいだから気付かない。全身が隠れているようなものだが、似たような格好の者も多く、特に目立つこともなかった。
猫として同行しているヒメサマはトーカが外套の中に装着したスリングに収まっている。傍目には荷物を持っているように見えた。
「門がある。みんな札みたいなのを出してる」
『これを出したらいい』
スリングの中で丸くなっているヒメサマが、薄い木札を腹のあたりに抱えていた。じっとしてるとはいえ、せっかくの毛並みが台無しだと思いながら、トーカは木札をつまみあげた。
「通行手形。ああ、都市に入るために必要なんだっけ。身分証も兼ねてるんだよな」
『そうだ』
「へへ、緊張してたみたいだ。いろんなことを勉強したのに、すっかり忘れてた」
『トーカは一人じゃない。俺がいるんだから何も心配いらない』
「うん。頼りにしてる」
ヒメサマの声はトーカにしか聞こえないのだが、人が多く騒ついている中で独り言を言っていても誰も気付かない。トーカはこれほど多くの人を見るのが初めてだったから、わくわくと旅人同士の会話に耳を澄ませていた。
順番が来て木札を差し出し、フードをずらしたトーカの顔を見た役人が、ごくりと唾を飲む。
「手形に不備でも?」
他の人間相手にはない反応に、トーカが緊張を隠して鷹揚に首を傾げると、役人は慌てた。
「い、いえ、問題ありません。どうぞお通りください」
「ありがとう」
どちらかというと旅人に対して横柄な態度をとっていた役人が、まるで王侯貴族に出くわしたような態度をとった。トーカが並んでいたのは平民用の列だというのに。
次の旅人が揉めているのをいいことに、呆けたようにトーカの後姿を見る役人に、別の役人が声をかけた。
「おい、どうした」
「いや~あんな、すごい美形だった。絶対どこかの王子様か神官様だ。ただものじゃないぞ」
「マジか。領主様に報告したほうがいいか?」
「わざわざ平民の手形で街に入ったよくわからない偉い人がいるって? 説明しにくい。用が終わったら出てってくれるだろ」
手配も回ってないんだからと続けられ、話しかけた役人もそうだなと返す。規模の割に平和な街だから大丈夫だろうと頷き合った。
すぐに揉めていた次の旅人がそわそわと役人をせっついた。通行手形を出す段になって見つからなくて連れと喧嘩をしていたが、無事に荷物の底から出てきたようだった。
「おい、手形を見てくれよ」
「期限が切れてるぞ。手配書にはないからわざとじゃないだろうが、追加料金だ」
「なんだってぇ!?」
街の入口はいつも忙しく、トーカの容姿に驚いた役人も、続く旅人たちの問題に忘れていった。
「おお、神のお渡りだ」
「吉兆である」
「然り然り」
トーカが、懐かしい声にリナサナヒメトの肩からひょいと覗くと、最初に出会った門番のシカたちがこちらを見ていた。ひらひらと手を振ると、蹄を振り返してくれる。
「あいつらも元気そうだ」
「そうだな」
あっという間にたどり着いた門をくぐると、見覚えのある階段があらわれてトーカはリナサナヒメトの腕から下ろされた。
「ここからは交代だ、トーカ」
「ヒメサマ!」
トーカが中庸の地に嫁いでから、リナサナヒメトにたまに猫の姿に変化してもらってブラッシングしていたが、人間の成人男性の姿がもとになっているようで少し寂しかった。
馴染んだ地上の空気と腕の中の馴染んだ感触に、思いがけず目元が熱くなる。ぎゅっと温かく柔らかな腕の中のヒメサマを抱きしめて、半透明の階段を下りていった。
◇
階段の先は街の見える丘の上だった。
ひと気はなく、腰までの草が街まで一面に広がっていた。揺れる草が風の流れを描いている。
「あの儀式のところじゃない」
『三つの月光が重なる場所に道は生まれる。同じ場所に条件が揃うには時期がずれているんだ。そう遠くはない、村に行きたいか?』
「ううん。村はいいや。おれが戻ったら村長も困るだろうし。あれが街?」
『そう。このあたりでは大きな街だ』
季馬を人間が見ることはできないが、それらが現れると起きる事象があった。トーカは、まずその情報を集めるつもりだ。
「うまくやれるかな」
『やれるさ。トーカなら』
「神様のお墨付きだね」
地上を去ってから大きく丈夫になった身体と、話せるようになった猫のヒメサマ。トーカは、腕の中のヒメサマに微笑んで、顔を上げた。
横顔には精悍さも加わり、生来の美貌に磨きがかかっている。五年間で長くなった髪はゆるく編んで垂らされている。トーカの髪を編むのはリナサナヒメトのお気に入りだ。
「行こう、街へ」
見えているものに向かうのに迷うはずもなく、トーカは街の門に続く道に向かった。
街道は広く、荷馬車や人の往来が盛んだった。足先まで隠れる外套にフードを被ったトーカが、茂みからひょいと紛れ込んでも、皆自分のことでいっぱいだから気付かない。全身が隠れているようなものだが、似たような格好の者も多く、特に目立つこともなかった。
