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2 花の下で
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ある日、家が騒がしくなった。
屋敷の端の僕の部屋まで聞こえてくる騒がしい音楽。人の声。
喧騒のなかに、姉の成人を祝う声が聞こえてきた。
人を招いて祝っているのだ。
それすらも、僕には何も知らされなかった。
虚弱で気狂い、それがに与えられたこの家での評価だ。
ひどく悔しくて、部屋から寝間着のまま飛び出してやろうとしたけれど、鍵が閉まっていて何もできない。
当たり前だ、まともな子供は姉しかいないのに、その祝いの場を万一にも僕が壊したら目も当てられない。
騒ごうにも大声を出すのは苦手だし、手足の力は弱くて扉を叩いても大した音は出せない。
そのうちに、立っているのがつらくて、扉の前にうずくまった。
幼い思い出は遠い夢の中の出来事で、生きている間はひたすら苦しい時が来ないように気をつけてじっとしていた。
どうせ死ぬなら苦しくてももがいたほうが良いんじゃないか。
このまま死んだら絶対にこの部屋で幽霊になってしまう。
死んでもここから出られないなんて嫌すぎる。
その時、外を歩く足音が聞こえた。
聞きなれない足音は、迷い込んだ客人かもしれない。
「た、たすけて。たすけてください」
「……だれかいるのか?」
誰かとまともな言葉を交わすのはどれぐらいぶりだろう。反応があったことに涙が滲む。
泣いている場合じゃない。大きく息を吸って、僕は必死で訴えた。
「閉じ込められています。外に、出たいんです」
「閉じ込められるだけの理由があるんだろう。諦めろ」
「このまま死ぬのは嫌だ」
「……罪人か」
「生まれたことが罪ですか」
相手の言い分もわかる。他家の事情に首を突っ込むなんて危険この上ない。
でも、僕には時間がない。枯れ枝のような腕、まともに立ってもいられない身体。
今でも幽霊のように扱われているのに、死んで永遠に続いてしまうかと思うと怖くてたまらない。
「僕は部屋の外で死にたい」
こんなに声を出したのはいつぶりだろうか。
部屋の外の人間は、もしかしたら、もういないのかもしれない。
そこまで話して疲れて目を閉じた。
変な姿勢でいるから息が苦しい。
だけど体勢を変える力も残っていない。
無理をしたから、明日はまた熱が出るだろう。
それで本当に最期かもしれない。
姉が成人したのなら、僕は用済みになったかも。
最期に聞いた他人の言葉が「罪人か」だなんて、ひどい人生だった。
諦めて意識を手離そうとした時、ガキッと音がして空気が変わった。
「おい、まだ死んでいないだろうな」
「……ぅ」
「本当に死にかけているのか。……仕方ない、今際の際の願いぐらい聞き届けてやる。……軽い」
身体が揺れて重い瞼をこじ開けると、不遜な物言いからは予想できなかった若い顔があった。
精悍な顔立ちは、こんな風になりたかったと思わせる風貌だった。
「もう喋るのもきついか」
「……」
口を開いて答えようとしたけれど、出るのは浅くて弱い呼吸ばかりだった。
「ほら」
次に呼ばれた時には、色とりどりの花の咲く花壇の脇に寝かされていた。
じかに感じる土の香りと草の匂いが懐かしくて涙がこぼれた。
「ぁ……ありがとぅ」
「満足か」
「もう、行って……ここが……いい」
再び僕を抱え上げようとした人を止めた。
僕が満足したから、元の部屋に戻そうとしているのだろう。
でも、ここで死んだら天に還れる。なんの根拠もなくそう思った。
連れてきてくれた彼が、「わかった。よい旅路を」なんて死者の弔いにかける言葉をくれた。
遠ざかっていく足音を聞きながら、いい気分で目を閉じた。
屋敷の端の僕の部屋まで聞こえてくる騒がしい音楽。人の声。
喧騒のなかに、姉の成人を祝う声が聞こえてきた。
人を招いて祝っているのだ。
それすらも、僕には何も知らされなかった。
虚弱で気狂い、それがに与えられたこの家での評価だ。
ひどく悔しくて、部屋から寝間着のまま飛び出してやろうとしたけれど、鍵が閉まっていて何もできない。
当たり前だ、まともな子供は姉しかいないのに、その祝いの場を万一にも僕が壊したら目も当てられない。
騒ごうにも大声を出すのは苦手だし、手足の力は弱くて扉を叩いても大した音は出せない。
そのうちに、立っているのがつらくて、扉の前にうずくまった。
幼い思い出は遠い夢の中の出来事で、生きている間はひたすら苦しい時が来ないように気をつけてじっとしていた。
どうせ死ぬなら苦しくてももがいたほうが良いんじゃないか。
このまま死んだら絶対にこの部屋で幽霊になってしまう。
死んでもここから出られないなんて嫌すぎる。
その時、外を歩く足音が聞こえた。
聞きなれない足音は、迷い込んだ客人かもしれない。
「た、たすけて。たすけてください」
「……だれかいるのか?」
誰かとまともな言葉を交わすのはどれぐらいぶりだろう。反応があったことに涙が滲む。
泣いている場合じゃない。大きく息を吸って、僕は必死で訴えた。
「閉じ込められています。外に、出たいんです」
「閉じ込められるだけの理由があるんだろう。諦めろ」
「このまま死ぬのは嫌だ」
「……罪人か」
「生まれたことが罪ですか」
相手の言い分もわかる。他家の事情に首を突っ込むなんて危険この上ない。
でも、僕には時間がない。枯れ枝のような腕、まともに立ってもいられない身体。
今でも幽霊のように扱われているのに、死んで永遠に続いてしまうかと思うと怖くてたまらない。
「僕は部屋の外で死にたい」
こんなに声を出したのはいつぶりだろうか。
部屋の外の人間は、もしかしたら、もういないのかもしれない。
そこまで話して疲れて目を閉じた。
変な姿勢でいるから息が苦しい。
だけど体勢を変える力も残っていない。
無理をしたから、明日はまた熱が出るだろう。
それで本当に最期かもしれない。
姉が成人したのなら、僕は用済みになったかも。
最期に聞いた他人の言葉が「罪人か」だなんて、ひどい人生だった。
諦めて意識を手離そうとした時、ガキッと音がして空気が変わった。
「おい、まだ死んでいないだろうな」
「……ぅ」
「本当に死にかけているのか。……仕方ない、今際の際の願いぐらい聞き届けてやる。……軽い」
身体が揺れて重い瞼をこじ開けると、不遜な物言いからは予想できなかった若い顔があった。
精悍な顔立ちは、こんな風になりたかったと思わせる風貌だった。
「もう喋るのもきついか」
「……」
口を開いて答えようとしたけれど、出るのは浅くて弱い呼吸ばかりだった。
「ほら」
次に呼ばれた時には、色とりどりの花の咲く花壇の脇に寝かされていた。
じかに感じる土の香りと草の匂いが懐かしくて涙がこぼれた。
「ぁ……ありがとぅ」
「満足か」
「もう、行って……ここが……いい」
再び僕を抱え上げようとした人を止めた。
僕が満足したから、元の部屋に戻そうとしているのだろう。
でも、ここで死んだら天に還れる。なんの根拠もなくそう思った。
連れてきてくれた彼が、「わかった。よい旅路を」なんて死者の弔いにかける言葉をくれた。
遠ざかっていく足音を聞きながら、いい気分で目を閉じた。
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