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3 ふたたび食堂にて
しおりを挟む「一人と決めていたから良くなかった。もっといろんなオメガと語り合っていれば、状況を察して未然に防げたんじゃないかな」
「それは同時進行でたくさんの人と付き合いたいってことですか? けっこうクズですよ」
「目の前の人には誠実だよ」
クラース様が傷ついたのは事実だろうけど、だからと言って不誠実な行動を容認する気にはならない。でも未経験というハードルがなかったら、僕はどうしたんだろう。
いやいやいやいや、この年まで守ってきた貞操を容易く差し出したりはしない。守ってきたというより、勉強と仕事に夢中過ぎただけなんだけど。
「はぁ。そんな雑な誠実さでほんとうに近衛騎士様が務まるんですか?」
「隊長だって言ってるじゃん。エミルと同格だよ。俺にしとこうよ、テディ。テディが付き合ってくれるなら浮気しないから」
「舌の根が乾いていませんよ」
ああもう本当に会話が楽しい。僕は馬鹿だなあ……結婚相手としてはエミル様もクラース様も高嶺の花で、僕ごときが選べるような立場じゃないのに。
オリアンはオメガの権利が守られているから、他の国には滅多にない売れ残り……行き遅れが生まれる。オメガである僕が夜に下町でひとり歩きできるのも、国の仕事ができるのも有り難いんだけど。
今は僕みたいなのが目についただけで声をかけて遊んでいるだけだろう。軽妙なやりとりができるのはいつまでかな。飽きられたら寂しいだろうな。
モテている気分を味わえるのはいつまでだろうと、考えながら話していたら食堂が静かになっていた。
ふと皆の視線の先を見ると、エミル様が派手な柄のシャツを着た……トール・ディクスゴード様!? 王太子殿下の婚約者がこんな場末の食堂に何の用が!?
相手が覚えているかわからないけれど、面識があるのに挨拶をしないのはまずいと、僕は慌てて立ち上がって挨拶をした。
「ディクスゴード様! あっ、先日は、ありがとうございました」
「構わない」
本物だー!!
良かった挨拶だけはできた。クラース様と話してたおかげで口が滑らかになってたんだ。
僕とディクスゴード様に面識があったことに、クラース様もエミル様も驚いている。
「テディって何者? 団長と知り合いなのか」
クラース様も慌てた様子がないことから、僕に嘘をついてないようだった。エミル様のご友人なのは間違いなくても、実はほんとうに近衛騎士かどうかは疑っていたから。
「クラースさんってもしかして本当に近衛騎士なんですか」
「状況が分からん。クラースがナンパした相手が団長のお知り合いだったってことか?」
「クラースがナンパ」
「ナンパだなんて、食事の感想を聞かれていただけですよ」
「ほー」
ディクスゴード様がクラース様の名前を呼んだ。本当に身分に偽りはなさそうだ。ディクスゴード様は、いつもの完璧アルファっぷりより年相応の青年ぽさがある。人間なんだ……。
「あの、ディクスゴード様はそういう服も良くお似合いなんですね!」
「……どうも」
口が滑らかになったとはいえ、内容が場にそぐうものかどうかはわからない! たぶん失敗した。内心で冷や汗をかいていると、さらなる追撃がクラース様から放たれる。
「テディは団長狙いなのか? 団長は最高の婚約者がいらっしゃるから無理だぞ」
「ねねねねね狙うって何ですか! そんな身の程知らずなことは考えていません! 誰だって憧れとかあるでしょう」
「憧れ……団長みたいなタイプが好みってこと?」
「どうしてそう、生々しい話に繋げるんですか。僕は純粋に尊敬しているだけです」
憧れなら、エミル様のほうが……じゃなくて。
「アルファとオメガなんだから、考えるだろ普通に」
「……テディはオメガなのか」
ディクスゴード様のツッコミがつらい。アルファの多い職場だからネックガードをしているんだけど、僕に微塵も興味がないことがよくわかる。僕だって、恐れ多すぎて考えることすら不敬罪で捕まりそうだし。
「ほら、意識すらされていないんですよ! ありえないってことです」
「団長、マジで気がつかなかったんですか。いつも極上のお方が近くにいると、そういう感覚も鈍るのか……」
「極上はやめろ。誰かと比べることも許さない」
その瞬間、足が竦んでへたり込みそうになる感覚に襲われた。怖い。
揺れた身体をさっとクラース様が支えて「もう行きなさい」と囁いた。
恐怖の発生源はディクスゴード様だった。初めてだったけど、あれはアルファの威圧だ。ステファン殿下のことを揶揄われたから出たのだろう。怖かったけど、そこまで強く想っているのは素敵だと思った。でも、物語のような恋愛が僕のような庶民にあるわけがない……。
中途半端に知り合ってしまったために、僕は自分が上等なオメガだと勘違いしている。
うん、エミル様に告白して振られよう。身の程をわきまえて、クラース様でもない、自分にちょうどいい相手を見つけるんだ。
翌日は僕たち文官の詰める宮をエミル様の分隊が担当していたから、休憩時間に無理矢理エミル様に時間をもらった。仕事中にすいませんと謝る僕に隊員の人が、エミル様が告白されるのはよくあることだから大丈夫と教えてくれた。よくあることなんだ……。
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