猫として同行しているヒメサマはトーカが外套の中に装着したスリングに収まっている。傍目には荷物を持っているように見えた。
「門がある。みんな札みたいなのを出してる」
『これを出したらいい』
スリングの中で丸くなっているヒメサマが、薄い木札を腹のあたりに抱えていた。じっとしてるとはいえ、せっかくの毛並みが台無しだと思いながら、トーカは木札をつまみあげた。
「通行手形。ああ、都市に入るために必要なんだっけ。身分証も兼ねてるんだよな」
『そうだ』
「へへ、緊張してたみたいだ。いろんなことを勉強したのに、すっかり忘れてた」
『トーカは一人じゃない。俺がいるんだから何も心配いらない』
「うん。頼りにしてる」
ヒメサマの声はトーカにしか聞こえないのだが、人が多く騒ついている中で独り言を言っていても誰も気付かない。トーカはこれほど多くの人を見るのが初めてだったから、わくわくと旅人同士の会話に耳を澄ませていた。
順番が来て木札を差し出し、フードをずらしたトーカの顔を見た役人が、ごくりと唾を飲む。
「手形に不備でも?」
他の人間相手にはない反応に、トーカが緊張を隠して鷹揚に首を傾げると、役人は慌てた。
「い、いえ、問題ありません。どうぞお通りください」
「ありがとう」
どちらかというと旅人に対して横柄な態度をとっていた役人が、まるで王侯貴族に出くわしたような態度をとった。トーカが並んでいたのは平民用の列だというのに。
次の旅人が揉めているのをいいことに、呆けたようにトーカの後姿を見る役人に、別の役人が声をかけた。
「おい、どうした」
「いや~あんな、すごい美形だった。絶対どこかの王子様か神官様だ。ただものじゃないぞ」
「マジか。領主様に報告したほうがいいか?」
「わざわざ平民の手形で街に入ったよくわからない偉い人がいるって? 説明しにくい。用が終わったら出てってくれるだろ」
手配も回ってないんだからと続けられ、話しかけた役人もそうだなと返す。規模の割に平和な街だから大丈夫だろうと頷き合った。
すぐに揉めていた次の旅人がそわそわと役人をせっついた。通行手形を出す段になって見つからなくて連れと喧嘩をしていたが、無事に荷物の底から出てきたようだった。
「おい、手形を見てくれよ」
「期限が切れてるぞ。手配書にはないからわざとじゃないだろうが、追加料金だ」
「なんだってぇ!?」
街の入口はいつも忙しく、トーカの容姿に驚いた役人も、続く旅人たちの問題に忘れていった。
8
あなたにおすすめの小説
【完結】社畜の俺が一途な犬系イケメン大学生に告白された話
日向汐
BL
「好きです」
「…手離せよ」
「いやだ、」
じっと見つめてくる眼力に気圧される。
ただでさえ16時間勤務の後なんだ。勘弁してくれ──。
・:* ✧.---------・:* ✧.---------˚✧₊.:・:
純真天然イケメン大学生(21)× 気怠げ社畜お兄さん(26)
閉店間際のスーパーでの出会いから始まる、
一途でほんわか甘いラブストーリー🥐☕️💕
・:* ✧.---------・:* ✧.---------˚✧₊.:・:
📚 **全5話/9月20日(土)完結!** ✨
短期でサクッと読める完結作です♡
ぜひぜひ
ゆるりとお楽しみください☻*
・───────────・
🧸更新のお知らせや、2人の“舞台裏”の小話🫧
❥❥❥ https://x.com/ushio_hinata_2?s=21
・───────────・
応援していただけると励みになります💪( ¨̮ 💪)
なにとぞ、よしなに♡
・───────────・
炎の精霊王の愛に満ちて
陽花紫
BL
異世界転移してしまったミヤは、森の中で寒さに震えていた。暖をとるために焚火をすれば、そこから精霊王フレアが姿を現す。
悪しき魔術師によって封印されていたフレアはその礼として「願いをひとつ叶えてやろう」とミヤ告げる。しかし無欲なミヤには、願いなど浮かばなかった。フレアはミヤに欲望を与え、いまいちど願いを尋ねる。
ミヤは答えた。「俺を、愛して」
小説家になろうにも掲載中です。
精霊の港 飛ばされたリーマン、体格のいい男たちに囲まれる
風見鶏ーKazamidoriー
BL
秋津ミナトは、うだつのあがらないサラリーマン。これといった特徴もなく、体力の衰えを感じてスポーツジムへ通うお年ごろ。
ある日帰り道で奇妙な精霊と出会い、追いかけた先は見たこともない場所。湊(ミナト)の前へ現れたのは黄金色にかがやく瞳をした美しい男だった。ロマス帝国という古代ローマに似た巨大な国が支配する世界で妖精に出会い、帝国の片鱗に触れてさらにはドラゴンまで、サラリーマンだった湊の人生は激変し異なる世界の動乱へ巻きこまれてゆく物語。
※この物語に登場する人物、名、団体、場所はすべてフィクションです。
白い結婚だと思ったら ~4度の離婚で心底結婚にうんざりしていた俺が5度目の結婚をする話~
紫蘇
BL
俺、5度目の再婚。
「君を愛さないつもりはない」
ん?
