君に望むは僕の弔辞

爺誤

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4 花の下の行き倒れ

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「ぅ……」

 男が呻いた。生きている。
 これはどうしたらいいものだろうか。
 ここで死ぬのも幸せかもしれない。
 何しろ花は綺麗だ。

「う……ん……!?」

 すごい勢いで男の上半身が起き上がった。
 僕には出来ない芸当だ。腹の力が強いのだろう。
 棒の先を掴まれてしまった。怖いけど。

「ここは。お前は誰だ」
「……ここは僕の家の庭なんだけど」

 なんで僕が詰問されなきゃならないんだ?

「あ、ああ……そうか、そうだ。すまない」
「いえ、なんでここに?」
「宰相が……いや、俺は一人か」
「さあ?」

 落ち込んだ様子は可哀想な気もする。
 僕と違って失えないものがたくさんあるのに、失ったという感じだろうか。

「ま、生きてたらなんとかなるよ」
「……」

 僕もここでなら、あんな惨めな死に方じゃなく、納得して死ねる。
 しぶとく生きてきて良かった。
 あんなに死にたかったのに、不思議なものだ。

「なんか食べる?こっそり持ってこれるかな…」

 ここには最低限の使用人しかいないから、彼らに何か用事を言いつけたら食料庫も手薄になるだろうか。生まれ育った屋敷とちがって、小さな屋敷の全ては把握している。

 回復したての頃、歩く練習がわりに全て見て回った。
 止める者はいなくて、たったそれだけが僕にとっては大きな冒険だった。

 ここは昔、人間嫌いの当主がリフレッシュするために作った隠れ家だそうだ。
 書斎で他人に会わないでぼーっと過ごすの最高、という手記を見つけている。
 使用人も身寄りがなく、少し偏屈なものばかりだ。

 彼らの部屋も見せてもらったが、それぞれよくわからない趣味のもので部屋の一部が埋まっていた。
 給金が十分にもらえて、趣味に没頭する時間もあるこの屋敷の使用人生活はなかなかいいらしい。
 新しく主人としてやってきた僕も、あまり手間がかからないから、趣味の時間もある生活が変わらなくてよかったと言っていた。
 僕の体は虚弱すぎるだけで、明確な病気じゃないから治らない、

 体調を崩したときのための薬が本家から送られてくるだけで、医者もいない。
 僕が死ぬまで世話をするのが彼らの仕事で、死んだところで罪に問われたりしない。

「すぐに死にそうでも意外に長生きする人もいます」

 この小さな屋敷を維持するためだけに雇われている彼らに不満はないらしい。
 ずっと主人不在の屋敷だったから、たまにはいいと呟いていた。

 ここに来てから数回体調を崩したが、以前ほど苦しい思いをしなくて済んでいる。
 僕が姉を苦手としていることを察してくれた執事が、姉への定期報告に寝たきりでぎりぎり生きているような書き方をしてくれている。

 外を歩けるようになったなんて知られたら殺されかねない。
 せっかく穏やかな最期を遂げられそうなのに、強制終了をされたくないんだ。

 料理担当の使用人が趣味の時間に入ったことを確認して、食料庫を覗いた。
 燻製肉とパン、ワインと水を手に入れる。
 そこではたと、重すぎて持てないことに気がついた。
 自慢にできない虚弱な体だ。水差しとワインの両方を持って移動するのは危険だろう。
 僕は少し疲れるだけで大きなダメージを受けてしまう。

「お腹が空かれましたか」
「ひっ。……ぅ」

 見つかった拍子に驚いて胸が苦しくなる。

「見逃して」
「主人は貴方なのですから、咎めたりはしません。言っていただければ部屋までお持ちします」

 執事は無表情に言い放つと、どこからともなく出したバスケットに僕が見繕ったものを入れていく。チーズまで入れてくれた。 
 彼に部屋に運んでもらってから、庭で見つけた人を僕の部屋に入れたらいいのか。
 それが一番楽そうだ。

「庭で行き倒れているひとを見つけたんだ。助けたい」

 ちらっと執事が眉を動かした。

「……少し大きめの服も欲しいのだけど。えっと、君ぐらいの」
「わかりました」

 無表情で言葉遣いもぶっきらぼうだが、彼は優しい。
 彼の趣味はぬいぐるみ作成だ。部屋は工房のようだった。
 作りすぎたものは売っているらしい。僕も一つもらった。

「どうぞ。湯の準備もしますか」
「あ、うん。……報告には書かないで」
「貴方の体調の報告しかしません」
「ありがとう」

 拾っても何も言われないのは驚いたが、ありがたかった。
 死んでもいい人間というのは、こうも自由なのか。

 思い詰めた表情で庭の花を見ている男のもとに戻り、部屋に来るように促した。
 湯浴みをさせて、服を着替えさせる。
 彼のもとの服を回収した執事は、すーっと去っていった。

 綺麗になった男は、渡した食べ物をがつがつと、でも上品に食べ尽くした。
 大量に持ってきてもらったつもりだけど、健康な成人男性というものがこれほど食べるとは知らなかった。

「すまない、休ませてもらっていいか」
「ここでいいならどうぞ」

 僕の寝台を指すと、ためらいもなく潜り込んですぐに寝息が聞こえてきた。疲れていたのだろう。
 僕も疲れたから、隙間に潜り込んで目を閉じた。
 だれかと寝台を分かち合うのは初めてだが、寝台は広いし僕は小柄だからとくに問題はなかった。

「え? うわ!?」

 耳元で騒ぐ声が聞こえて眼を覚ますと、男の腕を枕に眠っていた。
 僕の目から涙が出ている。幼い頃の夢を見てしまったからだ。
 僕より年上とはいえ、大して年の変わらない相手に父を重ねてしまったようだ。少し恥ずかしい。

「腕、ごめん」
「腕……の問題じゃない。迷惑をかけた」
「毎日暇だから面白い。気が向いたらどういう状況か教えてほしいし、出て行くときも言ってほしい」

 この男を拾ったことで疲れたようで、まだ眠かった。
 とりあえず言いたいことだけは言っておく。

「僕はまだ寝るから、何かあったら使用人に言伝けて……」

 もぞもぞと寝台から男が出て行く気配がして、少し寒いと思った。
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