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3 門を通り
しおりを挟む「おれ、階段をおりてったよなぁ、ヒメサマ」
「にゃ」
下っていたはずの階段をいつのまにか上りながら、トーカは呟いた。周囲は月光のような優しい光に包まれて、地上は見えない。
「神様の世界だから、そんなもんかな!」
泉に見えていた階段の先は、薄く光る丸い扉になっている。その向こう側に何があるのか、トーカは不安よりも好奇心が優っていた。
腕の中のヒメサマは大人しくしている。
門のような扉に近づくと、その両脇に薄い人影のようなものがあった。少し前には見えなかった影が、近づくにつれて濃くなっていき見えたものだった。
あと二段で扉の前という状況になったとき、ぼんやりと見えていたその影が直立した獣の姿をしていることに、トーカは気付いた。
「ようこそ、中庸の地へ。花嫁様」
「あ、どうも」
「扉の中に入れるのは、花嫁様だけでございます。お付きの方はお帰りください」
「ん?」
「さ、どうぞ、花嫁様」
直立した鹿のような姿をした門番たちは、トーカからヒメサマを奪い取った。花嫁衣装を纏ったトーカには帰れという身振りだ。
「いや、おれが神様の嫁なんだけど」
「なんと! 村一番の器量良しが選ばれたはずだぞ。どう見てもこちらの方だ」
「でもそいつキンタマついてる!」
「お主もついておろう!」
鋭いツッコミに、トーカは言葉を失いかけた。しかし、負けたらヒメサマと引き離されてしまう。
「うっ……でも、ヒメサマはそんなつもりで連れて来たんじゃない。おれのせいで、そんなんだめだ」
トーカは自分の不安に寄り添ってくれたヒメサマが、無理矢理連れて行かれてしまいそうで泣きたくなった。潤んだ瞳で門番の鹿に縋り付くと、あっさり門番たちは頷き合った。
「む、仕方ない。従者ひとりなら許されよう」
「然り」
「おれが従者になんの」
「そういうことだ。神様も三人いらっしゃる。嫁御に従者がいていいという方のお一人もいらっしゃるだろう」
「然り」
右の門番はよく喋ったが、左の門番は「然り」しか言わない。こんな時なのに、トーカは我慢できなかった。
「なぁ、鹿だから然りなのか?」
「然り」
「そこは思っても突っ込んだらダメなところだ」
表情の読めない鹿の顔だけど笑っているようで、トーカの気持ちも少し緩んだ。
「ごめん」
「あんまり思ったことをみんな言うんじゃないぞ。神様の国で嘘はつけないが、黙っていることはできるんだ」
「然り然り」
「あんたら、いいやつなんだな。ありがと」
「いいってことよ。久方ぶりの通行人だ」
「然り」
トーカは然りという言葉がとても便利なことに気付いた。よく喋る相方さえいれば、然りだけで会話が成立している。
「おれ、賢くなった気がする!」
「それは良かった」
「然り」
「にゃー……」
然りの門番に抱かれたままのヒメサマだったが、やっと声を出したその表情は呆れ顔に見えた。
◇
門番たちは柔らかいのか硬いのかわからない不思議な道を案内したのち、次の門に辿り着くと「花嫁様とその従者でございます」と言った。次の門にいたのは虎であった。
「今回の花嫁様は従者がおられるのか。さもありなん、これほどの美貌でひとり歩きは危険だ」
「……」
相変わらずお喋りな右側と無口な左側という組み合わせは面白かったが、トーカは何も言う気になれなかった。
二つ目の門をくぐった途端に、どっと身体が重くなったからだ。ヒメサマは大丈夫だろうかと心配したが、悠然と虎の門番たちを見ているから安心した。
一歩進むごとに苦しくなる息と重くなる身体に、トーカは死を覚悟した。そもそも嫁しか必要としていなかったのだから、嫁でない者は生きていけない世界なのかもしれない。
なんとか耐えて歩いていたが、「これより先はわずかの汚れも許されぬ本当の聖域である」という宣告に、とうとう息が詰まった。
「ヒメサマ……幸せに」
トーカは、泉に落ちて死ぬはずだったのに神の世を覗き見ることができて幸運だったと、不思議に柔らかい土の上に崩れ落ちながら思った。
「従者どの?」
「トーカ!」
モフっと身体を受け止めた腕と、頬に当たる肉球の感触は、人生の最後に得るものとして最高だった。
「何でこうなってるんだよ、トーカ」
聞き慣れない声がトーカの名を呼んだ。
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