なんか……今までのと、ちゃう。
幽体離脱しちゃう青年と、彼の幽体が見えちゃう魔術師との恋のお話し。
※完結保証!
※異能バトルとか無し
転生したら魔王の息子だった。しかも出来損ないの方の…
月乃
BL
あぁ、やっとあの地獄から抜け出せた…
転生したと気づいてそう思った。
今世は周りの人も優しく友達もできた。
それもこれも弟があの日動いてくれたからだ。
前世と違ってとても優しく、俺のことを大切にしてくれる弟。
前世と違って…?いいや、前世はひとりぼっちだった。仲良くなれたと思ったらいつの間にかいなくなってしまった。俺に近づいたら消える、そんな噂がたって近づいてくる人は誰もいなかった。
しかも、両親は高校生の頃に亡くなっていた。
俺はこの幸せをなくならせたくない。
そう思っていた…
ブラコンすぎて面倒な男を演じていた平凡兄、やめたら押し倒されました
あと
BL
「お兄ちゃん!人肌脱ぎます!」
完璧公爵跡取り息子許嫁攻め×ブラコン兄鈍感受け
可愛い弟と攻めの幸せのために、平凡なのに面倒な男を演じることにした受け。毎日の告白、束縛発言などを繰り広げ、上手くいきそうになったため、やめたら、なんと…?
攻め:ヴィクター・ローレンツ
受け:リアム・グレイソン
弟:リチャード・グレイソン
pixivにも投稿しています。
ひよったら消します。
誤字脱字はサイレント修正します。
また、内容もサイレント修正する時もあります。
定期的にタグも整理します。
批判・中傷コメントはお控えください。
見つけ次第削除いたします。
不幸体質っすけど、大好きなボス達とずっと一緒にいられるよう頑張るっす!
タッター
BL
ボスは悲しく一人閉じ込められていた俺を助け、たくさんの仲間達に出会わせてくれた俺の大切な人だ。
自分だけでなく、他者にまでその不幸を撒き散らすような体質を持つ厄病神な俺を、みんな側に置いてくれて仲間だと笑顔を向けてくれる。とても毎日が楽しい。ずっとずっとみんなと一緒にいたい。
――だから俺はそれ以上を求めない。不幸は幸せが好きだから。この幸せが崩れてしまわないためにも。
そうやって俺は今日も仲間達――家族達の、そして大好きなボスの役に立てるように――
「頑張るっす!! ……から置いてかないで下さいっす!! 寂しいっすよ!!」
「無理。邪魔」
「ガーン!」
とした日常の中で俺達は美少年君を助けた。
「……その子、生きてるっすか?」
「……ああ」
◆◆◆
溺愛攻め
×
明るいが不幸体質を持つが故に想いを受け入れることが怖く、役に立てなければ捨てられるかもと内心怯えている受け
【完結】マジで婚約破棄される5秒前〜婚約破棄まであと5秒しかありませんが、じゃあ悪役令息は一体どうしろと?〜
明太子
BL
公爵令息ジェーン・アンテノールは初恋の人である婚約者のウィリアム王太子から冷遇されている。
その理由は彼が侯爵令息のリア・グラマシーと恋仲であるため。
ジェーンは婚約者の心が離れていることを寂しく思いながらも卒業パーティーに出席する。
しかし、その場で彼はひょんなことから自身がリアを主人公とした物語(BLゲーム)の悪役だと気付く。
そしてこの後すぐにウィリアムから婚約破棄されることも。
婚約破棄まであと5秒しかありませんが、じゃあ一体どうしろと?
シナリオから外れたジェーンの行動は登場人物たちに思わぬ影響を与えていくことに。
※小説家になろうにも掲載しております。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる